両リーグ本塁打王の偉業も達成した山﨑武司さんの長男が逮捕の衝撃的なニュースが報じられました。
この記事では山﨑武司さんのプロ野球人生と引退まで、成績と年俸推移、嫁との結婚と息子と娘の2人の子供、長男の腕時計詐欺逮捕の詳細と豪快な自宅と現在の生活についてまとめました。
この記事の目次
山﨑武司の両リーグ本塁打王達成の栄光から引退までの経歴
山﨑武司のプロフィール
生年月日:1968年11月7日
出身地 :愛知県知多市
身長 :182cm
血液型 :A型
「ジャイアン」の愛称で親しまれ、現役27年という長きにわたってプロ野球界の第一線で活躍し続けた稀代のホームランアーティスト、山﨑武司(やまさき・たけし)。
中日ドラゴンズ、オリックス・ブルーウェーブ、東北楽天ゴールデンイーグルスと渡り歩き、セ・パ両リーグで本塁打王を獲得した史上3人目の偉業を持つ彼の人柄と豪快なスイングは、今も多くの野球ファンの心に深く刻まれています。
しかし、2026年6月、そんな球界のレジェンド・山﨑武司さんの長男が高級腕時計を騙し取った詐欺で逮捕されたと言う衝撃的なニュースが報じられ衝撃が走っています。
山﨑武司がプロ野球選手としての波乱万丈の経歴
山﨑武司は1968年(昭和43年)11月7日、愛知県東海市に生まれ、その後隣接する知多市で育ちました。父親は元国体柔道選手という屈強な男性であり、出生時の体重が4100gを超えるという規格外の赤ん坊だったといいます。この恵まれたDNAが、後の「ホームラン王・山﨑武司」の土台となりました。
幼少期から野球に打ち込み、愛知県の強豪・愛知工業大学名電高等学校(愛工大名電)に進学。高校時代からその長打力は群を抜いており、スカウトの注目を集めます。そして1986年のドラフト会議にて、地元の中日ドラゴンズからドラフト2位指名を受け、晴れてプロ野球の世界へと足を踏み入れました。
当時の契約金は4000万円、年俸は高卒新人としての標準的な額であるおよそ360万円〜400万円でのスタートでした。
闘将・星野仙一監督の下でレギュラーに定着し本塁打王獲得

出典:https://cdn.findfriends.jp/
転機が訪れたのは、プロ入りから実に10年が経過した1996年のことです。前年の不振から心機一転、星野仙一監督の下でレギュラーに定着した山﨑は、開幕から驚異的なペースで本塁打を量産します。
この年の最大のハイライトは、読売ジャイアンツの若き主砲・松井秀喜との熾烈なホームラン王争いでした。日本中が注目する中、最終的に松井の38本をわずか1本差で上回る「39本塁打」を放ち、見事セントラル・リーグ本塁打王のタイトルを獲得したのです。
その後、1999年シーズンには中日のセ・リーグ優勝に主力打者として大きく貢献、不動の中心選手としての地位を確立していました。
オリックスへの電撃トレードと引退の危機
中日の看板打者として活躍を続けていた山﨑武司さんでしたが、2000年代に入ると再び試練が訪れます。当時の山田久志監督との起用法などを巡る確執もあり、出場機会が減少。
そして2003年、平井正史投手とのトレードでパシフィック・リーグのオリックス・ブルーウェーブへと移籍することになります。自らトレードを志願したとも言われる電撃退団でした。
心機一転を図ったオリックス時代でしたが、ここでも本来の打撃を取り戻すことはできませんでした。2003年は打率.232、22本塁打とある程度の成績は残したものの、翌2004年は62試合の出場にとどまり、目立った成績を残すことができず、ついにシーズンオフに戦力外通告を受けてしまいます。
かつて1億円を超えていた年俸も大幅にダウンし、この時、山﨑武司さんは「現役引退」を本気で覚悟したといいます。誰もが「山﨑武司の野球人生はここで終わった」と思っていました。
東北楽天・野村克也監督の下で奇跡の復活を果たし「中年の星」へ
![]()
