大ヒット曲「LIFE」で一躍有名になり紅白歌合戦出場まで果たした人気デュオ「キマグレン」ですが、解散の本当の理由や再結成をした現在が話題です。
今回はキマグレンの結成の経緯と人気曲「LIFE」の影響、解散の本当の理由、再結成や結婚など現在の様子を紹介します。
この記事の目次
キマグレンのプロフィール
プロフィール
デュオ名:キマグレン
レーベル:UNDER HORSE RECORDS(2007年)
ユニバーサルシグマ(2008年 – 2015年)
メンバー:
ISEKI(ボーカル・アコースティックギター)
KUREI(ボーカル・ラップ)
2008年の第59回NHK紅白歌合戦に出場したキマグレン。
人気曲「LIFE」は400万ダウンロードを記録しています。また、「LIFE」が収録された1stアルバム「ZUSHI」はウィークリーチャート1位を獲得しました。
2012年には初の武道館ライブも成功させるなど快進撃は続きますが、2015年「キマグレン FINAL CONCERT 2015 〜LAST SUMMER DAYS〜」をもって突然の解散を発表。
その後は、各自ソロアーティストとして活動しています。
惜しまれつつ突如解散したキマグレン。解散した理由は何だったのでしょうか?まずは二人のプロフィールから見ていくことにしましょう。
元キマグレン・ISEKIのプロフィール
プロフィール
名前:ISEKI
出生名:井関 靖将(いせき やすまさ)
生誕:1980年10月17日
身長:173cm
血液型:A型
出身地:神奈川県逗子市
学歴:明治学院大学法学部 中退
ジャンル:J-POP
職業:歌手
担当楽器:ボーカル・アコースティックギター
現在、SNSでの情報発信は積極的なISEKIさんですが、キマグレン結成前の情報、特に生い立ちなどプライベートな情報については全く公開されていないようです。
従って、ISEKIさんのキマグレン結成前のエピソードとしては、せいぜいWikipediaかオフィシャルホームページに記載された情報しかありませんでした。
1998年度のYOKOHAMA HIGH SCHOOL HOT WAVE FESTIVAL(@横浜スタジアム)にて、「ベストプレイヤー賞 Vocal部門」を受賞。大学時代より本格的に音楽活動をスタートし、いくつかのバンドで活動。
2005年に幼馴染のKUREIと逗子海岸に海の家ライブハウス(現「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」)を発足。同年キマグレン結成。
引用:ISEKI オフィシャルサイト – PROFILE http://iseking.net/profile/
元キマグレン・KUREI(クレイ勇輝)のプロフィール
プロフィール
名前:KUREI
出生名:榑井 勇輝(くれい ゆうき)
別名:クレイ勇輝
生誕:1980年7月17日
出身地:新潟県/カナダ
学歴:ニューヨークシラキュース大学医学部、ハワイ大学医学部休学
ジャンル:J-POP
職業:歌手、経営者、司会者
担当楽器:ボーカル
活動期間:2005年 –
新潟生まれで、逗子(神奈川県逗子市)育ちのKUREIさんは、幼少期は航空関係の仕事をしている父親の仕事の都合で、カナダ、ヨーロッパで過ごしていたそうです。
中学時代はオーストラリアのタスマニア州に留学し、大学はニューヨークのシラキュース大学医学部に入学しました。
しかし、スポーツ医学を学びたいと考えたKUREIさんは、ハワイ大学に転入してフィジカルセラピーを専攻しました。
さらに、「Skoop On Somebody」のボーカルTAKEさんの影響でボクシングを始めたというKUREIさんは、2013年5月9日には何とプロテストを受験し、合格を果たしています。
思い立ったらすぐに行動!のKUREIさんのポジティブな人柄が垣間見られる経歴ですね。
出典:https://number.bunshun.jp/
キマグレンの結成の経緯と人気曲「LIFE」の影響
キマグレンはKUREIの気まぐれで結成
そんなISEKIさんとKUREI(クレイ勇輝)さんは、高校時代、地元逗子のスイミングスクールで出会いました。
その後、進学や就職により別々の道を歩み始めますが、地元の友人としての関係は続いていたそうです。ちなみにキマグレン結成前は、お互いに他のバンドで音楽活動をしていたようです。
