チンピラ風の見た目とムード歌謡でブレイクした鼠先輩ですが、関東連合と繋がっているとの黒い噂もあります。
今回は鼠先輩がブレイクした「六本木〜GIROPPON〜」と嫁との秘話や子供、関東連合との関係や現在をまとめました。
この記事の目次
鼠先輩のプロフィール
プロフィール
名前:鼠先輩(ねずみせんぱい)
本名:杉村佳広(すぎむら よしひろ)
生年月日:1973年4月5日
出生地:大阪府堺市
出身地:岡山県赤磐市
学歴:岡山県立備作高等学校中退
身長:177cm
血液型:A型
職業:ムード歌謡歌手、実業家
鼠先輩は「六本木〜GIROPPON〜」でブレイク 【動画あり】
鼠先輩は、1973年に大阪府堺市で生まれ、3歳の頃に岡山県に引っ越しました。
その後、1990年に岡山県立備作高等学校を中退し、歌手を目指してボーカルスクールに通いながら、“THE BLUE HEARTS”のコピーバンドを結成します。
1993年頃には上京し、バンド活動を本格化させた鼠先輩。20歳の時には、アルバイトをしながらもインディーズ事務所に所属していたと言います。
出典:http://www.shinjukuloft.com/
そして2008年、鼠先輩はユニバーサルより念願の歌手デビュー。
デビュー曲「六本木〜GIROPPON〜」が、その当時演歌界を席巻していたジェロさんの「海雪」を抜いて、着うた歌謡・演歌チャートで第1位を獲得するほどの大人気に。
“鼠先輩”という芸名の由来は?
“鼠先輩”という芸名は、鼠先輩がプロ歌手を目指して上京した時、アルバイトをしていた中華料理店で付けられたニックネームで、そのクスっと笑っちゃうような由来は次の通りです。
出典:https://blog.goo.ne.jp/
やる事なす事が全て空回りだったことがハツカネズミを連想させたため、上司から「ネズミ」と、後輩からは「ネズミ先輩」と呼ばれたことから。本人はこの呼び名が印象に残り、デビュー時はこれ以外の芸名を考えていなかった。
引用:鼠先輩 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/
先輩から「ネズミ」呼ばわりされるのはまだわかりますが、後輩からも「ネズミ先輩」なんて呼ばれていたってことは、相当な“ハツカネズミっぷり”だったんでしょうね(笑)
ただ、後輩からもそんな風に呼ばれるのを咎めることもなく、むしろそれを楽しみ、芸名にまでしてしまう鼠先輩が素敵だと感じました。
ブレイク時は最高月収1200万円だった鼠先輩
そんな鼠先輩は、大ブレイクしていた頃には、月に100本以上ものテレビ番組に出演する多忙ぶりだったそうです。
そして、その頃の鼠先輩の最高月収はなんと1200万円にも及んでいたのだとか!
出典:https://news.livedoor.com/
それもそのはず、この頃は“たった15分の出演で120万円”という荒稼ぎをしていたそうです。
波に乗った鼠先輩は、翌2009年には、自身がボーカルを務めるバンド「THE SUPER RATS」を結成するのですが…。
翌2009年には突如引退を表明!その理由は…
同年6月3日、年内での芸能活動引退を表明したんですよね。鼠先輩曰く、その引退理由は…。
出典:https://www.oricon.co.jp/
「思ったより儲からないから」
前述したブレイク時の最高月収は、鼠先輩が後にある番組の中で告白したものですが、それでも当時の鼠先輩の活躍を目の当たりにした多くの人々は、この言葉に疑問を感じたことでしょう。
翌2010年5月、KINCHOからのCMオファーで、あっさり芸能界復帰を果たした鼠先輩は、「引退は冗談半分」と語っていますが、実はあながち冗談とも言えないことが後に明らかに…。
というのも、最高月収が1200万円だったことは事実なのですが、実は、その年の年収は2000万円止まりだったようです。
つまり、鼠先輩がブレイクしたのはほんの短期間だったんですよね。半年も経つと仕事が激減してしまったのだとか…。
しかも、翌年には税金で半分はもっていかれるわけで、鼠先輩が漏らした「思ったより儲からないから」ってのは、案外本心だったのかも知れませんね。
そんな鼠先輩は、12月31日の「東京ジョイポリスカウントダウンライブ」で宣言通り引退するのですが…。
先ほどもチラっと触れたように、2010年5月3日には、KINCHOからCMのオファーがあり、引退をアッサリひるがえして、ちゃっかり芸能界復帰を果たしています。
出典:http://www.officiallyjd.com/
そして、同年12月には、ものまねタレント.Seikoとムード歌謡デュエット・ソングを収めたシングル「夢のあいだ」をリリース。
翌2011年10月には、“ざ・岡田姉妹 feat.鼠先輩”として「WANTED〜アナタが欲しい〜」をリリースしています。
鼠先輩の嫁とは~「六本木~」は奥さんとの恋物語から誕生
実は、鼠先輩が一発当てた名曲「六本木~GIROPPON~」は、お嫁さんとのドラマティックなエピソードから誕生したことをご存知ですか?
