高橋里華さんはCMクイーンとも言われた元タレントで、現在は介護生活をYouTubeにアップして話題です。
今回は高橋里華さんの若い頃の経歴や学歴、注目を集めた鹿児島銀行のCM、結婚した旦那&子供(娘)、現在を紹介します。
この記事の目次
高橋里華のプロフィール:鹿児島銀行のCMに出演・最終学歴は不明
生年月日:1972年3月18日
出身地:埼玉県
所属事務所:不明
高橋里華さんは1992年度の「フジテレビビジュアルクイーン」にも輝いた元タレント・役者・歌手で、過去に「高橋りか」名義でも活動されていました。
CMやバラエティ番組でも活躍しており、特に1991年放送の、着物姿で出演した鹿児島銀行のCMは放送圏で大きな話題となったといいます。
大島紬の着物姿で、ポスターも各支店に。それをご覧になられて『ウチの息子の嫁に!』と、窓口に来られたお客さまが大勢いらっしゃったそうです(笑い)
なお、最終学歴については不明です。
出身校などを調べても出てこないことや、15歳で芸能界入りし大活躍されていることなどから、中卒もしくは高校中退といった可能性もありそうです。
高橋里華の若い頃の経歴① 15歳で芸能界入り
出典:https://38hana.com/takahashirika-wiki/
高橋里華さんは1987年、15歳の時に開催された「第1回全日本国民的美少女コンテスト」に出場。入賞したことをきっかけに、芸能界入りを果たしました。
大手芸能プロダクションのオスカープロモーションが主催する、大規模な新人女性タレント発掘オーディション。「国民的美少女」のキャッチコピーで成功した同プロ所属の女優・後藤久美子に続く人材を見出そうと、1987年より開始された。(中略)過去に佐藤藍子、米倉涼子、上戸彩、福田沙紀、武井咲といった数多くの女優やタレントを輩出している。
当時は埼玉県の実家から事務所へ通っていましたが、埼京線利用時には痴漢に泣かされたといいます。
デビューのきっかけは、約9万人が応募した第1回全日本国民的美少女コンテスト入賞(グランプリは藤谷美紀)。当時15歳だった。埼玉県内の自宅から表参道の所属事務所への道すがら、しばしば痴漢に泣かされた。「特に埼京線は最悪。四方八方から手が伸びてくるんです。乗る時間帯を変えたり、目深にかぶったキャップで髪の毛を隠し、Gパンを穿いてボーイッシュにしたんですが、あんまり効果はなかったですね」
高橋里華の若い頃の経歴② CMクイーンに
1988年には役者としての活動を開始し、テレビ朝日系列で放送されたドラマ「美少女学園スペシャル」に出演しました。
1992年にはTBS系列で放送された「俺たちルーキーコップ」、1993年にテレビ朝日系列で放送された「いちご白書」などといったドラマに出演。
1995年にテレビ朝日系列で放送された2時間ドラマ「おふくろ刑事 柏木桃子 越後路殺人捜査行、禁断の愛!!運命の兄妹に衝撃の秘密…」にも出演しています。
また、デビューからわずか5年のあいだに60本ものCMに出演。”CMクイーン”と称されるほどの活躍を見せます。
高橋里華の若い頃の経歴③ 歌手デビューも果たす
さらに、1995年にはシングル「絶対に逢いたくなる」で歌手デビュー。
同年発売の2ndシングル「R134海沿いのレースウェイ」をはじめ、1997年までに4枚のシングルをリリースしたほか、1995年にはアルバム「Height of Summer」を発売しました。
高橋里華の若い頃の経歴④ 結婚を機に芸能界を引退
高橋里華さんは34歳だった2006年に結婚し、芸能界から引退しています。
ちなみに、芸能界引退を見越してか、2006年~2007年にかけては7本ものCMに出演。CMクイーンらしいラストとなりました。
トヨタ「カローラアクシオ」
ジョンソン&ジョンソン「バンドエイド」
リクルート「フロム・エー・ナビ」
ヤマハ「Sea-Style」
au/KDDI「新カンタンケータイ」
ガスト「シュリンプハンバーグ&カニグラタン」
バンダイ「機動戦士ガンダム00 ガンガンガンプラ」
グラビア界では異例の貧乳だったので(笑い)、セクシー要素が足りずカメラマンさんを悩ませていましたね。谷間を何とか作るために、いつも腕をプルプルさせていたなぁ。90年代は、歌もドラマも司会も雑誌連載も、興味のある仕事はすべてさせていただいた時代でした。感謝してもし尽くせないです。
高橋里華が結婚した旦那はCMディレクター
高橋里華さんの旦那はCMディレクターという、これまたCMクイーンらしいお相手です。
また、2020年にメディアが報じた内容によれば、旦那は現在映像関係の会社を経営しているとのこと。
後述しますが、高橋里華さんが義両親を介護していることから、「旦那はどうしているのか」「旦那が介護を押し付けているのではないか」といった疑惑の目が向けられることもあるそう。
そんな中、高橋里華さんはインタビューで「旦那には家計を支えてもらっている」と発言しており、夫婦2人で役割を分担している様子。
ブログでも夫の誕生日を祝ったり、夫婦で話した出来事を報告したりと夫婦仲はよさそうです。
高橋里華の子供は娘が2人
高橋里華さんは2010年に長女、2013年に次女を出産しており、2人の娘の母親となっています。
また、長女が2歳の時から母娘3人で自宅リビングキャンプを楽しんでいるのだとか。
介護があり、なかなか遠出できないことから始めたそうで、2023年現在もリビングでテント・寝袋を使って就寝したと報告しています。
