重田康光(光通信社長)の現在!経歴と資産・嫁と子供(息子/娘)・自宅も総まとめ

大企業「光通信」の創業者で代表取締役CEOの重田康光さんの文春報道が話題です。

 

この記事では重田康光さんの光通信を大企業に導くまでの伝説的な経歴、結婚した嫁や息子や娘などの子供、自宅や総資産、現在話題になっている文春オンラインの報道内容についてまとめました。

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)のプロフィール

 

重田康光のプロフィール

 

生年月日:1965年2月25日

出身地 :東京都清瀬市

 

重田康光(しげた・やすみつ)さんは、東証プライム上場の情報通信業の大企業「株式会社光通信」の代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)を務める大物実業家です。

 

総資産額は数千億円とも言われる世界的な大富豪としても知られ、アメリカの経済誌フォーブス誌の億万長者ランキングにも毎年度その名前が登場しています。

 

重田康光さんは1990年代の携帯電話やPHSが急速に普及した黎明期に、携帯電話の販売代理店「HIT SHOP」を全国展開して大成功を収め、1996年には当時の史上最年少での31歳での株式の店頭公開を達成し、1999年には34歳にして「光通信」の東証1部上場を成し遂げています。

 

光通信の株価の急騰により、1999年のアメリカ経済誌フォーブス誌の富豪ランキングで250億ドル(当時のレートで約2兆6000億円)の資産を持つ第5位にランクインして紹介され、一躍時代の寵児となります。当時のランキングではなんと、あのマイクロソフトのビル・ゲイツ会長と同率の5位でした。

 

この当時、重田康光さんは当時のITバブルを牽引する存在として、「情報通信ベンチャーの雄」、「変化対応型スピード経営を実践する若き経営者」、「史上最年少で株式を店頭公開」、「世界最速で稼ぐ男」など、国内の経済誌、起業家向け雑誌で賞賛され、経済界では知ぬ人がいないほどの若手実業家として名を馳せました。

 

しかしその後、経営する光通信が、携帯キャリア(現在のKDDIにあたるDDIなど)から新規契約数に応じて支払われるインセンティブを不正に受け取るために大量に携帯電話の架空契約を行なっていた事が判明。

 

手のひらを返したように重田康光さんがマスコミの袋叩きにあったのをきっかけとし光通信の株価は大暴落を起こし、一時は倒産の危機まで囁かれますが、重田康光さんは私財を投じてわずか数年で光通信の事業再建を成功させ改めてその卓越した経営手腕を示しました。

 

そんな世界的に有名な実業家である光通信社長・重田康光さんに関するとあるスクープが、2023年7月に文春オンラインによって報じられ話題になっています。

 

この記事では文春オンラインのスクープによって再び注目を集めている光通信社長・重田康光さんについてあらためて紹介していきます。

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の経歴① 弁護士一家の生まれで巣鴨高校を経て日本大学は中退

 

出典:http://animegroove.web.fc2.com/

 

重田康光さんは、1965年2月25日に東京清瀬市に生まれています。

 

兄と姉のいる3人きょうだいの末っ子(次男)で、父親の重田九十九(しげた・つくも)さんは、元宇都宮簡易裁判所の判事補(裁判官)の経歴を持つ弁護士で、2歳年上の兄の重田樹男(しげた・しげお)さんも弁護士という法曹一家で育っています。

 

後に兄の重田樹男さんと6歳年上の姉の宮下朋子さんは重田康光さんが光通信を設立した後、同社の取締役に名を連ねました。

 

重田康光さんは中学生の頃から実業家を志しており学力優秀で、高校は東京都豊島区池袋の名門私立校「巣鴨高等学校」(最新の偏差値は72)に進学されています。

 

高校時代は慶應義塾大学医学部への進学を目指していたものの、受験に失敗し鍼灸の専門学校に入学。しかし専門学校は即退学し、しばらくの間はウェイターのアルバイトをしながらお金を貯めていたそうです。

 

その後、結局、巣鴨高校卒業からトータルで2年の浪人を経て、実質4ヶ月間の受験勉強のみで「日本大学経済学部」(最新の偏差値は50〜52.5)へと進学しています。

 

ところが、重田康光さんは日本大学も1年生の8月には退学されています。退学した理由は数ヶ月間大学に通ってみて、この授業内容では起業家になるための勉強にはならず、時間を無駄にするだけだと判断したためだったという事です。これを聞いた弁護士の父親は「世間知らずにも程がある」と激怒したのだそうです。

 

これらの内容は若い頃の重田康光さんがメディアインタビューなどで語られたものです。

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の経歴② アルバイトでお金を貯め光通信を起業

 

