中尾彬さんの嫁で女優の池波志乃さんですが、高名な落語家を多数輩出した家系の生まれです。
今回は池波志乃さんの親兄弟など家系図、若い頃の経歴、旦那・中尾彬さんとの馴れ初め・子供の有無、最新の結婚生活など現在を紹介します。
この記事の目次
池波志乃は中尾彬の嫁
池波志乃のプロフィール
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池波 志乃(いけなみ しの)
本名: 中尾(旧姓は美濃部)志津子
生年月日: 1955年3月12日
出身地: 東京都荒川区
血液型: A型
池波志乃さんは、1974年から女優として活動し、数々のドラマや映画に出演してきました。また、エッセイストとしての顔も持ち、これまでに自身で7冊の著書を出版しています。
プライベートでは、中尾彬さんと結婚し、芸能界きってのおしどり夫婦として知られていますね。
デビューしてからかなりの年月が経過しているので、若い頃の池波志乃さんの活動や親兄弟について知らない方も多いのではないでしょうか。
この後の章で、華麗なる家系図について紹介していきます。
池波志乃の家系図① 祖父は五代目今亭志ん生
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池波志乃さんの一族は落語家を多数輩出していますが、一族で初の噺家は池波志乃さんの祖父・五代目今亭志ん生さんです。
五代目今亭志ん生のプロフィール
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五代目今亭志ん生(ごだいめ ここんていしんしょう)
本名: 美濃部孝蔵
生年月日: 1890年6月5日
出身地: 東京都神田(現在の東京都千代田区外神田)
祖父の五代目今亭志ん生さんの出自を辿ると、明治維新の際に士族だったのですが、五代目今亭志ん生さんが誕生した頃には支給金を使い果たしていたそうで、かなり落ちぶれていました。
日々の暮らしはかなり厳しかったのですが、寄席に連れて行ってもらえることもあり、幼い頃から芸事が身近にあったようです。
1910年、二代目三遊亭小圓朝さんに弟子入りし、売れるまでにかなり時間がかかったものの、
1932年頃から少しずつ名前が売れていくように。
紆余曲折を経て、1957年に落語協会の四代目会長に就任しています。
1961年に脳出血を起こし麻痺が残りましたが、1968年まで口演を続けました。
1973年9月21日に自宅で死去。享年83歳でした。
池波志乃の家系図② 父親は十代目金原亭馬生
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池波志乃の父親・十代目金原亭馬生
池波志乃さんの父親は十代目金原亭馬生を襲名し、亡くなるまで落語家として活躍していました。
十代目金原亭馬生のプロフィール
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十代目 金原亭馬生(じゅうだいめ きんげんていばしょう)
本名: 美濃部清
生年月日: 1928年1月5日
出身地: 東京市豊多摩郡
地元の中学校を中退した十代目金原亭馬生さんは、当時の中学生の憧れの職業である空軍のパイロットになるために予科練を目指していたそうです。
しかし、腸の病気にかかり大手術が行われ、まさに死ぬか生きるかの瀬戸際を乗り越えました。
退院するころには価値観の変化が生まれ、志願していた予科練への気持ちが無くなり、父親が落語を職業としていたので、頼み込んで入門したことが落語家になったきっかけです。
戦後の1947年、真打に昇進した十代目金原亭馬生さんは、三遊派、柳派のネタを多数持ち、人情噺などじっくりと聞かせる噺を得意としていました。
1969年に芸術選奨新人賞を受賞し、1973年には文化芸術祭最優秀賞を受賞しています。
逝去の2年前にあたる1980年まで口演に立ち続け、1982年8月30日に享年57歳で死去しました。
池波志乃の家系図③ 叔父も落語家
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池波志乃さんの父親の弟である、三代目今亭志ん朝さんも落語家です。
若手真打の頃から「落語若手四天王」と呼ばれた程の実力者です。
三代目古今亭志ん朝のプロフィール
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三代目古今亭志ん朝(さんだいめ ここんていしんちょう )
本名: 美濃部強次
生年月日: 1938年3月10日
出身地: 東京都文京区
叔父の三代目古今亭志ん朝さんは、学生時代に獨協高等学校でドイツ語を学び、将来は外交官になることを志していました。
落語家になる気は一切無かったものの、父親の五代目今亭志ん生さんから「歌舞伎役者は、親が役者でないとなれないが、落語家は扇子一本で偉くなれる」と説得されて落語家を目指します。
入門するとあっという間に人気を博し、その実力について七代目立川談志さんは、「金を払っても聞く価値がるのは三代目古今亭志ん朝だけだ」と断言していたほど。
一部のファンからは「朝さま」の愛称で呼ばれ、高級外車を乗り回し、都内一等地に居を構えるセレブ生活を送っていたのです。
鰻と酒類を好み、晩年は糖尿病に苦しめられていたそうで、2001年に肝臓がんで弟子に見守られながら63歳で死去しています。
憎めない叔父だった
三代目古今亭志ん朝さんの人柄が分かるエピソードを紹介します。
池波志乃さんの父親が57歳で死去した際、「女優なんだから泣くんじゃないよ」と池波志乃さんを力づけるために言葉をかけた三代目古今亭志ん朝さん。
池波志乃さんが顔を上げると、三代目古今亭志ん朝さん自身が兄の死を悼み、盛大に涙を流していたのだとか。
