酒鬼薔薇聖斗こと元少年Aは1997年に「神戸連続児童殺傷事件」を起こし、日本を恐怖と驚きで席巻しました。
今回は元少年Aの生い立ちや家族と本名や顔写真、事件の詳細、そして結婚して子供がいる噂など元少年やその家族の現在を紹介します。
この記事の目次
酒鬼薔薇聖斗(元少年A)の本名や顔写真&生い立ち&家族とは
酒鬼薔薇聖斗(さかきばら せいと)
身 長:165.6㎝
体 重:54.3㎏
視 力:右0.03 左0.05
血液型:A型
その他:大動脈心臓部に雑音あり
※本人のブログより参考
1997年に兵庫県神戸市須磨区で「神戸連続児童殺傷事件」の犯人、「酒鬼薔薇聖斗」こと元少年Aは、当時まだ14歳でした。
当時世間を震撼させた元少年Aは、2004年に少年院を出所して、現在は普通にどこかで生活をしています。
ここでは、あの異常な事件を起こした元少年Aの生い立ちから家庭内のしつけなど、人格形成に与えた影響を見ていきたいと思います。
※事件の経緯が衝撃すぎる内容が含まれているので、閲覧注意です。
元少年Aの本名や現在の名前について
元少年Aの本名は、”東慎一郎(あずま しんいちろう)”だと言われています。
そして、医療少年院を退院後に改名し、”西岡真(にしおか まこと)”になったようです。
ですが、本名はまた改名したようで現在は「K.M」というイニシャルだと週刊誌「女性自身」が報じています。
家族とのかかわり① 父親
残酷な事件を引き起こすほどの、異常で歪んだ人格が形成されたのは、少なくとも両親の育て方、環境が影響しているのではないかと言われています。
元少年Aと家族とのかかわりについて調べてみました。
・元少年Aの父親は多忙
・父親は感情的な人だった
・元少年Aには無関心な父親だった
・動物虐待もスルー
元少年Aの父親は、仕事が非常に忙しく、たまにあった休日にはゴルフに出掛けたりと、家族で過ごすことはなかったようです。
そして、息子である元少年Aに父親はあまり関心を持っていなかったようで、ナイフや斧を見つける事があっても、父親は特に何も思っていなかったようです。
また、事件を起こす前に、元少年Aは動物虐待や解剖も行っていましたが、家の軒下から猫の死骸が見つかったときにも、父親は注意する事も無かったといいます。
見てみぬふりの両親だったようです。
大好きだった祖母
週刊誌「文藝春秋」にて、元少年Aが起こした事件に対する神戸家裁の判決文の全文が公開されました。
そこには、当時の彼の「母への愛憎」の可能性を犯罪心理として指摘されていました。
《母は生後10か月で離乳を強行した。(中略)1才までの母子一体の関係の時期が少年に最低限の満足を与えていなかった疑いがある》(判決文より)
精神医学用語でいう「愛着障害」の可能性に触れ、さらに母は排尿、排便、食事、着替え、玩具の片付けに至るまで、躾には極めて厳しく、スパルタ教育を施していたことが、後にAの心を歪ませた疑いがあるとしていた。
Aが長年母親に愛されていないと感じており、厳しい躾を虐待と捉え、それらが自己肯定感を欠落させる原因になったことは、裁判時の精神鑑定からも明らかです。
鑑別所に初めて面会に行った母親に対して、“帰れ豚野郎!”と怒鳴り、心底の憎しみをもって睨み付けたこともありました。
酒鬼薔薇聖斗(元少年A)による「神戸連続児童殺傷事件」とは
「神戸連続児童殺傷事件」は、1997年に兵庫県神戸市須磨区で発生しました。
「酒鬼薔薇聖斗」の名での犯行声明文と残虐な犯行内容で世の中を震撼させ、そして当時14歳の中学生によるものだと明らかになったことで、さらに世間を驚かせました。
事件の概要
日本犯罪史上最悪の凶悪事件が発生
