中島薫さんはアムウェイで大成功した人物として知られていますが、脳梗塞で倒れて車椅子生活という噂もあります。
今回は中島薫さんのプロフィールや経歴、なぜ成功したのか3つの理由、結婚歴や自宅、病気説や現在の様子をまとめました。
この記事の目次
中島薫はアムウェイのダブルクラウンアンバサダー
中島薫のプロフィール
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中島 薫(なかじま かおる)
生年月日: 1952年生まれ
出身地: 島根県
中島薫さんは、アムウェイの最高ランク「ダブルクラウンアンバサダー」(DCA DDと略されることが多い)と呼ばれる肩書きを持つ人物で、年収は10億円とも言われています。
ビジネスや遊びのために世界中を飛び回り、一流のスポーツ選手やアーティストなど広い交友関係があるようです。
ポジティブなライフスタイル哲学を持ち、著書も多数出版するなど幅広い活動を行っています。
中島薫が有名になったアムウェイとは① アメリカ発の企業
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中島薫さんが成功を収めたアムウェイについて、ニュースなどで名前を聞いたことがあっても具体的にどんな会社なのかご存知ない方もいるかもしれません。
ここでは、アムウェイの歴史について振り返ってみましょう。
アメリカ発のネットワークビジネス
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アムウェイは、「American Way Association」という名前で設立されたアメリカ発の企業で、現状は「Amway」となっています。
アムウェイの生みの親は、アメリカ在住のリッチ・デヴォスとヴァン・アンデルの2人です。
始まりは1949年、創業者の2人が、サプリメントの訪問販売を展開するニュートリライト社とディストリビューター契約(代理店契約)を交わしたことにあります。
ニュートリライト社の直接訪問販売の手法からヒントを得て、売り上げの一部を会員に還元する新ビジネスモデルを構築し、5000人を集めることに成功。
そして1959年にアムウェイをミシガン州で立ち上げて以降、販売商品は日用品、化粧品など様々なものが追加されており、現在は世界100ヶ国以上でビジネスが展開されています。
中島薫が有名になったアムウェイとは② トラブル多発でも有名
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グローバル企業として有名なアムウェイですが、数々のトラブルが起こっている会社であることも事実です。
本社では、米連邦取引委員会をはじめとした調査機関が、アムウェイ社をネズミ講の疑いで何回も調査を行ってきました。
訴訟に発展したこともあり、アムウェイ社は和解のために累計数千万ドルを支払っているようです。
日本でも社会問題に
アムウェイが、日本に上陸したのは1977年のこと。「日本アムウェイ」の法人名で営業しています。
1990年代半ばにディストリビューター数(代理で販売を行う人数)を伸ばし、1996年には売上高が2121億9500万円を記録しました。
しかし、ディストリビューター数が増えた分、トラブルも多くなりました。1997年にアムウェイに対する国民消費者センターへの苦情件数が1000件超となり、社会問題に。
そのため、2000年に入った頃からディストリビューター数が減少し、売上高もピークの半分以下に急落しました。
勧誘手口が問題視されたことも
アムウェイのビジネスモデルは、会員が勧誘した別の会員に物を購入させ、さらにその会員が勧誘して商品を売る・・・ということを繰り返します。
子会員、孫会員と裾野を広げていき、全体の売り上げの一部をボーナスとして親会員が受け取れるという仕組みです。
会員はどのくらい勧誘し、売り上げが上がったかという数値に応じて肩書が上がっていき、受け取るボーナス金額も多くなっていきます。
ネットワークビジネス自体を禁止する法律はありませんが、強引な勧誘手法などが問題となり、2022年10月の週刊文春オンラインでは、50万円以上を失ったAさんの告白を掲載しています。
記事によると、かつての職場の同僚から「紹介したい人がいるから」と連絡があり、Aさんは同僚の自宅に呼び出されて、アムウェイの名前を出さずに鍋の紹介を受けたそうです。
その後も元同僚は会社名を出さずに、Aさんをセミナーに呼び出しています。このセミナーで登壇したスピーカーは、サプリメントを紹介してきたそう。
根負けする形で、サプリメントや鍋、IHコンロを9万円で購入。更に元同僚から「これでコロナとは無縁になる」と説得されて浄水器を10万円で購入。
当然のことながら、浄水器には新型コロナウイルスを除去する効果はありませんし、IHコンロはすぐに壊れてしまったといいます。
Aさんが「お金がないからもう買えない」と伝えると、「子供のための貯金を崩しても買っている人はいるんだよ」と圧力をかけてきたそうです。
かつてお世話になった人だから、と強く言えない状態が続き、結局50万円以上をアムウェイにつぎ込んでしまったといいます。
