2019年4月19日に「池袋暴走事故」を起こし、2人の命を奪った飯塚幸三元院長。旧通産省工業技術院の元院長という肩書を持つ「上級国民」で、特別扱いを受け逮捕されないと言われているほか、事故後の対応などにも批判が殺到しています。
飯塚幸三元院長について、経歴や家族(嫁・息子・孫)、事故のその後や現在の様子をまとめました。
この記事の目次
- 飯塚幸三元院長のプロフィール・経歴
- 飯塚幸三元院長が起こした「池袋暴走事故」の概要
- 飯塚幸三元院長は逮捕されずに入院!「上級国民」扱いに非難殺到
- 飯塚幸三元院長は事故後に息子と共に隠蔽を画策?
- 飯塚幸三元院長の家族(嫁・息子・孫)の情報
- 飯塚幸三元院長の事故のその後① 遺族(松永真菜さんの夫)が会見
- 飯塚幸三元院長の事故のその後② 実況見分に立ち会い
- 飯塚幸三元院長の事故のその後③ 遺族が厳罰を求める署名活動
- 飯塚幸三元院長の事故のその後④ 自宅を厳重警護されている
- 飯塚幸三元院長の事故のその後⑤ 精神的におかしくなった
- 飯塚幸三元院長の事故のその後⑥ 被害者が受け取った謝罪の手紙が公開される
- 飯塚幸三元院長のその後⑦ ついに書類送検される/逮捕はされず
- 飯塚幸三元院長のその後⑧ 在宅起訴される
- 飯塚幸三元院長のその後⑨ 初公判で無罪を主張
- 飯塚幸三元院長の現在① 裁判で検察側は禁錮7年を求刑するも禁錮5年の実刑判決
- 飯塚幸三元院長の現在② 控訴をせずに実刑判決確定/遺族に謝罪の言葉も
- 飯塚幸三元院長の現在③ 刑務所に収監へ
- 飯塚幸三元院長の現在④ 勲章「瑞宝重光章」剥奪で一般市民に降格
- まとめ
飯塚幸三元院長のプロフィール・経歴
名前:飯塚幸三(いいづか こうぞう)
生年月日:1931年6月1日
出身地:東京都中野区
学歴:東京大学工学部卒業
2019年4月19日、池袋をプリウスで暴走した「池袋暴走事故」で、松永真菜さん(31)と娘の莉子ちゃん(3)を死亡させた飯塚幸三元院長は、2人の人間の命を奪ったにも関わらず逮捕されていません。
飯塚幸三元院長は旧通産省工業技術院の元院長という肩書きを持つエリートで、「上級国民だから逮捕されないのではないか」とネットなどで不満・批判の声が噴出しています。
飯塚幸三元院長のプロフィール・経歴①東京出身で東京大学卒業
飯塚幸三元院長の若い頃の画像
「池袋暴走事故」当時87歳だった飯塚幸三元院長は、1931年(昭和6年)6月1日に現在の東京都中野区で誕生しました。
市ヶ谷加賀町にあった東京府立第4中学校を卒業後、埼玉県北足立郡浦和町(現在のさいたま市浦和区)の旧制浦和高等学校に進学。学制改革のため旧制浦和高等学校入学した1年後に大学受験を迎え、東京大学理科1類に合格しています。
飯塚幸三元院長のプロフィール・経歴②大学卒業後、工業技術院に就職
東京大学では工学部応用物理学科(計測工学専修)で学び、1953年に大学を卒業。
大学卒業後、通産省に入省して通産省の工業技術院中央計量検定所(現・独立行政法人産業技術総合研究所計測標準総合センター)に入所しています。
新設された「硬さ」の研究をする課に配属され、硬さ標準の研究に携わっていたそう。1986年には工業技術院院長に任命されました。
さらにその後、
・日本軽量振興協会会長
・株式会社クボタ常務取締役
などを務め、2015年には経産省に推薦され「瑞宝重光章」を受賞しました。
飯塚幸三元院長が起こした「池袋暴走事故」の概要
