「京アニ」放火事件を起こし、何の罪もない36人もの人間を殺害した凶悪犯・青葉真司の事件を起こすまでの生い立ちに注目が集まっています。
今回は青葉真司の生い立ちについて詳細に紹介し、実家の親や兄弟など家族、一時は重篤な状態になったという青葉真司のやけどや判決が出た現在についてまとめました。
この記事の目次
- 青葉真司は京アニ放火事件の犯人
- 青葉真司のプロフィール
- 青葉真司の京アニ放火犯行の動機とは
- 青葉真司の生い立ち① 幼少期〜小学校時代
- 青葉真司の生い立ち② 中学校時代
- 青葉真司の生い立ち③ 定時制高校時代
- 青葉真司の生い立ち④ 埼玉県庁の非常勤職員〜郵便局で勤務
- 青葉真司の生い立ち⑤ 下着泥棒やコンビニ強盗で逮捕歴
- 青葉真司の生い立ち⑥ 刑務所内で「危ないヤツ」認定を受ける
- 青葉真司の生い立ち⑦ 出所後も頻繁に隣人トラブルを起こす
- 青葉真司の実家の両親や兄弟について
- 青葉真司の現在① やけど治療に税金が投入されている事に物議
- 青葉真司の現在② 逮捕と警察による事情聴取が行われる
- 青葉真司の現在③ 裁判が始まる
- 青葉真司の現在④ 一審で死刑判決が言い渡される
- まとめ
青葉真司は京アニ放火事件の犯人
青葉真司は、2019年7月18日に発生した「京都アニメーション放火殺人事件」の犯人です。
当時41歳の無職・青葉真司は、その日の午前10時頃、京都府京都市伏見区に所在するアニメ制作会社「京都アニメーション」の第1スタジオに侵入し、建物や従業員にガソリンを撒きライターの火で引火させ、爆燃現象を引き起こしました。
スタジオは全焼し、現場にいた従業員70人の内、69人が被害に遭い、その内36人が死亡、33人が重軽傷を負う大惨事となります。青葉真司は通報を受け駆けつけた警察官によって犯行直後に現行犯逮捕されています。
青葉真司本人も犯行時に大火傷を負っており、一時は重体に陥り命の危険もありましたが、先端医療によって皮膚移植を受け回復しています。
青葉真司のプロフィール
青葉真司は事件後の報道やテレビのワイドショー番組で公開された小学校の卒業文集の内容などからある程度正確なプロフィールが判明しています。
・本名 :青葉真司(あおばしんじ)
・生年月日 :1978年5月16日
・犯行時年齢:41歳(2019年7月時点)
・出身地 :埼玉県
・犯行時住所:埼玉県さいたま市見沼区
・血液型 :A型
・職業 :無職
・推定身長 :約180cm
・趣味 :テレビゲーム、鉄道(鉄オタ・撮り鉄)
青葉真司の京アニ放火犯行の動機とは
出典:https://www.news-postseven.com
まず最初に、青葉真司が京都アニメーションに放火した動機について見ていきます。
青葉真司は、ガソリンを撒く際に「死ね」などと発言していた事が明らかになっています。さらに、犯行後に警官に取り押さえられた際には「パクりやがって!」「小説を盗まれたからやった!」などと叫んだ事などが報じられています。
青葉真司は京アニ主催の賞に小説を応募していた
青葉真司が放火した「京都アニメーション」は「涼宮ハルヒの憂鬱」「けいおん!」など、数々の名作アニメを制作し、世界中のアニメファンから「京アニ」の愛称で親しまれるヒットメーカーです。
京都アニメーションは一般から小説やシナリオ、漫画などを公募する「京都アニメーション大賞」を主催しておりアニメのシナリオライターの登竜門として人気を集めています。そして、青葉真司は過去にこの賞に自身の書いたオリジナル小説を応募していた事が判明しているのです。
青葉真司は妄想で京アニに恨みを持っていた?
