開成高校生殺人事件・佐藤健一は統合失調症?犯人の父親・母親の遺書と自殺・ドラマ化も総まとめ

1977年に開成高校の生徒・佐藤健一が父親に殺害される事件があり、世間に衝撃を与えました。

 

今回は事件の概要や被害者の佐藤健一の生い立ちや家庭内暴力、犯人である父親との関係、統合失調症疑い、母親の遺書と自殺、ドラマ化をまとめました。

開成高校生殺人事件とは父親が息子を殺害した事件

出典:youtube.com

 

開成高校生殺人事件とは、1977年10月30日に東京都北区のマンションで、開成高校2年生の佐藤健一さんが父親に絞殺された事件です。

 

被害者の佐藤健一さんは高校入学後から家庭内暴力がひどくなり、家族はそのことに悩んでいました。

 

精神科医に相談したところ、「私は予想屋ではない。(健一君は)自殺するか、犯罪者になるか、どちらかだ。自殺はできないだろうから、犯罪者になるだろう」と言われます。

 

父親は「息子が犯罪者になってしまうかもしれない」と思い悩み、「犯罪者になるくらいなら…」と考えて、息子の佐藤健一さんが寝ている時に帯で首を絞めて殺害しました。

 

殺害後、母親も部屋に入ってきて、ひとしきり一緒に泣き、父親が「俺は死のうと思う」と母親に伝えると、母親は「私も一緒に死にます」と伝えます。

 

2人は同居している被害者の祖母(母親の母親)が驚かないように、押し入れに佐藤健一さんの遺体を隠して、浜名湖に向かいます。

 

2人は死に場所を求めてさまよいましたが、心中する場所がみつからず、浜松市内のホテルに1泊します。

 

そして、父親は自首することを決め、母親に付き添われて東京の赤羽署に自首しました。

 

 

開成高校生殺人事件の被害者・佐藤健一の生い立ち

開成高校生殺人事件の被害者の佐藤健一の生い立ちを見ていきましょう。

 

 

子供のころから成績上位

 

佐藤健一は1961年2月に生まれます。小学生の頃から成績は優秀でした。

 

ミッションスクールである私立の星美学院小学校に通い、雨の日などは母親が車で送り迎えをするなど、佐藤健一は甘やかされて育ったようです。

 

成績は常に学年トップで、しかも試験や勉強が好きなタイプで、テストの時には、「また1番だよ」と満点の答案を持って帰ってくるような子供でした。

 

 

友達はいない、おとなしい子供

 

成績トップだった佐藤健一でしたが、性格はおとなしく、友達はいないタイプでした。また、運動は苦手だったそうです。

 

友達はいないのですが、自分から「友達が欲しい」と言ったことはありません。しかし、人付き合いが苦手で、コンプレックスは持っていたようです。

 

・祖母に「友達いないよね?」と言われると、「いる。20人くらいいる」と嘘をついた
・同級生にからかわれると、仕返しとして靴やノートを隠した

 

父兄会では、佐藤健一は「性格が悪い」と言われたこともあったようです。

 

父兄会で特定の児童を「性格が悪い」と指摘するというのは、よっぽどクラスの中で陰湿な問題を起こしていたのかもしれません。

 

 

開成中学に上位で合格

 

成績が良かった佐藤健一は、小学5年生から有名進学塾の「四谷大塚」に通うようになります。

 

両親は家庭教師をつけるようになり、佐藤健一本人も「開成以外の学校には行かない。開成こそ自分に合った学校だ」と言うようになります。

 

そして、見事に開成中学に合格し、有言実行を果たしました。

 

しかも、合格300名中56番という上位の成績で合格したのです

 

 

中2の終わりの頃から成績低下

 

上位の成績で開成中学に合格した佐藤健一は、クラスの中で上位10番くらいの成績をキープしていました。

 

日本トップの開成中学でクラス10番以内の成績だったら、将来は超有望です。

 

しかし、中学2年生の終わりの頃から、成績は落ち始めてしまいます。成績が落ち始めるのと同じころ、部屋に閉じこもって熱心に読書をするようになります。

 