しかし、野球の神様は山﨑武司さんを見放しませんでした。2005年、プロ野球界に新規参入した新球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」の創設メンバーとして声がかかったのです。寄せ集めの新設球団において、ベテランの力が必要とされての入団でした。
ここで山﨑武司さんの野球人生を劇的に変える出会いがありました。2006年から楽天の監督に就任した稀代の名将・野村克也氏との出会いです。
それまで「三振を恐れて」小さくなっていた山﨑武司さんに対し、野村監督は「山﨑よ、根拠のある三振なら怒らない。思い切り振ってこい」とアドバイスを送ったとされています。
いわゆる「野村再生工場」による見事なメンタルコントロールと、ID野球による配球の読み方を学んだ山﨑武司さんは、みるみるうちに本来の豪快なスイングを取り戻します。
その集大成となったのが、2007年シーズンです。なんと39歳にして全143試合に出場し、打率.261、43本塁打、108打点という驚異的な成績を叩き出しました。これにより、パ・リーグの本塁打王と打点王の「二冠王」を獲得。セ・パ両リーグでの本塁打王獲得は、落合博満、タフィ・ローズに次ぐNPB史上3人目という快挙でした。
この奇跡の復活劇により、山﨑武司さんは「中年の星」と呼ばれるようになり、全国のサラリーマンや中高年ファンから熱狂的な支持を集めました。2010年にはプロ24年目・41歳にして史上最も遅い「2億円プレーヤー(推定2億5000万円)」に到達するという、球界の常識を覆すサクセスストーリーを描いて見せました。
古巣中日に戻っての現役引退

出典:https://cdn.findfriends.jp/
楽天で不動の主砲として君臨した山﨑武司さんでしたが、2011年に星野仙一氏が楽天の監督に就任すると、チームの若返り方針などの影響もあり、再び戦力外通告を受けることになります。
しかし、2012年に古巣である中日ドラゴンズへの劇的な復帰を果たしました。
中日復帰後は代打の切り札や指名打者としてチームを支えましたが、肉体の限界もあり、2013年シーズン限りで現役を引退することを決断しました。翌2014年3月21日には引退試合が開催され、多くのファンと選手に見守られながらバットを置きました。
プロ生活27年。通算2249試合出場、1834安打、403本塁打、1205打点。幾度も不死鳥のように蘇った山﨑武司さんのプロ野球人生は、記録にも記憶にも残る偉大なものでした。
山﨑武司の成績と年俸の推移
続けて、山﨑武司さんの波乱万丈なプロ野球人生を物語る、年度別の成績と年俸の推移を紹介します。
| 年度 | 所属 | 年齢 | 試合 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 打率 | 推定年俸 | 備考 |
| 1987 | 中日 | 19 | – | – | – | – | – | 360万円 | 一軍出場なし |
| 1988 | 中日 | 20 | – | – | – | – | – | 400万円 | 一軍出場なし |
| 1989 | 中日 | 21 | 20 | 5 | 0 | 2 | .172 | 420万円 | 一軍初出場 |
| 1990 | 中日 | 22 | 5 | 3 | 0 | 0 | .429 | 440万円 | |
| 1991 | 中日 | 23 | 26 | 6 | 1 | 2 | .140 | 500万円 | プロ初本塁打 |
| 1992 | 中日 | 24 | 40 | 25 | 4 | 10 | .236 | 650万円 | |
| 1993 | 中日 | 25 | 77 | 44 | 3 | 17 | .270 | 1200万円 | |
| 1994 | 中日 | 26 | 38 | 11 | 3 | 13 | .262 | 1500万円 | |
| 1995 | 中日 | 27 | 66 | 59 | 16 | 39 | .291 | 1450万円 | |
| 1996 | 中日 | 28 | 127 | 128 | 39 | 107 | .322 | 3300万円 | セ・リーグ本塁打王 |
