伝説的チーマーグループ「宇田川警備隊」の歴代総長や現在が話題です。
この記事では、カリスマと言われるチャイさんや歴代最強と言われる高山尚基さん、小山圭吾さんや樺山ら宇田川警備隊の歴代リーダー、関東連合との関係、OBのエスパーと西山氏のトラブル、現在などについてまとめました。
この記事の目次
- 宇田川警備隊は1987年から2000年初め頃まで活動したチーマーグループ
- 宇田川警備隊歴代リーダー① 初代総長・通称「亀」で本名は宇田川克◯
- 宇田川警備隊歴代リーダー② 2代目総長・通称「チャイ」
- 宇田川警備隊歴代リーダー③ 3代目総長は最強と呼ばれる高山尚基
- 宇田川警備隊歴代リーダー④ 4代目総長・船田
- 宇田川警備隊歴代リーダー⑤ 5代目総長・落合
- 宇田川警備隊歴代リーダー⑥ 6代目総長・小山圭吾
- 宇田川警備隊歴代リーダー⑦ 7代目総長・樺沢大輔
- 宇田川警備隊歴代リーダー⑧ 8代目総長・沢ケイジ
- 宇田川警備隊歴代リーダー⑨ 9代目総長・椛沢祐介(かばさわゆうすけ)
- 宇田川警備隊歴代リーダー⑩ 10代目総長・加藤ジョー
- 宇田川警備隊歴代リーダー⑪ 11代目〜13代目について
- 宇田川警備隊と関東連合の関係は?
- 宇田川警備隊OB・エスパー(小林武信)と小山圭吾、関東連合OB・西山氏のトラブルも話題に
- 宇田川警備隊の現在…既にチーマーグループとしては消滅し存在していない
- まとめ
宇田川警備隊は1987年から2000年初め頃まで活動したチーマーグループ
「宇田川警備隊」は、1987年頃に宇田川克◯(通称で亀、カメなど)という人物が中心となって、渋谷区宇田川の不良少年ら8人ほどの仲間で結成されたと言われているチーマーグループで、高山尚基さんという伝説的なリーダーがいた頃の1989年〜1991年頃は渋谷で最高のチーマーグループとも評されていました。
一方で、宇田川警備隊が活動していた1990年前後はチーマーの凶暴化が社会問題になり、渋谷のセンター街は日本でも有数の危険地帯となっていました。そのチーマーの凶暴化の原因となって「チーマーが危険で危ない集団」というイメージを定着させたのが武闘派チーマーグループの先駆けと言われた宇田川警備隊だとの見方もあります。
その後、宇田川警備隊は抗争に敗れて渋谷区から撤退し次第に衰退し、グループの溜まり場を大田区蒲田から川崎市溝ノ口、さらに横浜市に移し、2000年代はじめ頃に神奈川県横須賀市あたりで自然消滅したとも、本厚木のギャングチーム「セクシーマリア」に潰されたとも言われています。
消滅から20年が経過した現在は宇田川警備隊についての詳細な情報は少なくなっており、噂話に尾鰭がついて伝説化して何が本当かわからないような状態です。
この記事では宇田川警備隊について分かっている情報を、真偽不明の噂なども含めてまとめていきます。
宇田川警備隊歴代リーダー① 初代総長・通称「亀」で本名は宇田川克◯
上でも触れていますが、「宇田川警備隊」の結成者で、初代総長は通称で「亀(カメ)」と呼ばれる人物で、本名については「宇田川克◯」だと言われています。(◯の部分は伏せ字)
宇田川警備隊の結成は1987年とされていて、既に何十年も過去の話なのではっきりとした情報はほとんど無いのですが、宇田川警備隊の名前の由来は、地名の「東京都渋谷区宇田川町」ではなく、この初代総長の本名「宇田川」が由来になっていると言われています。
この初代総長の亀さんがリーダーを務めていた頃は宇田川警備隊は後に有名になるような武闘派集団ではなかったとも言われています。あくまでも噂ですが俳優やタレントとして活躍する東幹久さんがこの初代・宇田川警備隊に所属していたとも言われています。
宇田川警備隊歴代リーダー② 2代目総長・通称「チャイ」
宇田川警備隊の歴代リーダー2代目総長は、通称で「チャイ」と呼ばれていた人物だと言われています。
この2代目リーダーのチャイさんの頃に、宇田川警備隊はいわゆるチーマーグループというイメージになったと言われています。