京都アニメーションによれば、青葉真司と見られる作品の応募は確かにあったものの、応募の形式要項を満たしていないなどの問題があったために1次審査の段階で落選させており、その内容についても「(京アニの作品との)類似点は無いと確信」とアナウンスしています。
以上のことから考えると、青葉真司が京アニ第1スタジオへの放火に及んだ動機は「小説を盗まれたと妄想し恨みを持った」ためということになります。
青葉真司とみられる人物による匿名掲示板への書き込みも
小説を盗まれたと妄想したのが動機という説を裏付ける情報として、京アニ放火事件発生の数ヶ月前に、インターネット匿名掲示板に大量に投稿された何者かによる書き込みが注目されています。
問題の書き込みは2018年9月から11月にかけて連続で大量に投稿されています。その投稿は京都アニメーションへの深い恨みを思わせる内容が中心でした。その一部を引用して紹介します。
ぶっちゃけ、「京アニに裏切られた」なんていうのもあの時、もっと細かく気にして「これはなんかあるぞ」と予測しとけば、わざわざ、「爆発物もって京アニ突っ込む」とか「無差別テロ」とか「裏切られた」など感じる必要もないわけでそこに注ぐ膨大な精神エネルギーを消耗する必要性がなくなる
この書き込みは、2018年11月19日に投稿された書き込みです。事件発生の数ヶ月前であり、青葉真司が書き込んだのではないか?と言われています。
この書き込みの前後にも同一人物による大量の書き込みが連投されていますが、その内容は支離滅裂で、文脈の意味を理解する事自体が困難です。
仮にこの一連の書き込みが青葉真司によるものだとすれば、やはり、青葉真司は何らかの被害妄想に取り憑かれており、それが次第に京アニへの深い恨みへと変化して凶行に走った可能性が高いといえます。
青葉真司の生い立ち① 幼少期〜小学校時代
犯行時に「小説をパクられた」といった内容を叫んでいた事や、発見された青葉真司が投稿したと疑われるネットの匿名掲示板への書き込みなどから、青葉真司が被害妄想によって京アニ放火という凶行に及んだという見方が強まりました。
こうした経緯から、青葉真司の精神面の異常性も取り沙汰されており、この男がどのような背景を持ち犯行に至ったのか、その生い立ちにも注目が集まっています。ここからは、青葉真司の生い立ちについて、これまでに判明している内容をまとめます。
出典:https://www.news-postseven.com
青葉真司は1978年5月16日生まれで、兄と妹がいる3人兄弟で育ちました。小学校低学年の頃に両親が離婚し、青葉真司は兄妹と共にタクシー運転手の父に引き取られて育てられました。
青葉真司は、小学生時代は兄と共に柔道クラブに通うなど快活で明るい一面もあり、将来は大金持ちになりたいと周囲に言ったりもしていたという事でした。ただ、その頃から性格は大人し目で、友達は少なかったそうです。
小学校時代の同級生は、当時の青葉真司の印象について以下のようにコメントしています。
青葉の家に遊びに行き、彼が好きだという『ガンダム』のアニメを見ました。漫画の話もしたし、2才年上のお兄さん、妹も一緒に公園でサッカーや野球をしました。お父さんの姿を見たことはないですね。あと、青葉からお母さんの話を聞いたこともなかった。それ以外は、“普通の子”という印象でした
これを見る限り、小学校時代の青葉真司は兄妹とも仲のよいごく普通の少年だったように見えます。
出典:https://www.news-postseven.com
また、小学校6年生の頃には、既に身長が170cm近くあったという事でかなり大柄です。当時の写真などもメディアによって公開されていますが、明るい表情で堂々としており、暗いという印象は全く受けません。
一方、小学校低学年の頃に仲が良かったという元同級生の男性は、当時の青葉真司の印象について以下のように語っています。
