公職選挙法違反により、住民たちが警察から違法な取り調べを受けた志布志事件が話題です。
今回は志布志事件について、取り調べの詳細や判決、警部補などへの判決や処分、弁護士と訴訟、犯人や黒幕など真相を解説します。
志布志事件の概要
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「志布志事件」とは、2003年に鹿児島県曽於郡志布志町(現・志布志市)で起きた、県議会議員選挙における公職選挙法違反にまつわる事件です。
中山信一県議会議員の陣営が、小さな集落の住民に焼酎や現金を配ったとして、中山信一とその家族、そして住民らが逮捕されました。
逮捕された住民らは、自白の強要や長期に渡る勾留など警察から違法な取り調べをされ、人生を狂わされたこの住民たちが訴訟を起こすに至った一連の事件を「志布志事件」といいます。
当時の志布志警察署署長や、警部・警部補などが行った取り調べが強圧的であり、住民の中には容疑を認めてしまう者も現れました。
しかし、違法な取り調べだったことが発覚して、署長・警部・警部補は処分を受けることになり、志布志町の住民らは裁判で無罪を勝ち取ります。
最初から有罪だと決め付けた捜査や強引な手法が明るみになったことで、社会的にも問題となった志布志事件。
今回はこの事件について、事件の概要、違法とされる自白強要などの取り調べの詳細、判決とその後をまとめました。
事件に関わった警察関係者・警部補らの処分、この事件を担当した弁護士の情報、黒幕と噂される犯人についても解説していきます。
まずは、公職選挙法違反の容疑とされた事件と取り調べの内容を解説します。
缶ビール供与(踏み字)事件
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缶ビール供与事件とは、県議会議員・中山信一の親戚でホテルを経営する男性が、中山陣営の運動員として中山への投票を依頼するため、志布志町内の住民に缶ビールを配った容疑です。
公職選挙法の第139条には、「選挙運動に関し、いかなる名義であっても飲食物を提供することはできない」とあり、飲食物を提供することは禁止されています。
これにより、ホテル経営者の男性は志布志警察署から任意聴取を受けることになりました。
ホテル経営者の男性は、この容疑に全く心当たりがなかったため容疑を否認したものの、捜査にあたった警察は何日も何日も署で取り調べを行います。
そして、最終的にはホテル経営者の家族である、父親や孫たちからのメッセージに見立てた「そんな息子に育てた覚えはない」「早く正直なおじいちゃんになって」と書いた紙を用意。
ホテル経営者の両脚を強引に持ってその紙を踏み付けさせるという、踏み絵を用いたような「踏み字」を強要させたのです。
このホテル経営者は結局、証拠不十分として取り調べは打ち切られたものの、警察による強圧的な取り調べが精神的苦痛となり、体調を崩して入院することになりました。
焼酎・現金供与事件
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志布志町内の住民ら13名に対し、中山陣営の選挙運動員から焼酎2本・現金2万円を受け取ったとして取り調べが行われました。
13名のうち、1人の女性は事情聴取で容疑を否認したところ、苛立った警官が「認めれば逮捕はしない」と言ったそうです。
さらに、交番の窓から周囲の住民に聞こえるよう、「私がやりました!」と大声で叫ぶことを女性に強要しました。
狭く小さな集落で、命令されて自宅の近くの交番から自白を強要させられた女性。結局、有力な物証が見つからず、起訴には至りませんでした。
また、逮捕された別の女性は、出頭要請の際に警察から「容疑を認めなければ、家族も全員逮捕してやる」と脅迫されたことが明らかになっています。
脅迫された女性は出頭に応じましたが、その後100日を超える長期勾留を強いられ、買収行為を認める旨が記された身に覚えのない調書に署名させられることになりました。
100日間を超える勾留で連日続く取り調べに、女性の判断力が正常に働いていたかどうかは疑問が残るところです。
買収会合事件
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県議会議員・中山信一本人が志布志町で会合を開き、出席者に直接現金を配った買収行為の容疑で、中山信一と妻、そして現金を受け取ったとされる7世帯の住民が逮捕・起訴されました。
逮捕された住民15名のうち9名は容疑を否認したものの、残りの住民は警察からの自白の強要により容疑を認めました。
中山信一と妻は一貫して容疑を否認しますが、どちらも異例の長期勾留を強いられ、妻は273日間、中山は395日間、留置施設に身柄を拘束されることとなりました。
志布志事件の判決
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中山信一県議会議員の公職選挙法違反については、起訴されたのは焼酎・現金供与、買収会合事件の2件です。
中山と妻が贈賄側、住民13名が収賄側として起訴されました。
