2018年4月に松山刑務所の大井造船作業場から逃亡した平尾龍磨受刑者が話題です。
この記事では平尾龍磨受刑者の生い立ちや出身地、親などの家族、これまでの経歴、結婚歴、イケメンやいい人との声、同じく逃亡犯である樋田淳也との比較、判決や出所予定、現在についてまとめました。
この記事の目次
平尾龍磨は松山刑務所から23日間脱走し話題になった受刑者
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平尾龍磨(ひらお・たつま)受刑者(当時27歳)は、2018年4月8日に松山刑務所の開放型矯正施設「大井造船作業場」(通称・塀のない刑務所)から脱走し、4月30日に確保されるまで23日間にわたって逃走し続けた事で話題になった男です。
平尾龍磨の松山刑務所大井造船作業場脱走事件の経緯
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平尾龍磨受刑者は、約120件の窃盗罪と建造物侵入罪で懲役5年6ヶ月の判決を受け、2015年6月に愛媛県の松山刑務所に収容され服役していましたが、2017年12月に精神状態の安定などの基準を満たしていたため、居室に鉄格子がなく施錠もされない開放的収容施設である愛媛県今治市大西町の「大井造船作業場」に移されていました。
平尾龍磨受刑者は2018年4月8日の夕食の時間後の18時5分、同作業場の寮舎1階の窓を破って脱走。近くの民家から自転車を盗み、19時頃には別の民家に侵入して金品と車を盗みました。
そして、平尾龍磨受刑者は、瀬戸内海上を離島伝いに走る自動車専用道路「しまなみ海道」を北上して広島県尾道市の向島へと渡り、そこで自動車を乗り捨てて潜伏を始めました。
翌9日には愛媛県警が平尾龍磨受刑者を全国指名手配して脱走事件発生を発表。向島内のドラッグストアでは、牛乳やスナック菓子などを購入する平尾龍磨受刑者の姿が確認されています。
この間、平尾龍磨受刑者は、窓が施錠されていなかった島内のある別荘に侵入し、その屋根裏に盗んだ布団やテレビ、トースターなどを持ち込んで拠点にし、別荘内に残されていた食料などを食べながら約2週間にわたって潜伏していました。
愛媛県警は延べ1万5000人の人員を投入し、地元消防団なども加わって大規模な捜索を展開しましたが平尾龍磨受刑者は見つかりませんでした。
包囲網が迫っている事を悟った平尾龍磨受刑者は、24日の夜、着替えをポリ袋に入れて身体に巻き付けて下着姿で海に飛び込み、尾道水道約200mを1時間かけて泳ぎ切って本州へと渡りました。
平尾龍磨受刑者は広島県尾道市街に入り、ある居住者のいる住宅に侵入。住民に気づかれないまま大胆にも屋根裏に入り込み、炊飯器まで持ち込んで潜伏していました。
5日後の29日、平尾龍磨受刑者は尾道市内でバイクを盗んで広島県竹原市へと移動。JR安芸長浜駅から電車で広島駅へと移動し、広島市南区内のネットカフェに入って数時間滞在しシャワーも利用しています。
しかし、ネットカフェ店員が30日正午前に「似た人がいる」と110番通報し警察官が駆け付けました。平尾龍磨受刑者は警察の接近を察知し、路地を猛ダッシュで逃走。近くの小学校の塀を乗り越えようとしたところを警察官に追い付かれその場で取り押さえられて確保されました。
平尾龍磨の生い立ちや家族① 父親はトヨタ関連勤務も母親不仲で離婚
平尾龍磨受刑者の生い立ちや家族など育った環境についても関心が高まりました。
「週刊新潮」、「女性セブン」など週刊誌系メディアによると、平尾龍磨受刑者は福岡県の生まれで、両親と1歳上の兄と6歳下の妹がいる3人きょうだいの次男として育ったという事です。
父親はトヨタ関連の工場に勤務していたものの、裕福な家庭というわけではなく、市営住宅で家族で暮らしていたという事です。
また両親の仲が悪く、平尾龍磨受刑者が小学校高学年の頃に離婚しているという情報も明かされています。
「龍磨は3人きょうだいの次男で下に妹がいます。代々市営住宅に住み、お父さんはトヨタの工場関係の仕事をしていますが、夫婦仲が悪く、彼が小学生の時に母親は妹を連れて出て行ってしまい、後に離婚。
平尾受刑者は福岡県の出身。1才年上の兄と、6才年下の妹の3人きょうだいの真ん中だった。「父親は自動車関連の工場に勤めていましたが、あまり裕福な家庭というわけではありませんでした。このあたりはかつて炭鉱町として栄えた地域で、平尾さん一家は閉山で仕事を失った人のために融通された住宅に住んでいました。
