今回、数ある少年犯罪の中でも、その犯行内容の残忍性や犯人のその後や現在が衝撃的だった25の事件を厳選し、ランキング形式でまとめてみました。あの少年犯罪の犯人のその後や現在はどうなっているのか、見ていきましょう。
この記事の目次
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第25位: 永山則夫連続射殺事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第24位: 東京吉祥寺路上女性強殺事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第23位: 御殿場事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第22位: 豊川市主婦殺人事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第21位: 河瀬駅前交番警察官射殺事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第20位: 栃木リンチ殺人事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第19位: 広島少女集団暴行殺害事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第18位: 長崎男児誘拐殺人事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第17位: 大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第16位: 石巻3人殺傷事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第15位: 堺市通り魔事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第14位: 岡山金属バット母親殺害事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第13位: 船橋18歳少女殺害事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第12位: 名古屋大学女子学生殺人事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第11位: 千葉少女墓石撲殺事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第10位: 佐世保小6女児同級生殺害事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第9位: 川崎市中1男子生徒殺害事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第8位: 西鉄バスジャック事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第7位: 佐世保女子高生殺害事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第6位: 大津市中2いじめ自殺事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第5位: 光市母子殺害事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第4位: 市川一家4人殺人事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第3位: 名古屋アベック殺人事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第2位: 女子高生コンクリート詰め殺人事件
- 少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第1位: 神戸連続児童殺傷事件
- まとめ
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第25位: 永山則夫連続射殺事件