中島薫が有名になったアムウェイとは③ 2021年には初の逮捕者が出る
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2021年には、目的を告げずに勧誘したという理由で京都府職員2人が逮捕され、日本では初の検挙となったというニュースが報じられました。
この事件では、逮捕された京都府の職員がマッチングアプリで知り合った女性を食事に誘い、「このままだと肌がボロボロになる」と化粧品を勧め、女性が断っても執拗に勧誘しました。
恐怖を感じた女性が折れる形で購入してから、初めてアムウェイであることを明かしたという手口が「特定商取引違反」の容疑で逮捕の決め手になったのです。
中島薫の経歴
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中島薫さんがアムウェイと出会ったのは1982年のようですが、それまでどのような経歴の持ち主なのかが気になりますよね。
作曲家として
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中島薫さんは1952年、島根県に誕生しました。通っていた小学校と中学校は不明ですが、最終学歴は島根県立浜田商業高等学校卒業です。
高校を卒業した中島薫さんは、1976年にヤマハが主宰した「第7回世界音楽歌謡祭」に自身が作曲した「グッドバイ・モーニング」を出品し、グランプリを受賞。
これがきっかけで、作曲家として活動を開始し、上京しました。
なおこの楽曲は、近藤房之助さんと宇徳敬子さんのデュエット曲として1992年にリリースされ、フジテレビのドラマ「ウーマンドリーム」のエンディングテーマとして起用されています。
アムウェイとの出会い
中島薫さんは1982年にアムウェイと出会い、たった5年で当時のトップランクである「クラウンアンバサダー DD」の称号を手に入れました。
クラウンアンバサダー DDになると年収は1億円以上とのこと。
なお、この上のランクはファウンダース クラウン DD(FCA DD)、その上がダブルクラウンアンバサダー DD(DCA DD)の2つ。
この2つは中島薫さんのために作られた称号と言われています。
HDLを設立
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中島薫さんは、ダブルクラウンアンバサダー DDになった後、「ヘッケルドリーミーライン」という会社を設立しています。この会社は、HDLという略称で呼ばれることが多いようです。
この会社は、アムウェイのビジネスを展開するにあたり成功するための情報を発信しているサイトを運営しており、会員制になっているため一般人は見ることができません。
どうやら、ノウハウだけではなく、海外のセレブが出席するパーティーに参加した体験談なども掲載してあり、会員のモチベーションアップを狙ったコンテンツがあるようです。
成功本を出版
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中島薫さんはこれまで、成功体験をつづった本を何冊か出版しています。
『運に愛される人』は、運を理解して人生を良い方向へ持って行くためのシンプルな行動や習慣をまとめたもののようです。
その他には『超一流の人たちから学んだ』、『単純な成功法則』、『お金の哲学』、『始めるに遅すぎるなんてない』、『その答えはあなただけが知っている』などもあります。
どの本も内容としては自己啓発本で、AmazonなどのECサイトで購入することが可能です。
中島薫はなぜ成功したのか?理由は3つ
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日本でも強引な勧誘が大きな社会問題となったアムウェイですが、中島薫さんは日本では最速で、クラウンアンバサダーの称号を達成しました。
日本アムウェイの発表によると、2016年時点でディストリビューターの数は70万人。その中で毎月20万円以上稼げる成功者はわずか1.1%とのこと。
中島薫さんが1.1%の成功者になれた理由は3つあると見られています。
1つ目の理由は、作曲家として音楽業界にツテがあったため、幅広い人脈を持っていたから。
2つ目の理由は、ヒット曲を出した作曲家として社会的に成功しているという信頼感があったと思われます。「あの中島さんだから大丈夫」という安心感が自然と生まれたことでしょう。
3つ目の理由は、中島薫さんがアムウェイと出会った1982年は、日本ではまだマイナーであったものの、悪い評判が明るみになっていなかったという時代背景も大きいですよね。
1997年に日本アムウェイが大きく成長した頃からは、口コミで「なんだか怪しい」、「消費者センターに相談がたくさんある」というマイナスなイメージが定着してしまいました。
ましてや現在はネットが普及しているため、口コミは絶大な影響力があり、ひとたび悪い書き込みがあると一気に信頼度は地に堕ちます。
もちろん、中島薫さんが会員を増やすための努力を人一倍していたということもあるでしょうが、やはりタイミングが良かったという点は否定できないでしょう。
中島薫は結婚しているの?