輝かしい人生を歩んできた飯塚幸三元院長ですが、87歳で起こした「池袋暴走事故」によって、世間から大きな非難を浴びることになりました。
ここでは「池袋暴走事故」の概要を見ていきたいと思います。
事故現場は東池袋4丁目
事件が起こったのは2019年4月19日午後0時25分頃。
場所は東京都豊島区東池袋4丁目でした。
飯塚幸三元院長の乗る車(プリウス)は時速90km後半のスピードで約150メートルにわたって暴走。
事故現場の画像。左のプリウスが飯塚幸三元院長が運転していた車です。
暴走を始めてから150mの間、飯塚幸三元院長がブレーキを踏むことはなく、赤信号を無視し3つの交差点に侵入して10人を死傷させました。
① 縁石にホイールが接触
② 1つ目の横断歩道で男性1人をはねる
③ 2つ目の横断歩道で親子をはねる
④ ごみ収集車に衝突し横転させる
③ 3つ目の横断歩道で歩行者4人をはねる
④ トラックにぶつかって停車
警視庁によると、飯塚幸三元院長は縁石にホイールが接触したことでパニックになった可能性があるとのことです。
2人死亡・男女8人が重軽傷
飯塚幸三元院長の車にはねられた方々のうち、2つ目の横断歩道を自転車で横断していた親子・松永真菜さんと娘の莉子ちゃんが死亡。
亡くなった松永真菜さんと長女莉子ちゃん
松永真菜さんは娘の莉子ちゃんを自転車で公園に遊びに連れて行き、帰る途中だったそうです。
さらに彼女たち2人以外の男女8名が重軽傷を負ったほか、飯塚幸三元院長と、助手席に乗っていた彼の嫁も怪我を負いました。
飯塚幸三元院長が暴走した原因は車の故障?
飯塚幸三元院長は車が暴走した理由を車が原因だと説明しています。
「アクセルが戻らなかった。ブレーキが利かなかった」
出典:朝日新聞DIGITAL
しかし、その後の調べでは飯塚幸三元院長の車には異常は見つかっていません。警視庁によるとブレーキとアクセルの踏み間違えである可能性が高いそうです。
縁石にホイールが接触して気が動転した飯塚幸三元院長は、ブレーキとアクセルを踏み間違えて事故を起こしてしまったようです。
医師は運転を控えるよう忠告
事故を起こした際の飯塚幸三元院長の年齢は87歳。
運転への不安から免許返納を決める人もいる年代ですが、飯塚幸三元院長は2017年に免許更新をした際には認知機能検査をパスし、事故当時ゴールド免許を所持していたとのこと。
しかしその一方で、飯塚幸三元院長は脚を痛め、事故の1年ほど前から杖を使って歩く姿が目撃されていて、医師からは運転を控えるよう忠告されていたのだとか。
高齢になって判断能力や運動能力が鈍っているのに加え、医師から忠告を受けるほど足が悪くなっている状況での運転ということで、事故を起こすのは時間の問題だったと言えるかもしれません。
飯塚幸三元院長は逮捕されずに入院!「上級国民」扱いに非難殺到
死者2人・重軽傷者8人という悲惨な事故を起こした張本人でありながら、飯塚幸三元院長が逮捕されることはありませんでした。
池袋暴走事故後にも悲惨な事故が相次ぎましたが、これらの事故の加害者は飯塚幸三元院長とは違い、いずれも現行犯逮捕されています。
・2019年5月(池袋暴走事故の翌月)に発生した大津の園児死亡事故
・2019年5月に発生した8人死傷の神戸市バス事故
・2019年6月(池袋暴走事故の2ヶ月後)に大阪市のスーパーで起きた、80代男性が歩行者4人をはねてケガをさせた事故
このように現行犯逮捕される交通事故加害者が多い中、飯塚幸三元院長は逮捕されていないことに、世間から疑問の声が相次いでいます。
飯塚幸三元院長が逮捕されない理由は?