子供時代の平尾龍磨受刑者については、歳の離れた妹を可愛がっていた事や、運動神経が良く足がとても速かった事なども当時を知る実家近隣住民からの証言が出ています。
妹思いで、年の離れた幼い妹さんをすごくかわいがっていました。よくお兄ちゃんと一緒に家の周りで遊んでいたけど、運動神経が抜群で、お兄ちゃんより足が速かった。鬼ごっこではいつも最後まで捕まらない子でした
平尾龍磨の生い立ちや家族② 両親の離婚後に非行に走る
平尾龍磨の生い立ちや家族については、両親が離婚した後に非行に走ったとの関係者証言を複数のメディアが報じています。
ただ、両親が離婚した後については、父親に男手ひとつで育てられたという証言と、兄弟と母親に引き取られて母子家庭で育ったという異なる証言があるようです。
以後は父親に男手ひとつで育てられましたが、近所では“ワル”として知られた存在でした」
母親に引き取られたという証言の方がより具体的で、母親が厳しいタイプだったためその反発から非行に走ったという内容です。
当時の平尾龍磨は、万引きや自転車泥棒などを繰り返し「ルパン」というあだ名で呼ばれ、高校時代には車も盗んだという噂もあったという事です。
大きな変化が起きたのは、小学校高学年の頃。両親が離婚し、母親ときょうだいとの暮らしになった。
「お母さんは結構厳しいタイプの人だったんですが、それをうっとうしいと思ってしまったようです。それから、悪い話を聞くようになりました。スーパーで万引して捕まったとか、自転車泥棒をして警察から逃げ回り大捕り物になったとか。たばことかお菓子とか、盗んだものをいつも周囲に自慢していて、ついたあだ名は『ルパン』。高校に上がってから、車を盗んだという噂を聞いたこともあります」(前出・知人)
母親に引き取られたという証言の方がより具体的なので、こちらの情報の方が若干信ぴょう性が高いように感じられます。
平尾龍磨の出身は福岡県宮若市
平尾龍磨受刑者の出身地は福岡県宮若市で、実家は2018年の時点で同市内にあったと報じられています。
平尾は、福岡県生まれ。実家は同県の宮若市にある。
平尾龍磨受刑者の実家は現在も福岡県宮若市にあり、両親はそこに住んでいる可能性が高いと見られています。
平尾龍磨の経歴
平尾龍磨受刑者の経歴については詳しい事は明らかにされていません。
ただ、中学生時代から盗み癖があり、高校になってからは自動車を盗んだという噂が流れるほど素行が荒れていたようなので、大学進学や就職などの経歴はない可能性が高いと見られています。
高校後の平尾龍磨受刑者の経歴で明らかになっているのは、22歳だった2013年7月に福岡県の理容店に閉店後に侵入し金品を盗んで逮捕されているという事のみです。
この時には、高校の同級生だという太田一樹という男と共犯で逮捕されています。また、この当時の報道では、平尾龍磨受刑者の本名が韓国名らしき名前で報じられていたという情報もあります。そのため、平尾龍磨受刑者の生い立ちについて在日コリアンではないかという噂も浮上しています。ただし、これについては、韓国名で記されていたという報道の大元が確認できず真偽不明です。
いずれにしても、平尾龍磨受刑者はこの2013年の逮捕をきっかけに、合計121件もの窃盗などの余罪が発覚し、この時に1度は執行猶予の判決が出たものの、その後に再び窃盗罪で逮捕され、懲役5年6ヶ月の実刑判決を受けて2015年6月から松山刑務所で服役する事になりました。
その後については、すでに触れているように2017年12月に開放型矯正施設「大井造船作業場」へと移されました。
平尾龍磨受刑者は当初は大井造船作業場での待遇に満足しており、受刑者で構成される自治会の委員にもなっています。しかし、一般作業者用のヘルメットや作業着を着用したり、他の受刑者の座布団を使用したりなどの規律違反がバレた事で自治委員を解任され、それをきっかけに刑務官や他の受刑者から厳しい叱責を受けるようになりました。
それに嫌気が刺した平尾龍磨受刑者は、大井造船作業場に移されてからわずか4ヶ月後の2018年4月8日に脱走し、23日間にわたる逃走劇を繰り広げる事になったのでした。
平尾龍磨の結婚
平尾龍磨受刑者は2013年に逮捕された当時に結婚をしていたという情報は出ていません。