永山則夫連続射殺事件は、1968年10月から11月にかけて、東京都港区・京都府京都市東山区・北海道函館市・愛知県名古屋市港区の4都道府県で、各犯行当時19歳の少年だった永山則夫が相次いで起こした、拳銃による連続殺人事件です。
犯行当時19歳だった永山則夫は、アメリカ海軍・横須賀海軍施設に侵入して拳銃を盗みました。永山則夫はこの拳銃を使って、社会への復讐のため、1968年10月11日~同年11月5日の約1ヶ月の間に4人を射殺しました。
永山則夫連続射殺事件の裁判の経緯は次の通り。
10年を費やした第一審判決 → 死刑
控訴審判決 → 無期懲役
上告審判決 → 無期懲役を破棄、審理差し戻し※
※この際、最高裁第二小法廷が傍論として示した死刑適用基準は後に「永山基準」と呼ばれ、後の刑事裁判でも死刑選択基準として採用されている。
差し戻し控訴審 → 差し戻し前の控訴審・無期懲役判決を破棄 → 死刑
上告 → 棄却 → 1990年4月17日、死刑確定
永山則夫は死刑囚として東京拘置所に収監されていましたが、1997年8月1日に同所で死刑が執行されました。(没年48歳)
なお、親族は遺骨の引取りを拒否したため、国選弁護人の遠藤誠氏が引き取り、遺骨は本人の遺志でオホーツク海に散骨されました。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第24位: 東京吉祥寺路上女性強殺事件
吉祥寺女性刺殺事件は、2013年2月28日に発生した強盗殺人事件です。
2013年2月28日の午前1時50分頃、東京都武蔵野市吉祥寺の路上で帰宅途中の女性(22歳)が少年2人に襲われ、背後からいきなり刃物で刺されて財布などを奪われる事件が発生しました。
被害女性は病院に搬送されるも、背中の傷2か所のうち1か所は肺にまで達しており、ほぼ即死の状態だったと言います。
2014年1月から3月にかけて東京地裁で開かれた裁判員裁判では、少年2人は殺意を否認するも東京地裁は強盗殺人罪を認定し、求刑通り無期懲役判決を言い渡しました。その後、少年2人は控訴するも棄却され、無期懲役が確定しています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第23位: 御殿場事件
御殿場事件は、2001年9月16日午後11時過ぎ、井上さゆりさん(15歳)が交際男性とのデートで帰宅時間が遅くなったことを隠すため、母親に「帰り道で少年らに強姦まがいの行為を受けた」と嘘の報告をしてしまいました。
そんな娘の言葉を信じた母親が被害届を出してしまい事件に発展し、無実の少年10人が逮捕された冤罪事件です。
井上さゆりさんと10人の少年らは、当時同じ御殿場市内に住んでいたものの面識はなく、少年らには極めて確実なアリバイがありました。
一方の井上さゆりさんは、法廷の場での証言が二転三転するなど、不自然な部分があったにもかかわらず、犯人とされた少年のうち4人が有罪判決を受け、川越少年刑務所で服役することになってしまいました。
極めて冤罪の可能性が高いこの事件は、地元でも広く知られるようになり、井上さゆりさん一家は引っ越しを余儀なくされただけでなく、彼女の弟は学校でいじめられるようになり、遂には自殺してしまうことに…。
少年院送致された当時高1だった4人は、現在も無実を訴えるため実名を公表しテレビに出演しています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第22位: 豊川市主婦殺人事件
豊川市主婦殺人事件は、2000年5月1日、愛知県豊川市で発生した当時17歳の少年による殺人事件です。
犯人少年は、主婦・筒井喜代さん(64歳)宅に押し入り、喜代さんを金槌で殴打した上で、包丁で首など約40カ所も刺して殺害しました。その後、家から飛び出した少年を目撃した筒井喜代さんの夫と格闘になり、夫にも首などを刺して重傷を負わせました。
犯人少年は事件後、最寄りの駅まで走って逃走し、公衆トイレで一夜を過ごしたあと、「寒くて疲れた」という理由で近くの交番に自首しています。
犯人少年は、現場近くの高校に通う3年生で、学校では明るく活発、成績優秀と評判の良い生徒だったものの、分裂病質人格障害やアスペルガー症候群など先天的な発達障害の疑いがあり、対人関係に問題を抱えやすい自閉症の一種だったと言われています。