そして、ある日KUREIさんがISEKIさんに「海の家を一緒にやらないか?」と持ちかけたのがキマグレン結成のきっかけとなりました。
そして、2005年5月にキマグレン結成。
出典:http://lifepages.jp/
同年6月25日には、地元逗子海岸で「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」の前身となる、夏季限定ライブハウス(海の家)「CLUBEACH HOUSE KANNON」を設立しました。
ちなみに、「キマグレン」というユニット名は、KUREIさんの気まぐれから命名されたそうです。
ユニット名は、元々ISEKIが「自由に音楽活動をしたい」という意味で付けたきまぐれというソロユニット名義に由来する。KUREIがISEKIに「一緒にやろうよ!」と言って、ライブハウスのブッキング表に誤って片仮名で「キマグレン」と書いてしまったのがきっかけとなり、現在のユニット名となる。
引用:Wikipedia – キマグレン https://ja.wikipedia.org/
“海の家”とともに始まるキマグレンの快進撃
そんなキマグレンは、2006年3月18日に自主制作シングル「想い思い」を発売します。
そして、同年6月24日には、逗子海岸に海の家とライブハウスが合体した「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」を設立。
これ以降、毎年6月末から8月末にかけて夏季限定で運営することになります。
出典:https://www.barks.jp/
同年12月に本格的に音楽活動を再開したキマグレンは、翌2007年7月25日、ミニアルバム「LIFE」をリリースすると、その後、ユニバーサルミュージックと契約。
出典:https://www.amazon.co.jp/
2008年2月20日に発売したシングル「ありえないウタ」で、遂にメジャーデビューを果たすと、同年7月16日には、初のアルバム「ZUSHI」をリリースしました。
出典:https://www.amazon.co.jp/
キマグレンの人気曲「LIFE」は地元、逗子の活性化に貢献
代表曲とも言える人気曲「LIFE」の大ヒットにより、キマグレンは一躍人気アーティストの仲間入りを果たしました。
そして、2008年の第59回NHK紅白歌合戦に出場したことで、“キマグレン”の名前が全国に知れ渡るとともに、彼らの地元であり活動拠点の逗子もまた、広く注目を集めることになりました。
2008年11月13日には、松沢成文神奈川県知事から「かながわ観光親善大使」に任命されます。
出典:http://510style.air-nifty.com/
そして同年11月18日、キマグレンの人気曲「LIFE」のインストが、京急逗子線・新逗子駅の列車接近案内音(駅メロ)に導入されることになりました。
さらに翌2009年6月には、京浜急行バスが「OTODAMA SEA STUDIO」を経由するルートを走るバスを「キマグレン号」と命名するなど、キマグレンは地元の活性化に大きく貢献しました。
出典:https://shonan.keizai.biz/
キマグレンが解散を発表し話題に
そんなキマグレンは、2015年7月に横浜で開催されるライブ「キマグレン FINAL CONCERT 2015~LAST SUMMER DAYS~」をもって解散することを公式サイトで突然発表し、ファンを驚かせました。
出典:https://www.youtube.com/
公式サイト上に、「キマグレン解散とラストLIVE、BEST ALBUM発売のおしらせ」というタイトルで発表されたコメントは次の通り。
「今年結成10周年を迎えたことを機にそれぞれの次のSTEPへ向かう為、そして個々の可能性の追求の為、解散することになりました」
引用:マイナビニュース – キマグレン、7月のライブをもって解散「それぞれの次のSTEPへ向かうため」 http://news.mynavi.jp/
出典:https://spice.eplus.jp/
キマグレン
— みーっちゃん (@m_i_i_chan) 2015年7月19日
FINAL CONCERT 2015
二日間のラストライブで感じたこと
キマグレンが大好きだったということ
たくさんの幸せな思い出をほんとうにありがとう〜❤️ pic.twitter.com/qeqc9emHXv