その後、平尾龍磨受刑者は再び窃盗罪で逮捕されて実刑判決を受け、2015年から松山刑務所に服役。2018年に脱走するも再び確保され、2023年9月の現在も出所はしていないと見られます。
したがって、平尾龍磨受刑者は現在も結婚はしていない可能性が高いと見られます。
一部、すでに平尾龍磨受刑者が出所しており、結婚して真面目に働いているといった情報が書かれているウェブサイトが見られますが、平尾龍磨受刑者の出所は2024年初め頃の可能性が高いです。平尾龍磨受刑者は現在もまだ出所はしておらず刑務所に収容されていると思われます。
平尾龍磨がイケメンという声も
平尾龍磨受刑者がイケメンだという声もネット上で見られます。
平尾龍磨イケメンやな(  ̄▽ ̄)
— Eldorado (翔太) (@eldorado9400) May 2, 2018
わりと普通にタイプなんだが←
平尾容疑者、脱獄ダイエットでイケメンになってる件wwww#脱獄 #平尾容疑者 #平尾龍磨 pic.twitter.com/XvuuNwDz21
— フ ラ リ (@jbfurari) May 2, 2018
平尾龍磨容疑者、窃盗の罪で広島県で確保され逮捕されましたけど、見た目はそれほど悪人には見えないんですよね…
— Atsushi (@nakabana_a_1002) December 25, 2018
むしろイケメン…#平尾龍磨 pic.twitter.com/2W8OrjO66s
シンプルに平尾龍磨イケメン
— Yoshiki (@but_ytough) April 30, 2018
なお、女性からよりも、男性からのイケメンという声が多いようです。男性からのイケメンという声が多い事から、平尾龍磨受刑者は刑務所内でモテており、それが本当の脱走の理由だったのではないかと勘繰るような声も見られます。
平尾龍磨に「いい人」という印象を抱いたといった声も
平尾龍磨受刑者に対してはそこまで悪い人に見えない、本当はいい人なのではないかといった声も多く見られます。
平尾龍磨受刑者がいい人では?と言われる大きな原因となっているのが、逃亡中に民家に侵入した際に住民宛に「車をお借りします。一切傷つけません」という意味合いのメモを残していたとするエピソードです。
平尾受刑者は盗んだ車で愛媛県今治市から広島県尾道市・向島に移動、車は駐車場に乗り捨てた。
盗難車が発見された現場から約1キロ、2軒の住宅で財布の現金が抜き取られ、両家の車の鍵がなくなっていた。そのうちの1つの鍵は住宅周辺で発見され、「車をお借りします。一切傷つけません」といった意味の手書きメモも見つかった。
また、あるジャーナリストに対しても、平尾龍磨受刑者はいい人感溢れる手紙を出していた事が明らかにされています。
〈前略 ご返事を差し上げるのが遅れて申し訳ございません〉
〈ボールペンで手紙を差し上げるのが礼儀だと思いますが、なぜか書いている途中でインクが途切れたりして失礼な文字になってしまうので、シャーペンで書いています。お許し下さい〉
こうした事から平尾龍磨受刑者は実はいい人という声が多く出ていますが、本当にいい人は121件(プラス脱走中にも複数)も窃盗はしません。本当にいい人というのは、他人に嫌な思いをさせたくないと考えられる人なので、決して自分の欲望のために人のものを盗んだりはしません。したがって平尾龍磨受刑者はいい人ではないです。
上のエピソードについては、平尾龍磨受刑者はいい人のふりをしているだけでしょう。
平尾龍磨と樋田淳也脱走犯を比較する声も
平尾龍磨受刑者の脱走事件から4ヶ月後の2018年8月、今度は大阪府警の富田林署から、勾留中だった樋田淳也容疑者が逃走する事件が発生しました。
相次いだ受刑者と容疑者の脱走という警察の不祥事が大きく報じられましたが、世間では平尾龍磨受刑者と樋田淳也容疑者を比較する話題も盛り上がりました。
よくネット上で話題になっていたのが、逃走者として平尾龍磨受刑者と樋田淳也容疑者のどちらが優秀かというものです。
まず、樋田淳也容疑者は、約1ヶ月半にわたって逃走を続けており、逃走期間だけでいえば平尾龍磨受刑者よりも長く逃亡しました。
樋田淳也容疑者は自転車を盗むと、日本一周を目指しているサイクリストを装い、堂々と愛媛県庁の自転車新文化推進課を訪れて「日本一周中」などと書かれた看板を作成してもらっています。