犯人少年は2000年12月26日に医療少年院に送致されています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第21位: 河瀬駅前交番警察官射殺事件
河瀬駅前交番警察官射殺事件は、2018年4月11日、滋賀県彦根市南川瀬町にある彦根警察署河瀬駅前交番で、新人警察官の大西智博(19歳)が彼の教育係を務めていた巡査部長・井本光さん(41歳)を射殺した殺人事件です。
大西智博の犯行動機は、井本光さんから日常的に自尊心を傷つけられるような叱られ方をしていたためで、事件当日は親をけなされたことで遂に怒りが爆発し射殺を決意したのだとか。
なお、警察官が貸与された拳銃で同僚の警察官を射殺した事件は初めてのことであり、この警察官による前代未聞の不祥事は、世間に大きな衝撃を与えました。
なお、犯人の大西智博は懲役22年の刑で現在も服役中とのことです。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第20位: 栃木リンチ殺人事件
栃木リンチ殺人事件は、1999年12月4日に、栃木県にて須藤正和さん(19歳)が複数の少年らに拉致・監禁され、壮絶なリンチの末に殺害され、遺体を遺棄された事件です。
犯人グループは須藤正和さんの家族が警察に捜査依頼を出していることを知り、事件の発覚を恐れ殺害に及びました。
ただ、栃木県警は須藤正和さんの両親から、9回に渡って捜査依頼を受けていましたが拒否し続けていたと言い、警察の怠慢が問題になった事件でもあります。
犯人グループの主犯格は、栃木県警察警部補を父に持つ萩原克彦(19歳)、梅沢昭博(19歳)には無期懲役を言い渡された他、村上博紀(19歳)には懲役5~10年の判決が下っています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第19位: 広島少女集団暴行殺害事件
広島少女集団暴行殺害事件は、2013年6月28日、野村美輝(16歳)を主犯とする16歳~21歳の男女7人が、専修学校生徒だった黒瀬恵利華さん(16歳)を車に監禁して集団暴行を加え、殺害後に呉市栃原町の山中に遺棄した事件です。
LINEのグループチャットでの言い争いが事件の発端となったことから、「広島LINE事件」などとも呼ばれています。
主犯の野村美輝が、黒瀬恵利華さんを遊びに誘い出して、メンバーが運転する車に監禁し、20キロ離れた呉市の灰ケ峰方面に向かう車中で殴ったりライターであぶるなどの暴行を加えました。
さらに黒瀬恵利華さんの財布から4万2千円やキャッシュカードを窃盗し、メンバーの成田大介(17歳)が利華さんの首を絞めて殺害し、呉市栃原町の山中に遺体を遺棄しました。
この事件により、主犯の野村美輝に懲役13年が言い渡された他、福井彩乃、成田大介、持田竜也、瀬戸大平らには懲役10年~13年が確定し現在もそれぞれ服役中です。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第18位: 長崎男児誘拐殺人事件
長崎男児誘拐殺人事件は、2003年7月1日、長崎県長崎市で中学1年生の少年(12歳)が4歳の男児を誘拐して殺害した事件です。
犯人少年は、長崎市内の大型家電量販店に家族で来ていた男児が一人でゲームコーナーにいたところを誘拐し、長崎市万才町にある築町パーキングビルの屋上に連れていきました。
そこで男児を全裸にして、殴る蹴るの暴行を加えるのですが、その最中に犯人少年は防犯カメラがあることに気付いてパニックを起こし、暴行を受けて泣き叫んでいる男児を黙らせようと、パーキングビルの屋上から約20メートル下の通路に突き落とし殺害しました。
犯人少年はその後、児童自立支援施設に強制収容されており、2007年9月に強制措置が解除された後も、引き続き同施設で生活しているとされていましたが、2009年には九州地方にいたことが明らかになっているようです。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第17位: 大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件
大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件は、1994年9月28日から10月8日までの11日間に、大阪府・愛知県・岐阜県という3府県にまたがって発生し、10月8日以降に相次いで発覚した不良グループによる連続殺人事件です。
