フランス出身の伝説的サッカー選手・ジダンの「ハゲ」についてや「頭突き事件」が話題になっています。
ここでは、ジダンのプロフィールやその凄さをはじめ、ハゲた理由や時期、マテラッツィ相手の頭突き事件の真相や、引退理由、現在の監督としての活躍などについてまとめました。
この記事の目次
ジダン(元サッカーフランス代表)のプロフィール
ジダンのプロフィール
名前 :ジネディーヌ・ヤジッド・ジダン
生年月日:1972年6月23日
出身地 :フランス・マルセイユ
身長 :185cm
血液型 :A型
ジネディーヌ・ジダンは、フランスの伝説的サッカー選手で、フランスのプロリーグでのプレーを経て、イタリアの強豪クラブチーム「ユヴェントス」や、世界最強のクラブチームのひとつスペインの「レアル・マドリード」などでプレーしました。
10年にわたってフランス代表の中心選手として活躍し、1998年に故郷フランスで開催されたFIFAワールドカップでは、決勝戦で2得点をあげる活躍を見せ、フランス代表をワールドカップ初優勝へと導きました。この大会をきっかけにジダンはフランスサッカーファンにとっての英雄になりました。
ジダンの選手としての凄さとは
1990年代終わりから現役を引退した2006年まで、ジダンは「世界最高のサッカー選手」と評され、パスやドリブルなどの技術に関しては、世界で誰もジダンには勝てないとまで言われました。ブラジルのロベルト・カルロス、イングランドのベッカムなど、当時の世界最高クラスのプレイヤー達の多くが口を揃えて「世界最高の選手」とジダンを称えています。
ジダンは、ドリブルをしながら身体を一回転させる技「ルーレット」を得意技とし、試合中で何度も繰り出したことから、この技はジダンの代名詞的存在となり、生まれ故郷の「マルセイユ」にちなんで「マルセイユルーレット」と呼ばれるようになりました。現在でもこの「マルセイユルーレット」は世界中のスター選手達が駆使し、華麗な技術として世界のトップサッカーの見どころのひとつになっています。
ジダンは、まだトップクラスの成績を残していた2006年のシーズンを最後に現役を引退し、その後はサッカー解説者を経て、2009年からは、彼が最後にプレーしたクラブチーム「レアル・マドリード」のクラブアドバイザーに就任。その後もレアル・マドリードの運営に関わり、現在は同クラブの監督に就任し、高い評価を得ています。
ジダンのハゲた時期やハゲた理由は?
サッカー史に残る偉大な選手であるジダンですが、現役時代、彼を語る上で必ず話題に上っていたのは「ハゲ」という点です。ジダンは、かなり若い頃からハゲており、それが彼のトレードマークのようになってしまったのです。
ジダンは、1992年から1996年途中まで、フランスリーグの「ジロンダン・ボルドー」でプレーしていた頃にハゲはじめたといわれ、特に1994年頃がハゲといえる状態になったのではないかといわれています。
1996年にイタリアセリエAの「ユヴェントス」に移籍した頃には明らかにハゲており、2001年に「レアル・マドリード」移籍の頃には完全にハゲています。
サッカーファンの間では、ジダンがハゲた理由も興味を集めており、遺伝的な面のほか、少年時代からヘディングをして頭皮に負担をかけすぎた事や、世界のトップ選手として君臨し続ける事へのストレスが彼を若ハゲにさせたのではないか?との見方が出ています。
このように、ジダンのハゲに関しては色々といわれていますが、ジダンはハゲがとても似合う事でも知られており、現役時代はハゲが似合うイケメンの代名詞的存在でもありました。そして、現在でもサッカーファンの間で共通している意見は、フサフサだった時よりもハゲたジダンの方が「格好いい」という事なのです。
ジダンのマテラッツィ相手の頭突き事件の真相