さらに樋田淳也容疑者は、四国ではお遍路のふりをしてお寺に宿泊させてもらったり、観光地で親しげに見知らぬ観光客や現地の人に声をかけて交流し、言葉巧みに協力を得て逃走を続けました。
こうした点から、逃走自体のスマートさクレーバーさでは樋田淳也容疑者の方が優秀なのではないかという声が上がっています。
一方、平尾龍磨受刑者は、盗んだ車でしまなみ海道を走り抜けたにも関わらず検問に気がつくと路肩を逆走してそれを回避し、捜索が本格化するや別荘や住宅の屋根裏に家電まで持ち込んで潜伏した上、隙をつき命懸けで海を泳ぎわたるという方法で警察の包囲網を突破するなどしている事から、豪胆さでは平尾龍磨受刑者の方に軍配が上がるという声が多いようです。
平尾龍磨の判決は懲役4年
平尾龍磨受刑者は23日間の逃走劇の末、2018年4月30日に身柄を拘束されました。
その後、平尾龍磨受刑者は、単純逃走と窃盗罪の罪で裁判にかけられ、2018年9月28日に懲役4年の判決が松山地裁で下されました。平尾龍磨受刑者は控訴はせず、この判決が確定しています。
身柄を確保された平尾受刑者は、単純逃走と窃盗罪に問われ、9月28日に松山地裁で下された判決は懲役4年。控訴はせず、関西地方の刑務所で服役している。
なお、この懲役4年という判決から、2022年に平尾龍磨受刑者が出所したと勘違いをしているウェブサイトが多く見られますが、元々平尾龍磨受刑者は以前の5年半の判決の刑期を終える前に脱走をしており、こちらで残っている刑期に新たに懲役4年が加算される形なので、2022年に出所という事にはなりません。
平尾龍磨の出所予定日は2024年初め頃で現在も刑務所
平尾龍磨受刑者の出所予定は2024年初め頃だと推測されます。
まず、平尾龍磨受刑者は2018年4月に松山刑務所の「大井造船作業場」を脱走した時点で、「平成32年1月に出所する予定だった」という事です。(平成32年=令和2年で2020年)
松山刑務所によると、平尾容疑者は平成27年6月に同刑務所に収容後、精神状態が安定しているといった基準を満たし昨年12月、開放的施設の作業場へ入った。32年1月に刑期を終える予定だった。
つまり、2018年4月の脱走の時点で、平尾龍磨受刑者の残りの刑期は約1年8ヶ月だったという事になります。ただ、この脱走の時点から見て半年後の仮出所が決まっていたとの情報も出ています。
ただ、今回の脱走により、この仮出所の予定は関係なくなったと見て間違いありません。
そのため、残っていた1年8ヶ月の刑期に脱走(単純逃走)と逃走中の窃盗の罪での懲役4年の判決が加算される事になります。
こうした点から推測して、仮に未決期間などが考慮されたとしても、平尾龍磨受刑者の出所予定は早くても2024年初め頃になると考えられます。
以上から、現在も平尾龍磨受刑者は関西地方の刑務所に服役している可能性が高いと見られています。
まとめ
今回は、2018年4月に松山刑務所の開放型矯正施設「大井造船作業場」から逃走し、23日間にわたって逃亡を続けて話題になった平尾龍磨受刑者についてまとめてみました。
平尾龍磨受刑者は、自動車を盗んでしまなみ海道を走り抜け、検問を避けて広島県尾道市の向島に潜伏。同島の別荘に侵入して屋根裏に潜伏した後、包囲網を潜り抜けるために夜に海を泳ぎわたり本州へと辿り着き、それから数日後に広島市内でようやく身柄を拘束されました。
平尾龍磨受刑者の生い立ちについては、福岡県宮若市の出身で家族は両親と1歳上の兄と6歳下の妹、両親が離婚した後に非行に走り、中学生の頃から窃盗を繰り返して「ルパン」などのあだ名で呼ばれていたようです。
その後の経歴についてはほとんど情報がありませんが、2013年に窃盗で逮捕されており、この時に121件もの窃盗の余罪が発覚。その後、懲役5年6ヶ月の実刑判決を受けて2015年6月から松山刑務所に服役していました。なお、平尾龍磨受刑者は結婚はしておらず独身です。
平尾龍磨受刑者については、イケメンといった声やいい人といった声も出ています。イケメンかどうかはそれぞれの主観によるのでどうでもいいですが、わかっているだけでも121件も窃盗罪を自分の欲望を満たすためだけに犯した人間がいい人であるわけがありません。
また、同じく2018年に警察署から逃走し、約1ヶ月半逃亡した樋田淳也容疑者と比較する話題もネットで盛り上がりました。
平尾龍磨受刑者は、現在も出所はしていない可能性が高いです。平尾龍磨受刑者の出所予定は早くとも2024年初め頃だと推測されます。