数か月に及び複数の小学生が被害を受け、この凶悪事件により2名が死亡、3名が重軽傷を負いました。
■ハンマーによる”通り魔”被害
■”遺体切断”
■被害者の頭部が「声明文」とともに中学校の正門前に置かれた
■神戸新聞社に「挑戦状」とする犯行声明文が送られてきた
以上のことから、強い暴力性そして異常性が伺える事件でした。
また、犯人が「普通の中学生」であったことは、社会にかなりの衝撃を与えました。
警察は周囲の聞き込み捜査の結果から、元少年Aが動物虐待行為をたびたび行い、被害者男児とも顔見知りだった情報などから、比較的早期の段階から元少年Aを疑っていたそうです。
しかし、捜査対象が中学生だったため、慎重に捜査を進めていたと言われています。
「酒鬼薔薇聖斗」・元少年Aの犯行は日本犯罪史上、類を見ないほど残虐で異常性を極めていると言われ、多くの人の記憶に未だに刻まれています。
次からは、事件の報道や殺傷事件の詳細や逮捕までの流れを紹介します。
事件の報道と逮捕までの流れ
凶悪連続殺人事件の犯人は中学生だった…
1997年5月27日早朝に、世間が騒然とした、凶悪連続殺人事件「神戸連続児童殺傷事件」がニュースで報道されます。
神戸市須磨区の神戸市立友が丘中学校の正門に、切断された男児の頭部が放置されているのを通行人が発見しています。
その遺体の頭部は、5月24日から行方不明になっていた、近所のマンションに住む11歳の男児のものと判明しました。
遺体は耳まで切り裂かれ、男児の口には「酒鬼薔薇聖斗」の犯行声明文が挟まれており、その残虐さと異常さからマスメディアを通じて全国放送され、世間は恐怖に晒されました。
6月4日には、犯人から第2の犯行声明文が神戸新聞社宛てに届き、報道はさらに過熱します。
6月28日に犯人逮捕となりますが、マスコミが報じていた犯人像(がっちり体型の30~40代)とはかなり異なり、犯人が14歳の中学生の連続殺傷事件であったことが判明しました。
元少年Aによる第1の犯行
女児2人にハンマーで殴りかかる
1997年2月10日の午後4時ごろ、神戸市須磨区の路上で小学生の女児2人がゴム製のショックレス・ハンマーで殴られ、1人が軽傷、1人が重傷を負いました。
このとき、犯人がブレザーを着用し、学生鞄を所持していたと聞いた女児の父親は、近隣の中学校へ行き、「犯人がわかるかもしれないので生徒の写真を見せてほしい」と要望しています。
しかし、学校側は警察を通して欲しいとして拒否したため、被害者の父親は兵庫県警察に被害届を出して生徒写真の閲覧を再度要求します。結局、警察も応じることはなかったと言います。
これにより、世間からは「この時点で何らかの対応をしていれば第2・第3の事件は防げたのではないか」「結果的に犯人をかばっていたことになる」と、学校側に批判が相次ぎました。
なお、この事件に関しては被害者の家族の要望もあり、非公開とされていました。
元少年Aによる第2の犯行
3月16日午後0時25分頃、元少年Aは、神戸市須磨区竜が台の公園で事件を起こします。
近くにいた小学4年生の女の子に「手を洗える場所はないか」と尋ね、学校に案内させます。
「お礼を言いたいのでこっちを向いて下さい」と言い、振り返った女の子を八角げんのう(金槌の一種)で殴りつけ、逃走しました。
女の子は病院に運ばれましたが、3月23日に脳挫傷により亡くなりました。
さらに元少年Aは犯行を重ねます。1度目の犯行からわずか10分後の午後0時35分ごろ、所持していた刃渡り13センチのナイフで、別の小学3年生の女の子の腹部を刺し、逃走しました。
ナイフの刃先は胃を貫通しており、背中の静脈の一歩手前で止まっていたそうです。もし静脈まで達していたら、救命は不可能だったそうです。
