映画「ボヘミアンラプソディー」で話題の“フレディーマーキュリーの恋人”ジムハットンは、晩年などその後も注目です。
今回はジムハットンの経歴、フレディーマーキュリーやメアリーオースティンとの関係、晩年や死因を紹介します。
この記事の目次
ジムハットンとは~フレディーマーキュリーの最後の恋人
ジムハットンのプロフィール
映画「ボヘミアンラプソディー」の公開により、イギリスの伝説的ロックバンド「QUEEN」のメインヴォーカルとして全世界を魅了した、フレディーマーキュリー。
そのフレディーマーキュリーの最後の恋人として、ジムハットンが再び注目を集めています。
映画「ボヘミアンラプソディー」でのジムハットン役は、少しタレ目で優しげな雰囲気なアーロン・マカスカーが好演しました。
ジムの穏やかで優しい人柄を演じ切れる、絶妙のキャスティングと称賛されています。
グッとくる構図ですね。
ジムハットンの経歴とフレディーマーキュリーとの愛の軌跡
フレディーマーキュリーの最後の恋人とされるジムハットンは、映画「ボヘミアンラプソディー」では、フレディの自宅で行われたパーティーの後片付けをするウエイターで登場します。
しかし、ジムハットンの実際の職業は美容師ですし、2人が最初に出会ったのも、フレディーの自宅ではなく、ココバーナというゲイバーだったそうです。
ちなみに、ジムハットンと出会った頃には、既にフレディーは、ロックバンド「QUEEN」のヴォーカルとして世界的な人気を博していました。
しかし、ロックに興味がなかったジムハットンは、「フレディーマーキュリー」という存在を知らなかったそうです。
また、最初の出会いの時にはジムの方にはすでにボーイフレンドがいたため、フレディーの誘いをけんもほろろに断ったのだとか。
それでもフレディーマーキュリーは、お気に入りの俳優・バート・レイノルズに似ていたジムハットンのことが忘れられなかったようです。
そして、その2年後に違うゲイバーで再会した際に再度アタックするんですよね。
幸運にも、この時にはジムハットンは恋人と破局しており、フレディマーキュリーの誘いに乗り、そのまま2人は交際に発展していきました。
それから2人は約7年間、フレディーマーキュリーが亡くなるまで一緒に暮らすことになります。
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ジムハットンはフレディーマーキュリーの死の瞬間まで寄り添った
しかし、ジムハットンとの交際が始まってからも、フレディーの“男あさり”は止むことはなく、他の男性との浮気を繰り返していたと言います。
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時にジムハットンは激怒して、フレディーを置いて出て行ったこともありましたが、完全に捨て切れなかったようで、ジムは寛容にもフレディーの浮気を許し、恋人として支え続けました。
大らかで懐の広いジムハットンと一緒に暮らすようになり、フレディーマーキュリーはとってもリラックスした表情を見せるようになっていったと言います。
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そんな幸せ一杯のある日、フレディーはエイズとの診断を受けるんですよね。
そしてフレディーは迷わず、ジムに自分との交際を止めるべきだと申し出たと言います。が、しかし、ジムハットンはフレディーマーキュリーの元を離れることはありませんでした…。
そして2人の仲は、1991年11月24日にフレディマーキュリーが息を引き取る最期の瞬間まで、変わることは無かったといいます。
ジムはフレディが1991年にエイズでなくなるまで7年間、パートナーとして公の場に出ることなくともに暮らした。フレディは1987年にHIV陽性の診断を受けたが、ジムを含め信頼できる数人にしかその事実を伝えていない。関係を終わらせてもいいと告白されたジムは、献身的にフレディを支え続けた。1990年にジム本人もHIV感染と診断されたが、フレディには1年間伝えられなかったという。
引用:映画が伝えなかったフレディ・マーキュリー 猫、セクシャリティ、最愛の人 https://newsphere.jp/
フレディーマーキュリーの最期を看取ったジムハットン
1991年11月24日、フレディーマーキュリーはエイズによりこの世を去りました。
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フレディーとメアリーオースティンとの破局原因はジムハットン?
フレディーマーキュリーは、そんなジムハットンと交際を始まる前までは、ロンドン生まれの女性、メアリーオースティンと交際していました。
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メアリーオースティンとフレディーは、「QUEEN」がメジャーになる前からのお付き合いで、やがて婚約まで交わす仲になります。
しかし、フレディーマーキュリーが自身のセクシュアリティに目覚めたことで、婚約は白紙に戻されることになります。
そして、婚約解消後に交際を始めたのがジムハットンなのです。
ただし、前述したように、その頃にはフレディーは他の多くの男性とも肉体関係を持っていました。
従って、ジムハットンとの交際が、直接メアリーオースティンとフレディマーキュリーの破局の原因になったわけではないようです。
メアリーオースティンのプロフィール
プロフィール
・名前:メアリーオースティン (Mary Austin)
・生年月日:1951年生まれ
・出生地:ロンドン・フルハム
・出身地:ロンドン・バタシー
・年齢:2019年現在、68歳
メアリーオースティンとフレディーマーキュリーは、婚約を解消した後も交友関係に変化はなく、生涯に渡ってフレディーの最高の理解者として、彼を支え続けました。
また、エイズ感染の事実が明らかになった時、フレディーマーキュリーはメアリーオースティンにもそのことを正直に告白しており、最期の時間を共に過ごしたと言われています。
ジムハットンとメアリーオースティンの関係とは?
