横田慎太郎の死因と最期は?父と姉など家族や結婚・病気と闘病・追悼試合や告別式も総まとめ

阪神タイガースで活躍した元プロ野球選手の横田慎太郎さんが28歳の若さで亡くなりました。

 

この記事では横田慎太郎さんの生い立ちや父親や母親、姉ら実家の家族、結婚、引退の理由となった病気や失明などの苦難、現在や死因、追悼試合や告別式などについてまとめました。

横田慎太郎のプロフィール

 

横田慎太郎のプロフィール

 

生年月日:1995年6月9日

没年月日:2023年7月18日(没年28歳)

出生地 :東京都

出身地 :鹿児島県東市来町(現在の日置市)

身長  :187cm

血液型 :O型

 

横田慎太郎さんは、2014年から2019年にかけて阪神タイガースに所属した元プロ野球選手です。

 

強豪の鹿児島実業高校時代にはエースで4番の主力選手として活躍し、2013年のドラフトで2位指名を受けて外野手として阪神タイガースに入団。打撃、走塁、守備の全てにおいて高いポテンシャルを示し、将来の主軸候補として期待されました。

 

プロ入り3年目の2016年には開幕スタメンを掴んで1軍で32試合に出場しますが、翌年の2017年シーズンの春季キャンプの途中に脳腫瘍が発覚し離脱し、シーズンオフには育成契約となります。

 

リハビリを経て、2018年シーズンの春季キャンプには初日から参加し、その後も復活を目指して2軍でトレーニングを積んでいましたが、脳腫瘍の後遺症による視力の低下に苦しみ、2019年シーズンを最後に引退を決断しユニフォームを脱ぎました。

 

現役引退後は、自身の経験を伝える講演やコラム執筆活動などを展開し、阪神のOBで人気選手だった川藤幸三さんのYouTubeチャンネル「川藤部屋」に出演しYouTuberとしても活動していました。

 

2021年には自身の半生を綴った著作「奇跡のバックホーム」を発表。2022年3月にはテレビドラマ化もされて大きな反響を呼びました。

 

しかし、そんな矢先の2022年3月に脳腫瘍の再発が判明。闘病生活を送っていましたが、容態が悪化し2023年7月18日に28歳という若さでこの世を去りました。

 

 

 

横田慎太郎の生い立ち

 

出典:https://373news.com/

 

横田慎太郎さんは、1995年6月9日に東京都で生まれました。父親の横田真之(よこた・まさし)さんはその年は西武ライオンズでプレーしていたプロ野球選手で、1995年シーズン終了後に現役を引退しています。

 

父親の横田真之さんは現役引退後は、知人の焼肉店で働きながら料理人を目指し修行し、横田慎太郎さんも3歳までは東京で育ちました。

 

父親の横田真之さんが妻(横田慎太郎さんの母親)の実家の鹿児島県東市来町(現在の日置市)に移住して、九州の郷土料理「だご汁」などを提供する料理店を開店させたため、横田慎太郎さんも3歳からは鹿児島県東市来町で過ごしています。

 

横田慎太郎さんはその後、小学校3年生(湯田小学校)の時に、地元の東市来町湯田ソフトボール少年団でソフトボールを始め、東市来中学校では軟式野球部に所属し全国大会出場も果たしています。

 

高校は九州屈指の野球強豪校「鹿児島実業高校」へと進学して野球部に所属し、1年生の秋から4番を任されるなど才能を示しています。3年生からはエース投手としても活躍し、投打の要としてチームを引っ張りましたが甲子園出場は叶いませんでした。

 

その抜群の身体能力がプロ野球スカウトの目に留まり、2013年のドラフト会議で阪神タイガースからの2位指名を受けて入団。プロ野球選手になりました。

 

 

 

横田慎太郎の実家

 

出典:https://onmyoji-stage.jp/

 

横田慎太郎さんの実家は生い立ちでも触れたように、鹿児島県日置市です。

 

父親の横田真之さんは飲食店を経営されていましたが、現在はすでに閉店しており、現在は実家で飲食店を営んでいるというわけではないようです。

 

横田慎太郎さんの実家の家族構成は、父親と母親と兄弟は姉が1人の4人家族です。横田慎太郎さんの実家の家族については次の見出しから紹介します。

 

