トムラウシ山遭難事故の詳細!生存者や前田和子・奇声の経緯・会社社長とガイドのその後も総まとめ

トムラウシ山での遭難事故では多くの方が死亡しましたが、自力で下山した前田和子さんが話題です。

 

今回はトムラウシ山遭難事故の死者と生存者、奇声を出す者もいた遭難の経緯や原因、ツアー会社社長やガイドのその後、現在を紹介します。

トムラウシ山遭難事故とは

 

北海道にある大雪山系のトムラウシ山は「カムイミンタラ―神々の遊ぶ庭」として崇めらる名峰ですが、2006年7月16日、日本の登山史上最も悲惨な遭難事故が発生しました。 

 

ガイド・付き添い役3人を含む18人のパーティーが遭難し、うち8名が低体温症で死亡、1名が行方不明、 同様に美瑛岳で遭難した6人パーティーでは1名が死亡する遭難事故となりました。 

 

このまれに見る大惨事となった「トムラウシ山遭難事故」は、夏山でも低体温症で死亡者が続出するような遭難が起きることを世間に認識させました。 

 

 

トムラウシ山遭難事故が起きた場所とは

トムラウシ山遭難事故

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/

 

トムラウシ山は、北海道の旭岳の南側にある標高2141メートルの山で、登山家・深田久弥の著書『日本百名山』でも紹介されています。

 

非常に登山ルートのアプローチが長いため、必然的に数日かけての登山となり、危険は伴いますが、神々が住んでいると感じさせる美しい山並みに魅せられて、多くの登山者が訪れます。

 

化雲岳とヒサゴ沼分岐中間地点にある「神遊びの庭」からトムラウシ山を望むことができますが、まさに天上の山と言うにふさわしい絶景です。

 

 

トムラウシ山遭難事故での死者・生存者一覧

 

「トムラウシ山遭難事故」に遭った登山パーティ18名のうち、死者と生存者をそれぞれ紹介します。

 

この後の章で「トムラウシ山遭難事故」の詳細を説明するにあたり、ガイドや登山者の実名は伏せて、アルファベットで表記しますのでご了承ください。 

 

 

・男性ガイドリーダー甲/61歳/死亡 

・男性ガイド乙/32歳(登山歴12年)/ 生存

・男性ガイド丙/38歳/生存

・男性客 A/64歳/生存

・男性客 B/61歳(登山歴12年)/生存

・男性客 C/65歳(登山歴33年)/生存

・男性客 D/69歳(登山歴53年)/生存

・男性客 E/66歳(登山歴6年)/死亡

・女性客 a/64歳(登山歴16年)/生存

・女性客 b/68歳(登山歴十数年)/生存

・女性客 c/55歳(登山歴7年)/ 生存

・女性客 d/62歳/死亡

・女性客 e/69歳(登山歴10年)/死亡

・女性客 f/68歳(登山歴十数年)/死亡

・女性客 g/61歳(登山歴16年)/生存

・女性客 h/59歳/死亡

・女性客 i/64歳(登山歴10年)/死亡

・女性客 j/62歳(登山歴十数年)/死亡

 

 

ガイド2人以外は、全員が60歳前後で、しかも登山歴が10年を超えるベテランメンバーが多かったことが分かります。

 

 

トムラウシ山遭難事故の詳細:ガイドは天候が荒れることを知っていたがツアーを決行

 

2009年7月13日 ツアーが開始される

 

2009年7月13日、登山ツアーに参加する客が全国各地から新千歳空港に集合し、チャーターしたバスで、宿泊先である東川町の旭岳温泉に向かいました。 

 

ガイド乙が天気予報を確認したところ、初日の14日は問題ないものの、15日と16日は天候が荒れるとの予報でした。

 

しかし、ツアーは決行されています。

 

 

トムラウシ山遭難事故の詳細:夜から雨が降り始めて天候が悪化

トムラウシ山遭難事故

出典:https://www.yamakei-online.com/

 

7月14日の早朝5時50分頃、予定どおり登山パーティーは宿を出発し、旭岳ロープウェイ姿見駅から旭岳山頂に到着しました。

 