飯塚幸三元院長が現行犯逮捕されなかった一つの理由として、治療に専念する必要があったためと一部メディアで推測されていました。
「逮捕はあくまで捜査の一手段で“懲罰”ではありません。証拠隠滅や逃亡の恐れがないと判断した場合は逮捕しないのが原則。(中略)また、大津の事故もそうでしたが、基本は現行犯逮捕。ところが飯塚の場合は胸骨を折るなどして、入院しました。仮に逮捕するなら退院直後でしたが、留置に耐えられる状態ではないと配慮した形です」
出典:文春オンライン
入院していることはもちろん、社会的地位が高く逃亡の恐れがないと判断されたため、逮捕には至らなかったと言われています。
退院後も逮捕されず
事故後、胸を骨折していた飯塚幸三元院長は、新宿区内の病院に入院しました。
退院したのは事故から約1ヶ月後の5月18日。退院したその日に警視庁目白署で任意の事情聴取を受けました。
入院しているため逮捕されないと言われていた飯塚幸三元院長ですが、退院しても逮捕されませんでした。ある情報番組では、元裁判官で弁護士の八代英輝さんがそのおかしさを指摘しています。
「退院されて事情聴取を受けた時点で、逮捕するのが普通だと思いますね」
出典:JCASTニュース
事情聴取を終えた後、報道陣の前に姿を見せた飯塚幸三元院長は「申し訳ございません」と頭を下げましたが、世間の怒りはまだまだ収まりそうにありません。
飯塚幸三元院長が逮捕されないのは「上級国民」だから?
ネットなどでは、飯塚幸三元院長が逮捕されないのは、「上級国民」だからではないかと指摘されています。
上級国民様は逮捕されないという不公平な警察の対応に失望してる。 https://t.co/mRUssGlgrI
— 仮免ライダー新2号GSR (@GSR250w) July 18, 2019
https://twitter.com/JoeJoesank7/status/1164014705473552384
医師に止められているにも関わらず運転し、2人の命を奪っているのに、「上級国民」だから逮捕されないなんて納得できませんよね。
飯塚幸三元院長以外に、2013年に同じく死亡事故を起こした千野志麻アナも逮捕されることはありませんでした。(千野志麻アナは静岡県内のビジネスホテルで看護師の男性(38)の身体に車で乗り上げて死亡させています。)
彼女が逮捕されなかった理由は、第91代内閣総理大臣を務めた福田康夫さんの息子と結婚した「上級国民」だからではないかと噂されています。
勲章を持っているため減刑される?
警察の供述調書には勲章の有無を記入する欄があるようです。
飯塚幸三元院長は「瑞宝重光章」を受賞しており、それが理由で優遇されているのではないかと憶測が広がりました。
なぜ供述調書に勲章の有無を訪ねる項目が存在するのか。#上級国民 pic.twitter.com/XF9bOD70oV
— masahiro nakazato (@gsxrQP2Rk5) May 13, 2019
メディアの取材に答えた小松義浩弁護士によると、勲章を持っているから優遇される・減刑されることはないとか。
小松義浩弁護士の説明によると、事故などを起こして勲章を失う場合があって、そのために供述調書に勲章の有無を書かせているとのことです。
飯塚幸三元院長は事故後に息子と共に隠蔽を画策?
事故直後に息子に電話
飯塚幸三元院長は事故直後に息子さんに電話をかけたことがわかっています。
事故直後、飯塚氏は息子に錯乱状態で電話し、『アクセルが戻らなくなり、人をいっぱい轢いちゃった』と話していたそうです
出典:文春オンライン
あまりのことにパニックになったのかもしれませんが、救護活動をせず息子さんに電話をしていたなんてヒドいですよね。
事故を知った息子がFacebookアカウントを削除?
飯塚幸三元院長はFacebookアカウントを持っていましたが、事故後にそのアカウントが消えています。
飯塚幸三元院長が詮索を恐れ、息子に指示をしてFacebookアカウントを削除させたのではないかと見られています。
飯塚幸三元院長がFacebookにどんな投稿をしていたのかわかりませんが、もしそのまま残していたら、過去の画像などを使われてしまいますもんね。
またFacebookだけでなく、自宅の電話番号も解約されていたり、自宅のストリートビューにモザイクがかかったり、ウィキペディアに編集ロックがかかったりと、保身のためと思われる処置がスピード感をもって行われています。
国民を轢き殺した後の飯塚幸三の早技一覧
— 飯塚幸三を許すなbot 4/19を忘れない (@NO_iizuka_BOT) August 28, 2019
・ストリートビュー→自宅にモザイク
・ウィキペディア→編集ロック
・経済産業省の勲章贈呈ページ→削除
・自宅電話番号→変更
・フェイスブック&ツイッター→削除
こんだけする時間があれば救急車も呼べたんじゃない?#飯塚幸三を許すな
Facebookやウィキペディアなど、頭を働かせてとっさに色々対処したのかもしれませんが、被害者より自分たちの身を守ることに必死な様子に、ネットではバッシングの嵐でした。
飯塚幸三については、逮捕云々より、事故直後に息子に間髪入れず電話して「人をいっぱい轢いちゃった」その後「すまんが儂のFacebookを削除して、携帯電話も解約しておいてくれ」と言ったかどうか、その無神経さを世間に公開して欲しい。
— シークレット™ (@secret_222) May 19, 2019
池袋の事故。
— 鬼瓦盆栽うどぅん (@vogueken2525) April 20, 2019
87歳男性、飯塚幸三さんに責任能力がないかもしれない?