このチャイさんについては、かなりオシャレで見た目も良い人物だったと言われており、原宿ラフォーレの看板モデルを務めたこともあるとの噂もあるようです。
チーマーのファッションリーダーとも言われ、当時流行した「渋カジファッション」や、腰穿き(腰パン)はこのチャイさんが最初に流行らせ、当時流行語となった「コギャル」という言葉もチャイさんが使いはじめたとの伝説も語られています。
かなりのイケメンでカリスマ的な人物だったと言われていますが、このチャイさんの本名や画像などはネット上には一切残されておらず現在は確認できません。
宇田川警備隊歴代リーダー③ 3代目総長は最強と呼ばれる高山尚基
宇田川警備隊の歴代リーダーの3代目総長は高山尚基という人物で、現在も宇田川警備隊の全盛期を作り上げたリーダーとして伝説的に語られている人物です。
高山尚基さんは、1989年頃に宇田川警備隊のリーダーに選ばれ、その人柄に惚れた不良達が大勢集まり一気に50人を超える大規模チームになったと言われています。高山尚基さんは渋谷のチーマーのカリスマ的存在として注目を集め、テレビや雑誌の取材なども受けるようになったそうです。
後に「最高で最強」とも称された高山尚基さんがリーダーになったことで一気に勢いを増した宇田川警備隊には敵も増え、この頃から他のチームとの喧嘩やトラブルが起こるようになり、武闘派、喧嘩チームへと変化していったと言われています。
当時の東京はチーマー全盛期であり、「バブルス」、「AMG」、「ジャンキー」、「イラクション」といった有名な不良グループが乱立している状況でかなり荒れており、世田谷公園や、六本木での大きな抗争も起こっていますが、高山尚基さんはそうした状況の中で、そのカリスマ性と統率力、持ち前の喧嘩の強さで当時の宇田川警備隊を渋谷最強のチームへと成長させたと一部から称賛されています。
一方で、高山尚基さんが率いていた当時の宇田川警備隊が、バイカーチーム「横浜ジョーカー(ジョーカーズとも)」に喧嘩を売られゴチャマンの結果負けたという話もあります。(宇田川警備隊も強かったが、ジョーカーがそれに増して強かったと言われている)
この高山尚基さんにまつわる伝説はこの他にも色々とネット上で語られており、葛飾区などの東京の下町の不良少年らを中心とする超武闘派暴走族「極悪」の最後の総長だったという噂の他、過去にジャニーズ事務所に所属していて、テレビにも出演していた有名人だったといった噂もあるようです。
高山尚基は過去に映画「代打教師 秋葉、真剣です!」に出演
また、高山尚基さんは吉田栄作さんが主演した映画「代打教師 秋葉、真剣です!」に出演されています。これは噂ではなく実際に出演しているのを確認する事ができます。上の「代打教師 秋葉、真剣です!」のポスター画像の列の一番上の右側の革ジャンの背中を見せているオールバックサングラスの男性が高山尚基さんです。
宇田川警備隊の伝説的リーダー・高山尚基は既に死去で死因は自殺と言われている
宇田川警備隊の伝説的なリーダーとして伝説になっている高山尚基さんですが、既に亡くなっており、死因は自殺だったと言われていますが詳細ははっきりしません。
宇田川警備隊歴代リーダー④ 4代目総長・船田
宇田川警備隊のリーダー、4代目は「船田」という人物だったと言われていますが、真偽不明で、この名前以外に情報は何も見つかりません。
宇田川警備隊歴代リーダー⑤ 5代目総長・落合
宇田川警備隊の5代目のリーダーは、「落合」という人物だったという事ですが、こちらも真偽不明で、名前以外の詳しい情報は不明です。
宇田川警備隊歴代リーダー⑥ 6代目総長・小山圭吾
宇田川警備隊のリーダーのうち6代目の総長と言われているのが、現在YouTuberとして活躍している小山圭吾さんです。
小山圭吾さんは東京都大田区蒲田出身の不良で、中学時代には東京都大田区内の26の中学校全てをシメていたとの噂や、宇田川警備隊を率いて池袋の有名チーマグループ「バブルス」と抗争して徹底的に潰したなどの噂があります。