| 1997 | 中日 | 29 | 130 | 124 | 19 | 54 | .257 | 8500万円 | |
| 1998 | 中日 | 30 | 131 | 121 | 27 | 86 | .256 | 7400万円 | |
| 1999 | 中日 | 31 | 113 | 93 | 28 | 75 | .246 | 9000万円 | セ・リーグ優勝貢献 |
| 2000 | 中日 | 32 | 118 | 131 | 18 | 68 | .311 | 1億1000万円 | 初の1億円突破 |
| 2001 | 中日 | 33 | 111 | 90 | 25 | 51 | .238 | 1億2000万円 | |
| 2002 | 中日 | 34 | 26 | 14 | 2 | 5 | .192 | 1億1500万円 | 出場機会激減 |
| 2003 | オリックス | 35 | 110 | 86 | 22 | 68 | .232 | 1億円 | トレード移籍 |
| 2004 | オリックス | 36 | 62 | 37 | 4 | 20 | .245 | 9000万円 | 戦力外通告 |
| 2005 | 楽天 | 37 | 118 | 102 | 25 | 65 | .266 | 5000万円 | 新球団創設メンバー |
| 2006 | 楽天 | 38 | 122 | 101 | 19 | 67 | .241 | 7500万円 | |
| 2007 | 楽天 | 39 | 141 | 132 | 43 | 108 | .261 | 7000万円 | パ・リーグ本塁打王・打点王 |
| 2008 | 楽天 | 40 | 142 | 141 | 26 | 80 | .276 | 1億9200万円 | |
| 2009 | 楽天 | 41 | 142 | 132 | 39 | 107 | .246 | 1億5000万円 | |
| 2010 | 楽天 | 42 | 141 | 130 | 28 | 93 | .239 | 2億5000万円 | プロ24年目で2億円突破 |
| 2011 | 楽天 | 43 | 102 | 82 | 11 | 48 | .229 | 2億5000万円 | 2度目の戦力外通告 |
| 2012 | 中日 | 44 | 90 | 51 | 1 | 13 | .209 | 3000万円 | 古巣復帰 |
| 2013 | 中日 | 45 | 51 | 13 | 0 | 7 | .210 | 2700万円 | 現役引退 |
| 通算 | – | – | 2249 | 1834 | 403 | 1205 | .257 | – |
山﨑武司の結婚と嫁・寿代さんとのエピソード
山﨑武司さんは1994年、プロ8年目の26歳の時に寿代(ひさよ)さんという4歳年上の一般女性と結婚されています。
山﨑武司と嫁・寿代さんとの結婚経緯
山﨑武司さんは20歳の頃から寿代さんと交際していましたが、当時は一軍に定着できずにいつ戦力外通告を受けるかわからないという不安定な状況の中で結婚を決断できずにいたそうです。
しかし、山﨑武司さんが1994年、26歳になった時に「結婚するつもりがないなら、別れてほしい」と寿代さんから最後通告を受けます。
これに腹を括ったという山﨑武司さんは1994年のシーズンオフに寿代さんと結婚しています。
結婚式は当初、名古屋で最も格式高いとされていたホテル「ナゴヤキャッスル」で挙げる予定でしたが、ドラゴンズの先輩でかつてはエースとして活躍した小松辰雄さんの「10年早い」と言われて断念し、最終的にヒルトンで結婚式を挙げたという裏話が明かされています。
山﨑武司と嫁・寿代さんとのユニークな逸話
血気盛んで「ジャイアン」の愛称でも親しまれた山﨑武司さんならではの、嫁・寿代さんとの有名な笑い話があります。
1999年にナゴヤドームの阪神戦で、山﨑武司さんが劇的な逆転サヨナラ3ランホームランを放った日のこと。嫁の寿代さんは「もう負けたな」と思ってテレビを消し、うたた寝をしていました。