この事件は、暴力団に所属する未成年の不良少年らによる、凄絶なリンチの末の凶行として、社会を震撼させ、戦後史に残る少年犯罪となりました。
主犯格となった小林正人(19歳)・大倉淳(18歳)・芳我匡由(19歳)を含む男4~6人による凄惨なリンチにより3人を殺害し、現場にいながら黙認をしていた者も含む計10人が逮捕されました。
主犯格の小林正人、大倉淳、芳我匡由の3人には、全員が犯行時少年でありながら死刑判決が下り、他のメンバーには懲役4~8年が言い渡されています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第16位: 石巻3人殺傷事件
石巻3人殺傷事件は、2010年2月10日の早朝、に宮城県石巻市で少年A(18歳)が元交際相手の少女を巡り、少女の実家に侵入して、少女の親族・知人3人を刃渡り約18cmの牛刀で次々と襲い、女性2名を刺殺、男性に重傷を負わせた殺傷事件です。
少年Aは裁判員裁判で死刑判決を受け確定し、裁判員裁判では史上初の少年死刑囚となりました。少年Aは現在、宮城刑務所仙台拘置支所に収監されているようです。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第15位: 堺市通り魔事件
堺市通り魔事件は、1998年1月8日、大阪府堺市で上半身裸になった当時19歳の無職少年が、登校中の女子高生(15歳)の背中など4ヶ所をを包丁で刺して重傷を負わせ、その直後にも幼稚園の送迎バスを待っていた母親と女児(5歳)を包丁で刺し、母親に重傷、女児を殺害した通り魔殺人事件です。
犯人少年はシンナー中毒者であり、事件当時も直前にシンナーを吸引して幻覚状態に陥っていました。
裁判では、犯人少年は事件当時、シンナーによる幻覚状態であったとして、心神喪失を理由に無罪を主張しましたが、最終的に懲役18年の刑が確定しています。ただ、2020年2月には出所予定なのだとか…。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第14位: 岡山金属バット母親殺害事件
岡山金属バット母親殺害事件は、2000年6月21日、岡山県内の公立学校に通う17歳の野球部員の少年が、練習中に突然そばにいた4人の部員を金属バットで殴り逃走。その後、自宅に戻った少年は、居間でテレビを見ていた母親(42歳)をバットで殴打し、撲殺した事件です。
練習中に殴られた4人の部員のうち、一人が重傷を負った他、自宅で殺害された母親はほぼ即死の状態だったと言います。
犯人の少年は、おとなしく真面目な生徒でしたが、野球部では以前から他の部員からバカにされたり、からかわれるなどのいじめを受けていたといいます。
少年が母親を殺害した動機は、練習中に殴打した部員を殺してしまったと早合点してしまい、そのまま母親が生きていれば不憫であると思ったためだったそうです。
少年はその後、携帯ゲーム機やゲームソフト、ゲームの攻略本などとともに現金20万円を持ち、高校の修学旅行で行った北海道へ自転車で逃走しようとしましたが、事件から16日後の7月6日に秋田県本荘市で発見され、翌8月には特別少年院送致の保護処分が確定しました。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第13位: 船橋18歳少女殺害事件
船橋18歳少女殺害事件は、2015年4月20日未明、野口愛永さん(18歳)が友人の湯浅成美(18歳)とのトラブルの末に、湯浅成美とその男友達3人に拉致され、生き埋めにして殺害されるという残忍な殺人事件です。
当時、野口愛永さんは湯浅成美から借りた卒業アルバムを返さなかったことなどからトラブルに発展し、音信不通になるなどした野口愛永さんに憎悪を募らせた湯浅成美は、彼女の殺害を決意したと言います。
湯浅成美は当時肉体関係にあった井出裕輝(22歳)とその他男友達の中野翔太(20歳)、無職少年(17歳)と協力し、事件前日の19日夜に野口愛永さんを拉致。
翌20日未明に、予め穴を掘っていた場所まで野口愛永さんを連れていき、命乞いをする野口愛永さんを結束バンドで両腕を縛り、穴の中に座らせ、容赦なく生き埋めにしたのでした。
