アルカイダとは?指導者や日本人テロ事件&現在をわかりやすく解説

「アメリカ同時多発テロ事件」を実行したとされるイスラム原理主義の国際的テロリスト集団「アルカイダ」の現在に注目が集まっています。

 

今回はアルカイダの成り立ちについてわかりやすく解説し、その目的指導者、日本人が犠牲になったアルカイダによるテロ事件、現在のアルカイダの状況などについてまとめました。

アルカイダとは?わかりやすく解説

 

出典:https://twitter.com/

 

「アルカイダ」とは、スンニ派(スンナ派)のイスラム教徒(ムスリム)を主体とした組織で、2001年に発生した「アメリカ同時多発テロ事件」、1998年に発生した「アメリカ大使館爆破事件」などを実行した国際テロ組織です。

 

なお、アルカイダは「アル・カーイダ」とも表記され、「カーイダ」とは「基地・基盤」などを意味する単語です。そのためアルカイダは英語直訳で「The Base」と訳されます。

 

そもそも、アルカイダの大元は1979年のソビエト連邦(ソ連、現在のロシア)によるアフガニスタン侵攻と戦う「ムジャヒディン(ジハード、聖戦を遂行する戦士)」を訓練するための拠点(軍事基地)でした。その軍事拠点がやがて、基地を意味する「カーイダ」と呼称されるようになったのです。

 

 

アルカイダを作ったのはウサマビンラディン

 

出典:https://twitter.com/

 

当初、ソ連軍と戦う目的でこの「アルカイダ」を作り上げたのが、後に世界で最も有名なテロリストとなるウサマビンラディンという人物でした。

 

ウサマビンラディンは、1957年3月10日生まれ、サウジアラビアの富豪の家の出身ですが、当時のサウジアラビアの有力者の慣習で、両親はウサマが生まれた後すぐに離婚しています。

 

その後、ウサマビンラディンは母親の再婚相手であるアッタス家の長男として敬虔なスンニ派のムスリムとして養育されました。

 

ウサマビンラディンは、1968年から1976年(11歳から19歳頃)にかけては、サウジアラビア西部の大都市・ジッダのエリート校で世俗的(宗教と切り離されている事)な教育を受けたものの、その後、キング・アブドゥルアズィーズ大学経済学部に進んでから、イスラム原理主義思想に傾倒するようになりました。

 

そして、1979年、ソビエト連邦軍がアフガニスタンへの侵攻を開始(当時のアフガニスタンの共産主義政権を支援するための軍事介入)すると、ウサマビンラディンは、アフガニスタンへと入国し、ソ連軍に抵抗するゲリラ(ムジャヒディン)を支援する活動を開始します。

 

1984年頃には、ウサマビンラディンは、エジプトやスーダンなどの外国から、ムジャヒディンの志願者を募り、本格的な軍事訓練を施してから、アフガニスタンの戦場へと送り込む組織「マクタブ・アル=ヒダマト(MAK)」を立ち上げました。

 

当時、ソ連とアメリカの冷戦状態が背景にあり、米国政府もCIAなどを通じてこの組織への援助を行っていました。そのため、アルカイダはアメリカが作ったとする見方があります。

 

そして、ソ連軍がアフガニスタンから撤退する直前の1988年、ウサマビンラディンはこの「MAK」を母体とする新組織「アルカイダ」を創設します。

 

 

アルカイダは反米路線を示し国際テロ組織に

 

出典:https://www.history.com/

 

1989年、ついにソ連軍がアフガニスタンから撤退すると、ウサマビンラディンはサウジアラビアへと帰国します。この時、ウサマとその軍団である「アルカイダ」は、強国ソビエト連邦を打ち負かしてイスラム世界を守った英雄として人々から賞賛されました。

 

しかし、1990年に入り、イラク軍がサウジアラビアの隣国クウェートに侵攻して占領すると、サウジアラビアもイラク軍の脅威に晒されると、ウサマビンラディンとサウジアラビア政府の間に意見の相違が生じる事になりました。