・スタンダール「赤と黒」
・サルトル全集
・フッサール

 

難しい哲学書などを好んで読むようになりました。中学生でこのような哲学書を読むなんて、優秀な学生だったことがわかります。

 

ただ、読書に熱心になるあまり、勉強に身が入らなくなったようで、授業中には机に突っ伏して寝ていることもありました。

 

そのようなこともあり、中学3年生の時には300人中236番で、下から数えた方が早い状態になってしまいました。

 

 

開成高校生殺人事件の犯人の父親・母親とは

 

開成高校生殺人事件の犯人は、被害者の佐藤健一の父親です。

 

そして、母親は父親の犯行を知って一緒に心中しようとしました。開成高校生殺人事件の被害者・犯人家族を見ていきましょう。

 

・父親
・母親
・母方の祖父
・母方の祖母
・佐藤健一

 

以上の5人家族です。事件当時、母方の祖父は既に鬼籍に入っていました。

 

母方の祖父は日通の支店長をしていた人物で、佐藤健一は祖父を尊敬していました。「家族の中で僕と対等なのはお祖父さんだけ」という発言もありました。

 

しかし、父親と母親に対しては、あまり尊敬の念はなかったようです。父親は大衆居酒屋を経営していて、夫婦共働きでした。

 

・父親:中卒の大衆居酒屋経営
・母親:高卒
 
自分は開成中学に行く頭脳を持っているのに、父親は中卒の大衆居酒屋を経営している人物だったことに、コンプレックスを持っていたようです。
 
また、母親も夫の職業や自分の学歴に微妙なコンプレックスを持っていたと思われます。
 
佐藤健一は小学校の頃から成績が良かったのですが、母親はこれについて「私もずっと一番でしたから」と周囲に話していました。
 
さらに、佐藤健一の担任と三者面談をした時には、夫(佐藤健一の父親)の職業は本当は大衆居酒屋経営なのに、「レストラン経営」と話しています。
 
それを聞いた佐藤健一は、母親の話をさえぎって、「おやじの店はレストランじゃない」と怒ったようです。
 
また、開成中学の生徒の保護者は、医師、弁護士、大学教授、会社の重役、一流企業の管理職などいわゆるハイステータスの人たちばかりでした。
 
しかし、自分の父親は「中卒の大衆居酒屋経営」ということにコンプレックスを持っていたため、佐藤健一と父親の関係性は徐々に悪くなっていくのです。

 

 

開成高校生殺人事件の犯人の動機は被害者・佐藤健一の家庭内暴力

開成高校生殺人事件の原因となったのは、被害者の佐藤健一の家庭内暴力です。家庭内暴力はどのようにエスカレートしていったのかを見ていきます。

 

 

高校入学&祖父の死で家庭内暴力が悪化

 

被害者・佐藤健一の家庭内暴力が顕著になっていったのは、高校に入学してからのことでした。

 

中学3年生の頃から、母親に対して乱暴な言葉遣いをしていたり、父親と口をきかなくなったということはありましたが、暴力はありませんでした。

 

しかし、高校に入学してすぐの5月、佐藤健一が家族の中で唯一尊敬していた祖父が亡くなります。

 

尊敬する祖父が亡くなったことで、家庭内でのパワーバランスが崩れ、佐藤健一は父親・母親を見下すような態度をとるようになり、暴力を振るうようになっていきました。

 

ある日、母親が何気なく「勉強したら?」と言ったところ、激昂して「殺してやる」と言いながら、母親を追い回したこともあったようです。

 

また、部屋の中で壁や柱を殴って大きな音を立てることもしばしばありました。

 

 

身なりに気を使わなくなる

 

この頃から、佐藤健一は身なりに気を使わないようになります。

 

髪の毛は伸びきっていて、前髪は鼻にかかるくらいの長さになりました。また、同級生の証言によると「髭の毛ボサボサでふけだらけ、いつも汚いコート着ていた」とのことです。

 

昼間でも自分の部屋の雨戸を閉めて閉じこもり、大声をあげたり、泣いたりしていました。

 