そして松田岳、北海岳、白雲岳の12キロのルートを歩き、初日の宿泊場所である白雲岳避難小屋を目指します。

 

5~6合目にさしかかった約30分間ほどは歩きにくいぐらいの強風が吹いていたようですが、山頂に着く頃に風は弱まったようです。

 

そして、霧がかかっていたもののおおむね晴れであり、旭岳山頂からトムラウシ山が見渡すことができました。

 

ちなみに、山頂で女性が1人嘔吐するなど、軽い高山病にかかっています。

 

宿泊予定の避難小屋に到着すると、ガイドリーダー甲とガイド乙は管理人に挨拶をして、小屋の1階部分を登山パーティで使わせてもらうことになりました。 

 

パーティーは談笑しながら夕食をとりますが、61歳の女性客gだけは体調がすぐれず、スープとお茶だけしか口にできなかったようです。 

 

夕食後はガイド3人が打ち合わせをし、その際に携帯電話で天気予報のWebサイトを確認します。

 

予報によると、翌日の午後には寒冷前線が通過するため、登山予定のルートの天候が悪化することが予想できました。

 

そのため、出発の予定時刻を早めることになり、登山パーティは18時過ぎに就寝していますが、すでにこの日の夜から雨が降り始めています。

 

 

7月15日 天候は最悪に

 

7月15日の早朝5時にパーティーは宿を出発しましたが、予報よりも天候の悪化は早く、朝から大雨でした。

 

ただ、無風だったため、全員雨具を着ていましたが体感温度はさほど低くはなかったようです。

 

女性客gは前日から体調が変わらず不調のままで、朝食もスープとお茶だけでした。

 

パーティは忠別岳、五色岳、化雲岳を経由して、一般的な予定時刻よりも早い10時間弱で16キロの距離を歩きます。

 

しかし雨は強まる一方で、登山道が川のようになってぬかるみ、非常に歩きにくかったため、宿への到着時刻は予定よりも遅く、15時前になりました。

 

ヒサゴ沼避難小屋に到着すると静岡のパーティーと一緒になりましたが、メンバーは特に疲弊した様子もなく、楽しく談笑して過ごしています。

 

とはいえ、避難小屋は雨漏りがひどく、大人数が入るにはとても狭かったようです。

 

そのため、濡れた体や装備を乾かすようなスペースは確保できず、ずぶ濡れになった寝具にくるまるしかなかったため、体力や体温を回復できませんでした

 

登山メンバーは19~20時頃に就寝しています。

 

 

トムラウシ山遭難事故の詳細:体力を回復できないまま出発

トムラウシ山遭難事故

出典:https://subeight.files.wordpress.com/

 

パーティーは午前3時45分頃に起床します。早朝5時頃に出発予定でしたが、あまりに雨風が強かったため、避難小屋で待機しました。

 

ガイドリーダー甲は、パーティーメンバーに、山に登ることよりも無事に全員下山することが一番大切であるため、トムラウシ山には登らず、迂回して下山を目指すことを伝えました。

 

ガイド乙と丙がラジオで天気予報を確認したところ、昼過ぎから晴れるとの予報が出ていたため、天候が良くなることを見込んで出発することを決めました。

 

しかしこの時、メンバーはガイドたちの決定に不安を感じていました。

 

雨漏りだらけの小屋は夜も強い風雨が入り込んできて、体が乾かず、誰もまともに寝れていませんでした

 

体力が回復していない上に、悪天候の中を出発するのは危険だと考える人が多かったのです。

 

 

7月16日5時半 体力が無くなり始める

 

ガイドリーダー甲は、迂回ルートにある雪渓を登る時間帯を考慮し、出発を30分遅らせ、7月16日早朝5時半頃、パーティーは避難小屋を出発します。

 

なお、この後にも同会社のツアー客が到着予定だったため、炊事用具と10人用テント1張、4人用テント1張を小屋に置いて行きます。

 

滑落防止のためにメンバーはアイゼンを装着していますが、登山歴の浅い人は付けるのに手間取ったため、予定より時間がかかったようです。

 

