森下愛子さんは宮藤官九郎さん作品の常連女優として知られていますが、引退の噂も出ています。
今回は森下愛子さんの身長などプロフィール、「サード」など若い頃の経歴、吉田拓郎さんとの馴れ初めや結婚、子供の有無、現在を紹介します。
この記事の目次
森下愛子の身長などプロフィール 【大物女優&吉田拓郎の嫁】
出典:https://nissy0909.com/
森下 愛子(もりした あいこ)
本名: 吉田佳代
生年月日: 1958年4月8日
出身地: 東京都武蔵野市
血液型; AB型
身長は?
出典:https://www.amazon.co.jp/
森下愛子さんの身長は、Wikipediaには記載されておらず、公式サイトは閉鎖されてしまったようで、確かな情報は見当たりませんでした。
ネットでは、160cmとも158cmとも言われています。
ただし、森下愛子さんが若い頃に出版した写真集には160cmと記載されていたようですので、160cmと考えて良いでしょう。
なお、体重とスリーサイズも公表されていません。
森下愛子の若い頃の経歴① モデルから女優に転向
出典:https://ameblo.jp/
森下愛子さんはモデルで芸能界デビューしています。
ここでは、芸能界に入ったきっかけや学歴など、若い頃のエピソードを調査しました。
クラシックバレエを習っていた
出典:https://www.n-gaku.jp/
森下愛子さんは東京都武蔵野市で生まれ育ちました。
3歳の頃からクラシックバレエを習っていたそうで、年を重ねてもスラリとしたプロポーションを維持できているのは、バレエで鍛えた体幹の賜物なのかもしれませんね。
森下愛子さんの本名は「吉田佳代」さんです。
「森下」という芸名は、若い頃に憧れていたというバレリーナの森下洋子さんの苗字をもらったそう。そして、森下を苗字とした場合に字画の良い名前として「愛子」に決まったといいます。
出身の小学校は不明ですが、新宿区立西戸山第二中学校を卒業していることがわかっています。
中学生の頃もバレエに夢中で、将来はバレリーナを目指していたそうです。
中学卒業は、東京の私立高校である麹町学園女子高校の普通科に入学。卒業後は大学には進学せずに、芸能活動を優先しました。
スカウトをされてモデルデビュー
出典:http://blog.livedoor.jp/
高校生の時にモデルとしてスカウトされた森下愛子さんは、モデルとして芸能界入りしました。
しばらくすると女優に転向し、1977年公開の映画「地獄の天使 紅い爆音」でスクリーンデビュー。同年のドラマ「かあさん堂々」、「人形佐七捕物帳」、「いつか見た青空」に出演します。
森下愛子の若い頃の経歴② 映画「サード」での大胆な演技が話題に
出典:https://nissy0909.com/
若い頃の森下愛子
ネクストブレイク枠として女優デビューした年から、複数の作品に出演していた森下愛子さん。
人気を博したのは、衝撃作と言われた1978年の映画「サード」への出演がきっかけでした。
ここからは、「サード」がどんな映画だったのか、森下愛子さんがブレイクするきっかけとなった体当たりの演技について紹介します。
サードとは?
出典:https://sleepyluna.exblog.jp/
サード出演時の森下愛子
映画「サード」の舞台は、窃盗や暴行などの犯罪歴を持つ少年達が収監されている関東朝日少年院です。
永島敏行さん演じる主人公の新次は18歳で、かつて野球部でサードを守っていたことから「サード」と呼ばれていました。
サードは、かつて都会に出たいと考えていた普通の学生でしたが、女友達「新聞部」と男女の関係になった後、お金を稼ぐために2人で売春をし始めます。
森下愛子さんが演じた「新聞部」は、自ら客を引っ張るという性に奔放な女性。休日にバイト感覚で体を売り、荒稼ぎをしていました。
しかしある日、新次はヤクザとトラブルになり相手を殺してしまい、少年院に送られ・・・というストーリーです。
作品はキネマ旬報の日本映画ベストワン、ブルーリボン賞などを受賞。
森下愛子さんは大胆な濡れ場に臆することなく挑戦し、女優として大きく飛躍することになりました。
森下愛子は宮藤官九郎作品の常連女優
出典:https://twitter.com/
森下愛子さんはこれまで数々の作品に出演していますが、宮藤官九郎作品の常連女優としても知られています。
ここでは、宮藤官九郎さんのプロフィールと、森下愛子さんが出演したクドカン作品を見ていきましょう。
宮藤官九郎とは?
