松金よね子さんは名バイプレーヤーとして知られている女優ですが、プライベートはベールに包まれています。
今回は松金よね子さんのプロフィールや経歴、若い頃のエピソードと自宅のお宝、結婚した旦那・子供の有無、現在をまとめました。
この記事の目次
松金よね子は女優&声優
出典:zakzak.co.jp
松金よね子
生年月日:1949年10月22日
出身:東京都
身長:154cm
所属:ノックアウト
血液型:B型
活動:女優、声優
松金よね子さんは名バイプレーヤーとして知られる女優です。存在感のある演技で、幅広い作品に出演しています。
小劇場などの舞台出身の女優さんですが、ドラマや映画などの映像作品にも出演していて、特に2000年以降はたくさんのドラマ・映画に出演しています。
また、声優としても活動していて、マンガ日本昔話の語り手や、「ロッキー」のエイドリアンの吹き替えなどでも知られています。
松金よね子の経歴① 舞台女優&コメディエンヌとして
松金よね子さんの経歴をデビュー時から見ていきましょう。
松金よね子さんは1949年10月22日に東京都で生まれました。
戸板女子高校(現在の三田国際学園中学校・高等学校)を卒業後、1969年に劇団「テアトル・エコー」に研究生として入り、女優活動をスタートさせます。
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テアトル・エコーに入ったっきっかけは、井上ひさし氏の舞台「日本のへそ」を観たことです。
1969年2月に初演された「日本人のへそ」は井上ひさし氏がテアトル・エコーのために書き下ろした舞台で、松金よね子さんは友達に勧められて観劇し、テアトル・エコーに入りました。
松金よね子さんの初舞台は1970年の「表裏源内蛙合戦」です。この舞台も井上ひさし氏によるものでした。
その後、松金よね子さんはテアトル・エコーのコメディエンヌとして、多くの舞台に出演。
1981年には舞台「地下は天国」での高い演技力が評価されて、第16回紀伊国屋演劇賞個人賞を受賞しています。
1985年にはテアトル・エコーを退団して、劇団東京乾電池に在籍し、その後は現在の芸能事務所であるノックアウトに移籍しています。
その他、1986年からは女優の岡本麗さんと田岡美也子さんと一緒に3人の演劇グループ「グループる・ばる」を結成し、32年間にわたってグループ主催の公演を行いました。
松金よね子の経歴② バラエティ番組にも進出
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松金よね子さんは、舞台だけでなく、バラエティ番組にも進出します。1980年代に入ると、バラエティ番組にも出演するようになりました。
・のってシーベンチャー
・大進撃!おもしろ組
・オレたちひょうきん族
これらの番組に出演して人気となると、1982年からは笑っていいとも!の木曜レギュラーとして2年間出演するようになります。
笑っていいとも!では同じくレギュラーだった渡辺めぐみさん、KINYAさんと3人「よめきんトリオ」を結成、1983年にシングル「それ行け!サマービーチ」でレコードデビューしました。
この「よめきんトリオ」は、当時大人気だったたのきんトリオやイモ欽トリオをもじったもので、シングル2作、アルバム1作を出しました。
ただ、松金よね子さんを含めたメンバー全員が1984年9月で番組を卒業したことで、グループは自然に消滅しています。
また、1986年には11PMの水曜パーソナリティーとして出演するようになりました。これ以降もバラエティ番組にはたくさん出演していて、次のような番組にも出演しています。
・クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!
・山田邦子の旅くらぶ
・コメディーお江戸でござる
「コメディーお江戸でござる」では準レギュラーとして出演していました。
女優として第一線で活躍しつつ、バラエティ番組にも出演するなんて、「お高くとまった女優」ではなく、親しみやすいですし、好感度も高いですね。
松金よね子の経歴③ 声優やドラマ・映画にも出演
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松金よね子さんは、1970年代からテレビドラマや映画などの映像作品にも出演するようになります。
最初は端役でしたが、1990年代に入ると、少しずつ重要な役を任されるようになります。
・『七人の女弁護士』
・『総理と呼ばないで』
・『新選組!』
・『仮面ライダー剣』
・『初恋の悪魔』
・『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』
・『生きるとか死ぬとか父親とか』
また、2時間ドラマにも多数出演しています。
・『劇場版 仮面ライダー剣 MISSING ACE』
・『白鳥麗子でございます! THE MOVIE』
・『いのちの停車場』
・『太陽とボレロ』
映画はもちろんですが、ドラマには数えきれないほど出演していて、バイプレーヤーとして確固たる地位を確立しました。
シリアスな役からコミカルな役まで、存在感のある演技に定評があります。
また、松金よね子さんは声優としても活動しています。
テアトル・エコーはもともと声優としても活動している劇団員が多く在籍している劇団だったこともあり、松金よね子さんもテアトル・エコーに入団して3年目の1972年には声優デビュー。
・ド根性ガエル
・キューティーハニー
・小さなバイキングビッケ
・ガンバの冒険
・母を訪ねて三千里
・新・巨人の星
・はいからさんが通る
・ベルサイユのばら
・トム・ソーヤの冒険
・ニルスの不思議な旅
・うる星やつら
これらの有名アニメの声優をしているほか、「日本の昔ばなし」の語り手もしています。
声優としての松金よね子さんの代表作は、映画「ロッキー」の吹き替えでしょう。
ヒロインであるエイドリアンの吹き替えを「ロッキー」シリーズの1~5まで担当しており、これを知ってから「ロッキー」シリーズを見ると、また違った印象になるかもしれません。
松金よね子は若い頃からロックファン&自宅にお宝が?