雪渓はシェルパがスコップで足場を固めていったため、パーティーはスムーズに歩いて行くことができました。

 

しかし、前日も風雨に打たれて夜も寒い中過ごしたことや、悪天候の中を進むことで、高齢のメンバーの中には体力が限界に近くなってくる人も出始め、歩行スピードが次第に遅くなります。

 

なんとか無事雪渓を歩き切ったものの、主稜線までのコースを歩く頃には風が非常に強くなっており風速25メートルにも及んだだため、風を受けて転倒する人もいました。

 

暴風のため、先頭を歩くガイド乙の声もパーティーに届かない状況でしたが、ガイド丙は強風が吹くたびに、身を低くしてしゃがむことを繰り返し伝えます。

 

ガイドリーダー乙はヒサゴ沼の風があまり強くなかったことから主稜線まで行くことを決めていましたが、強風の場合は天人峡のエスケープルートに変えることも考えていたようです。

 

 

7月16日8時30分頃 いよいよ遭難の気配が漂う

 

パーティーは出発から約3時間後、ロックガーデンに到着しました。 

 

この時も風雨が強い状態でしたが、雪面ではなく岩場で足場が安定していたため、足並みが乱れつつありながらも比較的まとまって歩けていたようです。

 

しかし、後発組の静岡のパーティーに追い越された9時30分頃になると、66歳の男性Eの足取りがおぼつかない状態になり、次第に座り込むようになります。

 

そのため、ロックガーデンを抜けた先にある窪地で風をしのぎ、食事と水分補給をすることにしました。 

 

 

トムラウシ山遭難事故の詳細:あまりの寒さに奇声を挙げる者・脱落者が続出

トムラウシ山遭難事故

出典:https://encrypted-tbn0.gstatic.com/

7月16日10時頃 低体温症になり動けなくなるメンバーが続出

 

天候に問題がなければ3時間で到着するところ、パーティは6時間近くかかって山頂下の北沼に到着しました。

 

登山道を横切っている北沼は激しい雨で増水し、膝ぐらいまでの水深の大きな川となっていたため、パーティーはガイド乙とガイド丙の補助によりなんとか渡っています。

 

しかし、全員が渡りきるまでは時間がかかり、激しい雨にふきさらされたままパーティーの体温はどんどん下がり続けました。

 

また、ガイド丙もパーティーが渡るのを補助していたところ、転倒してずぶ濡れになっています。

 

このように全員が著しく体力を奪われた結果、パーティは細かなコミュニケーションを取る余裕がなくなっていました。

 

 

7月16日10時半頃 奇声を上げる客も

 

北沼の川を渡った先にある分岐の手前にさしかかったところで、68歳の女性客fが低体温症になります。

 

ガイドやパーティーが懸命に声をかけて体を揺すりましたが、女性客fは次第に意識が薄れていき、反応がなくなりました。

 

ガイドらが必死に女性客fの介抱をする間、パーティーは2時間近く待機することになっています。

 

その他の客は低体温症になった人を取り囲んで、風よけになっていましたが、他人を守る余裕も次第になくなり、女性客の中には「寒い、寒い!」と叫び声をあげる人も出始めました。

 

さらに、62歳の女性客dが嘔吐して発狂し、奇声を挙げ始めます

 

するとパーティー内にヒステリーが伝播し、男性客Cは「これは遭難だ!救援を要請しろ!」とリーダー甲に怒鳴りました。

 

リーダー甲は男性客Dが所持していた小型の簡易テントをその場に設営し、歩けなくなった女性客fに付き添うことになり、残りのパーティーは先に進むことになります。

 

しかし、テントを設営した場所から少し歩いたところで女性客hが意識不明に陥りました。

 

そのため、ガイド乙は持っていた簡易テントを岩場の陰に設営し、女性客3人g、h、jと男性客Dの5人でビバーク(緊急野営)することになりました。

 

 

トムラウシ山遭難事故の詳細:パーティはバラバラに、ガイドの1人は責任放棄のような発言も

出典:https://pixabay.com/

 

7月16日12時頃  ついに意識不明者が続出し始める 

 