鹿児島地方裁判所で行われた公判では、取り調べの際に容疑を認めた住民も一転、全員が容疑を否認します。
証拠については物証がなく、警察がとった自白の供述調書が唯一の証拠でした。
買収会合事件においては、4回行われたとされたものの、2回は日時が特定できず、残り2回も中山信一のアリバイが提示され、唯一の証拠である供述調書は信用性がないと結論付けられます。
結果、判決として中山信一を筆頭に住民ら全員が無罪判決を勝ち取ることとなりました。
そして検察側が控訴しなかったため、無罪で確定判決となったのです。
志布志事件をでっち上げた犯人・警部補らの判決とは
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無罪を勝ち取った住民らは、その後警察の強圧的な取り調べを追及し、取り調べを行った警部補らが刑事告訴されることになりました。
ホテル経営者に、家族からのメッセージに見立てた紙を踏ませた「ビール供与(踏み字)事件」の取り調べを担当した当時の警部補は、特別公務員暴行陵虐罪で在宅起訴されました。
警部補は裁判で、懲役10ヶ月、執行猶予3年の有罪判決が下されました。
他にも捜査に関わった警官が処分されましたが、当時の志布志警察署署長は本部長注意という内規的な処分、捜査主任だった警部は所属長訓戒で、こちらも軽度の処罰にとどめられました。
志布志事件を担当した弁護士と訴訟の判決とは
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志布志事件で違法な取り調べを行われた住民らや、警察から不当な行為をされた弁護士たちが、国や鹿児島県、捜査担当者の警察に対して複数の訴訟を起こしています。
元被告人らが国と県を相手取って起こした訴訟では、肉体的・精神的苦痛を受けたとして総額3億円近くの国家賠償を求めました。
鹿児島地方裁判所は警察の捜査に違法行為があったと認め、国と県に6,000万円の国家賠償支払いを命じました。
ビール供与事件で踏み字を強要され、精神的苦痛を受けたホテル経営者の男性は、県を相手取り民事訴訟を起こし、約60万円の賠償金を受け取っています。
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また、弁護士も国や県を相手取って「接見交通権の侵害」があったとして民事訴訟を起こしています。
接見交通権とは、日本国憲法によって保障された、被告人と弁護士が立会人無しで接見することが許されている権利です。
勾留中の被告人と弁護士が接見した際、捜査担当者が供述調書に会話を記録したことが接見交通権の侵害に当たるとして、弁護士11名が訴訟を起こしました。
判決では権利侵害が認められ、国と県に550万円の賠償が確定する判決が下りました。
志布志事件の担当弁護士と弁護士団
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志布志事件の弁護を務めた弁護士は、鹿児島では有名な腕のある弁護士でした。
鹿児島県弁護士会に所属する中原海雄という弁護士で、警察の間でも腕のある弁護士として知られている人物です。
ビール供与事件で踏み字をさせられたホテル経営者は、この弁護士に依頼し、釈放まで3日に1度面会して不起訴、その後の警部補の訴訟で勝訴を勝ち取っています。
また、無罪確定後に元被告らには弁護団がつき、弁護団長である井上順夫弁護士は現在も冤罪を生まないための講演などを行っています。
志布志事件の犯人や黒幕など真相
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県議会議員選挙で当選した中川信一の周囲を巡って起きた志布志事件。
この事件がなぜ起きたのか、真相や黒幕についても噂になり、一部メディアで報道されています。
この事件の真相・黒幕は、警察と政治家の癒着によるものと推測する声が多数挙がっています。
鹿児島県議会議員で自民党所属の森義夫は、捜査を指揮した警察と古くから親交があり、事件前にも情報交換のために会っていたことがその後の取材で明らかになりました。
警察に大きな影響力がある森と、旧知の仲でもある捜査担当者。中山信一が失脚すれば、言わずもがな対立候補が当選できます。
これは、後に踏み字事件の被害者であるホテル経営者が取材で語ったことですが、
「鹿児島県警の標的は中山信一。だから中山の選挙運動員だった私が、志布志署へ引っ張られた」
と、警察と政治家が黒幕であるようなことをほのめかしました。
しかし黒幕と言われる森義夫は、もう真相を語ることはできません。中山と住民らの無罪が確定した2007年、店も開いていない深夜3時に自宅近くで車にはねられて死亡しています。
この事件が誰の指示によるものか、真相は明らかにならないままですが、専門家からは「与党寄りの警察幹部の指示」という意見もあります。
関係者の推測ではあるものの、党の議員を当選させたい者と警察関係者による、でっちあげ事件というのが志布志事件の真相と言われています。
まとめ
志布志事件の概要、関わった警部補や弁護士、真相と黒幕についてお届けしました。
今後このような不幸な事件が起きないよう、取り調べの可視化が進むことを願うばかりです。