 

 

横田慎太郎の家族① 父親は元プロ野球選手の横田真之

 

横田慎太郎の父親・横田真之のプロフィール

 

生年月日:1962年11月26日

出身地 :高知県南国市

身長  :173cm

 

横田慎太郎さんの父親は、ロッテオリオンズ(現在の千葉ロッテマリーンズ)、中日ドラゴンズ、西武ライオンズでプレーした元プロ野球選手の横田真之さんです。

 

横田慎太郎さんの父親の横田真之さんは、走攻守三拍子揃った外野手で、1984年のドラフトで駒澤大学からロッテオリオンズに4位入団しました。

 

ロッテオリオンズ時代は1年目の1985年と2年目の1986年に打率3割をマーク(ほぼシーズン全試合出場)し、いずれもベストナインに選ばれています。

 

その後もレギュラー格として活躍を続け、1993年シーズンからは中日にトレード移籍。1995年に西武ライオンズでプレーしたのを最後に現役を引退されています。

 

 

 

横田慎太郎の家族② 母親のまなみさんは元ミス鹿児島

 

出典:https://gachinnko.net/

 

横田慎太郎さんの母親は、若い頃にミス鹿児島に選ばれた事もあるまなみさんという鹿児島県出身の女性です。

 

横田慎太郎さんが阪神タイガースにドラフト指名された2013年10月30日の報道では、母親のまなみさんの年齢は51歳と紹介されていたので、2023年の現在は61歳前後のはずです。

 

父真之さん(50)はロッテなどで俊足巧打の外野手として活躍。母まなみさん(51)。

 

引用:阪神ドラ2横田 大先輩・杉内と対決熱望

 

 

 

横田慎太郎の家族③ 姉の真子さんは美人だと話題に

 

出典:https://last-letter-c.com/

 

横田慎太郎さんの家族には1993年生まれの2歳年上の姉の真子さんがいます。

 

横田慎太郎さんの姉の真子さんも元プロ野球選手の父親から受け継いだ高い身体能力を持ち、鹿児島女子高等学校ではバレー部に所属し、2年生時にはインターハイ(全国高校総体・女子バレーボール種目)で2位の成績を収めています。

 

高校卒業後は鹿屋体育大学へ進学して女子バレー部に所属しアタッカーとして活躍。大学卒業後は、実家鹿児島県の地元民放局の南日本放送に就職し、情報番組「ズバッと!鹿児島」などテレビ・ラジオ番組の制作に関わりました。

 

横田のブレークは家族にも波及。インターネットを中心に“美しすぎる姉”真子さん(22)が注目を集めている。 元ロッテの外野手だった父・真之さんの血を受けて、弟と同様に真子さんも故郷・鹿児島でバレーボールでならした“アスリート美女”だ。高校2年時に出場したインターハイで全国2位。進学した名門・鹿屋体育大でもアタッカーとして活躍した。現在は地元民放局・南日本放送の人気情報番組『ズバッと!鹿児島』のスタッフとして番組を支えている。

 

引用:阪神・横田“美人姉”もブレーク!? バレーボールでインターハイ2位

 

当時は、横田慎太郎さんの姉としてBSのプロ野球中継中に紹介された事もあり、ネット上で画像が拡散されて横田慎太郎の姉が美人と話題になった事もありました。

 

現在は南日本放送は退職されているようです。退職の理由については結婚とも噂されていますが詳細は不明です。

 

 

 

横田慎太郎は結婚はしておらず独身だった

 

横田慎太郎さんは結婚はされておらず、生涯独身でした。

 

プロ野球選手時代も恋人の噂などは1度も出ておらず、ひたむきに野球に打ち込んでいたと見られています。

 

横田慎太郎さんはプロ野球選手として将来を嘱望されていましたが、ブレークを果たす前に脳腫瘍の病気が発覚しプロ野球の夢を諦めざるを得なくなり、その後も講演や執筆などで前向きに活動を続けられていたものの闘病が続いていたため、結婚を考える余裕は持てなかったのかも知れません。

 

ちなみに、横田慎太郎さんは阪神タイガース時代には女性ファンからの人気が非常に高く「結婚したい」といった声も多く見られました。

 

 

 

 

 

横田慎太郎の引退は2019年24歳の時で理由は病気

 

