日本の代表的な冤罪事件である「足利事件」ですが、犯人として逮捕された菅家利和さんの賠償金や真犯人が話題です。
今回は足利事件の概要、DNA鑑定結果や裁判の経緯、賠償金額、ルパン似や藤田など真犯人説もまとめました。
この記事の目次
足利事件は歴史に残る冤罪事件
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足利事件の容疑者について報道された記事
歴史に名を残す足利事件について、まずは概要から見ていきましょう。
どんな事件だったのか?
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足利事件が起こったのは1990年5月12日。栃木県足利市にあるパチンコ屋の駐車場から4歳の女児が行方不明になりました。
翌日、家族の願いも虚しく、女児は渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見されました。
事件発生付近の時間帯には、該当の女児と不審な男性が歩いている姿が多数目撃されていることが判明。
栃木県警の捜査で浮かんだ容疑者として、地元在住の当時45歳の男性・菅家利和さんが逮捕されました。
裁判で菅家利和さんの無期懲役が確定したものの、再度捜査の末、菅家利和さんの冤罪が確定したのが2010年のこと。
しかし、「真犯人は誰なのか」という謎が現在でも残っています。
足利事件の被害者は行方不明後、多くの人に目撃されていた
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事件被害者の松田真美さん(当時4歳)
足利事件の謎が多いと言われる理由の1つに、被害者の女児について目撃証言が多数あったにも関わらず、真犯人が見つかっていない点があります。
ここでは、被害者の女児と目撃証言について紹介します。
複数の同じような証言が集まった
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目撃証言として美術教師が描いたスケッチ
被害者の女児は、栃木県足利市在住の当時4歳だった松田真美さんでした。
白いシャツと赤いスカートという目立つ服装だったため、行方不明になった時間帯が夕方だったにも関わらず、複数カ所で目撃証言が集まりました。
不審な男性と松田真美さんが一緒にいるところを見かけたという、買い物中だった女性、ゴルフの練習をしていた男性、美術教師の女性がカメラ取材に応じました。
特に美術教師は「何年経っても松田真美さんの服装や不審者の男性と歩く様子が、スケッチに描けるレベルで今も鮮明に記憶している」と証言し、実際にスケッチ画像が公開されています。
また、ゴルフの練習をしていた男性が証言した、不審な男と松田真美さんが向かったという方向の先で遺体が見つかっていることから、目撃証言は信ぴょう性が高いようです。
しかし、目撃証言が多かったにも関わらず、現在も真犯人は見つかっていません。
足利事件で菅家利和が犯人として逮捕された理由はDNA鑑定だった
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足利事件では、当時のDNA鑑定が決定打になり、菅家利和さんが逮捕されました。
しかし、菅家利和さんと家族にとって到底納得できるものではありませんでした。
プロファイリングで容疑者に
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栃木県警は、「地元の独身男性で子供が好き」というプロファイリングによる人物像を割り出し、容疑者となる男性を絞っていったそうです。
事件当時、幼稚園のバスの運転手だった菅家利和さんに前科はなく、日頃の生活に関しても何ら問題はありませんでした。
どうやら、中年の独身男性かつ子供が好き、という特徴だけで、犯人ではないかと色眼鏡で見られてしまったようです。
刑事らが、勤務先に菅家利和さんについて聞き込みを行ったところ、菅家利和さんは幼稚園を解雇されたようで、逮捕時の職業は「無職」と紹介されています。
1991年12月2日には、松田真美さんの下着に付着していた体液のDNAが菅家利和さんのものと合致したという理由が決定打となり、菅家利和さんは逮捕されました。
DNA鑑定で型が一致したと発表