出典:https://www2.nhk.or.jp/
クドカンの愛称で親しまれている宮藤官九郎
宮藤官九郎さんは、言わずと知れた有名脚本家です。
大学を中退してブラブラしている時に、松尾スズキさんが主宰する劇団「大人計画」の演出家として活動し始め、バラエティ番組の放送作家としても活躍。
2000年に放送されたドラマ「池袋ウエストゲートパーク」では脚本を担当し、高視聴率を叩き出したことで、その後は主に脚本家として活動しています。
これまでにNHKの朝ドラ「あまちゃん」、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」、TBSの「俺の家の話」なども手掛けています。
池袋ウエストゲートパーク
出典:https://news.dwango.jp/
宮藤官九郎さんの連続ドラマ脚本家デビューで、出世作と言われているのが、2000年に放送された「池袋ウエストゲートパーク」です。
主人公の真島誠を長瀬智也さん、ヒロインのヒカルは加藤あいさん。ほかにも、妻夫木聡さんや坂口憲二さん、佐藤隆太さん、山下智久さんなど、今では主役級の俳優が多数出演。
森下愛子さんは、小さな果物屋の「真島フルーツ」を営む、真島誠の母親役でレギュラー出演。
コメディエンヌとしての才能を開花させました。
ごめんね青春!
出典:https://renote.jp/
ごめんね青春!に出演する森下愛子
2014年にTBSで放送された「ごめんね青春!」も、宮藤官九郎さんの作品です。
舞台は三島市にある3つの高校で、宮藤官九郎さんテイストが強い青春コメディです。
主人公は錦戸亮さん演じる教師の平助で、東高校で3年生の担任と生活指導を担当。森下愛子さんは、ナレーターとすでに他界している平助の母親役を兼任していました。
平助の母親は亡くなっているものの、部屋に置いてある観音菩薩像に母親の魂が宿っているという設定で、平助と会話をするシーンも何度も登場。
森下さんはかなりぶっ飛んだ母親役を好演していました。
監獄のお姫様
出典:https://www.oricon.co.jp/
2017年に放送された「監獄のお姫様」は、女子刑務所が舞台のドラマです。
宮藤官九郎さんがTBSのプロデューサーと酒の席で、好きな女優を並べ立てて、「この人達が揃ったらいくらでも書いていられますよ」と話したことから始まった作品です。
主役は小泉今日子さん、メインキャストは森下愛子さん、菅野美穂さん、坂井真紀さん、満島ひかりさんなど大物女優ばかり。
なお、森下愛子さんは元指定暴力団夫人の橘明美を演じました。
森下愛子が結婚した旦那は吉田拓郎
出典:https://www2.nhk.or.jp/
森下愛子さんが結婚したのは1986年12月のこと。旦那はミュージシャンの吉田拓郎さんです。
旦那となった吉田拓郎さんは、これまでに四角佳子さん、浅田美代子さんとの結婚・離婚歴があり、昔から女性関係が華やかなことで知られています。
吉田拓郎さんからすると、森下愛子さんは3人目の嫁ということになりますね。
吉田拓郎のプロフィール
出典:https://prtimes.jp/
吉田 拓郎(よしだ たくろう)
生年月日: 1946年4月5日
出身地: 広島県広島市
血液型: A型
身長: 176.5cm
吉田拓郎さんはシンガーソングライターの草分け的な存在で、1970年前半に、まだマイナーだったフォークとロックをメジャーへと引き上げた功績で知られています。
野外の大規模コンサートや、売れているミュージシャン自らレコード会社の経営を行うなど、これまでにない新しい発想で、日本の音楽界を牽引してきました。
これまでの音楽界への貢献を評価されて、2000年2月に発売された「日経エンタテイメント」では、「J-POPの開祖」と称賛されています。
吉田拓郎の1人目の嫁は四角佳子
出典:http://akogi-rensyutyo.dreamlog.jp/
吉田拓郎の1人目の嫁である四角佳子
吉田拓郎さんはこれまでに3回結婚、2回離婚しています。
最初に結婚したのは歌手の四角佳子さん。若い頃は西野バレエ団に加入していたこともあるようです。