出典:https://cloudfront-ap-northeast-1.images.arcpublishing.com/

 

横田慎太郎さんは2019年シーズンを最後に現役を引退しました。

 

横田慎太郎さんは引退当時24歳の若さで、プロ野球選手としてはまだこれからという年齢でしたが、病気(脳腫瘍)の後遺症によって視力が低下した事などを理由に引退を決断されました。

 

横田慎太郎さんは2019年9月22日に会見を開き、現役引退を表明されました。

 

背番号124のユニホーム姿で臨んだ会見では、改めて「今シーズンをもちまして、ユニホームを脱ぐ決断をしました」と自らの言葉で説明。引退を決断した理由には「自分の打った打球が見えない」など、目の影響によるところが大きいと言い「自分で決めたこと。全く後悔はありません」と話した。

 

引用:阪神横田「自分の打った打球が見えない」引退会見

 

 

 

横田慎太郎の引退試合の「奇跡のバックホーム」が話題に

 

出典:https://www.nikkansports.com/

 

引退会見から4日後の2019年9月26日、横田慎太郎さんは阪神鳴尾浜球場で開催のウエスタンリーグ(2軍公式リーグ)のソフトバンクホークス戦に出場し、これが引退試合となりました。

 

横田慎太郎さんはこの引退試合が、病気発覚以来1096日ぶりの公式戦出場でした。

 

横田慎太郎さんは試合終盤の8回表ツーアウト2塁の場面からセンターの守備につき、ソフトバンクの塚田正義さんが放ったセンター前ヒットを捕球し、鮮やかなノーバウンド送球によるバックホームで2塁走者を刺すというファインプレーを見せました。

 

この引退試合での横田慎太郎さんの見事なバックホームは話題となり、「魂のバックホーム」、「奇跡のラストプレー」などと称賛を浴びました。

 

横田慎太郎さんが引退後に発表した著作「奇跡のバックホーム」のタイトルは、この引退試合でのプレーに因んで付けられたものです。

 

この引退試合終了後、横田慎太郎さんの引退セレモニーも行われ、阪神のチームメイトである髙山俊さん、梅野隆太郎さん、北條史也さん、中谷将大さんの4人が作った騎馬に乗りマウンドに移動し、ファンや関係者に向けて挨拶をするという演出も施されました。

 

引退セレモニーには、当時の阪神の1軍監督だった矢野燿大さんをはじめ、阪神タイガースの主力選手を含む関係者が多く出席し、横田慎太郎さんの挨拶に涙を見せていた方も大勢いました。

 

横田慎太郎さんはセレモニー終了後には、駆けつけたファン1人1人と丁寧に握手をされていました。

 

 

 

横田慎太郎の病気は脳腫瘍で闘病しながら現役を続けていた

 

出典:https://www.sponichi.co.jp/

 

横田慎太郎さんの引退理由となった病気は「脳腫瘍」でした。

 

横田慎太郎さんの病気が発覚したのは、前年に開幕スタメンを掴み1軍定着への期待が高まっていた2017年シーズン開幕前の春季キャンプ(1軍キャンプメンバーに選ばれていた)での事でした。

 

横田慎太郎さんは、このキャンプの中盤頃から原因不明の頭痛に悩まされるようになって2月11日に無念を噛み締めながら1人離脱して帰阪。

 

大阪での精密検査により脳腫瘍が発見され、半年にわたって入院治療を受け18時間に及ぶ2度の手術も受けています。横田慎太郎さんは厳しい治療を乗り越え、同年9月2日に寮に戻ってトレーニングを再開。

 

阪神球団は横田慎太郎さんがリハビリをしながら完全復活を目指す事として、一時支配下登録から外し育成契約を結んだ事を発表しました。

 

阪神球団は、横田慎太郎さんの年俸を支配下時代の金額から据え置きとし、背負っていた背番号「24」も横田慎太郎さんの復帰まで空番として扱う(他の選手に与えない)など全面バックアップの姿勢を示しています。

 

横田慎太郎さんは2018年の春季キャンプには初日から参加し、独自のメニューを主体としながらも一部全体練習にも加わり、病気から徐々に回復している事をアピールしました。しかし、同シーズン中での公式戦出場は叶いませんでした。

 