この時の発表では、突然の解散はあくまでキマグレン結成と“音霊 OTODAMA SEA STUDIO”の10周年を1つの節目にして、次のステップへ向かうため、そして個々の可能性の追求のため、とのことでしたが…。
キマグレンの本当の解散理由とは~「しくじり先生」でKUREIが激白
キマグレンの解散は表面上は「次のステップへ向かうため」「個々の可能性を追求するため」と前向きな言葉で説明されていたのですが、実は、より現実的な解散理由があったようです。
出典:https://twitter.com/
キマグレンの解散によって、名前を「クレイ勇輝」と改めたKUREIさんは、2016年10月31日放送のテレビ朝日の人気バラエティ「しくじり先生」に出演。
そして、キマグレン解散の本当の理由について語りました。それによると…。
近隣住民とトラブルを起こしていたキマグレン
2005年6月25日、キマグレンの地元である逗子海岸に、「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」を設立したのですが、実は設立当初から近隣住民とのトラブルを抱えていたのだとか。
出典:https://andmore-fes.com/
ライブハウスの性質上、騒音問題があったことは容易に想像できますが、それ以外にも近辺に松杭を放置するなど、ずさんな管理体制にもクレームが殺到していたようです。
結果的に「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」は強制的に撤去させられることになり、地元逗子からの撤退を余儀なくされることになったようです。
キマグレン解散の本当の理由はKUREIが“ポジティブなバカ”すぎたから
当時KUREIさんとISEKIさんは、「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」の共同経営者という立場でした。
しかし、経営については無頓着でありながら、ポジティブにどんどん即決していくKUREIさんの経営方針を、ISEKIさんはあまり快く思っていなかったようです。
出典:http://hashinosekai.net/
そこへ騒音問題や松杭放置の件により、地元逗子からの強制退去を余儀なくされてしまい、2億円という借金を背負うことになってしまったそうです。
そんな困窮した状況でも常に「大丈夫でしょ!」とポジティブシンキングで突っ走ろうとするKUREIさんに、ISEKIさんはほとほと嫌気がさしてしまった…というのが解散の本当の理由だったようです。
出典:http://news.livedoor.com/
そんなKUREIさんは番組内で、「ポジティブなバカだったから」とキマグレンが解散した本当の理由をふり返っていました。
KUREI改めクレイ勇輝さんは、その後もテレビ番組などでこの借金を抱えていた時期のことを語っていますが、諦めずに買収元企業探しに奔走した結果、大手に買収してもらい借金も全額返済することができたのだとか。
ポジティブで明るいクレイ勇輝さんが築いてきた人脈がここで役に立ったようです。クレイ勇輝さんは、借金からも学びを得ることができたと前向きな言葉を残していました。
振り返ってみて、絶望したり、死が頭をよぎったりしたことは一度もありません。こんな経験めったにできない、かみしめようと思っていました。借金を通じて得たのは、学びと感謝だったと思います。
引用:https://dot.asahi.com/articles/-/123621?page=1
キマグレンの現在①2024年に再結成しユニット活動を再開
キマグレン解散後、ISEKIさんはソロアーティストとして活動しています。
クレイ勇輝さんは、ソロとしての活動のほか、その時々でメンバーが入れ替わるコミュニティー系バンド「クレイユーキーズ(後にOCEANSに改名)」を結成しバンド活動も行っています。
出典:http://dokujyoch.net/
クレイ勇輝さんはキマグレン解散時に、次のようなコメントをされていました。
「そんな旅の先にいつか”二人の音楽”という交差点があってあいつと巡り合えたら、また始めようか。俺らのLIFE」
引用:マイナビニュース – キマグレン、7月のライブをもって解散「それぞれの次のSTEPへ向かうため」 http://news.mynavi.jp/