話はさかのぼって…鼠先輩が高校を中退して、故郷岡山でアルバイト生活をしていた頃のことです。当時、交際してた3歳年上の恋人から衝撃の告白を受けました。
「東京で音楽の勉強をすることになった」
でも、当時の鼠先輩はただのフリーター。とても「行くな」とは言えなかったのだとか。
でも、そのまま黙って見送ることもできず…とっさに口をついて出てきた言葉がこちら。
「30歳になる10年後の8月1日、昼の12時に東京タワーの下で会おう」
と言うのも、鼠先輩には野望があり、10年もあれば成功している…気がしたからなのだとか。
ちなみに、なぜ場所を“東京タワー”にしたのかというと、単に田舎者だった鼠先輩にとって、東京=東京タワーだったからに他なりません。
出典:http://www.asahi.com/
そして、彼女を追いかけるように上京した鼠先輩は、ハツカネズミの空回りのようなバイトとバンド活動に明け暮れて10年…。
約束の2003年8月1日、東京タワーの下で朝から彼女を待ち続けていると、なんと彼女もちゃんと約束を覚えていたらしく、奇跡の再会を果たしたのでした!
その喜びと勢いで、鼠先輩はその場で彼女に告白するのですが、見事に断られるという。
そんな甘酸っぱくも切ないエピソードを題材に作った曲が、「六本木〜GIROPPON〜」だったのです。
ただ、このお話にはちゃんと後日談があって、「六本木〜GIROPPON〜」でCDデビューしたことを機に、鼠先輩はその彼女に再度告白し、現在はちゃっかり結婚までされているようです。
めでたしめでたし。
「東京タワーじゃなかったら彼女は忘れたかも知れないし、2年後だったら来なかったかも知れない。人生って、生まれた時代も含めてタイミング」
引用:asahi.com(朝日新聞社):遠い約束 待ってくれた http://www.asahi.com/
鼠先輩と嫁の間の子供とは
そんな鼠先輩とお嫁さんの間には、その後、2人の子供が誕生しているようです。また次のような記事もあったので、子供の少なくとも1人は娘さんみたいですね。
鼠先輩は2008年に発売した歌謡曲「六本木~GIROPPON~」でブレークし、1カ月に100本以上の番組に出演するなど活躍した。その後、新宿にスナック「ネズミーランド」を開くも2年前に閉店。現在も髪型はパンチパーマで、主な仕事はキャバクラなどの地方営業だそう。だが、娘には「ウェブ関係で仕事している」と説明しているとのことだった。
引用:鼠先輩の現在が明らかに 娘には「ウェブ関係で仕事」と説明 https://news.livedoor.com/
鼠先輩と関東連合の関係とは
鼠先輩をネットで検索にかけると、Google先生はやたら関連キーワードとして「関東連合」をオススメしてくるんですよね。
ってことは、鼠先輩はあの関東連合と、何らかの繋がりがあるということなのでしょうか?
出典:http://bakuroking.com/
“関東連合”とは?
まずは、“関東連合”について、あまりご存知のない方のために簡単に説明しておきましょう。
かつては、ヤクザをも恐れない半グレ集団として勢力を拡大していた関東連合は、1973年に結成された暴走族の集合体です。
2003年に解散するものの、その後も関東連合出身のOB達が度々事件を起こし、世間を騒がせていました。
例えば、伊藤リオン氏による「市川海老蔵暴行事件」や、人違い殺人とされている「六本木クラブ襲撃事件」、不正融資が問題となったスルガ銀行の事件にも、関東連合OBが関係していると噂されています。
出典:https://bungu-uranai.com/
鼠先輩が、そんな関東連合と関係している…と、Google先生はおっしゃっていることになります。果たして本当なのでしょうか?