この残忍過ぎる殺害方法は少年犯罪の中でもとりわけ問題視され、湯浅成美は未成年女性としては日本の犯罪史上初となる無期懲役の判決を受け、協力した3人についても同様に無期懲役が言い渡されました。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第12位: 名古屋大学女子学生殺人事件
名古屋大学女子学生殺人事件は、2014年12月7日、愛知県名古屋市で名古屋大学の女子大生が、宗教の勧誘で知り合った女性(77歳)を言葉巧みに自宅に誘い込み、用意していた斧で数回殴り、マフラーで首を絞めるなどして殺害した殺人事件です。
さらに、殺人事件の捜査の過程で、高校時代に同級生の男子生徒や、中学時代の同級生だった女子生徒に硫酸タリウムを飲ませた事件や、大学時代に帰省していた仙台市の実家近くの住宅を放火しようとした事件などが発覚。
犯人の女子大生は、最終的に以下の罪状で起訴されました。
・2012年5月27日 – 仙台市のカラオケ店で、劇物の硫酸タリウムを飲み物に混ぜ、中学時代の同級生だった女子生徒に飲ませた殺人未遂罪
・2012年5月から7月 – 通っていた仙台市の高校で、タリウムを飲み物に混ぜ、同級生の男子生徒に飲ませた殺人未遂罪
・2014年8月29日から30日 – ペットボトルで製造した火炎瓶に点火し、仙台市の住宅の縁側に置き、熱で窓ガラスを割ったとする火炎瓶処罰法違反と器物損壊罪
・2014年12月7日 – 名古屋市で宗教勧誘で知り合った女性を誘って、斧で殴ってマフラーで絞めたとする殺人罪
・2014年12月13日 – 仙台市の住宅(前述と同じ)の郵便受けに、引火性の高いジエチルエーテルを流し込んで火をつけたとする殺人未遂罪と現住建築物等放火未遂罪
引用:名古屋大学女子学生殺人事件 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/
出典:https://aada.at.webry.info/
2019年10月22日、被告の女子大生には、無期懲役とした一・二審判決が確定しています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第11位: 千葉少女墓石撲殺事件
千葉少女墓石撲殺事件は、2003年10月1日、千葉市若葉区の墓地駐車場で、若葉区千城台東の飲食店アルバイトだった少女(16歳)の遺体が発見されました。遺体は頭を鈍器で強く殴られて殺害された後、焼かれていたと言います。
千葉県警は少女の夫(22歳)を殺人の容疑で逮捕した他、共犯として高校3年の男子生徒(18歳)などを含む若葉区内の未成年の男子あわせて4人が逮捕されました。
殺害された少女と逮捕された夫は、少女が風俗店で働くための偽装結婚をしていました。夫はその見返りに金銭を要求していたのですが、次第に少女がしぶるようになり、やがて少女は偽装結婚を警察に通報すると言い出しました。
当時、別の事件で執行猶予中だった夫は、少女の口封じを決意し、仲間の未成年4人を「自分たちの起こした窃盗事件を少女が警察に通報しようとしている」と騙すことで犯行に加わらせます。
そして、2003年10月1日午前3時過ぎに、墓地駐車場内でハンマーで少女を順番に殴り回した上、重さ70kgもある墓石用の石材を少女の顔に何度も叩きつけて殺害し、少女の遺体に10数本分のライターオイルをかけて火をつけて逃走したのでした。
裁判の結果、元夫には無期懲役の刑が確定した他、逮捕された未成年の少年らも殺害と遺体損壊に加わった3人を5年から10年の不定期刑に、加わらなかった1人を3年半から7年の不定期刑に処して確定しました。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第10位: 佐世保小6女児同級生殺害事件
佐世保小6女児同級生殺害事件は、2004年6月1日、長崎県佐世保市の市立大久保小学校で、6年生の女子児童が同級生の女児にカッターナイフで切り付けられて失血死した殺人事件です。
被害者の首の傷は、深さ約10センチ、長さ約10センチにも達しており、左手の甲には、骨が見えるほど深い傷があったと言います。
小学生の女子児童による殺人事件であり、かつ学校が舞台になったとあって、世間に大きな衝撃と波紋を広げることになりました。
2004年9月15日、長崎家庭裁判所は、3ヶ月に及ぶ精神鑑定結果を踏まえ、加害女児に対して最長で2年間までの行動の自由を制限する措置を認めた上で、国立の児童自立支援施設である国立きぬ川学院への送致を決定しました。