この「バブルス」との抗争については、小山圭吾さんの弟の小山英吾さんがバブルスのメンバーと揉めて大田区蒲田でやられたため、小山圭吾さんがその報復としてこのバブルスメンバーらを渋谷の公園に呼び出して足を刺すなどしたと噂されています。
ネット上では、小山圭吾さんは20人くらいに鉄パイプでボコられたものの、小山圭吾さんはさらにその報復としてバブルスのメンバー9人〜11人ほどを拉致して足を刺すなどしたとの情報もあり、これによって小山圭吾さんは鑑別所送りになったとも言われています。
ただ、小山圭吾さんの代の宇田川警備隊は既に東京都渋谷区から撤退しており、主に大田区蒲田あたりで活動していたという事で、アウトローの世界でも当時それほど有名な存在だったというわけでは無いとの見方もあります。
この6代目リーダーの小山圭吾さんについてはYouTuberとしての活動をはじめた事で注目度が急上昇していて、本人の口から色々な事が語られていますが、一部からは事実では無い内容が多い虚言癖では無いかという声や、関東連合関係者との揉め事なども起こしていて賛否両論分かれる状況になっています。
ちなみに、小山圭吾さんの小山英吾さんにも色々と伝説が残されており、全盛期の時代の関東連合のリーダーで、現在は国際指名手配されている見立真一とやりあって耳を食いちぎりかけたが、包丁で刺されて危うく殺されかけたとか、山口組系弘道会に所属していたとか色々と噂されているようです。小山英吾さんは現在はトラック運転手として真面目に働いているとの情報もあるようです。
宇田川警備隊歴代リーダー⑦ 7代目総長・樺沢大輔
宇田川警備隊の7代目のリーダーは「樺沢大輔」という人物だと言われています。これも匿名掲示板に書き込まれていた状態で真偽不明です。
樺沢という人物は大田区立大森第十中学校の出身で、宇田川警備隊が大田区蒲田で活動していた頃にリーダーを務めていたようです。
この蒲田を知る人によれば、10年以上に大田区を離れてそれ以来名前も聞かないという事で、消息不明のようです。
宇田川警備隊歴代リーダー⑧ 8代目総長・沢ケイジ
宇田川警備隊の8代目のリーダーは沢ケイジという人物だと言われています。
小山圭吾さんは自身のYouTubeのライブ配信中に、この沢ケイジさんは関東連合に5分でやられたとボロクソに話をしていた事があり、小山圭吾さんと沢ケイジさんの間には何か揉め事があったと見られています。
宇田川警備隊歴代リーダー⑨ 9代目総長・椛沢祐介(かばさわゆうすけ)
宇田川警備隊の9代目のリーダーは、椛沢祐介(かばさわゆうすけ)という人物だったようです。(7代目リーダーの「樺沢」とは別人)
この椛沢祐介さんについても小山圭吾さんが自身のYouTube動画内でボロカスに言っていた事がありました。現在、小山圭吾さんのYouTubeチャンネルにはアンチが増えている状況ですが、こうした、自分の後輩を馬鹿にするかのような言動があった事なども批判につながってしまっている様子です。
宇田川警備隊歴代リーダー⑩ 10代目総長・加藤ジョー
宇田川警備隊の歴代リーダー10代目は、加藤ジョーという人物だそうです。
匿名のネット掲示板などでは、喧嘩がかなり強かった、実質、宇田川警備隊が最強だったのは加藤ジョーさんがリーダーだった時代との噂もあるようですが、具体的な武勇伝などは伝わっておらず詳細は不明です。
一部からはこの加藤ジョーが宇田川警備隊の歴代リーダーの中でも最強という声もあるようです。
宇田川警備隊歴代リーダー⑪ 11代目〜13代目について
宇田川警備隊の11代目〜13代目についてはリーダーの名前などは伝わっておらず、チーマーグループとしてもかなり勢力が衰退していたと言われています。
ネットの匿名掲示板などでは、当時を知るという人々が、11代目リーダーの代に神奈川県の本厚木のギャングチームで「セクシーマリア(セクマリ)」に負けて一気に衰退し、13代目の代に自然消滅したと言われています。2000年代の初め頃だったようです。
宇田川警備隊と関東連合の関係は?
