事件リポーターとしてワイドショーで活躍していた奥山英志さんですが、自殺で亡くなっています。
今回は奥山英志さんの経歴、彼女&結婚の有無、自殺の状況と死因、失踪から遺体発見までの経緯、自殺原因や他殺説をまとめました。
この記事の目次
奥山英志は事件リポーター
奥山英志
生年月日:1949年5月6日
没年月日:2011年4月10日
出身:東京都
所属:よしもとクリエイティブ・エージェンシー
血液型:B型
活動:事件リポーター
奥山英志さんに主にフジテレビのワイドショー番組で活躍していた事件リポーターです。
しかし、1999年にレギュラー番組が終了した後はあまり仕事に恵まれず、2010年ごろからはさらに仕事が激減していました。
そして、2011年4月10日に東京都調布市の神代植物公園の障害者用トイレの中で自殺しているところを発見されました。
ただ、その遺体が奥山さんであると判明したのは、遺体発見から9か月後の2011年12月になってからでした。
奥山英志の経歴
東京都出身の奥山英志さんは、正則高校出身です。俳優であり、2021年まで千葉県知事を務めた森田健作さんと高校時代は同級生でした。
社会人になってからは、低く落ち着いた声を生かして、主にナレーターの仕事をしていましたが、1982年にフジテレビのワイドショー「3時のあなた」で事件リポーターに転身しました。
事件リポーターとは自分の足を使い、自分の力で事件を取材するリポーターのことです。芸能人のスキャンダルを取材する芸能リポーターとは、少し違いますね。
奥田英志さんは「3時のあなた」が終わった後も、フジテレビの「おはようナイスデイ」や「ビックトゥデイ」にレギュラー出演して、事件を伝え続けました。
奥田英志さんが扱った事件には次のようなものがあります。
・日航機ジャンボ墜落事故
・阪神淡路大震災
・オウム真理教
この他にも、3,000件以上の事件を取材しリポートしていました。
奥田英志さんが事件リポーターとして出演していた番組には、次のようなものがあります。
・おはようナイスディ
・ビックトゥデイ
・2時のホント
・どうーなってるの?!
・ウォッ!チャ
・とくダネ!
フジテレビ専属のリポーターでしたが、1999年に「おはようナイスディ」が終了してからは、レギュラー番組がなくなり、情報番組やワイドショーに単発出演をしていました。
2002年、文化人枠でよしもとクリエイティブ・エージェンシーに移籍して、講演活動などを行っていました。
しかし徐々に仕事がなくなっていき、晩年はほとんどテレビで姿を見ることはありませんでした。
奥山英志は結婚はしていないが彼女はいた
出典:nicovideo.jp
奥山英志さんは生涯独身でした。結婚したことはなかったようです。
しかし、結婚を考えていた彼女はいたという報道があります。
その女性は数年前に名古屋で暮らす母親にも紹介していたそうで、真剣に結婚まで考えていたそうです。でもいまから1年ほど前に別れてしまったみたいで、
一部報道によると、この彼女は女性リポーターをしていた。つまり、奥山英志さんと同業だったようです。
その女性リポーターとは現場取材で顔を合わせ親しくなり、食事や舞台観劇などプライベートでの交際があったというが、互いにライバル局で仕事をすることもある職業柄か、2人の関係を知るのはごく一部だけの極秘交際だったようだ。
引用:「女性レポーターとの破局も……」奥山英志レポーターの死去に残された謎 (2011年12月14日) – エキサイトニュース(2/2)
奥山英志さんには、極秘交際をして、結婚まで考えていた彼女がいたんですね。
奥山英志は自殺していた…死因は首吊り
奥山英志さんは、2011年4月10日に自殺しました。
東京都調布市の都立神代植物公園の障害者用トイレの中で、遺体となって発見されました。死因は首吊り自殺です。
2011年4月10日午後4時30分頃、閉園のために従業員がトイレを見回りしていましたが、障害者用トイレが長時間施錠されていることに気づき、警察に通報しました。
駆け付けた警官が障害者用トイレの鍵を開けたところ、トイレ内の手荷物置き場に紐をかけて首を吊った状態で死亡している奥山英志さんを発見しました。
遺体発見時、奥山さんはうずくまった状態だったという報道もあります。
この都立神代植物公園では、毎日閉園前にトイレの見回りを行っており、奥山英志さんが障害者用トイレで首を吊ったのは4月10日、つまり遺体発見当日だったと見られています。
しかし、実はこの遺体発見時点では、身元を証明できるものを所持していなかったために、その遺体は奥山英志さんとはわからず、身元不明の遺体として処理されました。
ただ、遺体発見時の状況や外傷がないことなどから、事件性はなく、自殺であると断定されています。
この遺体が奥山英志さんであると判明したのは、遺体発見から9か月後の2011年12月になってからのことでした。
奥山英志の失踪報道・身元判明まで
奥山英志さんは2011年4月10日に自殺しています。でも、身元が判明したのは、その9ヶ月後の2011年12月になってからでした。
なぜ、奥山英志さんであると身元が判明するまで、こんなにも長い時間がかかったのでしょうか?