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鑑定されたDNAは、菅家利和さんの家から出されたゴミ袋を回収し、ティッシュペーパーなどを採取した結果、合致する型のDNAが発見されたとのこと。
ここで疑問視されたのは、ゴミ収集業者に対して、当時の県警が捜査令状や許可証を発行した、本来あるべき捜査の手続きを踏んでいたのか曖昧だという点です。
基本的にゴミの収集場は複数の家庭のゴミが集まっているため、正式な手続きを踏まないと他の家庭のゴミを選択してしまう可能性もあると指摘されています。
菅家利和さんの父親は、息子が逮捕されたことにショックを受け、逮捕後に亡くなっています。母親は息子の無実を1人信じ続けて、冤罪が確定する2年前に他界しています。
出所した菅家利和さんは、母親の死を釈放後に聞かされて胸が詰まったそう。「事件が家族と自分の人生をバラバラにした」と、当時の悔しさを語っています。
足利事件の捜査の問題点① 取り調べ方法が問題視された
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取り調べのやり方に対して憤る菅家利和
こうして、DNA鑑定の結果が動かぬ証拠して逮捕された菅谷利和さんは、当時の捜査についてどうしても納得できないと、書籍やインタビューで捜査の在り方に波紋を投げかけました。
ここからは、菅家和利さんが指摘する、容疑が固まっていない状態の任意同行、逮捕後の取り調べ、当時のDNA鑑定の精度について紹介します。
任意同行が強引すぎた
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栃木県警察から任意同行を求められた際、菅家利和さんは刑事から、被疑者である松田真美さんの写真を突きつけられ、「謝れ」と怒鳴り散らされました。
テレビで事件についての知識があったので、どのように対応して良いのか全くわからず、写真に向かって手を合わせて冥福を祈った菅家利和さん。
その様子を見た刑事から「おまえが、やったんだろ」と追い打ちをかけるように畳みかけられ、愕然とした状態のまま、警察署に向かったそう。
任意同行は、その名の通り「任意」のはずでしたが、当時同僚の結婚式に招待されていた菅家利和さんは出席させてほしいと懇願したものの、警察から許可が下りませんでした。
このことから鑑みると、取り調べに携わった刑事達は、菅家利和さんを犯人だと信じて疑わなかったのだろうと見られています。
取り調べで暴力を振るわれて自白?
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現在では、容疑者に取り調べを行う際に倫理的な観点で作られたルールがあることが知られていますが、足利事件当時の取り調べはかなり酷いものだったそうです。
何度も「おまえがやったんだろう」「やってません」の押し問答が続き、精神的に参っている状態で、髪の毛をつかまれて引っ張られたり、蹴飛ばされたりと人権を無視したものでした。
そして、自白を強要されるうちに恐ろしくなってしまった菅家利和さんは、やってもいない事件を認めてしまったそうです。
この時感じた無力感について、菅家利和さんは後に自著「虚偽自白過程モデル」で以下のように語っています。
無実の人は、やっていないのだから「私はやっていない」とちゃんと言えば取調官もわかってくれるはずだと思う。
にもかかわらず、いくら言っても取調官は聞いてくれない。だからこそ無力感に陥るのである。
引用:なぜ無実の人間が犯行を自白するのか? – Yahoo!ニュース https://news.yahoo.co.jp/
強要されたとは言え、「やった」と言ってしまった後、取返しの付かない事態に陥ってしまったと気が付いた時の絶望感は相当なものだったと思われます。
足利事件の捜査の問題点② DNA鑑定の精度
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この事件は、様々な観点で捜査のずさんさを指摘されていましたが、その筆頭と言われるのがDNA鑑定です。
精度の悪さが後から浮き彫りに
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当時の資料によると、利用されたのは「MCT型1181DNA鑑定」と呼ばれるもので、1000人に1人程度の確率でDNAがヒットしてしまう精度の低さで、かなり信憑性が薄いものでした。
日本人全員がこのDNA鑑定を行うと、12万人を越える人が合致する計算になりますね。