日本大学を中退した後、重田康光さんは再びウェイターのアルバイトをして生活しながら80万円の資金を貯め、22歳になったばかりの1987年3月に光通信の前身となる会社を起業しています。

 

この時に重田康光さんが始めた会社は、OA機器販売と割安で長距離電話が簡単にかけられる電話機を販売する会社でした。重田康光さんは当時、通信分野での規制緩和が進められている事に着目し、この分野が近い将来に急成長する事を予測していました。

 

重田康光さんの予測は見事に的中してすぐに経営は軌道に乗り、1年後の1988年2月に会社を「株式会社光通信」に改組しています。資本金は100万円でした。

 

光通信が創業当初に展開していた事業はFAXなどの通信機器のリースと長距離電話の販売サービス代行で、規制緩和が急速に進み始めた分野を狙ったものでした。この点でも重田康光さんの機を見るに敏な経営手腕が見て取れます。

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の経歴③ 史上最年少での東証1部上場

 

出典:https://nikkan-spa.jp/

 

1988年から1993年にかけて急速に進められた各種移動体通信(携帯電話、ポケベル、PHSなど)の規制緩和の流れに乗り、光通信は1993年6月に移動体通信事業部を立ち上げ、携帯電話サービス回線販売事業を展開。1994年から1995年にかけて携帯電話販売店第1号店をオープンさせ、携帯電話販売事業を本格化させました。

 

重田康光さんは当時のキャリアやメーカー各社が一般消費者向けの販売ノウハウを持っていなかった事に着目し、一般消費者が自分に適した携帯電話端末を購入しやすい場として携帯代理販売店「HITSHOP」を展開。

 

さらに、重田康光さんは携帯電話の各キャリアと携帯電話を1台販売する毎に契約手数料を受け取り、さらに契約された携帯電話の使用者が支払う月々の通話料から7パーセントを受け取れる契約を結びました。

 

この契約により、携帯電話やPHSの急激な普及に伴い光通信の業績も急上昇し、1991年時点で40億円程度だった売り上げ(利益は4800万円)を、1996年時点では約560億円(利益は約15億円)にまで伸ばし、同年に光通信の株式の店頭公開を達成。当時、重田康光さんは31歳で、これは当時の史上最年少記録でした。

 

さらに、光通信は1999年には売上高2500億円を達成。1991年からわずか8年で60倍以上にまで売り上げを伸ばし、同年に光通信は東証1部への上場を果たしています。この東証1部上場時、重田康光さんは34歳でこれも当時の史上最年少記録でした。

 

また、その年には出資していた株式会社ソフトバンクの社外取締役にも就任しています。

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の経歴④ 携帯電話の架空契約が発覚し経営危機に

 

出典:https://img.sp.m.jiji.com/

 

重田康光さんは、破竹の勢いで光通信を成長させ、携帯販売店「HITSHOP」もフランチャイズ店を含めて全国2000店舗を展開させるまでに経営を拡大しました。

 

光通信の株価もITバブルの追い風も受けて驚異的に勢いで上昇し、2000年2月15日には上場来高値(過去最高値)である24万1000円(時価総額3兆円超え)をつけています。

 

ところが、光通信の株価が過去最高値を更新してわずか1ヶ月後の2000年3月発売の月刊誌「文藝春秋」が「HIT SHOP」の一部店舗社員が、一定の契約台数を達成した時に支払われるインセンティブを目的に実際には使用しない携帯電話を大量に契約する「寝かせ」(解約しても違約金を支払う義務がなくなる6ヶ月後まで倉庫で寝かせる事からついた隠語)を行なっている事をスクープしました。

 

この「寝かせ」が発覚した事で、光通信はDDIを始めとする携帯キャリア会社から、不正に支払われた約170億円分のインセンティブを返却するよう求められ、その影響から光通信の直後の中間決算発表では、60億円の黒字予想だったところから一転して130億円の赤字になる事が発表されます。

 

この発表を受けて光通信の株価は大暴落を起こし、20営業日連続のストップ安(その営業日中はそれ以上売値を下げられない制限値幅まで株価が売られる事)を記録し24万1000円をつけていた株価が、約65分の1である3600円まで一気に急落。

 

結果として、この光通信の「寝かせ事件」が、1年弱続いたインターネットバブル崩壊の引き金を引く形となりました。

 

なお、光通信の株価はその後も長期的に下落し続け、2002年7月29日と31日のザラ場中に最安値となる895円(下落率は99.63パーセント、最高値の約270分の1)をつけています。

 