4月10日に自殺
繰り返しになりますが、奥山英志さんは2011年4月10日に自殺しています。身元を証明するものを一切持っていなかったために、身元不明として処理されています。
警察のホームページの「身元不明相談」には、身元不明者として奥山さんの発見当時の情報が載せられていました。
当時の掲載情報はこちらです。
・場所:東京都調布市深大寺元町
・年齢等:45~55歳位の男性
・身体特徴:身長175~185cm位 太り 丸顔
・着衣等:青色ジャンパー 白色Tシャツ ベージュ色キャップ帽 灰色運動靴(28.0cm)
・所持品:眼鏡
・装身具:-
・血液型:-
確かに、これだけでは奥山英志さんと判別するのは難しいですね。
奥山さんは神奈川県川崎市の2LDKのマンションに住んでいて、自殺した場所(調布)までは5kmも離れていました。
しかし、調布には古い友人が住んでいて、よく飲んでいた場所でもあることから、神代植物公園周辺は土地勘があったようです。
家賃滞納で家族は失踪したことを知っていた
奥山英志さんの家族は実兄だけだったようですが、実兄は比較的早い段階で、奥山さんが失踪したことを知りました。
なぜなら、奥山さんが3月~4月分の家賃を滞納していると、5月時点で実兄に連絡が入ったからでした。
奥山さんは20年間そのマンションに住んでいましたが、それまで1度も滞納したことはありませんでした。
心配したお兄さんは2011年5月19日に奥山英志さんの捜索願を出しました。
そして、連絡を受けた所属事務所のよしもとクリエイティブ・エージェンシーのスタッフと実兄が奥山さんのマンションに行くと、4月5日付のスポーツ新聞が置かれていました。
つまり、4月5日時点では奥山英志さんはマンションにいたことになります。4月5日~4月10日の間に失踪し、4月10日に神代植物公園で自殺を図ったということですね。
この時、部屋は荒らされた形跡はなく、次のような状態でした。
・浴槽に水が張られていた
・いつも使っているショルダーバッグは置かれていた
・パスポートも部屋に置かれたまま
・携帯や通帳、財布はなくなっていた
9月に失踪報道
奥山英志さんが失踪したことを知っていたのは、実兄とよしもとクリエイティブ・エージェンシーのスタッフ、さらに捜索願を受け付けた警察です。
しかし、それでも4月10日の神代植物公園の遺体と奥山英志さんが結びつくことはありませんでした。
そして2011年9月、「週刊女性」が奥山英志さんの失踪を報じました。さらに、「週刊新潮」は八王子市内のスーパーの警備員が8月下旬に奥山さんを2度目撃したと報じました。
八王子のスーパーの警備員「その人が初めて来たのは8月28日月曜日の午後1時半前
芸能リポーターの奥山さんのことは以前からTVで見ていたのでしっていましたが
その時は全く気づかなかった。ただ夏なのに全身黒ずくめだったので目につきました
しかも、その時奥山さんはウイスキーを万引きしようとしていたというのです。
この時点で奥山さんはまだ失踪状態でしたから、各局のワイドショーやマスコミは大きく報じました。
しかし、この目撃情報は誤りでした。なぜなら、目撃情報の4ヶ月以上前に、奥山さんは自殺しているのですから、八王子のスーパーにはどうやっても行くことはできません。
12月に身元判明
そして、奥山英志さんが自殺してから9ヶ月後の2011年12月8日、警察から甥に奥山さんと思われる遺体の写真を見てほしいと連絡が入ります。
甥がその写真を見たところ、その遺体は奥山さんでほぼ間違いないという結論になりました。
そして指紋照合を行い、4月10日に発見された神代植物公園の遺体は奥山英志さんであるとようやく判明したんです。
奥山英志が自殺した原因
奥山英志さんの死は事件性はなく、自殺であると断定されています。
奥山英志さんの自殺の原因を考えていきましょう。
彼女と破局
奥山英志さんは自殺する1~2年前、結婚を考えていた40代の女性リポーターと破局しています。
心の支えをなくして、落ち込んでいたという情報があります。
でもいまから1年ほど前に別れてしまったみたいで、そのころから奥ちゃんは、酒を飲んでいても、最初の20分くらいは明るいんだけど、急に暗い顔をして、彼らしくない“生きるとは? 死ぬこととは?”といった死生観について語り出したりしたんですよ。