また、手術の時には1.8リットルの輸血を要したと言います。
元少年Aによる第3の犯行
5月24日
女児2人に危害を加えた元少年Aは、さらに人を殺したいという欲求に駆られて、殺すのに丁度良い人間を探すために、5月24日にママチャリに乗って出かけました。
元少年Aは、多井畑小学校の北側を自転車で走っていると、反対方向から歩いてくる男児を見つけます。
ちなみにこの男児は、元少年Aの一番下の弟と同級生だったことから、元少年Aとも面識があり、男児は元少年Aの自宅で飼っていた亀を好きだったようです。
このことを思い出し、男児が自分より小さいことと、亀好きであることを利用して殺害を思いつきます。
元少年Aは男児に近き、「向こうの山に亀がいたよ。一緒に見に行こう」と誘い、地元で「タンク山」と呼ばれていた高台に連れ出します。
「チョコレート階段」と呼ばれる階段を登り、人気のないタンク山の山頂手前にあるケーブルテレビのアンテナ施設の入口まで連れて行くと、元少年Aは男児を絞殺してしまいます。
5月25日
元少年Aは、5月25日の午前10~12時頃に起きて朝食を食べてから、午後1~3時の間に男児の遺体を弄ぶために家を出たそうです。
そして、前日に男児の遺体を隠した「タンク山」のケーブルテレビのアンテナ施設で、準備してきた黒いビニール袋の上に男児の遺体を乗せると、糸のこぎりを使って首を切断します。
元少年Aは男児の首を地面において眺めていると興奮してきたそうで、「自分の作品」だと陶酔し、性的興奮が絶頂に達して射精したと話しています。
また、被害者男児の顔は目が半開き状態だったため、元少年にとってはどこか遠くを見つめているような眠そうな顔に見えたと言います。
男児の声真似をしながら「よくも殺しやがって!苦しかったじゃないか!」「君があの時間にあそこにいたのが悪いんじゃないか」と一人芝居もしたそうです。
5月26日
男児が殺害された2日後、”行方不明事件”として須磨警察署が公開捜査を開始しました。
捜査には警察とPTA、消防団が合わせて150人体制が捜索にあたりました。
元少年Aは、この日も男児の首を観察したくなったと言い、朝10時頃に起きると、昼過ぎ頃に入角ノ池の穴から男児の首を取り出してしばらく眺めていたそうです。
しかし、肌の色が昨日よりも青白くなっていることに気づいた以外には特に変化が無かったため、首に対しての興味を失くしたそうです。
そして、男児の首の観察に飽きた元少年Aは、いずれは警察に遺体も発見されるだろうと考え、あえて自ら警察の目を欺こうと、自分が通っていた神戸市立友が丘中学校を選びます。
5月27日
元少年Aは5月27日未明、午前1時ころから午前3時までの間に、男児の頭部が入ったカバンを自転車の前カゴに入れて、中学校の校門前に遺棄しました。
犯行文を取り出し、「”酒鬼薔薇聖斗”の文字が見えるように縦に「酒」いう文字の方を口にくわえさせたのです」と後に供述しています。
その時の光景を「学校の正門前に首が生えているというような「ちょっと不思議な映像だな」と思って見ていたのです」と話しています。
また、元少年Aはこのときの光景を5、6分見ていて、「性的興奮は最高潮に達し、性器に何の刺激も与えてないのに、何回もイッてました」と言います。
そして、のちにその時の光景を元少年Aは「作品」と呼んでいたそうです。
元少年Aはニュースも見ていた
元少年Aは、学校の門に置かれた男児の首が発見されたことを、当日のテレビのニュースで知ります。
わざと人から発見されるように置いたので、特に何も思わなかったようです。
しかし、「タンク山」に隠した男児の胴体部分まで発見されたニュースを見ると「早すぎる」とびっくりしたそうです。