何を考えているか分からない、クラスでも浮いた存在の奴でした。同級生と並ぶと頭ひとつほど背が高く、体格も良かった。当時流行っていた『北斗の拳』のラオウと青葉の“ば”をかけて“バオウ”というあだ名で呼ばれていましたね
この同級生は青葉真司を「何を考えているか分からない」「クラスで浮いていた」と評しています。体格が大きかった印象は強いようで、当時の「バオウ」という青葉真司のあだ名についてもはっきり覚えているようです。
さらに、この同級生は青葉真司に万引きに誘われた事をよく覚えているそうです。当時の青葉真司の家庭は貧困し、いつも同じような服装をしていたといい、家はまるでゴミ屋敷のようだったと言います。極貧で菓子を買う金もなかった青葉真司は、スーパーやコンビニから日常的にお菓子を万引きしていたのだそうです。
青葉真司の生い立ち② 中学校時代
小学校までは、極貧に喘ぎながらも快活で明るい表情も見せていた青葉真司ですが、中学生になると周囲の語る印象がかなり暗いものに変わっています。
当初、青葉真司は小学校から同じ地区の中学校へと進学しています。中学校では柔道部に所属し、2歳年上の兄が柔道部の部長だった事から同級生に対してかなり威張っており、組手をすると反則技で金的を蹴り上げるような事をしてくるため、誰も青葉真司と組手をやりたがらなかったと言います。
しかし、青葉真司が中学2年の頃、父親が家賃を滞納してアパートを追い出されたために引っ越しを余儀なくされます。この引っ越しは夜逃げ同然だったようで、元いた学校の担任教師がクラスメイトに「青葉を知らないか?」と聞くほどだったようです。
担任の先生がホームルームで“おい、青葉を知らないか?”と生徒たちに聞いたんです。みんなキョトンとしていましたよ。学校にも知らせず、突然いなくなったという感じです。仲の良い友だちもおらず、結局、どこへ転校したのかも分からずじまいだった
この突然の転校を契機にして青葉真司の性格にも変化が起きたと見られています。この頃に青葉真司は学校でいじめに遭うようになり、自宅に引きこもりがちになったという情報もあります。
青葉真司の転校後の中学生時代の同級生の1人は、京アニ放火事件の報道を見るまで青葉真司の存在を完全に忘れていたといい、卒業アルバムの集合写真でも1人だけ別の枠で写っていた事から、学校にも来ていなかったのだと思うとコメントしています。
その他の当時の関係者も「印象にない」「あまり覚えていない」と口を揃えており、転校した後の中学での青葉真司は、ほとんど周囲の印象に残らない少年だったようです。
青葉真司の生い立ち③ 定時制高校時代
青葉真司は中学を卒業後の1994年、埼玉県内の高校・県立浦和高校の夜間部(定時制)へと進学しました。青葉真司と定時制高校でクラスメイトだったという男性が、当時の青葉真司の印象を語っています。
青葉容疑者のことはよく覚えてます。定時制では珍しく、彼は中学卒業後にすぐに入学してきて、いつも一番前の席に座って授業を受ける真面目なタイプ。服装はGパンにTシャツ、お洒落とは無縁という感じですね。彼は身体がデカいから『前が見えねえぞ』って、よく後ろにいる僕らヤンチャなクラスメイトにイジられていた
この男性のよれば、青葉真司は定時制高校には真面目に通って授業を受けていたようです。地味ながらもクラスメイトにいじられるなど、関係は良好だったようです。
また、昼間の時間はポスティングの仕事をし、学校の部活も掛け持ちして活動していたようで、再び活発な性格へと戻っていた印象を受けます。
野球やサッカーも一緒にやりました。彼は運動オンチなんだけど、力は強い。サッカーをやると、トーキックで蹴っちゃうタイプ。話は通じるし、変なヤツという印象はなかったですね。
この同級生の男性は「話は通じるし変な奴という印象ない」と語るなど、青葉真司に悪い印象を持っていません。
また、この男性は、当時の青葉真司が鉄道マニア、今でいう撮り鉄だった事なども証言しており、青葉真司が仲間らと鉄道を見に行き「あそこからだと、いい角度で撮れるんです」と嬉しそうに話していた事などを明かしています。