2019年もキャンプ初日から参加し、打撃練習以外の通常メニューに加わりましたが、病気の後遺症による視力の低下が顕著となり実戦への復帰は難しい状況となっていました。

 

それでも阪神球団は2020年シーズンも横田慎太郎さんと育成契約を結ぶ意向を示していましたが、横田慎太郎さんは自身の体調を鑑みて2019年シーズンいっぱいでの引退を決断されたのでした。

 

 

 

横田慎太郎は右目の失明など苦難が続くも屈する事なく活動

 

 

現役引退後、横田慎太郎さんは実家のある鹿児島県へと戻り、これまでずっと実家や寮での誰かのサポートを受けながらの生活だった事から「自分だけの力で生活する事を経験しておきたい」との意向により、鹿児島県内で一人暮らしを始めています。

 

同時に、横田慎太郎さんは自身のプロ野球選手になるまでや病気になってからの経験を伝えるための講演や執筆活動もスタートさせ新たな人生に踏み出しました。

 

また、横田慎太郎さんは、川藤幸三さん(阪神の元選手で勝負強さと人情味溢れる性格で非常に人気が高かった)のYouTubeチャンネル「川藤部屋」にプロデューサーの肩書きで参加し、独自のコーナーも担当するなどYouTuberとしても活動し、ファンとの交流や現状報告などを行なってくれていました。

 

 

 

一方で、横田慎太郎さんは病気は症状が落ち着かず、足や腰の強い痛みに見舞われて病院で検査を受けたところ、脊髄に腫瘍が転移している事が判明。2020年から2021年にかけて6ヶ月入院し、抗がん剤や放射線による治療を受けています。

 

2021年4月には、「川藤部屋」に出演して、病気の治療の経緯と腫瘍が消滅した事などを発表。

 

2021年5月12日には自身の半生を綴った著作「奇跡のバックホーム」を発表し、同年12月13日には、NHK総合のドキュメンタリー番組「逆転人生」にて「神様がくれた奇跡のバックホーム」が放送され、横田慎太郎さんの病気発覚後のリハビリや引退試合までの映像、本人の体験談、再現ドラマなどが紹介されました。

 

2022年3月13日には、テレビ朝日系列で特別番組として「奇跡のバックホーム」のドラマが放送され、阪神ファンとしても知られる俳優の間宮祥太朗さんが横田慎太郎さん役を演じました。

 

しかし、2022年3月には脳腫瘍の2度目の再発(再再発)が判明し、その影響によって右目を失明するというさらなる苦難が降りかかっています。

 

横田慎太郎さんは脳腫瘍の度重なる再発と右目の失明という苦難にも屈する事はなく、リモートによる講演活動を2022年12月まで続けました。横田慎太郎さんは最後まで前向きな姿勢を見せて、講演の参加者に向けて「一緒に乗り越えましょう!」と呼びかけ、多くの人々に勇気を与えていました。

 

右目が失明し、両手をついて階段を上り下りしてまでも会場に駆けつける時もあった。引退後だけで2度の再発という過酷な現実を前にしても「利他の心」を失うことなく前進した。

 「一緒に乗り越えましょう!」

 昨年に入って講演の参加者にはそう呼びかけるようになったという。大好きだった野球を、そして、生きることを。全てを決して諦めなかった。

 

引用:元阪神・横田さん死去 母・まなみさんが明かした生への執念「本当に頑張りました」

 

 

 

横田慎太郎の現在と最期…死因は脳腫瘍で2023年7月18日に28歳の若さで死去

 

2022年に病気(脳腫瘍)が再再発した横田慎太郎さんは、2023年春に治療を終えて療養生活を送っていました。

 

しかし、2023年5月中旬に医師から「余命は1週間から2週間」と宣告を受け、その後も病状が悪化し、最期は2023年7月18日の午前5時42分に父親と母親、姉ら家族に見守れながら静かに亡くなられたとの事です。

 

横田慎太郎は、いつまでも変わらない“全力疾走”で太く短い生涯を駆け抜けた。17年に発症し、引退後も脊髄に転移した脳腫瘍が再々発したのは昨年3月。今春には治療を終えて、療養に入っていた。

 息を引き取ったのは18日午前5時42分。横田さんが愛し、尊敬し、支えられてきた父・真之さん、母・まなみさん、姉・真子さんの家族に見守られながら静かに旅立った。

 