これで池波志乃さんも涙が止まってしまったそうです。
池波志乃の家系図④ 兄弟には弟と妹がいる
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ここからは、池波志乃さんの兄弟について見ていきましょう。3人兄弟であることが判明しています。
弟と妹がいる
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池波志乃さんは弟1人、妹1人の3人兄弟です。
弟は一般人のようで、名前や職業生年月日などの情報は一切公開されていませんでした。
妹は「美濃部由紀子」さんという名前で、一般社団法人日本文化推進企画を設立した功績があることが判明しました。
落語には携わることはありませんでしたが、祖父や叔父に関する書籍を出版しています。
池波志乃の若い頃は舞台女優として活動していた
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ここからは、池波志乃さんの若い頃について振り返ってみましょう。若い頃は舞台を中心に活動していました。
高校を中退して養成所へ
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若い頃の池波志乃
学生の頃は栄養士に憧れて、家政科がある中高一貫の私立戸板学園に進学。
しかし、次第に栄養士への熱が冷めていき、学校でDJを始めたところ評判が良かったことから、演劇や音楽に興味の対象が移っていきました。
父親に芸能人になりたいと打ち明けると「甘い世界ではないよ。本気でやるなら学校を辞めて養成所で修行をしなさい」と、まさかの後押し。早速中退届を出しました。
その後、劇団「新国劇」に入団し、「池波志乃」名義で活動を始めたのです。
この芸名は父親が考えたそうで、新国劇で作家をしていた池波正太郎さんに承認を取っていたというエピソードが有名です。
池波志乃さんが入団した当時、劇団には風間杜夫さんや大竹まことさんが所属しており、まるで妹ように可愛がってもらっていたそうです。
女優としての活動は、1974年の「沖田総司」「鳩子の海」から本格化。周囲から、妖艶でありつつも品があると評価されていました。
池波志乃の結婚した旦那は中尾彬
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池波志乃さんが結婚したのは1978年のことでした。
当時の池波志乃さんは23歳という若さ。結婚相手は、言わずと知れた中尾彬さんです。
中尾彬のプロフィール
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中尾 彬(なかお あきら)
生年月日: 1942年8月11日
出身地: 千葉県木更津市
血液型: O型
身長: 175cm
中尾彬さんは千葉県出身で、学生時代はバレーボール部のキャプテンをしていました。
1960年、油絵が千葉県の美術展に入賞したことがきっかけで美術の道へと歩み始め、武蔵野美術大学の油絵学科に入学します。
在学中に日活ニューファイスのオーディションを受け、映画に出演しました。
その後、劇団「民藝」に研究生として入団し、少しずつ映画の仕事を受けるようになり、期待の新人として注目を集めることに。
1978年、時代劇の「暴れん坊将軍」で演じた徳川宗春役が当たり役となりました。
ねじねじの名付け親は池波志乃だった
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中尾彬さんといえば、常に首の周りにねじったスカーフやストール、いわゆる「ねじねじ」を巻いていることで知られていますね。
実は、この「ねじねじ」という言い方を最初にしたのは、池波志乃さんなんです。
1990年代前半、海外ロケで飛行機で移動していた際、中尾彬さんはイライラしながらマフラーをねじっていたところ、絡まって取れなくなってしまいました。
仕方なしにそのままロケ地に降り立つと、共演者の神田正輝さんから「レストランのシェフみたいでお洒落だな」と感心されたことから、「ねじねじ」生活が始まったのだとか。
昔からネクタイが苦手だった中尾彬さん。代用品として「ねじねじ」を巻き続けたところ、いつしかトレードマークになりました。
池波志乃さんによると、「ねじねじ」は300本くらいあるそうです。
池波志乃と旦那・中尾彬の馴れ初め
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池波志乃さんと旦那の中尾彬さんはおしどり夫婦として知られていますが、2人の出会いはどのようなものだったのでしょうか。
あまり知られていませんが、実は中尾彬さんは離婚歴があるバツイチです。
ここからは、2人の馴れ初めと気になる中尾彬さんの離婚について見ていきましょう。
映画の共演で仲を深めた
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2人の馴れ初めは、映画で共演したことがきっかけです。
池波志乃さんはインタビューで、仲が深まった要因として、当時の映画の撮影手法や技術が関係していたことを明かしています。
2人は映画の相手役として共演したのですが、当時の映画はかなり時間をかけて撮影していました。
撮影の合間の待ち時間が多く、昼食も時代劇の恰好でみんなで食べにいくなど、濃厚な人間関係が自然と築けたのだそう。
今のドラマや映画の撮影は撮影技術が発展した反面、淡々としていて、もしも今の時代に若い年齢で中尾彬さんと共演しても恋愛に発展しなかっただろうと語っています。
こうして共演した2人は交際に発展し、1978年に結婚しました。
池波志乃は後妻だった!