ジダンの話題として、もうひとつ避けては通れないのが、2006年のワールドカップ決勝戦(フランス対イタリア戦)で繰り出された、ジダンのマテラッツィに対する頭突きです。これは「ジダン頭突き事件」として現在もサッカーの歴史に刻まれています。
まずは、「ジダン頭突き事件」の経緯を見ていきます。
ジダンは、このワールドカップを最後に現役を引退する事を表明しており、この決勝戦はジダンにとっての最後の一戦でした。
この試合は前半7分にジダンがペナルティキックを決めてフランスが先制。対するイタリアも前半19分にコーナキックからヘディングでマルコ・マテラッツィが同点ゴールを決める展開になります。
その後は、互いに鉄壁の守備を見せ、1対1の同点のまま延長戦へと突入する白熱の展開となります。
その延長戦後半の5分、イタリア陣に攻め込むジダンをマテラッツィがマーク、背中からジダンのユニフォームを掴むようにしたマテラッツィに対してジダンは何事か声をかけました。結局ボールはクリアされ、ジダンは自陣方向に戻ろうとしますが、その背後からマテラッツィが何か声をかけます。すると、ジダンは突如激怒し、振り返ってマテラッツィの方向に接近して無言のまま胸元に頭突きを喰らわせました。
マテラッツィは苦悶の表情を浮かべながらピッチに倒れ試合は中断。ジダンにはレッドカードによる1発退場処分が下されました。衝撃的な形でジダンの現役最後の試合は幕を下ろしたのです。
ワールドカップの試合中、しかもインプレー中ではない状況で相手に頭突きを見舞ってノックアウトするという展開は前代未聞であり、結果としてこの「ジダン頭突き事件」は、ある意味でジダンの伝説にさらに箔をつける事になりました。
それではなぜ、ジダンは突如としてマテラッツィに頭突きを見舞ったのでしょうか?その真相についても見ていきます。
当時、世界各国のマスコミがその真相究明に力を注ぎましたが、ジダンはノーコメントを貫き、代理人によって「(マテラッツィによる)非常に深刻な発言」が原因とのコメントが出されました。
一方のマテラッツィは、侮辱した事自体は認めたものの「よく使われる罵り言葉を言っただけだ」と、ジダン側がいうような「非常に深刻な発言」ではなかったとし、ジダンの方から侮辱の言葉をかけてきたため反撃しただけとも主張しました。
ジダンからの侮辱の言葉はマテラッツィによれば、「ユニフォームが欲しいなら試合後にくれてやる」というもので、これはマテラッツィによるユニフォームを掴むなどの激しいマークに対する皮肉によるものだったようです。
ジダンはこのマテラッツィの主張を受けて、ユニフォームに関する発言は認めつつ、「あの試合を見ていた世界中の子供に謝りたい」と謝罪。そしてジダンは、マテラッツィに何を言われたのか具体的には明かさなかったものの「私の母や姉に対する非常に侮辱的な言葉を続けて言われ、我慢できなくなってあのような事をしてしまった」と説明しました。
翌2007年、マテラッツィはテレビ出演し、この時の自分の発言は「お前の姉貴より娼婦の方がマシだ」という内容だったと告白します。この娼婦と訳された部分は「puttana」で、これは英語でいう「bitch」にあたり、欧米人の感覚ではこれを自分の親族女性を指して言われることは許しがたい事です。この言葉にジダンは激昂し、頭突き事件へと発展してしまったのが真相でした。
ただ、2020年5月、マテラッツィは改めてこの頭突き事件の真相についてコメントを残しており、「ユニフォームが欲しいなら試合後くれてやる」というジダンの発言に対して、「ユニフォームよりお前の姉ちゃんがいい」と答えただけと明かしています。
これが真相であれば多少ニュアンスが変わってきますが、ジダンは2度3度侮辱的な事を言われたと言っているため、この発言の前に非常に差別的な発言があり、その流れの中で「お前の姉ちゃんがいい」などと言われたため怒りが爆発したというのが真相だと思われます。
ジダンの引退理由には頭突き事件も関係?