リーダー甲、ガイド乙、男性客D、女性客3人g、h、j以外のパーティは、トムラウシ山頂を迂回して西側の平坦なコースを通って下山を続けました。

 

ビバーク地点から少し離れたところで昼食をとり、程なく出発しましたが、男性客Eと女性客eが南沼キャンプ場に到着する少し手前から足取りが遅れ始めます。

 

そのため、男性客Eには男性客B、女性客eには女性客bが付き添いました。

 

ガイド丙は先を急ぐあまり、遅れた人を待つことはしませんでした。その結果、パーティーは先頭から最後尾まで長く延びた隊列となり、全員の状況が確認できなくなりました。

 

ガイド丙のそうした行動を見た女性客aは「どなたもついてきていませんよ。待ってあげなくていいんですか?」 と忠告します。

 

すると、ガイド丙は「救助を呼ぶために早く下山する」と責任を半ば放棄したような発言をしました。

 

そうした中、歩みが遅くなっていた女性客eに付き添って後から来た女性客bは、トムラウシ分岐の少し先で女性客dが倒れているのを発見したため、2人の腕を抱えて下山を続けます。

 

女性客bはその後、通りかかった男性客Cに手助けをお願いし、2人を引っ張りながら雪渓を滑り降りましたが、男性客Cは自分には荷が重いと感じたため1人で去ってしまいました。

 

女性客bはそれでも諦めずに2人を引っ張って歩いていましたが、とうとう足腰に限界が来てつりそうになったため、岩陰に腰を降ろして休むことにしています。 

 

一方、体力の限界を迎えて座り込んでしまった男性客Eを男性客Bが発見します。

 

しかし、男性客Eは既に意識が薄れており、自分1人では無理だと判断した男性客Bは、ひとまずその場を離れ、女性客3人(b、d、e)のいる場所に追いつきました。

 

女性客bは男性客Bにサポートをお願いし、男性客Bが女性客d、eを連れてガイド丙を呼び戻すために先を急ぎます。

 

その後、トムラウシ公園上部まで進みましたが、13時40分に女性客d、eは気を失って呼びかけにも応じなくなったため、男性客Bは諦めてその場を離れました。

 

男性客Cは、トムラウシ公園の辺りでビバークするのに適した場所を探していました。

 

そこへ追いついてきた女性客bが男性客Cを見つけ、ビバークしたら死んでしまうから先に行きましょうと励まし、一緒に歩き出しました。

 

 

トムラウシ山遭難事故の詳細:7月16日15時頃 初めての救援要請

出典:https://pixabay.com/

 

続々と遅れるパーティメンバーを置き去りにしたガイド丙でしたが、7月16日14時頃には自身も体力の限界を迎え、前トム平とコマドリ沢分岐の間で座り込んでいました。

 

その後、女性客aに励まされて再び立ち上がり、ガイド丙と女性客aは前トム平に到着します。

 

女性客aは地図を持っていたものの、前トム平の先の位置関係がよくわからなかったため、1人で迷ってしまった時でも分かるように写真を撮影しました。

 

そして、写真を撮影し終わった直後、女性客aの携帯電話に夫から着信があり、 ガイド丙に頼まれて15時55分に初めての110番通報することができたのです。

 

ただ、電話に出た警察側は遭難場所を尋ねますが、ガイド丙は疲労のあまりろれつが回らない状態で上手く伝えられないまま、まもなく携帯電話のバッテリーが切れてしまいました。 

 

ガイド丙は諦めずに、自分のザックから携帯電話を取り出して電話をかけたものの繋がらず、ハイマツの上に寝そべってメールを打ち続けました。

 

そこに男性客Aが下山してきたため、女性客aは男性客Aとガイド丙を励まし続けましたが、もはやガイド丙は歩けない状態だったため、諦めて2人で下山することにしました。

 

その後、ガイド丙が意識朦朧としているところに女性客bと男性客Cが下山してきました。

 

男性客Cは一言だけ声をかけ、下山を続けます。女性客bはしばらくその場にとどまってガイド丙に声をかけ続けましたが、下山してきた男性客Bと話し合い、ガイド丙を置いて下山します。

 

 