男性は青葉真司を次のようにも評していることなどから、定時制高校時代の青葉真司が、それなりに楽しく過ごしていた様子が浮かび上がってきます。
ヤンキーにはイジられながらも真面目グループでは中心にいる。クラスでいいポジションにいたと思います。
高校の卒業式でヤンキーへの憧れを示す
青葉真司が通っていたのは定時制高校だった事もあり、やんちゃなクラスメイトも大勢いたようです。青葉真司はヤンキーな生徒にもイジられるなど、それなりに好かれていたようで、帰りにバイクに乗せてあげようか?と誘われる事もあったようです。
また、高校2年生の時にヤンキーグループの同級生がお腹に刺青を入れてくると、それを見た青葉真司が「かっこいいですね」と憧れの眼差しを向けていたという証言があります。
京アニで放火する犯行をした時、青葉真司の腹に刺青が入っていたという報道がありましたが、それは定時制高校時代の同級生に影響を受けて入れたのではないかとも言われています。
高校の卒業式では、ヤンキーグループの生徒に近づいて「皆さんに憧れていました」と話しかけたという事で、高校時代の青葉真司はヤンキーへの憧れを持っていたようです。
青葉真司の生い立ち④ 埼玉県庁の非常勤職員〜郵便局で勤務
青葉真司はまだ高校在学中だった1995年から1998年まで、埼玉県庁文書課で非常勤の嘱託職員として勤務しています。当時同僚だった40代の男性によれば、青葉真司は「各部署に書類を配る仕事をしていた」そうで、同年代の同僚とも仲良くしていたといいます。
埼玉県庁の非常勤職員を退職した後は、詳細な時系列などは不明ですが、人材派遣会社に登録したり、コンビニを数件勤務したりして職を転々としていたようです。
その後、青葉真司は2008年末頃に茨城県常総市の集合住宅に入居、2009年からは茨城県内の郵便局で勤務していたようですが、この頃から周囲の人間とのトラブルが多数報告されるようになります。
この集合住宅の管理人によれば、当時の青葉真司は、家賃の滞納、周辺住人からの騒音クレームが絶えず、部屋内の壁や窓ガラスは破壊され、冷蔵庫からは何かの液体が溶け出して床に水たまりが出来ていたという事です。
青葉真司は、この時期を境にして、かなり極端に様子がおかしくなった印象を受けるのですが、どうやらこれは青葉真司が21歳だった1999年に青葉真司の父親が自殺している事が関係しているようです。
青葉真司の生い立ち⑤ 下着泥棒やコンビニ強盗で逮捕歴
青葉真司が21歳の時、父親が自殺によって亡くなっています。この出来事を境にして、青葉真司は周囲の人間との関係を遮断する生活を送るようになったと言われています。
下着泥棒で逮捕される
2006年、青葉真司は下着泥棒の嫌疑をかけられ警察に逮捕されています。
当時、青葉真司は埼玉県春日部市のアパートで一人暮らしをしていましたが、その時の大家の証言によれば、ある日の朝方、突然警察が訪れ「下着泥棒の捜査でご協力を」と求めらたそうです。
大家が促されるままに部屋を教えて鍵を開けると、警察官は青葉真司の部屋に踏み込みました。青葉真司はコンビニの夜勤明けで部屋で寝ていましたが、警察に叩き起こされ、そのまま警察署に連行されて行ったという事でした。
この時は起訴はされたようですが、執行猶予判決を受けてすぐに社会復帰したようです。青葉真司は、この時に住んでいたアパートの家賃を滞納しており、その家賃はずっと離れて暮らしていた母親が立て替えて支払っています。
コンビニ強盗で実刑判決を受ける
その後、青葉真司は再び故郷近くに戻ったようです。なんらかの行政支援を受けていたようで、ハローワークから紹介された仕事をするという条件でそのアパートに入居していたそうです。
しかし、そのアパートの管理人によれば、青葉真司は大音量でゲーム音楽をかけたり、夜中に1時間近くも目覚まし時計を鳴らし続けたり、部屋の壁を叩いて意味不明な事を叫んだりし、周辺住人との騒音トラブルが絶えなかったといいます。
このアパートで暮らしていた2012年6月、青葉真司はコンビニ強盗を起こし、2回目の逮捕をされています。