重田康光さんは、経営状態の急激な悪化を受けて2000年8月21日に、最盛期には約2000店舗を全国展開した携帯販売ショップ「HIT SHOP」のうち1041店舗を閉鎖して700店舗台にまで削減すると発表それによる特別損失560億円を計上しています。

 

その損失の穴埋めのために、光通信は虎の子だった各優良IT会社の保有株を売却し、どうにか倒産を免れています。この時に光通信が売却した主な株式は、ソフトバンク143億円、クアルコム175億円、シスコシステムズ40億円などでした。

 

この株式売却により、重田康光さんは株式会社ソフトバンクの社外取締役を辞任しています。

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の経歴⑤ 光通信を事業再建し復活

 

出典:https://kigyoka-shacho.com/

 

光通信は2001年2月の中間期で上場以来初となる最終赤字に転落しました。

 

重田康光さんは光通信の事業再建を期して、第三者割当増資に応じる形で自らの個人資産100億円を注入しています。

 

重田康光さんは光通信の経営を再建するため、携帯電話販売事業を大幅に縮小し中小企業向けにシャープの複写機(コピー機)を販売する方針へと業態を転換させています。元々、光通信は1990年からシャープとOA機器販売で契約を結んでおり、そちらの事業に注力するよう方針を変えた形でした。

 

この方針転換は上手くいき、光通信はOA機器の販売拡大に伴って収益のV自回復に成功しています。光通信はコピー機を販売する度に販売手数料を受け取り、さらにコピー機利用に応じて一定の手数料も受け取れるストック型ビジネスを展開。販売数を伸ばす事で飛躍的に業績を回復させたのでした。

 

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の結婚と嫁

 

出典:https://assets.bwbx.io/

 

重田康光さんは結婚されており一般女性の嫁がいます。

 

重田康光さんが結婚された時期や嫁がどのような人物なのかは明かされておらず不明ですが、光通信の株式の大量保有者の1人に重田康子さんという方が確認でき、この方が重田康光さんの嫁ではないかと推測されます。

 

また、重田康光さんの息子(長男)である重田光時さんは2014年の時点で24歳と報じられているため遅くとも1990年までには結婚していたと思われます。

 

1990年頃といえば光通信の業績が上向き始めた時期と一致するため、経営が軌道に乗り始めたタイミングで嫁との結婚を決められたのかも知れません。

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の子供は息子3人で娘はいない

 

重田康光の息子(長男)の重田光時さんだとされている写真

 

重田康光さんには、1990年までに結婚した嫁との間に3人の子供がいます。

 

重田康光さんの子供は3人とも息子さんで娘はいません。

 

重田康光さんの3人の息子は上から長男・重田光時さん、次男・重田将光さん、三男・重田哲夫さんという名前です。息子3人のうち長男の重田光時さんは1990年2月9日に誕生した事がわかっていますが、次男の重田将光さんと三男の重田哲夫さんの生年月日は不明です。

 

重田康光さんの息子3人それぞれの資産管理会社として、有限会社ミツ、有限会社マサ、有限会社テツという会社が設立されていましたが、この3つの会社が合併する形で鹿児島東インド会社というまるで植民地支配を目指すかのような会社が設立され話題になっていました。

 

 

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の息子(長男)の代理出産騒動も話題に

 

出典:https://hashigozakura.files.wordpress.com/

 

2014年8月、重田康光さんの息子の1人である重田光時さんが、タイのバンコクで体外受精により代理母に自身の子供を20人近くも出産させているとする衝撃的な内容が「週刊文春」(2014年8月28日号)などによって報じられました。

 

8月5日(2014年8月)、タイ・バンコクのコンドミニアムで生後間もない9人の乳幼児が保護された。どの子供も1人の日本人男性がタイの代理母に産ませた子供だと判明し、タイの国家警察が捜査に乗り出して大きな騒ぎになっている。

 

引用:バンコク「代理出産」父親は『光通信』創業者長男!男の子1000人欲しいの不気味

 

 

タイ当局が公開した重田光時さんのパスポート

 

タイ警察はこの男性が事情聴取に応じなかったため、名前や生年月日を公表し、この男性が重田光時氏(24)と判明した。彼の父親は重田康光氏(49)で、IT企業大手「光通信」の創業者である。

 

引用:バンコク「代理出産」父親は『光通信』創業者長男!男の子1000人欲しいの不気味

 

この騒動では当初、タイ当局は人身売買や臓器売買のために代理出産させているのではと疑い捜査を開始し、代理母と共にバンコク郊外のコンドミニアムで暮らしていた重田光時さんの子供達は一時的にタイ国内の孤児院に収容されました。

 