さらに、犯罪や自殺、心中などの新聞記事を熱心に集めるようになっています。

 

 

鼻が低いことに異常なコンプレックスを持つ

 

小学生の頃から、佐藤健一は自分の鼻が低いことにコンプレックスを持っていて、同級生にそのことをからかわれると、仕返しをしていました。

 

その鼻に対するコンプレックスは高校生になると一気に悪化していきます。

 

・「自分の鼻が低いのは、父親が鼻が低い母親と結婚したからだ」
・「低い原因は母親に似たからだ。そんな低い鼻でよく外を歩けるなあ」

 

そして、自分の鼻をどうにかしたいと、美容整形外科に実際に相談に行きました。

 

しかし、医師に18歳にならないと鼻の骨の成長が止まらないから、手術はできないと言われてしまいます。

 

よほど鼻のコンプレックスがあったのか、佐藤健一は父親に対して次のように言い放ちました。

 

「あんな女と結婚したから、俺みたいな鼻の低いのができたのだ。お前ら夫婦は教養もないし、社会的地位もないし、そんな奴が一人前の顔して説教できるのか。夫婦ともバカだ」

 

引用:【閲覧注意】開成高校の生徒、親に殺される

 

1970年代後半に男子高校生が美容整形の相談に行くなんて、本人にとっては低い鼻のコンプレックスはかなりのもので、それはすべて親の責任であると考えていました

 

そのことも、家庭内暴力を悪化させた1つの要因と言えるでしょう。

 

 

家庭内暴力がひどくなる

 

高校1年生の頃から始まった家庭内暴力は、どんどん悪化していきます。佐藤健一が高校2年生になったころには、次のような暴力をしていました。

 

・母親の首を絞める。殴る蹴るの暴行をする
・祖母の首を絞める。殴る蹴るの暴行をする
・風呂場の桶に水を入れて、10杯くらい祖母の頭にかける
・水をかけた後に、祖母を蹴り飛ばす
・祖母の寝ていた布団を外に投げ捨てる
・食卓をひっくり返す
・塩コショウ、しょうゆ、ご飯などをまき散らす
・部屋の中を水浸しにする
・洗剤をまき散らして、浴室を泡まみれにする
・布団を池に投げ入れる
・池に服や本を投げて、灯油をまいて燃やす
・家の中で服や本を燃やす
・窓ガラスをたたき割る
・ふすまをけ破る
・仏壇をバッドで叩き壊す
・自分が壊した家具を家族が直すと、その翌日にまた壊す
・ピアノの黒鍵をナイフで削り取る
 
これらを見る限り、佐藤健一の家庭内暴力はかなりひどかったことがわかります。
 

 

高校2年生の頃は父親の避難部屋があった

 

父親は仕事の都合上、帰宅が遅かったので、佐藤健一の家庭内暴力は主に母親と祖母に向かっていました。

 

しかし、高校2年生の夏休みが終わる頃には事態はさらに悪化し、学校の成績も下がり続け、2年生の2学期には3年生への進級が危うい状態にまで成績が低下しています。

 

また、2年生の2学期ごろから「ぶっ殺す!」という言葉を発するようになり、身の危険を感じた父親はまず祖母を旅館に避難させました。

 

さらに、「自分がいなければ暴力はなくなるかもしれない。このままでは殺されるかもしれない」と考えた父親は板橋区にアパートを借りて、佐藤健一と別居するようになります。

 

このアパートは、母親や祖母の避難所としても使われるようになりました。

 

 

開成高校生殺人事件発生前の被害者・佐藤健一の精神状態がひどすぎる

被害者の佐藤健一は家庭内暴力がどんどんひどくなっていきました。

 

そして、父親は佐藤健一は精神疾患があり、それが原因で家庭内暴力が発生しているのではないかと考えるようになります。

 

 

精神科医からは「わがまま病」

 

父親が息子の佐藤健一を精神科に連れていくようになったのは、高校2年生の8月中旬(1977年8月)です。

 

父親は家庭用の医学事典を見て、「精神分裂病(現在の統合失調症)ではないか?」と考えるようになり、精神科を受診するようになったのです。

 