 

この時、サウジアラビア政府はイラク軍の脅威に対抗するためアメリカ軍を駐留させる方針を取ろうとしますが、これに「異教徒(キリスト教徒)の軍を聖なるモスクの地であるサウジアラビアに駐留させる事はあってはならない」として、ウサマビンラディンが強く反対したのです。

 

ウサマビンラディンは、自らのムジャヒディンの軍団によってイラク軍からの防衛に当たれば異教徒であるアメリカ軍の駐留など必要ないと提案しますが、サウジアラビア政府と交渉は決裂に終わり、米軍のサウジアラビア駐留が正式に決定します。

 

これに激怒したウサマビンラディンは反米、反サウジアラビア政府の姿勢を鮮明にします。ウサマビンラディンは1991年にサウジアラビアから追放される形で極秘出国し、アフガニスタンへと亡命。

 

その翌1992年にウサマビンラディンはスーダンへと渡り、ここを拠点として自身の軍団である「アルカイダ」を国際テロ組織へと発展させていく事になるのです。

 

前述の通り、ウサマビンラディンはサウジアラビアの富豪の家の出身であり数百億円規模の個人資産を持っていました。このウサマの個人財産や、麻薬取引、支援者からの寄付などを資金源としてアルカイダは世界中でテロ行為を繰り返すようになります。

 

1992年12月、アメリカ軍の滞在するイエメンのホテルがアルカイダによって爆破され、翌1993年2月にはニューヨーク世界貿易センターも爆破されています。

 

 

アルカイダへの圧力が強まるもテロはさらに激化

 

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こうしたテロ行為を受け、アメリカ政府は1993年にビンラディンやアルカイダを支援しているとしてスーダンをテロ支援国に指定、アメリカの意向を受けたサウジアラビア政府もビンラディンの国籍剥奪、資産凍結などの処置を取ります。

 

ビンラディンを匿い続けてきたスーダン政府も、1996年5月についにアメリカ政府やサウジアラビア政府からの圧力に負け、ビンラディンの国外追放を決定します。

 

これを受けてビンラディンはアフガニスタンへと亡命し、当時アフガンで政権を握っていたイスラム主義組織「タリバン」の庇護を受ける事になります。

 

1996年8月、ビンラディンはアメリカとの聖戦(ジハード)を宣言し、「異教徒のアメリカ軍をアラビア半島から駆逐せよ」と全世界のイスラム教徒(ムスリム)に向けて呼びかけました。

 

この布告に合わせてアルカイダも活動を活発化させ、1996年にサウジアラビアに駐留する米軍基地に対する爆破テロを起こし、1998年には在ケニア、在タンザニアの両アメリカ大使館を爆破するテロ事件も起こしました。

 

さらに、アルカイダは2000年にはイエメンのアデン港に停泊していたアメリカ海軍のミサイル駆逐艦「コール」への自爆攻撃を仕掛け、2001年にはついに世界中を震撼させた「アメリカ同時多発テロ事件」を引き起こしました。

 

これをきっかけにして、アメリカ政府は「テロとの戦い」を宣言し、2001年10月のアフガニスタン侵攻、2003年に勃発した「イラク戦争」へと発展していく事になります。

 

これに伴い、アルカイダ系組織のテロ活動はさらに活発化し、アメリカ人やその同盟国の民間人を狙った誘拐・殺害事件が頻発するようになります。この情勢の中で日本人の被害者も出ています。

 

 

ビンラディンが米軍に殺害された後もアルカイダの活動は続いている

 

 

2011年5月、アメリカ軍特殊部隊が、パキンスタンの邸宅でビンラディンを殺害したとCNNが報じました。ビンラディンの遺体は米軍によって回収され、DNA鑑定の結果、ビンラディン本人の遺体である事が確定しています。

 

創設者であるビンラディンが殺害された後も、アルカイダの活動は継続しており、世界各地でテロ事件を起こしています。

 

 

 

アルカイダの活動目的とは

 