事故直後にちゃっかり息子に電話して、きっちり事故の報告できてるのに?
もし認知症だとして、SNSすべて削除して家電も解約しちゃえるほど頭脳明晰な家族がいたなら、なぜおかしい様子に気づいて病院に連れて行かなかった。
ちなみに現在も飯塚幸三元院長のウィキべディアページには今までの輝かしい経歴が綴られている一方、事故に関しては一切触れられていません。
飯塚幸三元院長の家族(嫁・息子・孫)の情報
飯塚幸三元院長の嫁は事故の時助手席に
飯塚幸三元院長の嫁は事故の際、飯塚幸三元院長の車に同乗していました。
ドライブレコーダーには、事故直前に飯塚幸三元院長の運転を心配する嫁の声が録音されていたそうです。
「警視庁が押収したドライブレコーダーに同乗していた妻から『危ないよ、どうしたの』と言われ、『あぁ、どうしたんだろう』と答えている飯塚氏の声が残っていました。」
出典:文春オンライン
嫁の年齢は飯塚幸三元院長と誕生日も9日近いで同い年であると報じられています。夫婦仲は非常に良いそうです。
飯塚幸三元院長の嫁が一体どんな女性なのか調べてみましたが、嫁の名前や経歴、画像などは見つかりませんでした。
こちらの画像の赤い丸で囲まれている女性が、飯塚幸三元院長の嫁ではないかという噂もありますが、定かではありません。
飯塚幸三元院長の息子の噂:クボタ社長・飯塚智浩さん
クボタ役員・飯塚智浩さんの画像
飯塚幸三元院長がかつて副社長を務めていたクボタの役員に、飯塚智浩さんというかたがいらっしゃいます。事故後、この飯塚智広さんが飯塚幸三元院長の息子であるという説がネットで広まりました。
しかしその後クボタがコメントを出し、飯塚智浩さんが飯塚幸三元院長と血縁関係にあることを否定しています。
「当社現執行役員の飯塚智浩と元副社長の飯塚幸三氏との間に縁戚関係等はありません」
出典:日刊スポーツ
クボタの関係者であることと、飯塚という名字に繋がりはありますが、単に名字が一緒だっただけなのかもしれません。
飯塚幸三元院長の孫が安倍首相の秘書?