1971年に「六文銭」という音楽ユニットに所属し、仕事で吉田拓郎さんと顔を合わせる機会が多く、自然に惹かれ合って交際に発展。1年の交際期間を経て、1972年に結婚しました。
しかし、結婚後の四角佳子さんと吉田拓郎さんは喧嘩ばかりで夫婦仲は冷えていったそう。一方で、吉田拓郎さんは浅田美代子さんと出会い、秘密の交際をスタート。
浅田美代子さんと吉田拓郎さんの不倫をすぐに週刊誌が報道したことで、夫婦仲は決定的に破綻し、1975年に離婚を発表しました。
2人目の嫁は浅田美代子
出典:https://deai-wakare.tokyo/
2人目の嫁で女優の浅田美代子
四角佳子さんと離婚した吉田拓郎さんは、不倫相手だった浅田美代子さんと1977年に結婚。浅田美代子さんは結婚を機に、家庭に専念するために芸能界を引退しています。
しかし、1983年6月に森下愛子さんとの不倫を週刊誌がスクープしました。
不倫報道後、浅田美代子さんは余裕の態度で取材陣に対応していましたが、同年10月に芸能界に復帰し、1984年8月に離婚を発表しました。
森下愛子と旦那・吉田拓郎の馴れ初め
出典:https://twitter.com/
森下愛子さんと旦那の吉田拓郎さんが出会ったきっかけ、交際中や結婚に至るまでが気になりますよね。
ここでは、2人の出会いと馴れ初めを紹介します。
出会いはラジオ番組共演
出典:https://mit-studio.com/
森下愛子さんが吉田拓郎さんと出会ったのは、吉田拓郎さんがパーソナリティを務めるラジオ番組にゲスト出演したことです。浅田美代子さんと再婚して3年が経過した頃でした。
出演するにあたり、周囲から「女性に手が早いので気を付けろ」と忠告を受けていたそうで、日頃から交流があった武田かほりさんに一緒に出演してもらったそうです。
こういった配慮もあって、この時は吉田拓郎さんから口説かれることもなく、収録を終えました。
2年後に偶然の再会
それから2年後、森下愛子さんは吉田拓郎さんと美容院でバッタリ再会します。
吉田拓郎さんは「レコーディングしているので、スタジオを見にきませんか」と森下愛子さんを誘いました。
当時の森下愛子さんは寂しさを抱えていたこともあり、「いけない」と思いつつも、スタジオに遊びに行き、これがきっかけで2人だけで会うようになっていったようです。
その後、週刊誌に不倫をキャッチされたことで、吉田拓郎さんは浅田美代子さんと離婚。
1986年12月、森下愛子さんは吉田拓郎さんと夫婦となりました。
森下愛子は旦那・吉田拓郎のがん闘病を支えていた
出典:https://www.tokyo-np.co.jp/
森下愛子さんと吉田拓郎さんは、36年間夫婦生活を続けていますが、吉田拓郎さんががんを患い、闘病生活を送っていたことを発表しています。
肺がんと声帯がんが発覚
出典:https://tsutaya.tsite.jp/
旦那である吉田拓郎さんは2019年3月、2003年の肺がん発覚以来、闘病生活を送っていたことをラジオ番組で公表しました。
肺がん発覚後に肺の1/3を切り取り取ったこと、2014年頃には喉にもがんが見つかって、放射線治療後には後遺症に悩まされていたことも明かしています。
痛みが強すぎて食べ物が喉を通らず、声も出ないという状態が半年間続いたそうです。
吉田拓郎さんは「この間の苦痛というのは言葉で表現するのは非常に難しいんですが、苦しい、非常に苦しい、日常だったんです」と語りました。
森下愛子が寄り添い続けた
出典:https://www.sponichi.co.jp/
苦痛の日々を送る吉田拓郎さんを支えたのは、妻の森下愛子さんでした。
吉田拓郎さんは、あまりにも辛い状況で「もう歌うこともできないだろう」と何回も弱気になったのだとか。
森下愛子さんは仕事を減らして夫に寄り添い、「必ず治るから」と根気強く励ましていたそうです。
固形物が食べられなかった時期には毎日おかゆを作るなど、献身的に看病した結果、吉田拓郎さんの体調は順調に回復し、2016年には仕事に復帰を果たしています。
吉田拓郎さんは、森下愛子さんに感謝するとともに、健康の大切さを改めて感じたと語りました。
森下愛子に子供はいるの?
