「常磐道あおり運転殴打事件」の「ガラケー女」こと喜本奈津子の現在に注目が集まっています。
今回は、ガラケー女・喜本奈津子の出身や実家などの生い立ちや、母親虐待の経歴、流出した衝撃的な卒アル写真や世間の反応、逮捕のその後や現在についてまとめました。
この記事の目次
喜本奈津子は「常磐道あおり運転殴打事件」のガラケー女
今回焦点を当てる喜本奈津子は、2019年8月に発生し世間を騒がせた「常磐道あおり運転殴打事件」で「ガラケー女」として話題になった女です。
「常磐道あおり運転殴打事件」とは
「常磐道あおり運転殴打事件」は、2019年8月10日朝、常磐自動車道上り線で、当時25歳の会社員男性の運転する車が、当時44歳の自称会社役員・宮崎文夫の運転する車からの、あおり運転を受けたあげく停車させられ暴行を受けた事件です。
宮崎文夫は被害者男性の車を数キロメートルにわたって幅寄せや割り込み、急な減速などの執拗なあおり運転を仕掛けてた上、進路を妨害して停車させ、「今すぐ出てこい。殺してやる」などと叫びながら、高速道路上で車から降りて被害男性の車に歩み寄って無理やり窓を開けさせ、被害者男性の頭部を拳で5発殴打しました。
喜本奈津子は暴行の様子をガラケーで撮影した事から「ガラケー女」と呼ばれる
この時、宮崎文夫の車に同乗していたのが喜本奈津子で、宮崎文夫に続いて車から降りると、ガラケー(折りたたみ式のガラパゴス携帯)を被害男性の方へ向け、宮崎文夫が被害者を暴行する姿をカメラで撮影。
この時の喜本奈津子のハット型の帽子を目深にかぶりサングラスをかけた異様な出で立ちで、無表情に被害者の方に向けてガラケーを構える姿は連日テレビのワイドショーやニュース番組で放送され話題になりました。
喜本奈津子の出身や実家は?
常磐自動車道殴打事件で、強烈なインパクトを残した「ガラケー女」こと喜本奈津子の出身や実家にも注目が集まっています。
どうやら、喜本奈津子の出身地は「神奈川県川崎市」で現在もそこに実家があるようです。事件の数年前まで喜本奈津子はここに母親と2人で暮らし、2016年頃に母親が施設に入った後は、宮崎文夫と出会うまで、この実家で一人暮らしをしていたようです。
残念ながら詳細な住所情報は流出していませんが、一部週刊誌などは突き止めているようで、現地への直撃取材を行っているようです。
それによれば、事件前の2019年5月か6月頃にこの実家を宮崎文夫と喜本奈津子の2人が訪れているところが周辺住人に目撃されていたとの事。
「実家前に軽トラックを停めて、ふたりで大型の冷蔵庫を運び入れようとしていたんです。ところが、間口が狭かったのか、すぐには搬入できなかった。男から“冷蔵庫を押さえておけ!”と命令された喜本被告は片手を冷蔵庫にかけ、意味なく路上にたたずんでいた。もう片方の手は例のガラケーをピコピコいじっていました」
喜本奈津子の生い立ちや経歴、出身校は?
喜本奈津子は上述の通り神奈川県川崎市の出身で、事件当時51歳と報じられているので、1968年か1967年生まれという事になります。
2人姉妹の長女で、実家はパン屋兼菓子店を経営していたようです。喜本奈津子の父親は厳格な人物で、母親は父親に従順な人物だった事も現地取材により明らかにされています。
喜本奈津子の子供時代については、小中学校の同級生が「真面目で曲がった事が嫌いなタイプ」と証言しています。
「僕らの中学は荒れていて、不良グループが教室で消火器を振り回すなど学級崩壊寸前だった。喜本はそういうグループには近づかなかったし、まじめな女子生徒と仲よくしていた。優等生でもブリっ子でもなかった」
真面目だったという子供時代の喜本奈津子ですが、一方では、「とっつきにくい印象」や、中学生の頃は子供に暴言を吐いていたという証言も出ています。
近所に住んでいた女性は、子どものころの喜本について「とっつきにくいという印象でした。ほかの人に積極的に話すような感じはなかった」と話す。中学生だった喜本に「いきなり、『うるせえクソガキ』と言われた記憶もあります」
喜本奈津子の出身校は?