一部週刊誌などによると、タイの警察がこのコンドミニアムに踏み込んだ時に、重田光時さんのパートナーだという27歳の女性がおり「この子供達の母親です」と答えたそうです。この女性は性転換手術を受けた元男性である事も明かされています。

 

週刊新潮は、警察が踏み込んだとき子供の世話をしていた27歳の女性がいて、「この子らの母親です」と答えたと報じている。光時氏の彼女と思われるが、「実は彼女、もともとは男性で、最近性転換手術を受け、女性になった人物なのです」と地元メディアの記者が話している。

 

引用:バンコク「代理出産」父親は『光通信』創業者長男!男の子1000人欲しいの不気味

 

さらに、「週刊文春」では、重田光時さんに代理母を紹介したという女性が日本大使館に警告として送ったメールの内容として、代理出産をしてくれた女性には約100万円が支払われており、重田光時さんは毎年10人から15人の子供が欲しいと言っていて、最終的には100人から1000人の子供を作ろうと計画しているとする衝撃的な内容も報じられました。

 

本当かどうかはわかりませんが、「週刊新潮」では、重田光時さんが「自分の遺伝子を多く残すことが社会にとって善」という主旨の発言をしていたとする内容も書かれています。

 

週刊新潮で精神科医の町沢静夫氏がこう分析している。<「この人物は、斡旋業者に(中略)、自分の遺伝子を多く残すことが社会にとって善だという主旨の話もしています。

 

引用:バンコク「代理出産」父親は『光通信』創業者長男!男の子1000人欲しいの不気味

 

また、重田康光さんや母親(重田康光さん嫁)もカンボジアにある重田康光さんの隠れ家を訪れて、この子供達と面会していたとする情報も報じられており、重田家が家族で重田家の遺伝子を持った子供をたくさん作る事を計画していたのではと推測する声も出ていました。

 

両親もカンボジアにある光時氏の隠れ家を何度か訪れ、母親が赤ちゃんを抱きしめてキスしていたと報じているから、光時氏が独断でやっているのではないようである。代理出産というやり方で「重田帝国」を築くつもりなのだろうか。

 

引用:バンコク「代理出産」父親は『光通信』創業者長男!男の子1000人欲しいの不気味

 

ちなみに、生まれてきた子供達は白人と日本人のハーフだったと代理出産に関わった看護師が証言しているようです。

 

 

違法性はないと判断され子供達は重田康光さんの元へ返されている

 

その後、タイ警察の捜査が行われましたが、疑われていた人身売買や臓器売買の事実は見つからず、裁判では重田光時さんが子供達の唯一の父親であると認定され、保護されていた子供らは重田光時さんの元へと返されています。

 

日本人企業家、重田光時氏(24)が複数のタイ女性の代理母に産ませた13人の幼児らが裁判所の決定で重田氏のもとに返されることが決まった。サウスチャイナモーニングポスト紙が報じた。

 

引用:父親は一人 代理母らに産ませた13人の幼児 タイ司法が億万長者の日本人父親の親権を認める

 

現在、重田光時さんと子供らがどうされているのかは明かされていませんが、重田光時さんが日本に子供達を住まわせるための邸宅や専属のシッターや看護師も雇用していると報じられていたため、子供達は日本で大切に養育されている可能性が高いと見られています。

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の自宅

 

出典:https://presidenthouse.net/

 

重田康光さんの株式の大量保有報告書などによると、自宅の1つは東京都港区南麻布4丁目5番18号にあるようです。

 

この住所に立っているのは「南部坂コンパウンド」という集合住宅のB棟で、有栖川宮記念公園のすぐ南の場所にあたります。

 

おそらく、ここは重田康光さんの自宅の1つで、別に複数の自宅を所有していると思われます。

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の資産は現在のレートで5000億円以上

 

アメリカの経済誌Forbes(フォーブス)誌が発表した2023年度の世界の大富豪ランキングで、重田康光さんは第748位、総資産額は「3.7billionドル(37億ドル)」となっています。

 

これが事実であれば、重田康光さんの現在の総資産額は2023年7月現在の為替レートで日本円にして「約5200億円」という莫大なものです。

 

なお同じくフォーブス誌が発表した日本の資産額ランキンでは第12位で、楽天の三木谷浩史社長(第13位資産額36億ドル)を上回る資産規模となっています。

 

 

 

重田康光(光通信代表取締役CEO)の現在…文春の報道内容を否定

 

出典:https://pbs.twimg.com/

 

「文春オンライン」が2023年7月に、とある資産家男性が自らの精子を提供し、出産をした女性に1億円を支払うというプロジェクトを進めているとする内容を報じました。

 