松金よね子さんは、若い頃からロックファンだったそうです。松金よね子さんのルックスとロックという部分が結びつかないですよね。
忌野清志郎の追っかけをしていた
松金よね子さんは大の忌野清志郎さんのファンです。若い頃から忌野清志郎さんのライブに行き続け、追っかけをしているほどの熱烈なファンでした。
そこから、飯尾に「清志郎のライヴがある日は一切仕事を入れない」と紹介されて「それは出任せ。仕事第一、2番目が清志郎です」と笑う、女優の松金よね子
「仕事が第一、2番目が清志郎」とは、かなり気合が入ったファンですね。
また、笑っていいとも!を卒業後、いいともの名物コーナー「テレフォンショッキング」のゲストが忌野清志郎さんだった日、松金さんは客席で一般客と一緒に番組を見学していたんです!
生放送中に舞台に上がって、忌野清志郎さんと写真を撮るということもありました。
ローリングストーンズのお宝が自宅にあった
松金よね子さんはローリングストーンズのデビュー当時からの大ファンでもありました。
海外までローリングストーンズのライブを見に行くこともありますし、音楽雑誌やローリングストーンズの日本版CDに文章を寄稿することもありました。
家の壁は、ローリングストーンズのポスターで埋め尽くされていたこともあるそうです。
2019年4月23日のテレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」には、自宅に大切に保管していたローリング・ストーンズのメンバー5人のサイン入りポストカードを鑑定に提出。
本人評価額30万円のところ、25万円の鑑定結果となりました。このお宝のポストカードは、1961年に宣伝用に作られた貴重なものとのことです。
また、松金よね子さんはローリング・ストーンズの追っかけをしていたことがあるようで、新幹線のホームでミック・ジャガーの髪の毛に触ったこともあるんだとか。
筋金入りのローリング・ストーンズの大ファンなんですね。
松金よね子は若い頃酒癖が悪かった
松金よね子さんは、若い頃は酒癖が悪かったと語っていました。
30歳の頃、柄本明さん率いる東京乾電池に客演した時には、松金よね子さんは役者として壁にぶち当たってしまったことがありました。
即興でみんなでアイディアを出し合いながら舞台を作っていくインプロという手法でやっていたのですが、アイディアが浮かばず、周りからも「つまらない」と言われて思い悩んでいました。
その時、お酒の力を頼ってしまったようです。松金よね子さんはお酒を飲んで気分を盛り上げて稽古場に行きました。自分を解放できるかもと考えたようです。
ただ、結果は大失敗でした。
自分では楽しくて楽しくてしょうがないんだけど、周りから見たら酒の勢いを借りてやってるだけの芝居で、柄本さんたちに諭されて大いに反省しました。
周りに諭してくれる人たちがいて良かったですよね。
また、お酒を飲んで帰った後、マンションの前で転んだのに、そのまま髪の毛を洗って寝てしまい、朝起きたら枕に血がべったりついていたこともありました。
そんな日々を送っていたら、お酒を飲んでいる時、突然湿疹ができてしまい、病院に。
医師に「お酒を1週間やめるか、一生やめるかどちらかを選べ」と言われて、お酒をセーブすることになったそうです。
医者に行ったら「このまま飲んでいたら一生飲めなくなりますよ。1週間やめるか一生か、どっちかを選びなさい」と言われたので、軽い気持ちで「ビール少しくらいなら大丈夫ですよね」と返答したら「あなた、一生飲めなくてもいいんですね」と一喝されました。
お酒を飲んで湿疹ができるなんて、飲み過ぎて肝臓に負担がかかりすぎていたのでしょうか。松金よね子さんはロック好きでお酒好きなんて、「人は見た目によらない」ですね。
松金よね子に似ている芸能人
松金よね子さんに似ていると言われる芸能人は2人います。
竹原芳子さん
竹原芳子
生年月日:1960年2月10日
出身:大阪府
身長:147cm
血液型:B型
活動:女優
竹原芳子さんは、旧芸名はどんぐりさんです。大ヒット映画「カメラを止めるな!」に出演して、一躍有名になった女優さんですね。
存在感のあるルックス・演技と特徴的な大阪弁の女優さんで、「カメラを止めるな!」の後にも、深田恭子さん主演の「ルパンの娘」に出演して話題となりました。