喜本奈津子は小中学校を卒業後は、地元の県立高校へ進学していますが、出身校の名前などは特定されていません。
「地元の県立高校」という事ですが、神奈川県立の高校は130校以上、川崎市内の公立校だけでも19校あるため、当時の同級生からの情報提供などがない限り、中々特定は難しいようです。
喜本奈津子は高校卒業後地元で就職
喜本奈津子は地元の県立高校を卒業後、地元で就職し、デパートの販売員や病院の食堂などで働いています。長続きしない仕事もあったようですが、当時の関係者によれば、基本的には意欲的に働いているように見えたという事でした。
また、「常磐道あおり運転殴打事件」が発生する前までは、都内の大手AV機器メーカーに勤めていた事が明らかになっています。そこには10年以上勤めていたという事でしたが、2019年2月頃に体調不良を理由に退職したそうです。
父親の死去後、母親を虐待
喜本奈津子の父親は、「常磐道あおり運転殴打事件」から約10年ほど前にすい臓がんで死去しています。どうやら喜本奈津子は、父親の死後に母親を虐待するようになったようです。
喜本奈津子は、認知症を患う母親と度々大声で喧嘩し家から追い出す事がよくあったようです。追い出された母親は近所の商業スーパーのベンチにずっと座り、閉店時間になっても出て行かずに警察を呼ばれ、パトカーで帰宅させられる事もあったとか。
また、母親も喜本奈津子に反撃し、喜本奈津子が鍵を失くした際、鍵を開けずに家の中に入れないという事もあったようです。
当時を知る知人によれば喜本奈津子は「仕事でイライラして母親に当たってしまう」と言っていた事もあったそうです。
しかし、この母親も事件の約3年前に施設に入れられ、喜本奈津子はこの実家で一人暮らしをしていたという事でした。
2019年2月に宮崎文夫と交際をスタート
前述のように、喜本奈津子は都内の大手AV機器メーカーを2019年2月頃に退職していますが、どうやらこの時に、常磐道あおり運転事件の犯人・宮崎文夫と交際をスタートさせたようです。
どうやら、喜本奈津子と宮崎文夫は出会い系アプリで知り合ったようで、同級生には「今付き合っている彼氏が金持ち」だと自慢していたようです。また、喜本奈津子は宮崎文夫の誕生日に30万円のヴィトンのバッグをねだられ、クレジットカードでプレゼントしています。
事件の前にこの2人を乗せたというタクシー運転手は、2人は後部座席でハグしたり手を繋いだりしてイチャつきあっていた事を証言しています。
このタクシー運転手も宮崎文夫に絡まれており、警察が絡む騒動に発展しています。この騒動の際も、喜本奈津子は宮崎文夫と一緒になって暴言を吐いていたという事なので、喜本奈津子はあちこちで宮崎文夫を一緒になってトラブルを起こしていたようです。
そして、その後の2019年8月「常磐道あおり運転殴打事件」が起こるのです。
喜本奈津子の卒アル写真が流出!ネットの反応は?
事件後、喜本奈津子の卒業アルバムの写真が流出し、マスコミが連日この写真を使って報じました。
この喜本奈津子の卒アル写真がかなりインパクトが強いものだった事も人々の話題を集めました。喜本奈津子の卒アルに関するネットの反応を紹介します。
卒アル出たーーー!!