しかし、精神科医からは、「これは精神病ではない。わがまま病である」と言われてしまいます。

 

また、母親は耐えられずに精神科医に電話で相談したら、「やりたいだけやらせなさい」と言われたこともあったようです。

 

そのため、9月5日には父親は荒川の土手で佐藤健一に「気のすむまで殴れ」と言い、殴られ続けたこともありました。

 

その後、交番に連れていき、警察官に説教をしてもらっています。この警官は精神病院への入院を勧めました。

 

しかし、佐藤健一が「親が悪い」という意見を聞いて、「これは彼なりの気遣いではないか?」と言ったそうです。

 

9月12日に、父親は違う精神科医を受診させました。しかし、ここでも「自己中心的なわがまま病だ」と言われただけでした。

 

この受診の帰りに、佐藤健一は暴れて父親に殴りかかり、父親のシャツを引きちぎります。そのため、父親は途中でTシャツを買って着替えて帰宅しています。

 

この頃には父親はボコボコの状態。母親も精神的に限界になり、祖母も睡眠薬を手放せなくなり、先述の避難所のアパートでの別居が始まるのです。

 

 

電気ショック治療も

 

佐藤健一は自分自身でも苦しかったようです。9月中旬には通院していた精神病院に1人で来て、一晩泊まっていくこともありました。

 

また、9月26日には電気ショック療法を受けました。

 

電気ショックを受けた後は、ウソのようにおとなしくなり、「お母さんと一緒に寝る」と子供のようになったとのことです。

 

しかし、効果は1週間しか続かず、効果が切れると以前よりも暴力的になり、凶暴性が増してしまいました。

 

 

入院するも母親の依頼で退院

 

10月22日に再び電気ショック療法を受けますが、1日しか効果がなかったようで、10月23日の早朝には目を覚まして、暴れ出しました。

 

そして、ふすまの釘の枠で父親に殴りかかります。父親は何とか避けますが、次は包丁を持って「俺の人生は破滅だ。どうしてくれるんだ。青春を返せ」と叫んで刺そうとしてきました。

 

父親はこれもなんとか逃げます。しかし、佐藤健一は大皿で力任せに思いっきり父親の頭を殴りました。これによって、父親は頭から流血し、救急車で運ばれます。

 

パトカーが駆け付ける騒ぎになり、佐藤健一は精神病院の開放病棟に入院することになりました。

 

ただ、翌日の10月24日には、なんと佐藤健一は病院から開成高校に通学し、病院に戻っています。そして、院内にいた父親を見つけ、暴力をふるっています。

 

このことで佐藤健一は電気ショック療法を受けて、閉鎖病棟の保護室(独房のような部屋)に入ることになります。

 

しかし保護室に入ってから2日後、母親が「かわいそうだ」と泣いたために、佐藤健一は保護室から出て10月25日に退院することになりました。

 

 

精神科医の言葉が引き金に?

 

退院から3日後の10月28日、親子3人でカウンセリングを受けています。

 

そして、父親が精神科医に「治りますか?」と聞いたら、冒頭でも紹介したように次のことを言われます。

 

「私は予想屋ではない。(健一君は)自殺するか、犯罪者になるか、 どちらかだ。自殺はできないだろうから、犯罪者になるだろう」

 

さらに、事件前日の10月29日に佐藤健一は自ら電気ショック療法を望みます。さらに、精神科医は家族に対して、次のように言い放ちました。

 

「精神病ではない。一種のヒステリーだ。本人の気の済むまで暴れさせておく以外にない」

 

佐藤健一の家庭内暴力に心身ともに追い詰められていた父親と母親に、医者は「自殺するか、犯罪者になるか」、「気の済むまで暴れさせておく以外にない」と突き放すように言ったのです。

 

この精神科医の言葉で、最後の希望が消えてしまい、限界を超えてしまった。ある意味、父親の背中を押してしまったのではないでしょうか。

 

 

開成高校生殺人事件の被害者・佐藤健一は統合失調症だったのか?