事故時に同乗していた嫁や、事故直後に電話をした息子だけでなく、飯塚幸三元院長の孫についても様々な憶測が広がっています。
ネットで広まった情報では、安倍首相の秘書が飯塚幸三元院長の息子で、飯塚洋という名前であるというものがありました。
しかし、この説は全く根拠のないガセ情報です。飯塚洋という人物は実在するものの、その人物は飯塚幸三元院長の孫ではないと見られています。
飯塚幸三元院長の事故のその後① 遺族(松永真菜さんの夫)が会見
飯塚幸三元院長が起こした事故で命を奪われた松永真菜さんと長女莉子ちゃんの遺族は、世間に向けて遺族としての気持ちを発信しています。
「生き地獄」
池袋暴走事故から5日後の4月24日、事故で亡くなった松永真菜さんの夫が会見し、辛い胸の内を明かしました。
最愛の妻と娘を突然失い、ただただ涙することしかできず、絶望しています。娘がこの先、どんどん成長し大人になり、妻と私のもとを離れ、妻と寿命尽きるまで一緒にいる、そう信じていましたが、たった一瞬で、私たちの未来は奪われてしまいました。悔しくて、悔しくて、仕方がありません。この悔しさは、どれだけ時間がたっても消えないでしょう。
出典:NHK
松永真菜さんは沖縄出身で、遠距離恋愛を経て結婚。松永真菜さんの夫の母親も沖縄出身で、夫が親族から「いい人がいる」と紹介されて出会ったといいます。
夫からの猛アプローチの末結婚し、娘の莉子ちゃんが誕生してからは、家族でピクニックをしたり幸せな日々を送っていたそうです。
松永真菜さんの夫は会社員で、仕事の昼休みには松永真菜さんと莉子ちゃんとテレビ電話することが日課となっており、事故が起こる20分前にもテレビ電話で話をし、それが最後の会話になってしまったということです。
危険運転を無くしたい
悲しみの中で会見を開いた松永真菜さんの夫は、松永真菜さんと莉子ちゃんの写真を公開。
出典:https://no-tenki-e-tenki.com
初めは写真を公開するつもりはなかったそうですが、同じような事故が起こってほしくないという理由から、写真を出すことを決めたそうです。
「たった数秒で命が奪われてしまったことを少しでも頭に残してほしい」と考えるようになり、写真の公開を決めた。」
出典:東京新聞
この写真を見ていると、この写真にうつっている若くて健康な女性とまだ小さな子供が、足の不自由な高齢者・飯塚幸三元院長の運転で一瞬にして命を奪われたという事実がありありと感じられますね。
交通事故の恐ろしさを世の中の人にわかってもらって、自分の運転に自信がなければ運転しないで欲しいというのが、松永真菜さんの旦那さんの強い願いのようです。
飯塚幸三元院長の事故のその後② 実況見分に立ち会い
2019年6月13日、飯塚幸三元院長立ち会いの下、池袋の事故現場で実況見分が行われました。
実況見分では飯塚幸三元院長が乗っていたのと同型の車を走らせ、その後部座席に飯塚幸三元院長が座りました。
警察はブレーキとアクセルの踏み間違いが事故原因の可能性が高いと見ており、「自動車運転処罰法違反(過失致死傷)容疑」で捜査していて、実況見分ではブレーキがきかなくなった場所などを本人に確認したそうです。
実況見分に立ち会う飯塚幸三元院長の様子が報じられています。
松永さん母子がはねられ死亡した交差点では車から降り、横断歩道の前で一礼した。両手につえを持ったままゆっくりと交差点内に進み、身ぶりを交えながら当時の状況を捜査員に説明した。
出典:JIJI.COM
これだけ読むとあまり違和感はありませんが、飯塚幸三元院長の実況見分での様子は、反省しているとは言い難いものだったようです。
実況見分での飯塚幸三元院長の様子に怒りの声
実況見分に姿を見せた飯塚幸三元院長は、両手に杖を持っていましたが、その杖で警察官に指示を出していたといいます。
両手がふさがっているにしてもほかにやり方がなかったのかという気がしますよね。
また、事故現場には献花台が設けられていますが、その献花台を無視して近づくこともなかったため、周囲の人たちから批判の声が上がっていたということです。
飯塚幸三元院長の事故のその後③ 遺族が厳罰を求める署名活動
松永真菜さんの夫が南池袋公園で署名活動
2019年8月3日、亡くなった松永真菜さんの夫が、家族でよく遊びにきていたという南池袋公園にて、飯塚幸三元院長の厳罰を求める署名活動を行いました。