出典:https://www.shichida.co.jp/
吉田拓郎さんとの間に子供がいるかを調査したのですが、森下愛子さんが出産したという発表はありませんでした。
結婚当時の森下愛子さんは28歳ですから、子供がいても不思議はないですが、あえて作らなかった可能性もありますし、自然に任せていたけれど恵まれなかった可能性もあります。
なお、旦那の吉田拓郎さんには、元嫁の四角佳子さんとの間に1人娘が誕生しています。
森下愛子の現在:女優を引退?
出典:https://bethelcc.net/
2022年現在、森下愛子さんの年齢は64歳になりました。
最近テレビで見かけませんよね。引退しているという噂が浮上しているのですが本当でしょうか。
森下愛子さんの引退の噂について調査しました。
2021年に引退を仄めかしている
出典:https://news.nicovideo.jp/
2021年4月発売の『NEWSポストセブン』に、森下愛子さんが1年前に女優を引退していると吉田拓郎さんが明かしたという記事が掲載されました。
記事によると、2017年のドラマ「監獄のお姫様」の出演を最後に、それ以降はドラマや映画に出演しておらず、この先もオファーを受ける気がないとのことです。
さらに、旦那の闘病を経験し、さらにコロナ禍になって社会の変化を感じたことがきっかけで、女優引退を決意したとも明かされています。
森下愛子さんの公式発表ではないので確定ではありませんが、旦那である吉田拓郎さんが語っているのであれば、かなり信ぴょう性のある情報でしょう。
死後の話もしている
吉田拓郎さんによると、もしもどちらかが寝たきりになったらどうするか、という終活の話題が多くなったといいます。
さらに、吉田拓郎さんが死去した後も話し合っているようで、吉田拓郎さんの知人が、森下愛子さんと吉田拓郎さんの会話を以下のように明かしています。
拓郎さんは森下さんに『追悼番組の打診が来たら、絶対に断って!』とお願いしたそうです。
すると森下さんが、『ベラベラしゃべりそうな人よりも、あなたが長生きすればいいじゃない』と返したとか。(前出・吉田の知人)
引用:吉田拓郎が明かす夫婦の終活 – NEWSポストセブン https://www.news-postseven.com/
まとめ
森下愛子さんは、宮藤官九郎さんの作品に多数出演してきた女優です。
若い頃はモデルとして芸能活動をスタートし、1977年に映画「地獄の天使 紅い爆音」で女優デビュー。
1978年に公開された映画「サード」では、体を売ってお金を稼ぐ女性を演じ、大胆なヌードを惜しげもなく披露。この体当たりの演技が評価されて、一躍人気を博しました。
2000年には「池袋ウエストゲートパーク」で初の宮藤官九郎作品に登場し、「ごめんね!青春」、「監獄のお暇さま」などに出演しています。
プライベートでは、吉田拓郎さんと1986年12月に結婚。夫婦仲は良好ですが、子供は誕生していません。
2017年以降は出演がぱったりなくなり、女優業を引退していることを旦那の吉田拓郎さんが明かしています。どうやら夫婦で終活に向けて準備をしているようです。
吉田拓郎さんのがん闘病を支えた後、今は終活に励んでいる森下愛子さん。
テレビや映画で姿がもう見られないかと思うと非常に残念ですが、これからの人生も応援していきたいですね。