精度が低いDNA鑑定にたまたま合致してしまった菅家利和さんは、本当に不運だったとしか言いようがありません
足利事件で菅家利和の冤罪が確定するまでの経緯① 無期懲役が確定
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大きな話題を呼んだ足利事件は、菅家利和さんの逮捕から2年後の1993年7月、宇都宮地方裁判所で裁判が開かれ、菅家利和さんに無期懲役の判決が下されました。
そんな絶望的な状況の中で、菅家利和さんにとって希望の光に繋がる出会いがありました。
ここからは、冤罪が確定するまでの裁判の流れについて紹介します。
絶望的な状況の中、支援者が現れた
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菅家利和さんは、自白を強要されてやってもいない罪を認める自供をしたことで、圧倒的に不利な立場に追い込まれました。
後から「やっていない」と無実を訴えても、警察や世間の目をひっくり返すことはできず、1993年7月7日、無期懲役の判決を受けました。
菅家利和さんは希望を捨てずに無実を訴えて控訴しますが、1996年の東京最高裁ではこの控訴は棄却されています。
そんな状況下の中、足利市在住の主婦である西巻糸子さんという女性が、この事件の裁判結果に対して疑問を抱きました。
西巻糸子さんは、菅家利和さんと同じように、かつて幼稚園のバスの運転手をしていた過去があります。
本当に子供好きな人があのようなことをするのだろうか、と気に掛かっていたことで、足利事件に疑問を持つきっかけとなりました。
西巻糸子さんが拘置所に手紙を書くと、菅家利和さんからは無実を訴える返信が来ました。
この手紙を読んだ西巻糸子さんは、後に「菅家さんを支える会・栃木」を立ち上げて、身元引受人として名乗りを挙げたのです。
足利事件で菅家利和の冤罪が確定するまでの経緯② 再審から無罪確定へ
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その後の2000年、菅家利和さんの罪が確定し、千葉の刑務所に服役が決まりましたが、それでも菅家利和さんと「菅家さんを支える会・栃木」のメンバーは諦めませんでした。
DNA鑑定で身の潔白を証明
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精度の低いDNA鑑定で犯人にまつりあげられてしまった菅家利和さんでしたが、その後の裁判を通じて身の潔白を証明できたのもDNA鑑定でした。
2008年、日本テレビがニュースの特集コーナーで足利事件を取り上げ、当時のDNA鑑定の精度の悪さを指摘しています。
番組で取材を担当した、ジャーナリストの清水潔さんが「再度鑑定をした方が良いのでは」と提言しました。
これにより、すでに事件から年月が経過し、足利事件に対して薄れかけていた世の関心が再び集まることになったのです。
そして2008年12月、東京高裁でやっと菅谷利和さんのDNA鑑定を再度行うことが決定したのです。
2009年4月に発表された東京高裁の嘱託鑑定の結果によると、「菅家利和さんと被害者の下着に残された体液のDNA型には不一致部分が多く、到底同一人物とは考えられない」という内容。
つまり、真犯人は別にいるということになり、冤罪が実質確定した瞬間だったのです。
法的な無実の成立は、2010年3月に行われた公判にて無罪判決が言い渡されています。
当時の裁判長だった佐藤正信さんは、頭を深々下げて「17年半の長きにわたり自由を奪うことになりました。誠に申し訳なく思います」と、謝罪の言葉をかけています。
菅家利和さんは無罪が確定したものの、すでに逮捕から17年が経過していたことで、控訴時効が成立していました。
釈放記事が新聞の一面を飾った
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2009年6月20日、千葉県の刑務所に服役していた菅家利和さんは釈放され、記者会見を開いて「検察と栃木県警に謝罪してほしい」と涙をこぼして、悔しい気持ちを語りました。
翌日の新聞の一面は、菅家利和さんの釈放に関するニュースが飾りました。
元栃木県警の刑事だった森下昭雄さんは、取材にやってきた報道陣に対して「自供も得ているし、(菅家利和さんが)犯人だと信じている」とコメントを発表。
すると、森下昭雄さんのブログは大炎上。世論は、菅家利和さん側に付いたということになりますね。