ジムハットンとメアリーオースティンとフレディーマーキュリーの微妙な関係
フレディマーキュリーと婚約を解消したメアリーオースティン、新たな恋人となったジムハットンの3人は、一緒に写っている写真なども多く、とっても仲良しに見えるんですよね。
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しかし、ジムハットンは後に、「当時から自分はメアリーオースティンに好かれていなかった…と言うよりも、むしろ嫌われていると感じていた」と告白しています。
メアリーオースティンは常日頃から、自分に対して厳しかったと…。
確かに、メアリーオースティンにしてみれば、フレディーマーキュリーがゲイに目覚めなければ、そのまま結婚していたはずの人ですからね。
まして、身近にいてこんな楽しそうな2人の姿を見せられると、嫉妬の気持ちがメラメラと湧き上がってくるのも仕方なかったのかも知れません。
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そんな3人の微妙な関係は、フレディーマーキュリーが亡くなった後に白日の下にさらされることになります。
と言うのも、彼の莫大な遺産を相続した後のメアリーオースティンが、ジムハットンに対して行った仕打ちが、かなり酷なものだったようなんですよねぇ…。
次では、フレディーマーキュリー亡き後のジムハットンのその後を紹介します。
フレディーマーキュリー死後のジムハットンのその後や晩年① メアリーオースティンとの確執
世界的に人気のあった伝説のロックバンド「QUEEN」のメインヴォーカル・フレディーマーキュリーの遺産は、日本円にして50億円とも60憶円以上とも言われています。
そんな莫大なフレディマーキュリーの遺産は、家族はもちろん、恋人や愛人やボディガードやバンドのメンバーなどたくさんの人に配分されました。
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しかし、フレディーマーキュリーの遺産の大半を受け取ったのは、家族でも“最後の恋人”としてフレディーを献身的に看取ったジムでもなく、元婚約者のメアリーオースティンだったのです。
メアリーオースティンはジムハットンをガーデンロッジから追い出した
メアリーオースティンは、現金や印税に加え、フレディーマーキュリーが生前、恋人のジムハットンと暮らしていたロンドンの豪邸「ガーデンロッジ」も相続しました。
生前、フレディマーキュリーはジムハットンに、「ガーデンロッジにはいたいだけいて欲しい」と言っていたのだとか。
しかし、このことを遺書に記載していなかったことをいいことに、メアリーオースティンは、フレディーマーキュリーが亡くなると、ジムハットンをすぐに追い出したと言われています。
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しかも、ジムハットンはフレディーマーキュリーとの思い出の写真すら持ち出せなかったのだとか…。
フレディーマーキュリー死後のジムハットンのその後や晩年② 書籍を出版
ジムハットンは晩年、フレディーマーキュリーとのラブストーリーを書籍化
ジムハットンは、フレディーの死後、“最後の恋人”として過ごした大切な日々を綴った書籍「フレディ・マーキュリーと私」を発売しています。
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ジムハットンのフレディーへの真っ直ぐな気持ちが綴られたラブストーリーで、QUEENファンの間でも評価が高く、映画「ボヘミアンラプソディー」の公開に伴い、日本語版も出ています。
また、この著書の中には、フレディーマーキュリーとジムハットンの関係だけでなく、前述したようなメアリーオースティンとの確執なども赤裸々に明かされています。
フレディーマーキュリー死後のジムハットンのその後や晩年③ 死因は?
ジムハットンは2010年1月1日に死去…死因はエイズではなかった
ジムハットンは、フレディーマーキュリーが亡くなるまでの7年間、“フレディーの最後の恋人”として一緒に過ごしました。
実はジムハットンも、フレディマーキュリーが亡くなる1年前の1990年にHIV検査を受けており、その時にエイズへの感染が判明しているんですよね。
そんな晩年を過ごしたジムハットンは、フレディーマーキュリーが亡くなった約20年後の2010年1月1日に亡くなっています。
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ジムハットンもフレディー同様にエイズに感染していたことから、多くの人はジムハットンの死因はエイズだと思っていたようですが、実は、ジムハットンの死因は肺がんだったそうです。
フレディマーキュリーの死後、エイズの発症を遅らせる薬が開発されていることから、それが効いたことで発症を抑えることができたのかも知れませんね。
ただ、ヘビースモーカーだったことで知られているジムハットンですから、それが肺がんを発症した大きな要因になってしまったようです。
その笑顔。大好きだよ🍀😌🍀
— サラミ (@chimao50) June 26, 2019
大好き過ぎて涙が止まらない。
優しいフレディ マーキュリー
その笑顔は決して絶やさないで。
お願い。いつも幸せでいてね。
大好きな人だから#フレディマーキュリー#クイーン#ジムハットン pic.twitter.com/7cTSWe2g7k
まとめ
いかがでしたでしょうか。
映画「ボヘミアンラプソディー」の公開で注目を集めた、“フレディーマーキュリーの最後の恋人”ジムハットン。
今回、そんなジムハットンの経歴とフレディーマーキュリーとの愛の軌跡を振り返るとともに、その後のメアリーオースティンとの確執、さらに晩年や死因についてまとめてみました。
最後に、ジムハットンとフレディーマーキュリーのご冥福を心よりお祈りしつつ、この記事を締めくくりたいと思います。