2012年6月20日未明、当時34歳だった青葉容疑者は茨城県内のコンビニエンスストアに包丁を持って押し入り、男性店員から現金を奪って逃げた。その後同日11時頃に警察署に自首したため、強盗と銃刀法違反で逮捕されました。
アパートの管理人は、警察が青葉真司の部屋の現場検証に立ち会っているのですが、その部屋の光景に衝撃を受けたそうです。
彼の部屋は食べ物の空き容器が散乱していて、部屋の壁に2、3か所、大きな穴が開いていました。ハンマーを振り回したのです。ベランダ側の窓も割れていました。赤いノートパソコンは画面が粉々に割れていた
この頃になると、明らかに青葉真司の様子はおかしくなってきているのがわかります。
京都府警捜査1課長が会見で、「(青葉に)精神的な疾患があるとの情報を把握している」と述べたそうだ。精神科医の片田珠美は、青葉の言動から、統合失調症の症状が見て取れるという。「まず、思考奪取。”自分の考えが奪われた、盗まれた”と感じてしまう症状で、そのせいで彼は”小説をパクられた”という被害妄想を抱いたのでしょう」
青葉真司はこの強盗について刑務所内で他の囚人に「女に騙されて金を盗りに行った」と言っていますが、これも妄想の可能性があります。
青葉真司の生い立ち⑥ 刑務所内で「危ないヤツ」認定を受ける
コンビニ強盗で逮捕された青葉真司は、懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けています。
そして、青葉真司は収監された栃木県さくら市の刑務所内でも異常な行動を見せていたようです。刑務所で一緒だったというある男性は青葉真司が懲罰房に入れられ大暴れしたと証言しています。
刑務官からも「危ないヤツ」と認定され特別扱いされていたそうで、夜中に青葉真司が壁や床などを叩き、他の囚人が「うるさくて眠れない」と訴えても「ああ、あいつか」というだけで注意する事もなかったそうです。
刑務所内で青葉真司は何度か自殺を図っており、ある時はティッシュを口に詰めて自殺しようとし、刑務官に抱えられて房から連れ出されるところが他の囚人に目撃されています。
刑務所内で小説を書いていた
そして、青葉真司が刑務所内で熱心に取り組んでいたのが、小説の執筆だったそうです。夕方になると、刑務官に「小説を書きたいのでペンと紙をください」と頼み、毎日熱心に書いていたといいます。
刑務所で一緒だった男性が「どんな話を書いているのか?」と聞くと「まぁ色々」と答えるだけで、その内容については教えてくれなかったそうです。
青葉真司の生い立ち⑦ 出所後も頻繁に隣人トラブルを起こす
青葉真司は2016年に栃木県さくら市の刑務所から出所し社会復帰しています。この出所後に、京アニ放火事件を起こす前に住んでいた埼玉県さいたま市のワンルームマンションに住み始めたようです。
ここでも青葉真司は、騒音による隣人トラブルを頻繁に起こしています。アニソンかロックかの音楽を大型スピーカーで大音量で鳴らし、奇声を発しながら壁や床などを拳でドンドンと叩くなどしたため、管理会社へは、他のアパート住人や近隣住人からの苦情が絶えなかったようです。
そして、京アニ放火事件の4日前の7月14日深夜、青葉真司が突然奇声を発して部屋の壁を拳で叩き始めたため、隣人が何事かと思い青葉真司の部屋の扉をノックすると、青葉は勢いよくドアを開けて飛び出し、いきなり隣人の髪の毛と胸倉を掴み、「お前殺すぞ!こっちは失うものは何もないんだ!」と恫喝しています。
恫喝された隣室住人によれば、青葉真司の体からはすえた匂いが漂い、尋常ならざる雰囲気に本当に殺されるかもしれないと思い強い恐怖を感じたといいます。
この騒動の翌日に、青葉真司は部屋を出て、京アニへの無差別テロを起こすために京都へと向かったと見られています。
青葉真司の実家の両親や兄弟について
青葉真司の実家の両親や兄弟についても注目が集まっています。ここでは、青葉真司の実家の両親や兄弟について判明している事をまとめます。
青葉真司の父親と母親について