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プライベート情報がほとんど公表されていない中島薫さんは、家族や結婚歴もやはり非公開でした。
2022年時点の年齢は70歳で、これだけ社会的に成功していますし、結婚していてもおかしくはありません。
ただ、仮に結婚していても中島薫さんは作曲家としても、アムウェイで稼いでいることでも有名なので、嫁の情報を明かすことのリスクを考えて公開していないのかもしれませんね。
中島薫の自宅はどこにあるの?
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中島薫さんの自宅の場所について調査しました。
年収は10億円超えと言われていますので、どんな豪邸に住んでいるのか気になりますよね。
世田谷区等々力説が有力
中島薫さんの自宅は、ダブルクラウンアンバサダー DDを達成した時に、アメリカのアムウェイから贈られた物件だといいます。
中島薫さんの自宅は森の中の邸宅で、かなりの広さがあることが公開されている写真や動画からうかがえます。
具体的な住所までは不明なのですが、世田谷区等々力渓谷が有力のようです。
世田谷区と言えば閑静な高級住宅街として知られており、さらに等々力渓谷というエリアは、23区で唯一の渓谷を持ち、都内とは思えない豊かな自然と触れ合える場所。
雑誌編集者の十河ひろ美さんは「世田谷は等々力渓谷なのです。マイナスイオンたっぷりの絶景テラスはまるで避暑地にいるような爽やかさ」と中島薫さんの自宅を訪れた際に語っています。
また、ツイッターでもそのようなコメントが挙がっています。
https://twitter.com/37breeze/status/914765818822582273?s=20&t=Vqf9VCQ-TCNTo82KFGy64A
庭にはプールもあり、仲間内で集まる時には有名な寿司職人を呼んでパーティーを開いているようです。
中島薫の現在:脳梗塞で車椅子という病気説と真相
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中島薫さんが車椅子生活を送っているという噂がまことしやかに囁かれていますが、本当なのでしょうか。
中島薫さんの病気説について真相を調査しました。
車椅子生活は本当だった
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中島薫さんが2019年に脳梗塞で倒れて以降、車椅子生活を送っていることは事実です。
ネットでは車椅子に乗っている画像が多数出ています。こういった画像は、中島薫さんの秘書や会員がアップしており、車椅子生活はオープンになっています。
また、アムウェイのミーティングに潜入したルポがネットに掲載された際、中島薫さんの目撃情報が寄せられたことも。
このルポによると、会場には100人以上が集まり、前座となるセッションでは、1時間以上にわたって中島薫さんへの感謝やリスペクトの言葉が続き、異様な雰囲気になっていたそうです。
ようやく、後半になって中島薫さんが車椅子で登壇。ルポの著者は「思ったよりギラギラしていなくて、普通のオジさんに見える」と感想が述べられていました。
これらのことから、中島薫さんは脳梗塞の影響を受けているものの、ビジネスを続ける上で車椅子生活はそれほど問題になっていないのかもしれませんね。
中島薫のまとめ
中島薫さんのこれまでの経歴、なぜアムウェイで成功したのか、結婚歴や自宅、脳梗塞を発症して車椅子生活という病気の噂や現在についてまとめました。
車椅子でイベントに登壇している中島薫さんの様子を、秘書がSNSで発信していたり、目撃情報があったりするため、現在も脳梗塞の後遺症で車椅子生活が続いているようです。
それでも、現在70歳の中島薫さんは日本だけではなく海外でも飛び回っていて、ビジネスも順調な様子。
悪い噂も多いアムウェイですが、中島薫さんには人を不幸にする商売には加担せず、これからも幸せを感じられる商品を販売をしてほしいものですね。