そして、2008年春、女児は施設内の中学校を卒業して、児童自立支援施設を退所しています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第9位: 川崎市中1男子生徒殺害事件
川崎市中1男子生徒殺害事件は、2015年2月20日に、神奈川県川崎市川崎区港町の多摩川河川敷で、中学1年生の上村遼太君(13歳)が17~18歳の3人の不良グループに惨殺された事件です。
上村遼太君の遺体発見当時着衣を身につけておらず、顔や腕、首の後ろから横にかけて43ヶ所ものカッターで切りつけられた傷があったことから、上村遼太君は3人にリンチを受けた上で全裸にされて多摩川を泳がされていたと見られています。
その後の検死の結果、上村遼太君の死因は、首の後ろから横にかけてカッターで斬りつけられた傷による出血性ショック死でした。
逮捕された主犯格の舟橋龍一には懲役9年以上13年以下の不定期刑、これに加担した2人の少年には懲役6年以上10年以下と懲役4年以上6年6ヶ月以下の不定期刑が言い渡されました。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第8位: 西鉄バスジャック事件
西鉄バスジャック事件は、2000年5月3日、福岡県を走る九州自動車道の太宰府インターチェンジ付近で谷口誠一(17歳)がバスジャックした後、乗客の60代女性一人を牛刀で切りつけて殺害した事件です。
谷口誠一は事前にインターネット掲示板「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」に”ネオむぎ茶”のハンドルネームで犯行予告をしていたため、「ネオむぎ茶事件」とも呼ばれています。
谷口誠一は刃渡り40cmの牛刀を運転手に突き付けてバスをジャックし、乗客3人に対して切りつけたのですが、その中の一人、60代女性を失血死させたことで、日本で起きたバスジャック事件初の殺人事件となりました。
逮捕された谷口誠一は医療少年院に送られましたが、2006年1月中に仮退院をして社会復帰に向けた訓練を始めたと報道されています。
この西鉄バスジャック事件の犯人が、1997年に発生した神戸連続児童殺傷事件の犯人と同学年であることから、「1990年代以降の日本の少年犯罪凶悪化を象徴する事件である」とも言われています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第7位: 佐世保女子高生殺害事件
佐世保女子高生殺害事件は、2014年7月26日、長崎県佐世保市の公立高校に通う女子高生・徳勝もなみ(15歳)が友人の同級生・松尾和愛さんを自宅マンションで殺害し、遺体を損壊した猟奇殺人事件です。
この日、徳勝もなみは松尾和愛さんと昼頃から佐世保市内の繁華街で買い物などを楽しんだ後に、自宅マンションに招き、20~22時頃に松尾和愛さんの隙をついて後頭部をハンマーで複数回殴り、実家の飼い犬の散歩用のリードで絞殺しました。
その後、徳勝もなみは、松尾和愛さんの遺体の頭と左手首を、あらかじめ用意してあったスレート切断用のノコギリで切断した他、腹部を刃物で引き裂いていたと言います。
徳勝もなみは、2015年7月13日に医療少年院送致の保護処分を受けましたが、その後、被害者遺族に対して一切謝罪を行っておらず、それどころか反省したそぶりすら見せていなかったそうです。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第6位: 大津市中2いじめ自殺事件
大津市中2いじめ自殺事件は、2011年10月11日に、滋賀県大津市内の中学校の当時2年生の男子生徒が、複数の同級生からの長期に渡る陰湿ないじめを苦に自殺するに至った事件です。
この大津市中2いじめ自殺事件は、事件前後の学校と教育委員会の隠蔽体質が発覚し、当時のマスコミが大々的に取り上げたことで社会問題にまで発展しました。
翌年である2012年には、本事件がきっかけとなって“いじめ防止対策推進法”が国会で可決されています。
裁判では、主犯格の山田晃也・木村束麿呂に対して保護観察処分を下し、小網 健智に対しては不処分としましたが、2019年2月19日に大津地裁は山田晃也・木村束麿呂に対して、被害者が請求したほぼ満額となる約3750万円の賠償を命じる判決を言い渡しています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第5位: 光市母子殺害事件