ジダンは、2006年のワールドカップを最後に現役を引退しています。まだまだジダンは世界トップクラスの成績を残しており、40歳までプレーして欲しいという声が多く出ていましたが、現役を引退してしまいました。ジダンの引退理由についても気になります。
前述のように、ジダンは2006年のワールドカップ決勝戦にて、マテラッツィに対する頭突き事件を起こしてレッドカードによる退場処分を受けており、これが引退理由の一つではないか?とも言われていますが、先ほども触れたように、ジダンはワールドカップの大会前から現役引退を表明しており、頭突き事件は引退理由とは関係がありません。
2020年4月、スペインのスポーツ新聞「マルカ」が、当時のジダンが引退理由について語っていたコメントを掲載し話題を集めています。
それによれば、ジダンは「昨シーズンや今シーズンのようなプレーでは来シーズンを始められない」と語り、以下の言葉を続けたようです。
「この2年は結果が出なかった。レアル・マドリードでは結果が重要だ。目標が達成できなかった時、いろいろと考える。今よりいいプレーができないと知っておきながら、次のシーズンには臨めない。プレーがますます困難になる年齢になった。クラブが後継者を探せるし、代表チームのプレッシャーも解放したいし、それに将来について毎日聞かれていたから、このタイミングではっきりさせておきたかった」
この言葉から、ジダンの引退理由は、自分が思い描いているプレーができなくなった事と、後進の若手選手達に活躍の場を譲る事だったようです。
ジダンには上で触れた、頭突き事件の他にも、試合中の気性の激しさが有名で、ロッカールームで暴れて扉を壊したりした事もあるのですが、プレー外での人柄はとても温厚で優しく、家族や友人、後輩達を大切にする事でも知られています。
こうした人柄から考えて、ジダンは自らの衰えを感じ取り、それならば後進の活躍の場を作ろうと引退を決意したという部分が引退理由として大きかったのではないかと感じます。
ジダンの現在はレアル・マドリードの監督として活躍
ジダンは現在、世界最強のクラブチームのひとつ「レアル・マドリード」の監督として指揮を取っています。
ジダンは2016年1月からレアル・マドリードの監督に就任すると、同年5月の「UEFAチャンピオンズリーグ」で優勝するなどすぐに結果を出し、2015年-2016年シーズンのFIFA「年間最優秀監督」の最終候補にも選出されています。
さらに、35戦連続無敗記録を達成してレアル・マドリードの連続無敗記録を更新。さらに40戦まで無敗記録を伸ばして、「FCバルセロナ」の持っていたスペインのクラブチーム連続無敗記録を更新するなどし、ジダンは監督としても最高の評価を受けるようになります。
2016年-2017年シーズンもレアル・マドリードの監督として指揮を取ったジダンは、チームを5年ぶりのリーグ優勝に導き、UEFAチャンピオンズリーグでも優勝して同大会2連覇の偉業も成し遂げています。この年、ジダンはFIFAの「最優秀監督賞」を受賞しています。
ジダンは、2017年-2018年シーズンも引き続き監督として指揮をとり、リーグ戦は3位に終わったものの、UEFAチャンピオンズリーグでは優勝し3連覇を達成、これは大会史上初の快挙でした。
そして、ジダンはこのシーズンで監督退任を表明しますが、その後レアル・マドリードは不振に陥り、後任監督が解任された事を受け、レアル・マドリード会長から2度にわたる復帰要請を受けたジダンはレアル・マドリードの監督に復帰。これによってレアル・マドリードは勢いを取り戻します。
現在もジダンはレアル・マドリードの監督を務めており、スペインのスポーツ新聞「アス」によれば、来季もレアルの監督を務める事が濃厚で、2022年まで契約延長する可能性もあるという事です。
まとめ
今回は、フランス出身の伝説的サッカー選手・ジダンについてまとめてみました。
ジダンは「ハゲ」や「頭突き事件」で有名なサッカー選手ですが、なによりも、1990年代後半から2000年代前半にかけての世界最高のサッカー選手とも評されるレジェンドプレイヤーです。
現在はスペインの世界最強クラスのクラブチーム「レアル・マドリード」の監督を務めており、見事な成績を残して監督としても伝説となりつつあります。今後もジダンの活躍に注目していきましょう。