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ここまで見てきたように、アルカイダの活動目的はアラブ圏から、異教徒であるアメリカおよび、その同盟国の勢力を排斥し、イスラム国家の指導者であるカリフを頂点とした「カリフ制国家」を建設する事だと考えられます。

 

また、アルカイダは、イスラム世界の防衛のためとして、反イスラエル、反ユダヤ人、反シオニズムといった思想を持っており、イスラム世界からユダヤ人勢力を排斥する事もアルカイダの活動目的だと考えられます。

 

アルカイダは、こうした目的達成の手段として全世界のイスラム教徒(ムスリム)に向けて「グローバル・ジハード」を呼びかけています。

 

アルカイダが「グローバル・ジハード」を掲げての宣言した内容は、イスラム世界は現在、アメリカやその同盟国、そしてユダヤ人勢力による「十字軍」の侵略・抑圧を受けており、そうした認識のうえで「十字軍勢力(米国およびその同盟国)」のあらゆる権益を打倒する事は、世界中の全てのイスラム教徒の義務であるというものです。

 

この事からも、アルカイダの明確な目的は、イスラム世界を米国とその同盟国やユダヤ人国家(イスラエル)から奪還し防衛する事だと考えられます。

 

 

 

アルカイダの指導者について

 

出典:https://en.wikipedia.org/

 

続いては、アルカイダの指導者について見ていきます。

 

 

アルカイダの設立者で精神的指導者・ウサマビンラディン

 

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ここまででも説明したとおり、「アルカイダ」は1988年にウサマビンラディンによって設立されました。それ以降、アルカイダの最高指導者は長年にわたってこのウサマビンラディンでした。

 

ウサマビンラディンは、過去に受けたインタビューで1957年3月10日に誕生した事を明かしています。父親はサウジアラビアで事業に成功した富豪のムハンマド・ビン・ラーディンという人物ですが、当時のサウジアラビアの成功者は、何人もの妻を娶って子供を作り離婚を繰り返すのが慣習でした。

 

ウサマビンラディンはムハンマドの10番目の妻・アリア・ガーネムとの間の子供でムハンマドにとっては17番目の子供でした。

 

慣習の通り、母・アリア・ガーネムはウサマの誕生後すぐに離婚し、ムハンマド・アル=アッタスという男性と再婚しています。アリアは新たな夫との間に4人の子供を儲けたため、ウサマビンラディンは4人の異父兄妹と共に育てられました。

 

ここまででも見てきたように、その後、ウサマビンラディンはイスラム原理主義思想に傾倒してアルカイダを設立し、その組織を使って世界中でアメリカとその同盟国に対するテロ行為を繰り返し行いました。

 

そして、ウサマビンラディンは2001年に発生した「アメリカ同時多発テロ事件」を主導した首謀者とみなされ、アメリカを中心とする対テロ戦争の有志連合からの追跡を受ける事になります。

 

その後、ウサマビンラディンはアフガニスタンのタリバン政権やパキスタン政府の保護を受けていましたが、2011年5月2日、パキスタン北西部の地方都市・アボッターバードの隠れ家にいるところをアメリカ海軍特殊部隊の襲撃を受け銃撃戦の末に殺害されました。

 

 

 

ビンラディンの後継として指導者になったアイマン・ザワーヒリ

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

ウサマビンラディンの死後、司令官(アミール)に就任し、アルカイダの最高指導者になったと見られているのがアイマン・ザワーヒリという人物です。

 

アイマン・ザワーヒリはエジプト・カイロの生まれで、カイロ大学医学部で学んだ医師でもあります。若い頃からイスラム主義に興味を持ち、イスラム原理主義組織である「ムスリム同胞団」や「ジハード団」で活動を行いました。

 

ソ連・アフガニスタン戦争時にウサマビンラディンらが設立した「MAK」の活動にも参加し、その後のアルカイダ設立にも関わりました。

 

その後、アイマン・ザワーヒリは、アルカイダのナンバー2の指導者として活動するようになり、アメリカとその同盟国およびユダヤ人勢力との聖戦を促す声明もビンラディンとの連名で出しています。