光市母子殺害事件は、1999年4月14日に、山口県光市内の新日本製鐵光製鐵所社宅アパートに住む、主婦・本村弥生さん(23歳)宅に無職少年・福田孝行(18歳)が強姦目的で押し入り、弥生さんに騒がれたために絞殺。
その後、弥生さんを裸にして死姦し、目的を遂げるのですが、傍らで泣いていた生後11か月だった夕夏ちゃんを床に叩きつけ、首をヒモで絞めて殺害するという残忍極まりない殺人事件です。
福田孝行は、事件の発覚を遅らせるために弥生さんを押し入れに、夕夏ちゃんを天袋に隠し、居間にあった財布を奪って本村さん宅をあとにし、その後はゲームセンターで遊んだり、友達の家に寄るなどして平然と過ごしていたと言います。
福田孝行は拘留中も友人と交わした手紙の中で、「犬がある日かわいい犬と出合った。…そのままやっちゃった、…これは罪でしょうか」 などと全く反省した様子もなく社会感情を逆なでしていました。
一審・二審で無期懲役判決が下るのですが、最高裁がこれを破棄し、その後死刑判決が確定。さらに、2019年11月7日に福田孝行の再審請求が退けられたことで、死刑が最終的に確定しています。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第4位: 市川一家4人殺人事件
市川一家4人殺人事件は、1992年3月5日夕方から翌6日朝にかけて、千葉県市川市幸二丁目にあるマンションの一室で、無職・関光彦(19歳)が1か月前に強姦した高校1年生の少女(15歳)の両親・祖母・妹の一家4人を金銭目的で殺害した強盗殺人事件です。
関光彦は暴力団と女性関係を巡ってトラブルを起こし、200万円を要求されており、そのお金を工面するために、1か月前に路上でさらって強姦した少女の身分証に記載された住所を控えていたことから、その家族を襲うことを思い立ったと言います。
関光彦は、44歳となった2017年12月19日に死刑が執行されています。
平成の少年犯罪では初の死刑確定・執行事件となった、この市川一家4人殺人事件は、“10代の少年による底知れぬ残忍な犯行”として、日本社会を震撼させ、衝撃を与えるとともに、その重大性から少年法の在り方などに議論を呼んだ事件でもあります。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第3位: 名古屋アベック殺人事件
名古屋アベック殺人事件は、1988年2月23日の未明、愛知県名古屋市緑区の大高緑地において、不良少年グループがデート中のアベック(男性19歳・女性20歳)が乗る車を襲って拉致し、2人に長時間に渡る暴行を加えた挙げ句に殺害したリンチ殺人事件です。
主犯格の小島茂夫(19歳)らの少年グループは、男性を暴行の末に絞殺し、女性は輪姦した上で暴行を繰り返し、事件の発覚を恐れて絞殺した上で、2人の遺体を三重県の山林に埋めて遺棄しました。
逮捕された少年グループのうち、主犯格の小島茂夫には一審では死刑判決が下ったものの、その後、無期懲役が確定しています。そのせいもあってか小島茂夫に限っては、その後深く反省をしており、被害者遺族と文通を続けるなど、現在は刑務所でも模範囚となっているようです。
徳丸信久も小島茂夫同様に死刑が求刑されたものの、少年という理由から一審から無期懲役となりました。徳丸信久は被害者家族との調停の場にも現れず、賠償金の支払いを逃げ続けているようです。
高志健一は事件当時メンバーで唯一の成人でしたが、2000年代の初頭には懲役13年の服役を終えて出所しているものの、出所直後に行方をくらまし、被害者の賠償から逃げ続けているようです。
近藤浩之も同様に懲役13年の服役を終えて2000年に出所しましたが、高志健一同様に賠償の支払いには全く応じておらず、現住所なども隠したまま、結婚して子供ももうけ、平穏な生活を送っているようです。
龍造寺リエは2000年頭に出所してからは3度の結婚を繰り返し、現在は雪丸リエになっていると言われています。被害者への賠償も初めの数回を支払っただけで、住所を変更し、行方をくらましているようです。