奥山英志さんは、彼女と破局したことを引きずっていて、人生に絶望したのかもしれません。
仕事がなかった
奥山英志さんは、「おはようナイスデイ」が終了して以降、レギュラー番組はありませんでした。特に、2010年以降は仕事が激減していたようです。
「週に1回か、月1本仕事があればいいほうだよ」と言っていて、イベントや結婚式の司会業の仕事もしていたようです。
仕事をしたいのに仕事がなく、経済的にも困窮していた可能性はあります。
また、インターネット上ではフジテレビと吉本興業に干されていたのではないか?とも言われています。
家族の介護
奥山英志さんは、家族の介護で悩んでいたという情報もあります。
芸能レポーターの武藤まき子「最後に電話で話したときは、仕事はボチボチで母親の介護もあるからと言っていました。以前なら酒に誘えば飛んできたのに、なかなか誘いにも応じなくなっていました」
彼女とは破局し、仕事もうまくいかず、母親の介護があるなどのいろいろな悩みが積み重なって自殺の原因となったのかもしれません。
自殺の原因は1つではないことが多いですから。
奥山英志は他殺の可能性も?残る謎とは
奥山英志さんは他殺の可能性もあると、インターネット上では囁かれています。なぜなら、奥山英志さんの死には不審な点があるからです。
なぜ、他殺の可能性があるのか?その理由を探っていきましょう。
身元判明が遅い
1つ目の理由は、身元判明までがあまりにも遅いことです。
奥山英志さんが自殺したのは4月10日で、身元が判明したのはその9ヶ月後のことです。
いくら、身元を証明するものを身につけていなかったからと言っても、捜索願は5月19日に出されているわけですし、身元判明までがあまりにも遅いのではないでしょうか。
奥山さんの住所は神奈川県川崎市で、遺体が発見されたのは東京都調布市だったため、警視庁と神奈川県警で管轄が違うから等の理由はあるようです。
それでも、身元判明までに時間がかかりすぎていて、何らかの大きな力が働いて、身元判明を遅らせたのではないか?と噂されています。
お金には困っていなかった?
奥山英志さんは、晩年はあまり仕事に恵まれていなかったようですが、特別にお金には困っていなかったようです。
「彼のギャラは1本15万円。テレビ不況から制作費の圧縮を言われ、7万円に値下げを提案したが拒否された。蓄えがあり、実家も裕福だったため生活には困ってないようです」(プロダクション関係者)
奥山さんが20年住んでいたマンションは家賃11万円だったとのこと。
本当にお金に困っていたら、もっと安いところに引っ越すはずですので、確かにお金にはそこまで困っていなかったのかもしれません。
結婚もしていませんし、子供もいない男一人ですから、そこまで生活費はかからなかったのかもしれませんね。
携帯電話や財布はどこに消えた?
奥山英志さんが家賃を滞納していると連絡がきて、実兄が奥山さんのマンションを訪れた際、部屋の中には携帯電話や財布、預金通帳はありませんでした。
部屋は荒らされていませんでしたので、奥山さん自身が持って出たと思われます。
しかし、奥山英志さんが遺体となって見つかった時には、身元を示すものは一切身につけていませんでした。だからこそ、身元判明までに9ヶ月もかかってしまったんですよね。
では、部屋からなくなっていた携帯電話や財布、預金通帳はどこに消えたのでしょうか?
携帯電話や財布、預金通帳は身につけていたら、すぐに身元が分かるはずです。
それを持っていなかったということは、誰かが意図的に持ち去った可能性が出てきます。つまり、他殺です。
自分で身元を隠すために、自殺前にどこかに捨てた可能性もありますが、それなら最初から部屋から持ち出す必要はないですよね。
だから、奥山英志さんは他殺ではないか?と噂されているんです。
奥山英志のまとめ
奥山英志さんのプロフィールや経歴、結婚や彼女の存在、自殺と死因、失踪から自殺までの経緯、自殺の原因と他殺説をまとめました。
奥山さんにいったい何があったのでしょうか?
ただ、9ヶ月かかったとしても、身元が分かって本当に良かったと思います。