3代目リーダーの高山尚基さんの代には、渋谷で最強のチーマーグループだったとも言われている宇田川警備隊ですが、その後はだんだんと衰退していったと言われています。
渋谷を中心としてチーマーグループらが衰退していったのは、当時勢力を拡大した見立真一(関東連合元リーダーで六本木クラブ襲撃事件で国際指名手配中)が率いる関東連合が徹底的にチーマー狩りをしたためだと言われています。
また見立真一よりも上の世代にあたる関東連合OBの川奈毅という人物が既に渋谷のチーマーグループの利権を掌握していたという話もあり、その資金力が関東連合の勢力拡大につながったという側面もあるようです。
こうした事から、元々は一部の不良少年らが集まって作られた「宇田川警備隊」は、高山尚基さんの代に勢力を拡大させたものの、その後勢力を拡大させた関東連合の圧力を受けて衰退し消滅したという流れが見えてきます。
宇田川警備隊6代目リーダーを名乗る小山圭吾さんは、関東連合のリーダーもやっていたと自称しているのですが、こうした流れからその主張に疑問を抱く人もいるようです。
ただ、小山圭吾さんの代には宇田川警備隊も既に関東連合の圧力を受けて傘下にいたような状況だったと仮定すれば、複数の不良グループの連合体である関東連合の中の当時のリーダーの1人が小山圭吾さんだったと考えることもできなくはありません。
宇田川警備隊OB・エスパー(小林武信)と小山圭吾、関東連合OB・西山氏のトラブルも話題に
宇田川警備隊の6代目リーダーとされる小山圭吾さんと宇田川警備隊で同期だったというエスパーという人物が、関東連合に所属していた暴走族「上北沢鬼面党」の十八代目総長で、武闘派として知られる西山友紀さんトラブルになって、現在ネットで注目を集めています。
この宇田川警備隊のOBとされるエスパーの正体は小林武信さんという方で、千葉の有名なチーマグループ「KGB(キングギャングボーイズ)」の内藤裕さんとも仲が良いようで彼のYouTubeチャンネルにも出演されていた事があります。
また、エスパーこと小林武信さんは所沢のタイソンこと久保広海さんともつながりがあるようです。(下の写真中央がエスパーこと小林武信さん、その左がKGB・内藤裕さん、右が所沢のタイソン・久保広海さん)
宇田川警備隊OB・エスパーこと小林武信と関東連合OBで鬼面党リーダー・西山友紀トラブルの概要
2021年3月12日、小山圭吾さんのYouTubeチャンネルの電話相談のコーナーに、西山友紀さんが怒った状態で電話凸し、過去の小山圭吾さんの動画での発言などを批判し「会って話そう」と持ちかけますが、結局、喧嘩別れのようになって小山圭吾さんが一方的に電話を切ってしまいます。
このライブ配信を見ていたというエスパーこと小林武信さんが、小山圭吾さんに電話をかけてきて「あいつ何なの、俺がちょっと電話するよ」と言ってきたため、小山圭吾さんはエスパーに西山友紀さんの電話番号を教えてしまったようです。
小山圭吾さんは初めて西山友紀さんと電話で話した翌日の3月13日の動画生配信で、西山友紀さんが、かつて所属していた指定暴力団・住吉会の幸平一家傘下の堺組から「飛んだ(逃げた)」ために追い詰められていて本当は自分に助けを求めている事をテレパシーで感じ取ったと言った内容を話しています。