なんて思いつつ調べてみると、どうやら鼠先輩と関東連合が繋がっていると言われる理由を掴むことができました。
ただ、以下でまことしやかに説明することは、あくまで一部の噂として囁かれている話に過ぎず、なんら確証があるわけではないことを留意しておいてください。
鼠先輩と関東連合の関係
実は、鼠先輩はある人物にプロデュースされたことで、デビューが叶ったのですが、その人物というのが…関東連合OBの音楽プロデューサー・松嶋クロス氏だったのです。
ちなみに、松嶋クロス氏ってこんな人だったりします。
出典:https://saisin-news.com/
このニュース映像の“自己紹介”にも、しっかり「関東連合元幹部」と書かれています。
かつて鼠先輩は、この松嶋クロス氏の下で働いていたことがあって、ニュース映像にもあるように、松嶋クロス氏が大人向けビデオの監督をしている頃からのお付き合いなのだとか。
確かに、鼠先輩には、大人向けビデオの制作会社に勤めていたという経歴があり、そのせいで夢の「NHK紅白歌合戦」出演がポシャったというエピソードは有名ですね。
また、鼠先輩は、2009年6月3日に突如として芸能界引退を表明したのですが、その記者会見を仕切っていたのが関東連合だったとも言われています。
出典:https://www.narinari.com/
実際、鼠先輩は2013年に、東京歌舞伎町に「新宿ネズミーランド」を開店させていますが、歌舞伎町という場所柄、この件でも関東連合が噛んでいた可能性が指摘されています。
鼠先輩の現在
完全に一発屋として終わってしまった感のある鼠先輩。そんな鼠先輩は、現在どこで何をしているのでしょうか?
出典:https://www.oricon.co.jp/
鼠先輩の現在について調べてみるたところ、鼠先輩は一度は引退を宣言するも、現在もフリーの歌手として活動を続けているようです。
町のお祭りやスーパーの催し物、飲み屋やキャバクラのイベントなどなど、地方営業を中心に「呼ばれれば全国どこへでも行って、なんでもやる!」そんなスタンスなのだとか。
鼠先輩には実業家としての顔も
その一方で、鼠先輩には実業家としての顔も併せもっているんですよね。
先ほども触れましたが、2013年には東京歌舞伎町に「新宿ネズミーランド」(残念ながら2016年閉店)、2017年には東京都東村山市に「飲鼠(のみーまうす)」を開店させています。
東村山BAR
— 鼠先輩 (@nezumisenpai_) 2017年4月27日
飲鼠▶︎のみーまうす
グランドオープンのお知らせ
2017年5月2日(火)
21時〜open
07時〜close
ラストオーダー6時
東京都東村山市栄町
2丁目10-4 武田ビル1F ☎︎042-397-5539
木曜日定休 pic.twitter.com/NBHqZzD4oe
現在テレビの仕事はほとんどなく、ブレイクした頃に比べると、収入は大きく目減りしているようですが、それでも家族4人が何不自由なく生活していけるほどの年収は稼いでいるのだとか。
そんな鼠先輩は、愛する嫁と「お父さんはウェブ関係の仕事をしている」と信じているかわいい2人の子供に囲まれて、幸せな日々を過ごしているようです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回の記事をまとめると…
・歌手をめざし、元カノを追いかけて上京した鼠先輩は、「六本木〜GIROPPON〜」で一発当てた
・「鼠先輩」の芸名はアルバイト時代のニックネームで、ハツカネズミのように空回りする様から名付けられた
・鼠先輩をプロデュースしたのが関東連合OBの音楽プロデューサーで、その関係で紅白歌合戦にも出られなかった
・名曲「六本木〜GIROPPON〜」は嫁との甘酸っぱい恋物語から誕生した
・鼠先輩と嫁との間には2人の子供がおり、子供には「ウェブ関係の仕事をしている」説明している
・鼠先輩は現在もフリーの歌手として活動しており、呼ばれれば全国どこへでも行って、なんでもなりますスタイル。なお、2017年に東村山に開店した「飲鼠」も健在
最後に、そんな鼠先輩は、人から“一発屋”と揶揄されることについて、次のように語ってます。
「嫌な気持ちはしません。当たり前のことを言われてるだけ。バカにする人もいますけど不発よりマシ。今の時代、どんなにお金を積んでも当たらない人は当たらないですし。一発当たるのは宝くじみたいでありがたいです」
引用:「稼いだのは1カ月…」ブレークから10年たった鼠先輩は今 https://www.nikkan-gendai.com/