「2人が亡くなり、10人が怪我をするという重大な結果を引き起こしておきながら、軽い罪で済むという前例を絶対につくりたくない。『厳罰が再発防止につながる』という強い思いを持っています」
出典:文春オンライン
松永真菜さんの夫は「厳罰が再発防止につながる」という強い思いから、署名活動を行っているのですね。
インターネットでも署名を募っている
飯塚幸三元院長の厳罰を求める署名活動は、街頭だけでなくインターネット上でも行われています。2019年7月20日、松永真菜さんの夫が「東池袋自動車暴走死傷事故 遺族のブログ」を開設。そのブログで署名用紙をダウンロードにて配布し、署名を募っています。
松永真菜さんの故郷沖縄でも署名活動
松永真菜さんの故郷・沖縄県那覇市でも、署名活動を行われました。
松永真菜さんの父・上原義教さんを中心に、親族や友人およそ60人が那覇市の県民広場で著名をつのったのです。
上原義教さんは松永真菜さん・莉子ちゃんと1日置きにテレビ電話をしていたのだとか。
事故の前日にも莉子ちゃんとテレビ電話で話をして、新しい水着を買ったから海に連れて行ってと頼まれたそうです。
上原義教さんは2年前にくも膜下出血で妻(松永真菜さんの母)を失ったばかりで、娘や孫が沖縄に帰ってくるときは、寝床など全部用意して心待ちにしていたそうですよ。
娘と孫が事故があったと知って、その日のうちに沖縄から東京に飛んで行ったとか。莉子ちゃんは見られる状況ではなかったそうです。
上原義教さんは飯塚幸三元院長についての思いをこのように明かしています。
「わたしの愛する子どもと孫を奪い取っておきながら、逮捕すらされない。そういうのが、わたしの常識からしたら考えられない」
出典:FNN PRIME
このような事故で大切な家族を奪われ、とても悔しくて、何ヶ月も経った今でも夢を見ているような気がするといいます。
29万人からの署名が集まる
2019年8月30日に松永真菜さんの夫が記者会見を開き、飯塚幸三元院長の厳罰を求める署名が、約29万人から集まったことを明かしました。夫は次のようにコメントしています。
「ここまでたくさんの方にご協力いただけると思っていなかったので感謝の念に堪えない。活動をきっかけに、法制度や技術面の改善、環境面の整備などについて、もっと議論が行われてほしい」
出典:JIJI.COM
松永真菜さんの夫によれば日本だけでなく海外からも署名が集まったそうです。2019年9月15日まで署名活動が行われた後、東京地検に提出したようです。
飯塚幸三元院長の事故のその後④ 自宅を厳重警護されている
飯塚幸三元院長は退院後に自宅マンションに戻って生活しているとみられています。
世間からのバッシングは現在もおさまっておらず、何事もなかったように生活することはやはり難しいようです。
ネット上では自宅マンションが特定され、身の危険が迫っていることもあってか、現在は警察によって厳重警備されていると報じられています。
しかし、身の危険があるとはいえ、加害者が警察に警備されるのは異例のことだとか。「上級国民」のため特別に警備されているのではと噂されています。
自宅マンション玄関に「迷惑です。」の張り紙が
飯塚幸三元院長の自宅とみられる板橋区弥生町のマンション
飯塚幸三元院長の自宅マンションの玄関には「迷惑です。」と赤字で大きく書かれた取材拒否の張り紙が貼られているのだとか。
ただ、その張り紙は管理会社が貼ったもので、飯塚幸三元院長によるものではないようです。このマンションに住むほかの住人たちがかなり迷惑しているのは事実かもしれませんね。
このままバッシングが続いたら、飯塚幸三元院長が別の場所に引っ越さざるを得ない気もしますが、国内ではどこに移っても周囲の厳しい視線に晒されそうです。
飯塚幸三元院長の事故のその後⑤ 精神的におかしくなった
飯塚幸三元院長の知人女性が週刊誌の取材に答え、飯塚幸三元院長の現在の様子について、精神的におかしくなったようだと語っています。
「飯塚さんはいい人よ。あんな酷い事故を起こしてしまったので、心身ともにおかしくなって杖をつくようになったし、精神的におかしくなったと思うの。だって、あれだけかわいそうなことをしたんだもの」
あれだけの事故を起こしたら、精神的にも以前と同じままでいられないのは当然といえば当然。
輝かしい経歴の持ち主だったのに、自分を過信して運転を続けたことで、他人の命を奪い・人生を狂わせるとともに、自分の人生も一変してしまいましたね。
飯塚幸三元院長の事故のその後⑥ 被害者が受け取った謝罪の手紙が公開される