青葉真司の父親は、最初の妻との間に6人の子供がいました。当時の本業は農家で、それだけでは食べていけずに副業として市議会議員の運転手や幼稚園のバスの運転手としても働いていました。
青葉真司の父親は若い頃は背が高くハンサムでモテたそうで、自分の子供も通う幼稚園の先生と不倫関係になり、妻と6人の子供を捨てて駆け落ち、不倫相手と二度目の結婚をしています。
父親は元の家を出る際に、前の妻と6人の子供たちと住んでいた土地と家を無断で売ってしまい、元妻と6人の子供たちは突然不動産業者に立ち退きを迫られ露頭に迷う事になっています。
その父親と、不倫の果てに再婚した母親との間にできた二番目の子供が青葉真司でした。
しかし、その父親と母親の再婚生活は10年持たずして崩壊、青葉真司が小学校低学年の頃に、母親が愛想をつかして出て行ってしまいます。青葉真司の親戚は「普通は母親が子供を連れて行くのに、3人とも置いて行ってしまった。よほど青葉真司の父親が嫌だったのだろう」と語っています。
父親は金と女にだらしがなく、子供は放置状態
この当時、父親はタクシーの運転手として働きながら子供たちを養っていたようですが、あまり子供達への関心はなくほぼ放置状態だったといいます。当時を知る隣人は「今でいうならネグレクト」だと証言しています。
父親は、お金もあまり家に入れていなかったようで、子供たちは極貧生活を送っており、当時の青葉真司の家を訪れた同級生は「床中にゴミが散乱してまるでゴミ屋敷、よくこんなところで生活できるな」という印象を持ったといいます。
青葉真司が中学2年生の頃、父親はほとんど働かず、当時交際していた女性のヒモ状態でした。そんな中、父の浮気がばれその女性と刃傷沙汰を起こして破局したため、アパートの家賃を払えなくなって追い出されてしまい、青葉家は引っ越しを余儀なくされています。
父親が自殺し青葉真司は兄弟とも距離を置く
その後、1999年に父親が事故を起こして怪我をし、それが原因でタクシー運転手を廃業に追い込まれ、ほどなくして自殺しています。
これを境にして、青葉真司は周囲の人間を拒絶し始めたようです。20代の頃には兄と妹とも距離を置くようになり、孤立を深めて行ったようです。
青葉真司の現在① やけど治療に税金が投入されている事に物議
青葉真司は京アニに放火した際に、自身も重度のやけどを負っています。救命困難とされる全身90パーセント以上のやけどを負っているとされ、一時は重篤な状態とも報じられましたが、その後、高度医療を用いた救命措置により奇跡的に回復しました。
青葉真司に施された治療は、患者の残った皮膚を培養して人工皮膚を作り、再び患部に移植する治療法だそうです。通常のやけど治療では、他人からの皮膚の提供を受け移植する方法が取られますが、青葉真司の治療では完全に自身の組織を元に培養した皮膚や人工皮膚だけを使用したそうです。
これは、京アニ放火事件の被害者に他人から提供された移植用の皮膚を優先して回す方針が採られたためでしたが、結果的に、青葉真司に対して採られた完全に自己組織のみを用いたやけど治療は世界初の試みとなりました。
青葉真司に使われた先端医療費は総額1000万円?
青葉真司のやけど治療には先端の医療が使われましたが、この治療費は当然かなり高額で、入院費も合わせると総額で1000万円ほど掛かったと言われています。
そして、青葉真司に支払い能力は恐らくない事から、専門家によればこの1000万円は税金から捻出される可能性が高いのだそうです。
これについてはネットを中心に批判が起こっています。
別に税金で戦闘機買っても消費税10%にしても別に構わんけど、税金が社会のゴミこと青葉真司の治療費に使われるのだけは納得がいかん。せめて本人が無理なら親族から賠償金を取れるだけ取ってくれ
— ベガ獣キングゴリ (@SDITnlUDCUfhD6T) August 13, 2019
ちょっとまて
— やす (@yas073724) July 20, 2019
殺人鬼の治療費誰が払うの?税金か?