昨晩は久しぶりにリビングにテントを広げ母娘3人で寝ました。介護もありお出かけがなかなかできなかったので長女が2歳頃から室内テントを始めたのですがその頃はまだ小さなポップアップテントでした。部屋だけでなくベランダで広げておやつを食べたり、タブレットで映画を見たり。
引用:テント寝♡
高橋里華の現在① 同居している義両親を介護し看取っていた
高橋里華さんは2011年から、旦那の両親との同居をスタート。
旦那は次男だったものの、義両親が病気を患っていたことや東日本大震災の後ということ、さらに義両親の人柄もあって同居を決意したといいます。
そういった経緯でスタートした義両親との同居生活でしたが、当初は強いプレッシャーを感じて離婚まで考えていたそうです。
「それはそれは大変でした。ジイジは潔癖、バアバは年中着物姿でいる古風なタイプで料理が上手。あまりのプレッシャーのため、同居から1年後、2週間ほど長女と一緒に実家に帰ったこともありました」
同居するとすぐに、里華さんが義父母の通院の付き添いと家事全般を担うことに。義母は料理、義父は掃除に関して、それぞれ譲れないルールがあり、里華さんは何度もダメ出しをされてしまう。「耐えられなくなり、1年で家出しました。夫は私の味方につこうと義父母に対して強い口調で怒ったり。それはそれでつらくて、真剣に夫との離婚も考えました」
しかしそれぞれに歩み寄り、教えを受けたことで実の娘のように可愛がってくれるようになったそう。
当初は介助程度だったものの、2015年頃より義父が認知症、2016年頃より義母が肝硬変を患うようになり、本格的な介護生活が始まったといいます。
また、義両親を介護する10年ほど前から、糖尿病を患っていたという実家の祖母の介護もしていたのだとか。
実家までは1時間半以上かかるものの、母親と妹は仕事が忙しく、高橋里華さんが中心となって介護していたといいます。結婚から祖母が亡くなる2013年まで介護は続きました。
そして2017年に義母、2018年に実の父親が他界。さらに、実の母が2014年より大腸がん、2015年に膵臓がんを患ってしまいます。
その後も義父の介護は続き、高橋里華さんは福祉サービスを受けながらずっと自宅で義父を看ていました。
介護は5年ほど前からですね。まずジイジが認知症になりだし、1年くらい後にバアバの肝硬変が発覚。すでに末期だったため人工透析が必要で、同居当初の介助から2人の介護になっていきました
そんな高橋里華さんは、2020年にYouTubeチャンネル「高橋里華の介護らいふ」を開設。
2021年には、介護生活を綴った著書『じいじ、最期まで看るからね 育児と介護のダブルケア奮闘記』を発売しています。
また、高橋里華さんはかつて受けたインタビューで、どうして介護を頑張れるのかという質問に、以下のように回答されていました。
どうしてそこまでできるの? という質問をされることがあるというが、「何かを工夫して、克服していく先にある達成感が好きなんです。達成感フェチといっていいくらいですね」と里華さん。実の祖父母にしてあげられなかったことがいまできていると実感できるのもうれしい、と目を輝かせる。
その後、2023年に義父が他界。現在は病気を患っている母親をサポートしています。
高橋里華の現在② 芸能界への本格的な復帰は難しいが仕事には意欲的
高橋里華さんは、2020年に受けたインタビューで今も芸能界から仕事のオファーがあると語っています。
年に何回かですが、今でもテレビやCMのオファーがあるんです。時間の調整がつくようならお引き受けしてますよ
実際、可能なものには出演しているようで、2016年から2019年にかけては、TBS系列で放送されたバラエティ番組「爆報! THE フライデー」に出演。介護生活が特集されていました。
高橋さんは、子育てと同時に夫の父である義父(91)と、実母のダブル介護に奔走する“スーパー介護ママ”に。番組では、都内の自宅で義父と同居し、1日3回の洗濯、介護食を義父の口に一口ずつ運ぶなどの世話をしながら、車で埼玉に住む実母に食事を届ける様子などを取材してきた。
また、2017年にはビゲン「ヘアマスカラ」のCMにも出演。
2023年に受けたインタビューでも、制約が多くて芸能活動復帰とまではいかないものの、CM出演なら…と出演意欲を見せていました。
義母は5年前、義父は2023年に亡くなりましたが、今度は実家の母がよくなくて……。私たちも、子供に迷惑をかけないようにと考えています。芸能活動は母や子供のことがあるので制約がありますが、CMならミセスでも需要があるかな、なんて。グラビアはさすがに難しいですけどね(笑)。
引用:出演60本のCM女王・高橋里華 壮絶介護の経験から登録者4万人超の配信者に 【1990年代人気グラドル 波乱万丈の今】
まとめ
高橋里華さんは元タレントで、1990年代に歌手・役者として活動。特にCMで大活躍しており、”CMクイーン”と称されていました。
特に鹿児島銀行のCMは放送されるやいなや、放送圏で大きな話題に。
しかしその後、結婚を機に芸能界を引退。子供2人を出産し、旦那と義両親との同居を開始しました。
当初から義両親は病を患っており、同居生活を送るうちに介護生活がスタート。
その10年前から実の祖母を介護していた高橋里華さんは、祖母、父、義母、義父を見送り、現在は母を介護しているのだそう。
育児・介護と忙しい日々は続きますが、CM出演などには前向き高橋里華さん。今後、様々なCMでお見かけすることになるかもしれませんね。