2019年5月20日放送の情報番組『スッキリ』で、飯塚幸三元院長の車にぶつかられてケガをしたごみ収集車の運転手が受け取った、飯塚幸三元院長からの謝罪の手紙が公開されました。
その手紙には、謝罪が遅くなった理由について
事故により負傷された方々のお名前が、つい先頃まで私どもには知らされなかったため、お詫びが大変遅れましたことを重ねてお詫び申し上げます。
出典:スポーツ報知
と書かれており、『スッキリ』の司会・加藤浩次さんは、名前を知らなくて連絡できなかったなんておかしいと指摘しました。
「それ言うかって思いますけどね。すぐに連絡取れなくて申し訳ありませんじゃないのって。知らされなかったからお詫び出来なくてって、どうなんだろうって」
出典:スポーツ報知
ネットの反応を見ると、加藤浩次さんと同じ違和感を覚えた人は多かったようです。
飯塚幸三元院長のその後⑦ ついに書類送検される/逮捕はされず
2019年11月12日、警視庁交通捜査課は、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の疑いで、運転していた飯塚幸三元院長を書類送検しました。
事故発生から半年以上が過ぎた後での書類送検となりましたが、今後の刑事処分が注目されています。
飯塚幸三元院長の事故原因について、警察はドライブレコーダーの記録や現場検証から、飯塚幸三元院長の運転ミスが原因と決定しています。
飯塚幸三元院長の件逮捕したら23日以内に起訴しないといけないから逮捕しないんだ法律知らないやつが上級国民とかいうなって意見あるけど上級国民って言われる理由は逮捕されないだけじゃなくてメディアでの扱いが明らかに事故起こした人の扱いじゃないし本人から全然反省の色が感じられないからだろ
— 猿人 (@sinkawasureteta) November 9, 2019
#飯塚幸三
— 紳士な女装提督ゼノにゃん (@Admiral58046175) November 9, 2019
そんな面で堂々と「私は被害者です」と言えるな。
挙句の果てに車のせいにする始末。
お前は正真正銘、人を轢き殺したんだよ!
マスゴミはいい加減この老害野郎を元院長と呼ぶな!容疑者と呼べ!
市民はマイナスドライバー所持で逮捕されるのに上級国民は人を殺しても逮捕されない。 pic.twitter.com/zJKMzd6SHW
飯塚幸三元院長のその後⑧ 在宅起訴される
2020年2月6日、東京地方検察庁は、過失運転致死傷の罪で飯塚幸三元院長を在宅起訴しました。
裁判には妻と娘を失った被害者遺族の松永さんも、被害者参加制度を用いて裁判に参加したい意向を示しました
東京・池袋で車が暴走して母親と3歳の娘が死亡した事故で、旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長が6日に在宅起訴されました。午後に妻と娘を失った松永さんが会見を開き、心境を語りました。
松永さんの夫:「この度、加害者が起訴されました。この10カ月間、悲しみと苦しみとのなかでもがきながら、ようやく1歩が踏み出せる。そういう思いでいます」
引用:【池袋暴走】飯塚幸三がブレーキとアクセルの踏み間違いによる過失運転致死傷罪で在宅起訴 遺族「ようやく一歩踏み出せる」
飯塚幸三元院長のその後⑨ 初公判で無罪を主張
2020年10月8日、過失運転致死傷の罪に問われた飯塚幸三元院長の初公判が行われ、飯塚幸三元院長は「深くおわびします」と遺族に謝罪しながらも、「アクセルとブレーキを踏み違えたことはない」「車に何らかの異常が生じ、暴走した疑いがある」として無罪を主張しました。
被害者参加制度を利用して法廷に入った遺族の松永拓也さんは公判後に会見し、「謝罪するのであれば罪を認めてほしかった」と怒りをあらわにしています。
飯塚幸三元院長の現在① 裁判で検察側は禁錮7年を求刑するも禁錮5年の実刑判決
飯塚幸三元院長の論告求刑公判が2021年7月15日に開かれ、検察側は禁錮7年を求刑しました。
東京・池袋の都道で19年に乗用車が暴走し、松永真菜さん(当時31)と長女莉子ちゃん(同3)が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)罪で在宅起訴された、旧通産省工業技術院元院長・飯塚幸三被告(90)の論告求刑公判が15日、東京地裁で開かれた。東京地検は禁錮7年を求刑した。