— ロックマン150 (@zHEoOll2sZJ2WA5) August 20, 2019
木嶋佳苗死刑囚にクリソツ
パーツがどれも肉厚だなーー#喜本奈津子 pic.twitter.com/HL74t6Lvps
JK時代はアレでも悲観する事はないんですよ。
— 大谷翔平 lover (@tlZwJ6LXCNDXDfP) August 22, 2019
キモトさーん
木嶋佳苗
高校の卒アルは全力で笑いを取りに行ってるスタイルだけど、大人の女性になったら綺麗になってモテモテだからね。#喜本奈津子 #木嶋佳苗 pic.twitter.com/CK4XeCEf4o
なんか喜本容疑者の高校の卒業アルバムの写真、宮下草薙の草薙とゆりやんを足して2で割ったような顔だな←
— 狐狗狸🖇アナテマ (@musubinoa) August 20, 2019
喜本容疑者 卒アルゆりやんレトリィバァに激似やんけ!!!!
— かわち (@_kw_t) August 20, 2019
お笑い芸人のゆりやんレトリィバァさんや木嶋佳苗死刑囚にそっくりという声が多いようです。木嶋佳苗死刑囚はともかくとして、ゆりやんレトリィバァさんはとんだ風評被害ですね。
喜本奈津子のルックス評価についてはあえて触れませんが、若い頃から積み重なったコンプレックスが、宮崎文夫という人間のクズとまで評価されるような男との交際に至らせ、さらには犯罪を助長させる結果になったのでは?と見る専門家も多いようです。
また、喜本奈津子の卒アル画像があまりに「アレ」だったため、卒アル公開はやりすぎでは?といった同情やマスコミ批判の声も少なくはない様子です。
一部マスコミでは喜本容疑者の「若い頃の写真」が公開され、話題を呼んでいる。
「喜本容疑者の『卒業アルバム』が公開されました。その悪意を感じさせる編集というか写真というか……とにかく『悪意あるなあ』という声でネット上で埋め尽くされています。
喜本奈津子の逮捕とその後
以上のように、色々とやらかしている喜本奈津子でしたが、「常磐道あおり運転殴打事件」の後、逃走を続けていた宮崎文夫をかくまって隠蔽したとして「犯人蔵匿・隠避」の疑いで逮捕されました。
その後、喜本奈津子は、罰金30万円の略式命令を受けて2019年9月頃に既に釈放されているようです。
喜本奈津子の現在
釈放後の喜本奈津子の行方については、2019年9月に事件前まで拠点としていた東京都品川区のアパートを引き払い、川崎市の実家へも戻っていない事などが明らかになっています。
またその後、2020年1月の週刊文春が、身元引き受け人となった知人が手配した神奈川県内の住居に身を寄せていた事などを突き止めています。
週刊文春は、この身元引き受け人を通じて喜本奈津子への取材を申し込んだようですが断られたようです。
「取材は断るように本人から言われている。生活がありますから、もちろん仕事はしています」
この身元引受人によれば、現在、喜本奈津子は仕事をしているという事ですが、どんな仕事をしているのかは明らかにされていません。おそらくこの身元引き受け人の知人が仕事の世話をしたのでしょう。
ただ、これだけ世間で名前と顔が知れ渡ってしまっているため、今後しばらくの間はまともな生活は送れないでしょう。愚かな振る舞いをした自分を見つめ直し、しっかりと反省して欲しいものですね。
まとめ
今回は、「常磐道あおり運転殴打事件」で全国的に名前と顔が知れ渡った「ガラケー女」こと喜本奈津子についてまとめてみました。
喜本奈津子は、2019年2月頃に、出会い系サイトを通じて「あおり男」こと宮崎文夫と知り合い、その後行動を共にして、あちこちでトラブルを起こしていました。
そして、2019年8月、高速道路の常磐道上り線で、宮崎文夫の危険なあおり運転の車に同乗し、宮崎が被害者の車を停車させ、暴行を加える様子をガラケーで撮影したのでした。
その後、喜本奈津子は「犯人蔵匿・隠避」の容疑で逮捕さ、罰金30万円の略式命令を受けて、それを収め、既に社会に戻って働いているという事です。
喜本奈津子には、今後は周囲に迷惑をかけず大人しく静かに暮らして欲しいものです。