文春オンラインは、この資産家男性が光通信創業者である重田康光さんではないかとする内容を報じています。

 

そこでスカウトに依頼者は誰なのかを改めて問うと、ある男性の写真を送ってきて、私の既読がついた途端にすぐに『送信取消』して消しました。その写真にうつっていたのは、港区で噂されていた“ある有名企業家”でした。まさか本当にこんな大物が依頼者だったなんて……」 その「大物」の名前は東証プライム市場に上場するIT企業「株式会社光通信」の創業者で現会長の重田康光氏(58)。

 

引用:「ある資産家の精子で出産したら報酬は子供人数×1億円」港区女子LINEグループでまわる“1億円出産案件”の驚くべき依頼者《ナゾの男との面接内容とは…》

 

記事によれば、港区女子の間で資産3000億円ほどの50歳くらいの男性が、余生の財産の使い道として自らの遺伝子を残すために、自身の精子を使って出産をしてくれる女性を募集しているとする内容のLINEが出回り話題になっているのだそうです。

 

この資産家男性は、出産してくれた女性には、子供1人あたり一律1億円(仲介者の手数料500万円を差し引き9500万円)を報酬として支払い、その後は養育費は一切支払わず、養育方針と教育方針には一切口を出さず、資産家の死後の相続も発生しないとの条件を提示しているという事です。

 

ただし、子供が優秀と判断された場合には学費やその他の支援、将来的にはグループ会社の役員として抜擢する場合もあるとの補足事項も説明されているとの事です。

 

この衝撃的なプロジェクトを進めている資産家こそ光通信の創業者である重田康光さんだとする噂が広まっており、「文春オンライン」は取材を進めていたようです。

 

そして、文春オンラインの取材班は、この依頼を受けたいと希望する女性と資産家男性が面談をするという情報をつかみ、その現場となる東京千代田区の高級ホテルの懐石料理店へと赴いたところ、確かに重田康光さんとよく似た男性が現場に現れるのを確認したのだそうです。

 

取材班が懐石料理店の周辺で依頼者の到着を待っていると、キャップを被り、ボーダーのTシャツを着た中年男性が現れた。確かに面立ちが重田氏に酷似している。そして男性が入った懐石料理店の個室に、色白で背の高いモデル風の美女が入っていった。

 

引用:「エリートだけが先祖になれるんだよね」港区女子らに“1億円出産依頼”する総資産3000億円超の「光通信」会長・重田康光氏(58)が持つ“ブッ飛んだ思想”とは《本人に直撃》

 

文春オンラインの取材班によれば、この重田康光さんによく似た男性は「生命体の目的は種を残す事。残した奴は勝ちで残せなかった人は負け」、「エリートだけが先祖になれる」といった内容を話していたそうです。

 

その後、文春オンラインの記者が重田康光さんを直撃し、この噂についての質問を行なっています。

 

これに対して、重田康光さんは「(そうしたプロジェクトは)聞いたことないです」、「知らないです」と完全に否定されています。

 

文春オンラインはこの資産家は重田康光さんで間違い無いと確信しているようでしたが、あくまでも噂です。

 

 

 

まとめ

 

今回は、情報通信系の大企業「株式会社光通信」の代表取締役会長CEOで文春オンラインの報道で話題になっている重田康光さんについてまとめてみました。

 

重田康光さんは、日本大学経済学部中退後にアルバイトで貯めた資金を元手に光通信の前身となる会社を創業し、携帯電話やPHSの急速な普及の流れに乗って携帯代理販売店「HITSHOP」を全国展開し莫大な利益を上げ、光通信を当時の史上最年少で東証1部に上場させた経歴を持つ伝説的実業家です。

 

光通信はその後、「寝かせ事件」などの不祥事が発覚し株価が大暴落を起こし、一時は倒産の危機に陥りますが、重田康光さんは私財100億円を投じて事業再建を行い、奇跡的な復活へと導いています。

 

重田康光さんは1990年までに結婚しており、嫁は康子さんという一般女性だとみられています。嫁との間には子供が3人生まれており、子供は全員が息子で娘はいません。

 

重田康光さんの自宅のうち1つは東京都港区南麻布にある高級集合住宅である事がわかっていますが、おそらく別に複数の自宅を所有しているとみられています。

 

重田康光さんの資産額は経済誌「Forbes(フォーブス)」によれば現在のレートで「約5200億円」とされており、日本ではトップクラス、世界で見ても有数の資産家となっています。

 

現在、重田康光さんは文春オンラインが報じた衝撃的な内容で話題に上っていますが、文春オンラインが報じた人物が重田康光さんとは確定しておらずあくまでも噂です。

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