池波志乃さんと結婚する前、中尾彬さんは女優の茅島成美さんと1970年に結婚していました。
子供も1人誕生していますが、1975年に離婚しています。
このことから、中尾彬さんと池波志乃さんは不倫からの略奪愛だったのでは?という噂もありました。
しかしこれは単なる噂で、池波志乃さんによると、1978年に出会って数ヶ月で結婚したと語っています。
中尾彬さんは1975年にすでに離婚しているので、1978年に池波志乃さんと出会っていることを考えると、時系列的に辻褄が合わないですよね。
池波志乃と旦那・中尾彬に子供はいない
子供よりも借金返済に必死だった
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旦那との夫婦間の関係は良好ですが、2人の間に子供がいません。
結婚後に妊娠したことがあったものの、子宮外妊娠で急遽入院。結局、お腹の中の子供を諦めざるをえなかったそうです。
手術により片方の卵管を残すことができたので、子供を産むことは可能でしたが、当時の2人は子供以上に考えなければならない問題に直面していたのです。
実は中尾彬さんは、前の嫁である茅島成美さんと離婚した際、数千万円の慰謝料を請求されており、日々借金返済に奔走していました。
そのため、池波志乃さんも結婚後は共に借金を背負い、働きづめの日々となったのです。
気が付いたら子供を産む時期を逸していた、というのが子供がいない理由だそうです。
池波志乃の現在① 終活が話題に
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ここからは、2021年4月現在66歳になった池波志乃さんの様子について見ていきましょう。
2021年も旦那の中尾彬さんと仲良しですが、近年は夫婦そろって終活に力を入れています。
池波志乃さんも中尾彬さんも、お互いに両親を看取ったことがきっかけで終活が気になるようになったそうです。
まずは遺言書を作成し、旦那デザインのお墓を建てました。
そして千葉と沖縄にある別荘を売却し、家の中にあったかなりの本や衣類雑貨を大量に捨てて身軽になったそうです。
池波志乃の現在② 家で過ごす時間が増えた
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料理が得意だという池波志乃さん。2020年頃から流行している新型コロナウイルスの影響で仕事が少なくなったことをきっかけに、さらに料理に打ち込んでいるようです。
池波志乃さん流のお酒の楽しみ方を、インタビューで公開しています。
居酒屋しのが大繁盛!
最近の楽しみは、フルコースの手料理を作り、お酒を飲みながら夫婦で語らうことだそうです。
中尾彬さんも「居酒屋しの」と愛称を付け、嫁との時間を楽しみにしているのだとか。今は飲食店が遅くまでやっていないので、「居酒屋しの」はほぼ毎日開店しているそう。
池波志乃さんは「おかげで、常連1名の『居酒屋しの』は時短・休業なしで営業中ですよ」と、茶目っ気たっぷりに語っています。
終活の一環として、キッチン用品も「外食すればいいよね」と考えてかなり捨ててしまったそうですが、またキッチン用品を購入しているうちに台所が手狭になってしまったそう。
まとめ
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女優の池波志乃さんは、落語家を多く輩出している家系に生まれました。祖父と父親、叔父が落語家です。
高校生の時、演劇と音楽に目覚めて学校を中退。女優への道を歩み始めました。
プライベートでは、個性派俳優の中尾彬さんと1978年に結婚。中尾彬さんはその3年前に離婚しており、莫大な慰謝料を一緒に返済しています。
池波志乃さんは一度は妊娠しましたが、子宮外妊娠でした。すぐに手術して卵巣の片方を残したものの、中尾彬さんの借金返済のために生活を優先したので、子供は生まれていません。
子供はいなくても、現在もおしどり夫婦として知られている池波志乃さんと中尾彬さん。
一緒に終活をしたり、池波志乃さんの手料理で夫婦で家飲みを楽しんだりと、コロナ禍でもおうち生活をエンジョイしているようです。
そんな2人の生活は、雑誌のインタビューやバラエティ番組でエピソードがたびたび披露されています。
これからも池波志乃さん夫婦から目が離せませんね。