トムラウシ山遭難事故の詳細:限界に達して亡くなるメンバーが続出

7月16日16時頃 女性客iが亡くなる

 

女性客cと女性客iは16時頃、トムラウシ公園上部で休憩していましたが、その後、女性客iは体力の限界を迎えて立ち上がれなくなりました。

 

女性客cは女性客iにシュラフをかけて介抱するものの、16時28分に女性客iはついに意識不明になり、18時半頃には冷たくなっています。

 

女性客cは女性客iが亡くなっていることを確認していましたが、夜に下山をするのは危険だと判断し、その場にビバークして救助を待つことにしました。

 

 

7月16日16時半頃 ガイド乙が救助要請

 

ガイド乙は南沼キャンプ場へ向かう途中の16時38分、同社の札幌営業所に社長宛てに、7人が下山できないため救助必要であること、4人くらいが助からないことなどをメールで伝えます。

 

そして南沼キャンプ場付近に男性客Eが倒れているのを発見しましたが、すでに亡くなっていました。

 

キャンプ場には、登山道整備業者が残していったテントや毛布、ガスコンロがあったことから、それらをビバーク地点に持ち帰っています。

 

 

7月16日18時頃 多数のメンバーが亡くなる

 

男性客D、女性客3人(g、h、j)のビバーク地点に戻ってきたガイド乙は、持ち帰ったテントを設営してガスコンロをつけて暖をとりました。

 

そして18時半頃、ようやく携帯電話がつながり、ガイド乙は新得署に現在のビバーク地点と、近くに男性客Eが倒れていることを伝えました。

 

女性客gは一時的に行動食を食べられるまでに回復したものの、19時頃に女性客j、20時頃に女性客hが意識不明となり、蘇生を試みたもののそのまま亡くなっています。

 

20時頃、 通報を受けた新得署員3人が同山短縮登山口に車両2台で到着しました。

 

 

トムラウシ山遭難事故の詳細:7月16日深夜 男客Aと女性客aが自力で下山

 

7月16日19時頃 男性客Cは仮眠を取るために別れる

 

男性客Bと女性客bは男性客Cと合流し、しばらく一緒に行動していましたが、Cは途中でビバークをするために2人と別れ、30分ほど仮眠を取ってからまた下山を開始しました。

 

23時頃、定時連絡があるはずの時刻にガイド乙から連絡がなかったため、署からガイド乙へ電話を試みましたが、電波不良により通じませんでした。

 

そのため、23時45分には、新得町から正式に自衛隊へ救助要請が出されています。

 

その後、23時55分に男性客Aと女性客aが温泉登山口に自力で下山することができました。

 

 

7月17日の時系列の出来事

 

ここからは時間の経過は細かいため、時系列で出来事を列挙したいと思います。

 

 

午前0時55分…男性客Bと女性客bが温泉登山口に自力で下山

 

午前1時10分…自衛隊員が新得署に到着。

 

午前3時半…女性客aの話から、パーティは離れ離れになっていることが判明。

 

午前3時53分…警察、消防署員各3人の計6人が短縮登山口から捜索登山を開始。

 

午前4時…道警航空隊、自衛隊ヘリコプターなど計3機が、上空からの捜索を順次開始。

 

午前4時頃…ガイド乙はリーダー甲が設営した簡易テントに戻ったが、テントは風に飛ばされて岩に引っかかっており、リーダー甲と女性客fの生存は絶望的だった。

 

午前4時38分…捜索隊が前トム平で女性客dを発見。ヘリで収容し、短縮登山道から救急車で清水町の日赤へ搬送されたが死亡

 

午前4時45分…男性客Cが温泉登山口に自力下山。

 

午前5時01分…前トム平で女性客eを発見。呼びかけに応答はなく、ヘリで引き上げて帯広厚生病院へ搬送したが死亡

 

午前5時16分…前トム平手前で下山中の女性客cを発見し、ヘリコプターで救出。短縮登山口に降ろして事情聴取をした。

 

午前5時30分…自衛隊地上部隊が北沼付近で生存者3人と倒れている4人を発見。

 