引用:元阪神・横田慎太郎さん死去、28歳 昨年3月に脳腫瘍が再々発 家族に見守られて旅立つ

 

死因は「脳腫瘍」と発表されています。まだ28歳の若さでした。

 

 

 

横田慎太郎の追悼試合も開催

 

出典:https://news.ntv.co.jp/

 

横田慎太郎さんの死去を受けて、2023年7月25日のウエスタンリーグ公式戦の阪神鳴尾浜球場のソフトバンク戦(2軍試合)と、セントラルリーグの甲子園球場での巨人戦(1軍試合)が、横田慎太郎さんの追悼試合として開催されました。

 

甲子園での試合前には、一緒にYouTubeで活動していた川藤幸三さんが「野球を心から愛し、野球に命をかけた男を今一度、偲んでやってください」と観客に向けて呼びかけました。また、スクリーンには、2019年の引退試合で横田慎太郎さんが見せた「奇跡のバックホーム」の映像が再び流され、観客からは大きな拍手が起こりました。

 

ファンの方の中には涙を見せている方も少なからずいらっしゃいました。

 

 

 

横田慎太郎の告別式には多数の関係者が参列し沿道にも多くのファン

 

出典:https://www.nikkansports.com/

 

横田慎太郎さんの告別式は2023年7月22日(通夜は21日)に実家のある鹿児島県日置市内で営まれました。

 

告別式には阪神球団の社長の百北幸司さん、川藤幸三さん、元阪神選手の西田直斗さん、鹿児島実業時代の恩師である久保克之名誉監督、宮下正一監督ら関係者が参列しました。

 

告別式の斎場では「六甲おろし」(阪神タイガース応援歌)が流され、父親の横田真之さんの挨拶中には、横田慎太郎さんの現役時代の登場曲「栄光の架橋」(ゆず)が流されました。

 

また、岡田彰布監督や楽天の石井一久監督、阪神のレジェンドOBである掛布雅之さんら多くの野球関係者からも弔電が届けられました。

 

告別式の斎場外の沿道には、100人を超える多くのファンが駆けつけ、出棺の時にはファン達が六甲おろしや横田慎太郎さんの現役時代のヒッティングマーチが歌われ、「慎太郎ありがとう!」の声もかけられるなど、多くのファンがその死を悼んでいました。

 

 

 

まとめ

 

今回は、阪神タイガースでプレーした元プロ野球選手で、2023年7月18日に28歳という若さで亡くなった横田慎太郎さんについてまとめてみました。

 

横田慎太郎さんは、元プロ野球選手の横田真之さんを父親に持ち小学生時代にソフトボールを始め、中学時代の軟式野球、鹿児島実業に進学後に硬式野球部で活躍した生い立ちを持ちます。

 

横田慎太郎さんの実家は鹿児島県日置市で、家族は父親の元プロ野球選手の横田真之さん、元ミス鹿児島の母親のまなみさん、高校時代にバレーでインターハイ出場の経歴を持つ姉の真子さんがいます。また、横田慎太郎さんは結婚はされておらず、生涯独身でした。

 

横田慎太郎さんは2019年に24歳で引退しており、理由は病気でした。横田慎太郎さんの病気は「脳腫瘍」で、2017年の脳腫瘍発覚後も復活を目指して現役を続けられていましたが、後遺症による視力の低下に悩まされ2019年いっぱいで引退を決断。

 

引退後、横田慎太郎さんは自身の経験を伝えるため講演会や執筆活動を精力的に展開されていましたが、その後も度重なる脳腫瘍の再発。その影響による右目の失明など数々の苦難が降りかかりました。しかし、横田慎太郎さんはそうした苦難に屈する事なく、最後まで前向きなメッセージを発信し多くの人々に勇気を与えてくれていました。

 

現在、横田慎太郎さんが2023年7月18日に死去した事が発表され、死因は「脳腫瘍」と発表されています。7月22日には告別式が営まれ、多くの関係者の他、100人を超えるファンが訪れて、横田慎太郎さんの旅立ちを見送りました。

 

7月25日には横田慎太郎さんの追悼試合も組まれ、訪れた多くのファンが往年のプレーや引退後の活動を偲びました。

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