 

アメリカ連邦捜査局(FBI)はアイマン・ザワーヒリを最重要手配犯として追跡していますが、捕縛に至っていません。現在も生存しているとされ、アフガニスタンとパキスタンの国境付近に潜伏していると見られています。

 

 

 

アルカイダのテロ行為による日本人の被害者

 

アルカイダのテロ行為によって、これまでに大勢の被害者が出ていますが、その中には日本の民間人も複数含まれています。アルカイダのテロ行為による日本人の被害者について見ていきます。

 

 

日本人1人が死亡したフィリピン航空434便爆破事件

 

出典:https://ja.wikipedia.org/

 

1994年12月11日、当時は欧米圏や東アジア圏ではほとんど知られていなかったアルカイダがフィリピン航空の旅客機を時限式爆弾で爆破するというテロ事件を起こしました。

 

この「フィリピン航空434便爆破事件」では、農機具メーカーに勤めていた当時24歳の日本人男性が爆発に巻き込まれ死亡しています。

 

このテロ事件では、ジェット燃料に引火しなかったため旅客機の空中爆発は免れましたが、爆弾の仕掛けられた座席に座っていた日本人男性は即死、その周囲に座っていた乗客10名も負傷する大きな被害を出しました。

 

しかし、日本人男性が巻き込まれ死亡したにも関わらず、この事件で国際テロ組織「アルカイダ」の名前が国内で大きく報じられる事はありませんでした。

 

 

日本中に衝撃を与えた日本人青年・香田証生さん殺害事件

 

出典:https://twitter.com/

 

2001年の「アメリカ同時多発テロ事件」をきっかけに、アメリカを中心とした有志連合は、アフガニスタン戦争、イラク戦争を戦いました。

 

2003年5月にイラク戦争終結宣言が出され、日本政府もイラクの復興支援を目的として自衛隊をイラクに派遣しました。

 

この自衛隊のイラク派遣によって、日本人も一部の過激なイスラム原理主義者達の標的となり、2003年11月29日、イラク復興支援のためにイラクに赴任していた奥克彦さんと井ノ上正盛さんの外交官2名がテロリストに襲撃され殺害される事件が起こりました。

 

こうした極めた危険な情勢にあったイラクで、2004年10月27日、「イラクの聖戦アルカイダ組織」を名乗る集団が、当時24歳の日本人・香田証生さんを人質に取り、インターネットで、48時間以内にイラクから自衛隊が撤退しなければ香田証生さんを殺害するという犯行声明を出します。

 

日本政府は「テロに屈しない」との立場からこの要求を拒否。その後、香田証生さんは、イラクの聖戦アルカイダ組織によってナイフで首を切断され殺害され、同年10月31日に、バグダッド市内で遺体となって発見されました。

 

同年11月2日、イラクの聖戦アルカイダ組織は、星条旗の上に跪かせた香田証生さんの首を切断して殺害する動画をインターネット上で配信し、犯行声明を出しています。

 

この事件は、民間の日本人がアルカイダに残虐な方法で殺害された事件として日本中に衝撃を与えました。

 

なお、この事件の犯行グループ「イラクの聖戦アルカイダ組織」は、元々はアフガニスタンを拠点に設立された「タウヒードとジハード集団」を名乗るイスラム原理主義集団で、2004年にアルカイダと合流し「イラクの聖戦アルカイダ組織」を名乗り始めたと見られています。

 

アルカイダには、こうした派生的な集団が世界中に数多く存在し、最高指導者だったビンラディンが彼らに直接命令を下していたわけではなく、反米・反ユダヤなどの大きな目的に沿って、それぞれが独自の判断で行動していたとされます。

 

 

イスラム・マグレブ諸国のアルカイダによる人質事件でも日本人10名が死亡

 

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2013年1月に発生し、日本人10名が犠牲になった「アルジェリア人質事件」も、ウサマビンラディンに忠誠を誓う「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」というイスラム過激派組織から派生したアルカイダ系武装集団「イスラム聖戦士血盟団」による犯行でした。