ヘリコプターとばしとるがな
こんな税金の無駄遣いしとるからこの国は借金まみれやねん#青葉真司
また、青葉真司の治療費は1000万円どころではなく、1億円を超えているだろうとする衝撃的な情報もあるようです。
京アニ放火犯青葉真司の治療費1億円超えてるで。まあ全部喋らせられるなら価値はある。
— 檸檬森 (@LEMONMORI) November 26, 2019
身体の90%か…。
パッと見で20×20cmくらいの普通の自家培養皮膚移植だって数百万円とかのはず。今はもう少し安いか?
※ここの社長はやけど患者を助けたくて始めたそうで。
大量殺人犯の治療に税金が投入される事には抵抗がある人も多いのではないでしょうか?
青葉真司の治療にあたった医療関係者の方の中にも「この男を治療する必要はあるのだろうか?」と随分葛藤された方もいたようです。それでもプロフェッショナルとして仕事をされた方々には頭が下がります。
青葉真司の現在② 逮捕と警察による事情聴取が行われる
出典:https://twitter.com/senookikeiich/status/1265426430633971712
2020年5月27日、青葉真司は殺人や現住建造物等放火などの疑いで逮捕されました。
青葉真司は高度医療を受けて順調に回復し、会話もできるようになっています。これを受けて警察による事情聴取が始まりました。
青葉真司はやはり小説をパクられたために犯行に及んだと語っており、「どうせ死刑になる」と開き直りにも見える発言をしていたとのことです。
青葉真司の現在③ 裁判が始まる
出典:https://www.msn.com/
2023年9月5日に青葉真司の初公判が行われました。
青葉真司は自力では立てないものの車いすで移動できるまでに回復しており、背もたれが後方に倒せる特別な車いすに乗って法廷に現れました。顔や首筋にはやけどの跡が残っていたとのことです。
青葉真司は起訴内容について認め、「こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わなかった」「やり過ぎたと思っています」などと述べました。
犯行動機については、「京都アニメーション大賞」の小説部門に応募した短編の「仲野智美の事件簿」と長編の「リアリスティックウェポン」が、「ツルネ―風舞高校弓道部―」「けいおん!」「Free!」という京アニを代表する作品に盗用されたことだと主張しています。
高校の軽音楽部が舞台になっている「けいおん!」では、女子高生が「私、留年しちゃった。これからは同級生」と言いながら、後輩に抱きつくシーンがある。この部分に関して、青葉被告は自分が応募した小説でも「最初のところに留年したと書いていた」と述べ、類似していることを主張。また「ツルネ」は、弓道部の男子高校生たちが、自炊のために肉を買おうと店の中で「割引」のステッカーを貼っているものを買っているシーンがある。青葉被告は「自分が小説を書くためにネタを集めていたノートにそのシーンがあった」と説明した。「Free!」は、高校の水泳部を描いたアニメだ。水泳部が地区大会に出場が決まり、学校からその報告がなされ、校舎には「地区大会に出場」という垂れ幕が風になびいていた。「自分の小説の中では垂れ幕を垂らしたままで、自由な校風を意味している。垂れ幕がパクられた」と語った。
引用:【京アニ詳報】遺族呆然、青葉真司の嘘八百…「盗作」主張した3件のデタラメ、「妄想に支配されていた」主張が次々と検察に打ち破れた
そもそも「けいおん!」と「Free!」は青葉真司が小説を応募する前に発表された作品であり、「ツルネ」の盗用部分にいたっては、青葉真司のネタ帳に書かれていただけのものとのことで、どれもパクられたというのには無理がある主張となっています。
また、青葉真司は、京都アニメーションの女性監督のことも名指ししパクったと主張しています。
青葉真司はこの女性監督と面識はないものの、インターネット掲示板「2ちゃんねる」で女性監督が作品のアドバイスをしてくれたことから一方的に恋心を抱くようになったようで、裁判では「監督への思いはLikeかLove?」と弁護士から聞かれ「Loveになります」と答えていました。