足利事件で冤罪確定した菅家利和の賠償金は8千万円
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逮捕から17年の年月を冤罪の罪と共に生きてきた菅家利和さん。宇都宮地裁が、国から賠償金を支払うという旨の文章を交付しました。
交付金額8千万円という金額について、取材を受けた菅家利和さんは心境を語っています。
賠償金の一部は日弁連に寄付
支給される8千万円という賠償金は、1日当たりの上限金額1万2千円を日数でかける式を用いて算出されました。
菅家利和さんは、金額については妥当だろう、とコメント。そして、受け取った賠償金の一部を、これまで支えてくれた日弁連に寄付することを発表しています。
足利事件の真犯人① ルパンに似ている男性説
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足利事件は菅家利和さんの冤罪確定で一段落したかに見えますが、真犯人は誰なのかという謎は依然残ったままです。
DNA再鑑定の重要性をニュースで唱えたジャーナリストの清水潔さんは、真犯人について確信している、と語っています。
ルパン三世に似ている男性の証言多数
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ジャーナリストの清水潔さんが出版した著書『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―』内で、真犯人はルパン三世に似た男性であると断言。
この当時、北関東地域において女児が狙われた誘拐や殺人事件が起きており、これらの事件は全て同一人物の犯行だと考えているそうです。
足利事件発覚当初から、「ルパンに似た男性を見かけた」という証言も入っていて、日本テレビと清水潔さんによる、ルパン三世に似た犯人の足取りを追う地道な追跡が密かに行われました。
犯人を追い続けた結果、清水潔さんはルパン三世似の男性を特定。さらに独自で行ったDNA検査でも、この「ルパン」と事件の真犯人のDNAが合致したことも判明しています。
ただ、事件についてコメントを求めるところまで行ったのですが、逃げられてしまったそうです。
ここまで分かっていながら警察が動かない理由としては、警察のメンツがあると清水潔さんは考えているそう。
清水潔さんは、ルパン三世似の男性を逮捕することで、警察は間違った捜査をしたことを認めざるを得なくなるからだ、という持論を著書内で展開しています。
足利事件の真犯人② 藤田と呼ばれる男性説
駐車場で話しかけていた男性の証言
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犯人だと言われている人物は他にもいます。「藤田」という苗字のパチプロの男性だそうです。
事件当日、パチンコ屋の駐車場で被害者の松田真美さんに話しかけている様子だったという証言が上がっています。
しかし、藤田という男性について後追いで捜査をしている様子は無く、その後の有益な目撃情報も無かったため、犯人説はそのまま立ち消えになってしまいました。
まとめ
出典:https://www.news24.jp/
足利事件は、1990年5月12日、栃木県足利市のパチンコ店から4歳の女児が行方不明になり、翌日に遺体で発見された殺人事件で、日本の代表的な冤罪事件としても知られています。
被害者の女児と一緒に歩いている男性の姿が多数目撃されていたため、市内に住む独身男性というプロファイリングの結果、容疑者にされたのが菅谷利和さんでした。
無罪であったにも関わらず、菅家利和さんは県警の刑事からの厳しい取り調べに耐え切れず、嘘の自白をしてしまいました。その後、取り消そうにも取り合ってもらえず、無期懲役が確定。
しかし、2008年にテレビで足利事件が取り上げられると、世論が動き、菅家利和さんのDNA鑑定の再鑑定が行われて冤罪が確定しました。
ただ、真犯人は誰かという謎は以前残っています。
ルパン三世に似た男性や、藤田という男性など諸説が飛び交いましたが、結局、法的には時効を迎えているため、警察による捜査が及ぶことが無いまま現在に至っています。
菅家和利さんは賠償金8千万円を受取りましたが、当時の県警の捜査に対して憤りを持っている
ようです。
今後、二度とこのような冤罪が起こることがないよう、捜査方法や取り調べ方法が人道的なものであることを願いたいですね。