 

犯行グループは、2013年1月16日未明、アルジェリア東部にある天然ガス精製プラントを襲撃しました。その天然ガス精製プラントは、現地アルジェリアの企業と、イギリスやノルウェー、日本などの先進諸国の企業とが合同で経営しており、日本企業としては建設大手の「日揮」が参加しており、同社やその関連企業から多くの日本人が現地に赴任して働いていました。

 

犯行グループは、アルジェリア人150名と日本人10名を含む外国人41名を拘束して人質に取って施設内に立てこもり、セルヴァル作戦(マリ共和国のイスラム過激派攻撃のためにフランスが行なった作戦)のフランス軍の撤退および、政府に拘束されているイスラム過激派メンバーの釈放などを要求します。

 

この事態に対し、アルジェリア政府は軍による犯行グループ掃討作戦を展開し、攻撃ヘリによる空爆後、特殊部隊を突入させて犯行グループを制圧します。その後、日本人10名の死亡が確認されました。

 

事件に巻き込まれたアルジェリア人の労働者の証言によれば、犯行グループは日本人など先進国から赴任していた人間を狙って襲撃してきたようで、襲撃の段階で少なくとも日本人9人が殺害されていたと見られています。

 

 

 

アルカイダの現在

 

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現在もアルカイダは存在していますが、ビンラディンというカリスマ的指導者が殺害された事で、イスラム原理主義者達からの求心力を大きく失ったと見られています。

 

さらに、イスラム国(ISIS)が台頭すると、多くのイスラム過激派組織がイスラム国に鞍替えし、アルカイダは支持基盤を失う事になりました。

 

また、現在の最高指導者とされるアイマン・ザワーヒリには人望がなく構成員から人気を得られず、決断力もないため他のイスラム過激派組織からも軽んじられているという事で、現在アルカイダは弱体化の一途を辿っていると言われていました。

 

しかし、2019年に入り、アメリカをはじめとする有志連合の支援を受けたクルド人勢力によりISISは勢力を失い掃討されつつあります。これによって、アルカイダが勢いを盛り返す可能性が指摘されていました。

 

出典:https://www.bbc.com/

 

そして、2019年3月頃には、ウサマビンランディンの3番目の息子である、ハムザ・ビンラディンが、アイマン・ザワーヒリの後継者として足場を固めつつあるとの報道が出ており、カリスマ的指導者だったウサマビンラディンの息子でムジャヒディンからの高い人気を誇るというハムザが最高指導者に立つ事で、アルカイダは復活を遂げるのではないかとの見方が強まりました。

 

ところが、2019年7月31日、このハムザ・ビンラディンが死亡したらしいというニュースを、アメリカメディアが一切に報じました。詳細は不明ですが、どうやらアメリカ当局が関与しての暗殺ではないかとの情報も出ています。

 

この有力指導者候補だったハムザ・ビンラディンの死が事実だとすれば、アルカイダ戦闘員達の士気の低下や、アルカイダの求心力がさらに低下した事は間違いなく、現在のアルカイダは極めて厳しい状況にあると見られています。

 

 

まとめ

 

今回は、2001年の「アメリカ同時多発テロ事件」などを実行したとされるイスラム原理主義を掲げる国際テロリスト集団「アルカイダ」についてまとめてみました。

 

アルカイダは、ウサマビンラディンというカリスマ的指導者の下で、アメリカやその同盟国、ユダヤ人勢力などを標的とした数々の大規模テロ事件を起こし、日本人を含む多くの人々を殺害してきました。

 

アメリカとその同盟国は「テロのとの戦い」を掲げて、アルカイダの掃討に乗り出し、2011年5月にはウサマビンラディンの殺害に成功しています。

 

ウサマビンラディンの死後、アルカイダは勢いを失ったとされ、イスラム国(ISIS)の台頭や指導者のカリスマ性の低下などもあって、現在は極めて厳しい状況に立たされていると見られています。

 

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