筒井良枝は、被害者に賠償の意志を示していたものの、出所後に支払われたのは母親を通じて分割払いされた一部のみです。そして、現在は無断で住所を変更し、姿をくらませている状態なのだとか。ただし、筒井良枝の両親は親権者としての支払い分は既に完済しているようです。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第2位: 女子高生コンクリート詰め殺人事件
女子高生コンクリート詰め殺人事件は、1988年11月25日の夕方、埼玉県三郷市内の路上で女子高生・古田順子さん(17歳)が、偶然出くわした不良少年グループに拉致されたことから始まりました。
その後、約40日に渡ってグループのたまり場だった東京都足立区綾瀬の加害者宅に監禁された古田順子さんは、強姦や暴行を繰り返し受け続けた末に殺害され、事件発覚を恐れた少年らにコンクリート詰めにされた上、東京都江東区内の埋立地に遺棄された殺人事件です。
事件当時全員が少年ということもあり、死刑は免れており、主犯格の宮野裕史は懲役20年の服役を終えて2008年に出所すると、すぐに養子縁組により苗字を変えましたが、それから3年半後の2013年1月に、振り込め詐欺で逮捕されています。
また、懲役5年以上10年以下の不定期刑の判決を受けたサブリーダーの小倉譲は、1999年に満期出所し、獄中で学んだパソコンスキルを活かしてIT関連の職に就きました。
しかし、すぐに前科がバレて会社を追われた小倉譲は、その後暴力団の構成員になると、再び監禁事件を起こして逮捕監禁致傷で罪で懲役4年の実刑判決を受け、2009年に2度目の出所をしています。
犯行現場となったグループのたまり場を提供していた湊伸治は、懲役5年以上9年以下の不定期刑に服して出所しましたが、2018年8月19日に埼玉県川口市において、ただ目が合ったと理由で、男性の首を刃渡り8cmのナイフで刺し、殺人未遂容疑で逮捕されています。
さらに渡邊恭史は、懲役5年以上7年以下の服役を経て1996年に出所するも、刑務所内でのいじめが原因となり、社会に出ることができず、現在引きこもりになっているようです。
少年犯罪 犯人のその後と現在 衝撃ランキング 第1位: 神戸連続児童殺傷事件
神戸連続児童殺傷事件は、1997年5月からの数ヶ月に渡って、兵庫県神戸市須磨区で発生した、当時14歳の中学3年生だった少年Aにより、2名の児童が殺害され、3名の児童が重傷を負った連続猟奇殺人事件です。
この事件が発覚したのは1997年5月27日の早朝のことでした。
神戸市須磨区の中学校正門にの上に、切断された男児の頭部が置かれており、耳まで裂かれたその口には「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る犯人の犯行声明文が咥えさせられていたのです。
当時、14歳という少年が起こした快楽目的の猟奇連続殺人事件に日本中が震撼し、その後も長く、日本の少年犯罪を代表する事件として語り継がれてきました。
神戸連続児童殺傷事件の犯人・少年Aは、2003年3月に少年院を退院し、とある団地の一室で法務省関係者と同居しながら、昼間は篤志家の一人が経営する工場で真面目に働き、退社後は保護司宅で面談を受けるという日々を送っていたと言います。
矯正教育が進み、順調に更生していたかのように見えた少年Aでしたが、32歳となった2015年6月11日、自身の生い立ちから事件の詳細、事件後から現在までを綴った自叙伝「絶歌」を出版し、被害者家族と社会の感情を逆なでするような行動を起こしています。
さらに、ネット上には「存在の耐えられない透明さ」というホームページを開設し、獄中で鍛え上げた体を誇示したり、自身が描いた奇妙なイラストなどを公開するなど、相変わらずの異常性を見せつけています。
なお、そのホームページは、その後運営により閉鎖されていますが、少年Aの手記「絶歌」はベストセラーとなりました。
ちなみに、少年Aが入院していた関東医療少年院の元院長は、後にテレビ番組に出演した際、「少年Aの矯正教育は失敗だった」と明言されています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
数ある少年犯罪の中でも、その犯行内容の残忍性や犯人のその後や現在が衝撃的だった25の事件を厳選し、ランキング形式でまとめてみました。
少年法に守られ、死刑を回避できた少年犯たちの多くは、たとえ刑期を終え服役したとしても、きちんと更生するケースは稀なようです。今一度、少年法を見直す時期が来ているのかも知れません。