最初の報道では、犯人像を”30~40代男性”としたり、黒のブルーバードが目撃されたり、犯人は元少年Aの自宅付近以外の人物であるように報道されていました。
そのため、自分が犯人だとは気付かれないだろうと思うようになったそうです。
このときのことを後に、「はっきり言って、調子づいていました」と供述していたそうです。
新たに声明文を送る元少年A
そして、調子に乗った元少年Aは新たに、神戸新聞社宛てに手紙を書いて送ります。
元少年Aは、ニュースで”酒鬼薔薇聖斗”の”酒”と”鬼薔薇”を「さけ」「おにばら」と読まれたことに腹を立てたこと、義務教育が「透明な存在であり続けるボク」を生んだと綴っています。
そして、社会への復讐を込めて犯行に及んだことを綴っています。
この声明文を書いたことについて、当時元少年Aは「警察の筆跡鑑定を舐めていた」と明かしています。
また、送り付けた後には「これがきっかけで逮捕されるかもしれない」と感じていたとも供述していたそうです。
6月28日、少年A逮捕へ
6月28日の朝10時頃、警察が元少年Aの自宅に事情聴取に訪れると、犯行を認めて自供を始めたと言います。
訪れた警察官は、男児の口にくわえさせた犯行声明文のコピーを見せて「これが君が書いたものであるということははっきりしている。筆跡が一致したんや」と”カマ”をかけます。
すると、元少年Aは声を上げて泣きはじめ、自供し始めたそうです。
元少年Aはこの日の午後7時5分に、「殺人及び死体遺棄」の容疑で逮捕されました。
ちなみに、筆跡鑑定で一致したという証拠は本当はなかったようです。元少年Aがもしもこのとき知らないふりをしていれば、この時点では免れた可能性があったと言われています。
酒鬼薔薇聖斗(元少年A)の家族の現在
元少年Aの家族はあの事件以降、どのように暮らしているのでしょうか?
事件の判決では、元少年Aの両親には1億4000万円の損害賠償を命じる判決が下されました。
また、元少年Aの父親は30年以上勤務した職場を追われています。
そして、元少年Aの2人の弟の通学問題や進学のことを考えて、父親と母親は協議離婚していました。
元少年Aの弟である次男は、初め学者を目指して大学の工学部に進学したそうですが、現在はアニメの学校に通っているとのことです。
三男は高校を中退して働いているそうです。
印税で豪邸暮らし?
元少年Aの両親の手記
元少年Aの手記「絶歌」は、定価1500円なので元少年Aに入る印税は10%程度だとすると、初版だけで1500万円になっています。
また、一部噂では、元少年Aの両親の手記は全額被害者遺族に支払うという約束でしたが、その約束を破り、母親の実家である四国に豪邸を建てたとの噂もあるようです。
被害者の親は「自分で働いたお金ならともかく、こんなお金は受け取りたくない」と受け取り拒否しているとのことです。
絶歌は税抜き1500円で初版10万部。6月末には5万部が増刷された。加害男性に入る印税は2千万円以上とみられる。
「遺族への賠償金に充てるべきだ」との声も上がるが、加害男性は使い道を明らかにしていない。
引用:印税2千万円超、匿名…「少年法の陰に隠れて卑怯」
元少年Aの母親、息子をネタに本出版して印税で家買ったってすごいな最低だな。
— やまこ (@yuki_dato_iina) 2017年1月31日
@sekigahara_kei 元少年A両親(母親)が書いた本はかなり昔に出版されたそうです。
これもはじめは『印税は被害者に』と言っていたのに結局被害者側には印税は渡っていないそうです。
— しば=わん・けのーび (@pecomarohime) 2015年6月24日
被害者淳くんのお父さんの書いた本はすでに絶版。本屋には並びません。
おかしくないですか?