午前5時35分…トムラウシ分岐付近で意識不明の男性客Eを発見、帯広厚生病院に搬送したが、その後死亡を確認

 

午前5時45分…道警ヘリが北沼西側付近で手を振っている2人、同東側に倒れている2人を発見。5時30分に地上部隊が発見した遭難者だった。

 

午前6時半頃…南沼キャンプ指定地近くで女性客fを発見したが、その後死亡を確認

 

午前6時32分…南沼キャンプ場付近で寝袋にくるまっているツアー関係者以外の登山客とみられる男性1人を、先行していた地上部隊の1人が発見し救助した。

 

午前6時50分…自衛隊が男性3人(ガイド甲、ガイド乙、D)、女性4人(g、h、i、j)の救助を完了。ガイド甲と女性3人(h、i、j)は意識不明だったが、のちに死亡を確認

 

午前9時36分…自衛隊ヘリコプターが南沼東側付近で、当ツアー関係者以外の単独行の登山客男性1人の遺体を発見し収容。

 

午前10時44分…コマドリ沢付近の雪渓(ハイマツの上)で倒れていたガイド丙を、当ツアー関係者以外の登山客が発見して救助。帯広厚生病院に搬送され、仮死状態だったが回復した。

 

 

トムラウシ山遭難事故のその後:ツアー会社社長とガイド2人は書類送検されたが不起訴

 

事故後、ツアーを主催した会社の社長と、ツアー客を引率し生き残ったガイドの2人は、北海道県警に務上過失致死傷容疑で書類送検されました。

 

しかし、釧路地検は会社の安全対策には一定の行為性があったことを認め、ガイド3人も可能な限り義務を果たしたと結論付けて、不起訴となっています。

 

 

トムラウシ山遭難事故の原因

 

この「トムラウシ山遭難事故」を引き起こしてしまった最大の原因は、 天候が荒れることを予測しながらもツアーを決行してしまったガイドの判断ミスが挙げられました。

 

この背景には、ツアー参加者は全国から集まってくる単独者が多く、延期をすると、宿泊や航空機などのスケジュールの調整が非常に困難だったことが考えられます。

 

そのため、 多少無理をしてでもツアーを決行したようです。

 

 

トムラウシ山遭難事故の現在:「前田和子」が話題に


「トムラウシ山遭難事故」で注目されたのは、還暦を超えた高齢な方々が過酷な状況下で、驚異的な身体能力を発揮して生き残ったことでした。

 

その中でも、一番初めに自力で下山した女性客aである、前田和子さんが有名になりました。

 

トムラウシ山は、五合目の前トム平までが凄い。と山の「弱者」は思う。急峻な壁をよじ登って、一度また川の流れが見えるくらいの位置まで下りてしまう。そして再び急峻な壁をよじ登ってたどり着くのが五合目、少し大げさに言えば、前トム平までに二つの山を登るような思いにさせられる。

 そんなところを真夜中、前田さんは、9時間をかけて自力で下山されたのである。降雨強風のなかを出発して、実に18時間以上を歩き続けた。そのしめくくりが、昼間、晴天のなかでも厳しいトムラウシ山の下山であった。疲れるほどにつらいのは登るより下ること、滑る足元に気を配りながら「自分」の体をささえるのは、「他人」の体をもうひとつ背負うくらいのことであるけれど、あの日、自力で下山したひとたちは、神業とも思えるようなことを成し遂げて、「自分」の命を救った

 前田和子さんも、その一人である。

 

引用:大雪山系トムラウシ山遭難 その3

 

 

まとめ

 

2006年7月16日に発生した、日本の登山史上最悪な遭難事故の1つに数えられる「トムラウシ山遭難事故」についてまとめてきました。

 

悪天候の中を18人のパーティが遭難し、続々と力尽きていく様子を時系列で追っていくと、自然の恐ろしさや判断ミスが命とりであることがとてもよく分かります。

 

それでも、ほとんどのメンバーが我先に助かろうとはせず、動けなくなったメンバーを助けるなど、過酷な状況下でも人としての尊厳が失われていなかったことは本当に素晴らしいですよね。

 

「トムラウシ山遭難事故」で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

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