そんなキマグレンの2人が、解散から4年が経った2019年8月に結成15周年を記念した配信限定アルバム「キマグレン-BEST OF SUMMER」をリリースしました。また、翌月には解散後初となるツーマンライブを開催しています。
キマグレンはこの時は本格的な活動再開とはなりませんでしたが、2024年6月に9年ぶりに再結成することを発表しました。
クレイは解散直前から現在まで振り返りつつ、「キマグレンだからこそできる場所や、意味がある日にやりたいよね?っと話した結果が9月1日、僕ら流の、夏が終わる日。そんな場所からまたはじめてみてもいいかな」と心情を明かした。ISEKIは「これから先どんな道になるかは分からないけれど 自分達のペースで僕ららしく楽しみたいと思います」と今後の活動に向けた思いを書きつづっている。
後にクレイ勇輝さんは、母親の言葉がキマグレン再結成の大きなきっかけとなったことを明かしています。
クレイ勇輝さんの母親は2023年年8月に他界されたという事ですが、亡くなる直前まで「もう一度、キマグレン聴きたいな」と言ってくれていたのだとか。
母の死後、クレイ勇輝さんがISEKIさんに電話をして、もう一度キマグレンとしてやれたらいいなぁと漠然と考えていたというISEKIさんが「再結成してもいいんじゃない?」と伝え再結成が決まったのだそうです。
それでISEKIに電話したんですが、そのときはまだ「再結成しよう!」とはハッキリ言えなくて。「そういえば、母親がキマグレンを聴きたいって言っていたんだけどさぁ……」くらいの曖昧な言い方だった気がします。
ISEKI それに対して、僕は「(再結成)してもいいんじゃない?」と答えました。
2024年9月1日に再始動したキマグレンは、その後ライブを開催したり楽曲をリリースしたりと精力的に活動を行っています。
キマグレンの現在②KUREI(クレイ勇輝)が北野日奈子と結婚

出典:https://coki.jp/article/
キマグレンの2人は、これまで熱愛をスクープされたことなどはなかったのですが、クレイ勇輝さんが2025年12月、45歳の時に結婚を電撃発表しファンを驚かせました。
クレイ勇輝さんの結婚相手は元乃木坂46の北野日奈子さんで、同じ誕生日(7月17日)の2人の年齢差はちょうど16歳差となっています。

出典:https://webun.jp/
北野日奈子プロフィール
生年月日:1996年7月17日
出生地:北海道小樽市
出身地:千葉県
身長:158.5cm
血液型 O型
活動期間 2013年 –
北野日奈子さんはアイドルグループ「乃木坂46」の2期生で、2022年にグループを卒業してからは、女優やモデル、YouTuberとして活動しています。
クレイ勇輝さんと北野日奈子さんの交際期間などは判明していませんが、2人は「動物が好きという共通の活動を通して出会い」と、動物がきっかけで出会い意気投合したことを明かしています。
クレイは「私共、クレイ勇輝と北野日奈子はこのたび結婚致しました」と報告。「お互いの大切なわんこ達に導かれ、動物が好きという共通の活動を通して出会い、人生において大事にしたいと思うものが同じであったこと、一緒に過ごしていく中で時間さえも超える運命というものに惹かれ信じたいと心から思いました」と出会いは動物好きだったという。「愛おしいわんこ達とともに笑顔の絶えない明るい家庭をふたり協力し支え合いながら築いていきたいと思います」と誓いを語った。
クレイ勇輝さんの結婚発表には多くの祝福の声が寄せられ、キマグレンのISEKIさんも「おめでとう。相方として いつもクレイの幸せを願っているよ。末永くお幸せに」とコメントを寄せていました。
また、クレイ勇輝さんは結婚報告後に出演したイベントで結婚を祝福されると、「(今の)心境は、“WIFE”です」と、キマグレンのヒット曲「LIFE」とかけて、照れながらも幸せいっぱいな様子を見せていました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
大ヒット気曲「LIFE」で一躍有名になり、紅白歌合戦への出場まで果たすとともに、地元逗子の活性化に多大なる貢献をしてきた人気デュオ「キマグレン」。
そんなキマグレンが突如として解散してしまった本当の理由や、再結成を果たした現在についてまとめてみました。
今後も2人のペースで素敵な音楽を世に届け続けてほしいですね。



