酒鬼薔薇聖斗(元少年A)の現在~結婚の噂も出ていた
2004年に出所した、元少年A。
マスコミに追われながら各地を転々としていたようですが、世間が一番気になっているのが元少年Aの現住所ではないでしょうか。
元少年Aの現在の居場所や、現在の元少年Aにまつわる噂について調べてみました。
元少年Aの現在の所在地は?
現住所は足立区UR花畑団地?
本退院し、誰もが元少年Aの居場所が気になっているのではないでしょうか?もし、近所に住んでいたら…と思うと恐怖でしかありません。
そんな元少年Aの居場所が、週間文春によって明らかとなりました。
今はすでに別の場所に引っ越したようですが、週刊文春に寄れば東京都足立区の「UR花畑団地」に住んでいたとのことです。
この団地の最寄り駅は竹ノ塚駅になります。
さらに、最寄りのショッピングモールは「ベルクス足立花畑店」ということも分かり、住所や最寄り駅、ショッピングモールまで特定されたようです。
文春の直撃に「命がけで来てんだよな?」
この、元少年Aを追いかけた「週刊文春」の記者は、250日に渡り元少年Aを追跡し、そして本人に直撃取材までしたのでした。
「週刊文春」の記者は、元少年Aに取材を申し込みましたが、最初は「人違いです」と拒否されたそうです。
後日改めてまた取材に行き、インタビューを依頼する趣旨を記した手紙と名刺を渡すと、それまで大人しかった元少年Aは豹変。
「お前、ナメてんのか?違うって言ってんだろ」と語気を強め、「命懸けで来てんだろ?お前、名前と顔覚えたからな」と脅迫するような言葉を吐いたと言います。
そして、記者を1キロほど追いかけてきたそうで、記者は殺されるかもしれないと思ったと言います。
また、元少年Aは自身のポケットの中で何かを握る素振りを見せながら叫んでいたそうで、記者はこの様子から「本当に更生できているのか疑問に感じた」と後に話しています。
元少年Aは結婚もして子供もいる?
衝撃!少年Aは親になっていた?
元少年Aを調べていくと「結婚」という言葉が出てきます。あんな凶悪犯罪を犯した人間が結婚?と耳を疑いたくなります。
なぜ、元少年Aを調べると「結婚」という言葉が出てくるのか、その理由が元少年Aの手記「絶歌」にありました。
そこには、「被害者遺族に結婚式の招待状を送った」と書いてあったことにより発覚します。
しかし、これは2CHで流された”デマ”であることが分かっており、実は結婚はしていないようです。もちろん子供もいません。
元少年:著書「絶歌」が発売
元少年Aの手記「絶歌」を遺族に無断で出版
2015年6月10日に、当時32歳となった元少年Aが手記「絶歌 神戸連続児童殺傷事件」を太田出版から刊行しました。
初版は10万部を突破し、その後も7月10日に第2刷、7月21日に第3刷と増刷されました。
手記は今月10日ごろ、販売が始まった。初版は10万部、増刷も決まった。
版元の太田出版(東京都)で編集を担当した落合美砂取締役は10日、「体験を通じて書かれ、どういった心理状態で罪を犯してしまったのかが分かる。本人は被害者に対する身勝手は承知しているが『どうしても書かないと自分が生きていけない』と考えていた」と取材に話した。
この手記の出版に対し、被害者遺族は出版中止と回収を求め、出版社に抗議文を送りました。
「私たちの思いが踏みにじられた。重大な2次被害だ」と憤り、版元に抗議文を送って手記の回収を求めた。
山下彩花さん(当時10歳)の母京子さん(59)も毎日新聞に寄せたコメントで「傷つき、ショックを受けたが、今は振り回されたくない。一連の騒動が一日も早く収束することを願う」と訴えた。
HP&有料メルマガも配信していた
「存在の耐えられない透明さ」