しかしこの内容を話した直後、そうした発言に怒った西山友紀さんが再び小山圭吾さんに電話をかけてきます。(西山氏電話凸シーンは下の動画「0:20:20」くらいから)
さらにその翌日の3月14日に、再び西山友紀さんが小山圭吾さんに電話し、エスパーこと小林武信さんと喧嘩になったどうしてくれるのかという内容でクレームをつけます。
どうやら実際に西山友紀さんとエスパーは電話で連絡をとってタイマンで殴り合いをしたそうです。ただ、その後に西山友紀さんはエスパーとは仲良くなったと話せいて、喧嘩をした事でエスパーのことを認めたというニュアンスも話の内容からは読み取れました。
ところが、西山友紀さんはその後の2021年5月、エスパーこと小林武信さんを包丁を持って襲撃し、その件で殺人未遂と傷害で逮捕されたという情報が出ています。(殺人未遂では無いとの情報も)
これについては、関東連合OBで作家の工藤明男こと柴田大輔さんもTwitterにて言及されています。
昨日、宇田川警備隊OBのエスパー(武信)って奴を襲った殺人未遂と傷害で逮捕されたみたいだけど、情報があったら教えてくれ!
— 工藤明男 (@kudouakio) May 30, 2021
今日の19時に内藤裕のチャンネルで経緯を説明するらしいけど、昨日の事件をYouTubeのネタにするなんて許せねえ。杉並のメンバーからの交渉は全て蹴ってるみたいだな。
このエスパー氏と西山友紀さんとのトラブルについては上の一連のトラブルとは別件のようで、小山圭吾さんは直接的に関わっていないようなのですが、小山圭吾さんがYouTubeで色々と喋りすぎたのが大元の原因だとして、現在、怒っている関係者も多い様子です。
宇田川警備隊の現在…既にチーマーグループとしては消滅し存在していない
宇田川警備隊は2000年代の初め頃に自然消滅しており、現在は存在していません。
しかし、現在、宇田川警備隊の6代目リーダーを名乗る小山圭吾さんがYouTuberとして活動し始めた事で再び宇田川警備隊への注目度が上昇している状況です。
まとめ
今回は、現在ネット上で注目度を上げている渋谷のチーマーグループ「宇田川警備隊」についてまとめてみました。
宇田川警備隊は1987年に初代リーダーの通称「亀(カメ)」と呼ばれる人物が創設したとされ、その後、2代目リーダーの「チャイ」という人物が、当時流行した渋カジファッションや腰ばきファッションなどを広めるなどカリスマ的存在となって勢力を拡大させました。
3代目のリーダー・高山尚基さんの頃、宇田川警備隊は次第に武闘派の不良グループへと変化し、大きな抗争も勃発して渋谷のセンター街は危険地帯化して、チーマーは危険な不良集団というイメージが定着しています。
しかしその後、6代目リーダーの小山圭吾さん、7代目の樺山大輔さんといった歴代の時代を経て、次第に台頭してきた関東連合の圧力を受ける形で衰退し、2000年代の初め頃に自然消滅したとされています。
現在、宇田川警備隊は存在していませんが、6代目リーダーの小山圭吾さんがYouTubeチャンネルを開設した事で再び注目されており、それが原因で勃発した元関東連合の大物・西山友紀さんと、宇田川連合のOBで、通称エスパーこと小林武信さんとのトラブルなども発生しネットで大きな話題となっています。