そして、2021年9月2日、飯塚幸三元院長に禁錮5年の実刑判決が下されました。弁護側は無罪を主張していましたが、東京地裁判決は「ブレーキとアクセルを踏み間違える過失があった」と認定した形となります。
東京・池袋で2019年4月、暴走した乗用車で母子が死亡するなどした事故で、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた旧通産省工業技術院元院長・飯塚幸三被告(90)に対し、東京地裁は2日、禁錮5年(求刑禁錮7年)の実刑判決を言い渡した。
判決は、事故原因について「ブレーキと間違えてアクセルを踏み込んだ過失が(被告に)ある」と認定した。この日は一般傍聴席22席に対し、563人が傍聴券を求めて並んだ。
飯塚幸三元院長の現在② 控訴をせずに実刑判決確定/遺族に謝罪の言葉も
飯塚幸三元院長と検察はその後控訴をせず、実刑判決が確定しています。飯塚幸三元院長は「遺族や被害者に申し訳ない」「判決を受け入れて罪を償いたい」と話していたとのことです。
東京・池袋で2019年に母子が死亡するなどした暴走事故で、乗用車を運転していた旧通産省工業技術院元院長・飯塚幸三被告(90)に対する禁錮5年の実刑判決が確定した。検察側と弁護側の双方が期限の16日までに控訴しなかった。逮捕されずに在宅のまま起訴されていた飯塚被告は今後、刑事施設に収容される。禁錮刑のため懲役と違い、刑務作業はない。飯塚被告は判決後、加害者家族を支援するNPO法人の理事長と面会し、「遺族や被害者に申し訳ない」「判決を受け入れて罪を償いたい」と話したという。
飯塚幸三元院長の現在③ 刑務所に収監へ
飯塚幸三元院長は禁錮5年の実刑判決が確定したため、刑務所に収監される見通しです。
刑事訴訟法には、健康を著しく害する場合や70歳以上の場合、検察官の裁量で刑の執行を停止できる規定がある。ただ、実際に停止されたケースは少なく、飯塚被告は収監される公算が大きい。被告は15日、「収監を受け入れる」とNPO理事長に話していた。収監された場合、禁錮刑のため刑務所での労務作業は科されない。
「刑事訴訟法には、健康を著しく害する場合や70歳以上の場合、検察官の裁量で刑の執行を停止できる規定がある」とのことですが、実際に停止されたケースは少なく、飯塚幸三元院長は収監される公算が大きいとのことです。
また、飯塚幸三元院長は刑の執行を求めておらず、刑務所に行く覚悟のようです。
収監にあたって、刑事訴訟法では著しく健康を害したり、生命に危険が生じたりする場合は検察当局が刑の執行を停止することができますが、飯塚被告はきょう、「刑の執行停止は求めていない」「刑務所で罪を償う覚悟を決めている」と関係者に話していることが新たに分かりました。
飯塚幸三元院長の現在④ 勲章「瑞宝重光章」剥奪で一般市民に降格
飯塚幸三元院長は実刑判決が確定したことで、勲章「瑞宝重光章」を剥奪されています。
この事故に対する裁判で飯塚元院長は9月17日に禁錮5年の実刑判決が確定し、この日をもって受章していた「瑞宝重光章」の剥奪が決まったことが分かりました。
内閣府賞勲局によりますと飯塚元院長からの返上ではなく1908年に制定された勲章褫奪(ちだつ)令に基づいて剥奪されるということです。勲章褫奪令では勲章を持つ人が死刑、懲役刑、無期もしくは3年以上の禁錮刑で実刑判決となったとき、勲章を剥奪されることになっています。
2021年10月27日発行の官報(第604号)にて、飯塚幸三院長の持っていた勲章が9月17日に褫奪されたことが掲載されています。
まとめ
旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長は、脚が悪く医者から運転を止められていたにも関わらず車を運転し、池袋で暴走して2人の命を奪い、8人に重軽傷を負わせました。
亡くなった松永真菜さんと莉子ちゃんの遺族は、家族を亡くした絶望の中で、二度とこうした事故が起こって欲しくないと考え、飯塚幸三元院長の厳罰を求め署名活動を開始。そして、逮捕はなかったものの、2020年2月に在宅起訴、10月に行われた初公判では無罪を主張しました。
その後は何度も公判が行われ、2021年9月2日、飯塚幸三元院長に禁錮5年の実刑判決が下されています。飯塚幸三元院長は控訴をせずに、禁錮5年の実刑判決が確定しています。
今後は刑務所に収監される見通しですが、高齢や健康上の理由により収監されない可能性もあるようです。今後の展開に注目です。