2015年8月29日に、元少年A本人から「週刊文春」手紙が送られてきたそうで、〈お知らせ〉として「元少年A」のホームページ開設の告知が記されていました。
元少年Aは「週刊文春」の他にも、「週刊新潮」「女性セブン」「朝日新聞」にも同様の手紙を送っていたことが分かります。
両誌の報道によると、先月末に「元少年A」から手紙が届いた。
「少年Aから本誌への手紙」と題した文春の記事によると、手紙の最後に「いろいろ思うところがあり、急遽ホームページを開設しました」「今後はこのホームページを基盤に情報発信をしていく所存です」と書かれ、URLが記されていたという
引用:神戸連続児童殺傷事件「元少年A」がホームページ開設
産経新聞が確認したところ、「存在の耐えられない透明さ」とのタイトルが記されたHPに、元少年の身長や体重、出身地などのプロフィルを掲載。
「セルフポートレートシリーズ」と題した、本人とみられる顔が隠れた写真なども載っていた。
このホームページは、すぐに凍結されたため現在はアクセスできません。
ホームページには「ギャラリー」「レビュー」「メール」という項目があり、自身が出版した著書「絶歌」の宣伝も兼ねて、自身の創作した作品が紹介されていたようです。
元少年Aのホームページは、被害者や遺族に対しての配慮や謝罪の気持ちなどは全く感じられず、自己愛の強いサイトになっていたとのことです。
また、元少年Aは「神戸連続児童殺傷事件」の真相を語る有料メルマガも開設していたそうで、月額800円で配信していました。
次男を殺害された被害者の父親は、殺人事件の概要をお金稼ぎのネタにしたとして、激しい不快感を示し、2015年に京都産業大学で元少年Aを批難する講演を行っています。
今年6月に手記『絶歌』を出版して騒ぎを巻き起こした元少年Aはその後、ホームページを開設。
さらに今月12日付けで『元少年Aの“Q&少年A”』の配信を開始。
購読料は月額800円で、「元少年Aとよりディープに、魂の触角と触角が絡み合うようなやり取りができるよう、新たに別な場所を設ける」と説明していた。
酒鬼薔薇聖斗(元少年A)から着想を得たという映画「友罪」が話題に
1997年に神戸市で起きた「連続児童殺傷事件」をモチーフにしたとされる小説「友罪(ゆうざい)」が、俳優の生田斗真さんと瑛太さんのW主演で2018年5月25日に公開されました。
メガホンを取るのは、「64〜ロクヨン〜」のヒット作を手掛けた瀬々敬久監督です。
加害者側に焦点をあてたストーリーで、殺人の罪とは、殺人の罪を背負ったまま生きていくこと、過去とどう向き合うのか、などといった非常に重いテーマを扱った作品です。
元少年Aをモデルにした人物・青柳(鈴木)を演じたのが瑛太さん、元ジャーナリストで中学時代、親友を自殺させてしまい罪の意識をもつ益田を演じたのが生田斗真さです。
かつて日本中を震かんさせた凶悪な少年事件「黒蛇神事件」の犯人(瑛太)と、その過去を知った同僚(生田)の友情や葛藤を描く物語。
原作は薬丸岳氏が2013年に発表。
少年事件のその後をテーマにした作品は、14歳の少年が「酒鬼薔薇聖斗」を名乗って起こした猟奇的な事件を思い起こさせる内容で話題になった。
まとめ
・2015年6月10日に当時32歳となった元少年Aが手記「絶歌 神戸連続児童殺傷事件」を太田出版から刊行。
・少年Aは東京都足立区の「UR花畑団地」に住んでいた。
・酒鬼薔薇聖斗事件から着想を得た映画が公開される。
いかがでしたでしょうか?
元少年Aが起こした、日本を震撼させた史上最悪な凶悪事件「神戸連続児童殺傷」の経緯と元少年Aの家族や生い立ち、現在や元少年Aの本名、そして「結婚」の噂についてもまとめました!
今は普通に暮らしているということですので、きちんと更生し、二度と同じ過ちを繰り返さない事を祈るばかりです。