 

開成高校生殺人事件の被害者の佐藤健一は、統合失調症だったのでしょうか?

 

当時の精神科医はそれを否定し、単なるヒステリーだと言っています。

 

しかし、統合失調症だった可能性は高いと思われます。

 

・身なりに気を使わなくなる
・一人笑いをしていた
・授業中に突然机に突っ伏したり、突然立ち上がったりする
・鼻の低さへの異常なコンプレックス
 
佐藤健一は、授業中に一人笑いをしたり、突然机に突っ伏したり、立ち上がるような奇行が見られたとのことです。
 
これらのことを考えると、佐藤健一は統合失調症の可能性は高いでしょう。統合失調症ではなくても、何らかの精神疾患は持っていたと考えられます。
 
そして、何より佐藤健一がつらい思いをしていました。精神科医に自分で受診したり、電気ショック療法を自ら望んだりして、治療には積極的でした。
 
これは、自分で自分をコントロールできずに苦しかったため、「何とかしたい」と思っていたためと言えるでしょう。
 

 

開成高校生殺人事件の犯人(父親)は執行猶予判決

 

開成高校生殺人事件で、犯人の父親は妻(被害者の母親)に付き添われて自首しています。

 

自分の息子を殺害したという衝撃的な事件でしたが、被害者の佐藤健一の家庭内暴力が深刻な状態で、精神科にも相談していたことが判明し、世論は犯人の父親・母親に同情しています。

 

また、母親が必死に情状酌量を求めたため、事件翌年の1978年2月には懲役8年の求刑に対し、懲役3年執行猶予4年の判決が言い渡されました。

 

検察側は量刑不服として、控訴しています。

 

 

開成高校生殺人事件のその後:被害者の母親は遺書を残して自殺

出典:grandson.tripod.com

 

夫の逮捕後に、必死に夫の情状酌量を求めていた被害者の母ですが、夫の執行猶予付きの判決が出たあたりから、夫に対して攻撃的になり、なじるようになっていきます。

 

・息子を返せ
・健一は私の生き甲斐で、あなたよりも大切だった
・死んでやる
・刑が軽すぎるんじゃないの
・みんなあなたが悪い
・あなたは私をめちゃめちゃにしてしまった。許せない。
・今は健一の気持ちがとてもよくわかる。だから同じ事をしてやるの

 

そして、1978年7月に母親は遺書を残して、佐藤健一が死んだ部屋で首つり自殺をしてしまうのです。

 

 

近親相姦があったという情報も

 

脚本家であり小説家である早坂暁は、文藝春秋の中に寄せた「人間津波が遍路する」の中で、佐藤健一と母親は近親相姦の関係にあったと記しています。

 

しかし、これは証拠があるわけではありません。

 

ただ、近親相姦の関係があったからこそ、佐藤健一が亡くなった後しばらく経ってから、自責の念と息子恋しさに耐えられず、父親を責め続けて、自殺してしまったとも考えられます。

 

 

開成高校生殺人事件はドラマ化されている

出典:hmv.co.jp

 

開成高校生殺人事件はドラマ化されています。

 

・1978年11月3日・10日「七人の刑事・三人家族」(TBS系)
・1983年「子供たちの復讐 ~開成高校生殺人事件」(テレビ朝日系)
 
「子供たちの復讐 ~開成高校生殺人事件」では、父親役を石橋蓮司さん、母親役を宮本信子さん、息子の佐藤健一役を坂上忍さんが演じています。
 
みんな演技がうまい役者さんばかりなので、リアリティがあり、見ていて気持ちが沈むほどの傑作になっています。
 

 

開成高校生殺人事件のまとめ

開成高校生殺人事件について、被害者の生い立ちや犯人の父親・母親との関係、それまでの家庭内暴力や統合失調症が疑われる状況、判決や母親の自殺・遺書、ドラマ化をまとめました。

 

この事件を調べると、被害者の佐藤健一も苦しんでいましたし、犯人の父親もできる限りのことをしたいと行動していたことがわかります。

 

もう少し、精神科や行政などの支援があれば、最悪の事態は避けられたようにも思えます。

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