しかし、「2ちゃんねる」への書き込みは女性監督によるものではなかったことが明らかになっています。
青葉真司は女性監督のブログを閲覧した際に、自分の小説を読まないと出てこないような解釈の記述を発見し、自分の小説をパクったと思い込んだようです。
そして、自分は小説が落選しているのに女性監督は成功していることから、以前は憧れを抱いていた女性監督や京アニに対し怨念を募らせるようになり犯行を決意したようです。
女性監督のブログには、「時間移動」や「タイムマシン」に関する記述があった。被告はその内容に関し、「自分の小説を読まないと、その解釈は出てこない」などと指摘。自身が過去に応募した小説との類似点を指摘した上で、「落選させておいてブログに上げるのか、という疑念や懸念を持った」と強調。
また、青葉真司は「闇の人物」「ナンバー2」なる人物が自身の作品を落選させたなどと語っています。
これまでの裁判で弁護側は、犯行動機を「青葉被告の人生をもてあそぶ『闇の人物』が京アニと一体となって嫌がらせをしてきた」と説明。11日に被告人質問で青葉被告はこの「闇の人物」について「強盗事件で服役していたときに刑務所で出会った『ナンバーツー』という名前で、ハリウッドやシリコンバレー、官僚などにも人脈のある、闇の世界に生きるフィクサーみたいな人だ」と話しました。また「『ナンバーツー』から指示を受けた警察の公安部から尾行されていた気がしていた」とも述べました。
裁判の中で青葉真司は医師から統合失調症の診断を受けていたことも明らかになっており、「闇の人物」や「ナンバー2」は妄想上の人物だとみられています。
弁護側は、事件当時、青葉真司が精神障害の影響で心神喪失や耗弱の状態だったとして無罪や刑の減軽を求めていました。
青葉真司の現在④ 一審で死刑判決が言い渡される
出典:https://newsdig.tbs.co.jp/
2024年1月25日、京都地裁は、青葉真司は犯行当時「心神喪失でも心神耗弱の状態でもなかった」として青葉真司の責任能力を認め検察の求刑通り死刑を言い渡しました。
(裁判長)「一瞬にして地獄と化した京アニの第1スタジオで非業の死を遂げた被害者らの恐怖や苦痛は計り知れず、筆舌に尽くしがたい」
引用:『遺族』『裁判員』『主治医』青葉真司被告に死刑判決…それぞれの心境「主文を聞いて涙がぽろぽろ出た」「判決しないといけないのは苦しくもあった」
青葉真司は判決をうつむいたまま聞き、退廷の時もうつむいていたといいます。
判決の翌日、青葉真司の弁護士は判決を不服として大阪高裁へ控訴しています。青葉真司は面会に訪れた遺族に対し謝罪の言葉を述べるととともに、控訴理由について「すべて妄想で片付けられてしまったことについて話したい」などと語っていたとのことです。
夫によりますと「妻がいないことがさびしく、子どもが残されてしまった」と伝えた際には、被告はテーブルに手をつき、頭を下げながら「申し訳ない」と何度も謝罪したということです。また、事件を起こした一番の理由を尋ねたところ「小説を作ってあえて京アニに応募したのに裏切られた」などと、答えたということです。一方で、どのような状況だったら事件を起こさなかったか聞くと「ネット上に投稿した自分の小説に読者がいたら小説を書き続けていたと思う」などと、話したということです。さらに、控訴の理由については「精神鑑定ですべて妄想だとされたことについて、発信したいことがあった」などと、話したということです。
まとめ
被害妄想から来たと思われる恨みによって、京都アニメーション第1スタジオに放火し、なんの罪もない大勢に人々の命を奪った青葉真司についてまとめてみました。
今回は、主に青葉真司の生い立ちについてまとめましたが、身勝手な父親や両親の離婚など、不幸な人生を送ってきた事が明らかになりました。だからといってこのような凶悪な大量虐殺を引き起こしていい理由にはなりません。司法の手により、正当な裁きが下される事が望まれます。