2021年3月31日に、どんぐりという芸名から本名である竹原芳子に改名して活動を続けることを発表しています。
この竹原芳子(どんぐり)さんは、確かに松金よね子さんに似ています。似ている要素は次のような点でしょうか。
・コミカルな演技のコメディエンヌ
・つぶらな瞳
コミカル度は松金よね子さんよりも竹原芳子(どんぐり)さんのほうが上ですが、女優としての経歴・実績は松金よね子さんのほうが上ですね。
実際の年齢は松金よね子さんのほうが10歳上なのですが、竹原芳子さんのほうが上に見えます。
越智志保(Superfly)さん
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越智志保(Superfly)
生年月日:1948年2月25日
出身:愛媛県今治市
身長:153cm
血液型:A型
活動:シンガーソングライター
越智志保さんは、音楽ユニットSuperflyのメンバー(現在は越智志保さんのみ)です。
圧倒的な声量と力強いボーカルの本格的なボーカリストとして人気があります。「愛をこめて花束を」や「タマシイレボリューション」、「フレア」などの代表曲を持っています。
松金よね子さんと越智志保さんは、小柄な身長という以外にあまり共通点はありません。松金さんは女優、越智志保さんはシンガーソングライターです。世代も違いますよね。
でも、言われてみれば、確かに顔が似ています。目元が少し奥目っぽいからでしょうか。
「実は松金よね子さんと越智志保さんは親子関係だった」と言われても、納得してしまうくらい似ていますよね。(実際は違います)
松金よね子は結婚しているが子供はいるか不明
松金よね子さんはプライベートをほとんど明かしていませんが、結婚はしているようです。
いつ結婚したのかは不明で、もともとは同じ劇団の研究生だった男性でしたが、俳優活動は途中で辞めて、郵便局員として働いていたそうです。
「同じ劇団の研究生」だったとのことですので、テアトル・エコーで出会ったと思われます。
松金よね子さんは1969年にテアトル・エコーに研究生として入団していますので、その時に出会い、結婚したのかもしれません。
ということは、松金よね子さんは1970年代に結婚した可能性が高いですね。
子供がいらっしゃるかどうかはわかっていません。
1980年代に入ってからは、長期の休みをほとんどとらずに働いているようですので、お子さんがいらっしゃるなら、1970年代に出産していると思われます。
松金よね子の現在
松金よね子さんは、現在も女優を精力的に続けています。
ただ、松金よね子さんが1986年に結成した岡本麗さんと田岡美也子さんとの3人の演劇グループ「グループる・ばる」は、2018年12月に解散し、32年間にわたる活動に終止符を打ちました。
しかし、それからも松金よね子さんは女優活動を続け、たくさんの作品に出演し続けています。
2020年以降の作品だけでも、次のものがあります。
<ドラマ>
・贋作 男はつらいよ 第1話(2020年1月5日)
・田園ボーイズ(2020年)
・おかしな刑事 京都スペシャル(2020年1月19日)
・三浦部長、本日付けで女性になります。(2020年3月21日)
・ディア・ペイシェント 第7回(2020年8月28日)
・おかしな刑事 京都スペシャル2(2020年9月20日)
・イチケイのカラス(2021年)
・生きるとか死ぬとか父親とか(2021年)
・阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし(2021年11月8日)
・正直不動産 第6話(2022年5月10日)
・初恋の悪魔(2022年)
・オクトー 〜感情捜査官 心野朱梨〜(2022年7月28日)
<映画>
・いのちの停車場(2021年)
・太陽とボレロ(2022年)
<舞台>
・マミィ!(2021年)
・本日も休診(2021年)
70代になっても、これだけの作品に出演し続けるのは本当にすごいバイタリティですね。
松金よね子のまとめ
松金よね子さんのプロフィールや経歴、若い頃のエピソードや結婚の有無や旦那・子供について、現在の活動などをまとめました。
松金よね子さんは今後も、名バイプレーヤーとして活動し続けていくものと思われます。