そこに知人から「旦那さん、大変なことしたよ!」と電話がかかってきた際、日頃の豪快なプレースタイルから、真っ先に「(ホームランではなく)また乱闘ですか!?」と聞き返してしまったそうです。
山﨑武司の引退の危機を救った嫁・寿代さんのアシスト
2004年オフ、オリックスから戦力外通告を受けた山﨑さんは、当時現役引退を覚悟していました。
しかし、当時8歳だった長男から「パパ、野球やらないの?」と聞かれたことが心に引っかかりました。
山﨑武司さんは後年、「今思えば、妻が『パパに言って』と息子にけしかけたのだろう」と振り返っています。この家族の後押しもあって新設球団であった東北楽天ゴールデンイーグルスへの移籍を決断し、その後39歳にして本塁打王と打点王の二冠を獲得するなど「中年の星」として見事な大復活を遂げる事になりました。
山﨑武司と嫁・寿代さんの子供は息子と娘の2人
山﨑武司さんと嫁・寿代さんとの間には、長男(息子)と長女(娘)の2人の子供がいます。
現役時代から「球界屈指の子煩悩」として知られ、幾度もの戦力外通告やトレードなどの逆境を乗り越えるにあたり、子供たちの存在が最大のモチベーションになっていました。
ここでは、山﨑武司さんの2人の子供、息子の大貴さん(2026年に逮捕の報道)と娘の菜々さんについてみていきます。
山﨑武司の子供① 長男(息子)・大貴さん

1996年〜1997年頃に生まれた長男の大貴さん(2026年現在29歳)は、幼少期から父親と深い絆で結ばれていましたが、近年になってショッキングな事件を起こして世間の注目を集めることになってしまいました。(山﨑武司の長男・大貴さんの逮捕については後述)
山﨑武司と息子・大貴さんとの逸話① 現役続行を後押しした幼少期の言葉
すでに触れましたが2004年のオフ、オリックスから戦力外通告を受け、山﨑武司さんが本気で現役引退を考えていた時のことです。当時まだ小学生だった大貴さんから「パパ、野球やんないの?」と聞かれたことが転機となりました。「やれるかどうかわからないけど、じゃあトライしてみるよ」と奮起し、その言葉が翌年の楽天イーグルス入団、そして大復活へとつながりました。
山﨑武司と息子・大貴さんとの逸話② 偉大な父を持つ「2世」としての苦悩
大貴さん自身は、プロ野球選手の息子でありながら本格的な野球の道へは進みませんでした。周囲からは当然のように「野球はやらないの?」と聞かれ続けたそうですが、「なぜやらないといけないのか」、「偉大な父親と比べられたくない」という葛藤があったといいます。山﨑武司さんも「野球をやれ」と強制することは一切なく、息子の気持ちを尊重していました。
山﨑武司と息子・大貴さんとの逸話③ 引退試合での始球式と感動の手記
2014年3月に行われた山﨑武司さんの引退試合では、当時高校2年生だった大貴さんが始球式を務めました。また、スポーツ紙に「僕が一番のファン」、「尊敬する人は父」という感謝の手記を寄稿。度重なる移籍や戦力外通告の裏にあった父の苦悩を思いやり、「27年間、本当にお疲れさまでした」と労う姿は、多くの野球ファンの涙を誘いました。
山﨑武司の子供② 長女(娘)・菜々さん
息子の大貴さんよりも年下である娘・菜々さんは、山﨑武司さんの現役時代の数々の心温まるエピソードで知られています。一般の方であるため現在の職業や顔写真などは公開されていませんが、父親から非常に溺愛されて育ったようです。
山﨑武司と娘・菜々さんとの逸話① 楽天時代の背番号「7」の由来
2005年に新規参入球団である東北楽天ゴールデンイーグルスに入団した際、山﨑武司さんは背番号「7」を背負いました。この背番号は、娘である「菜々(なな)」さんの名前にちなんで自ら希望したものです。愛娘の名前を背負ってプレーした楽天時代に、彼は本塁打王と打点王の二冠王に輝く奇跡の復活を遂げました。
山﨑武司と娘・菜々さんとの逸話② 誕生日の「約束の2発」エピソード
ファンの間でも語り草となっているのが、娘・菜々さんの誕生日にまつわるエピソードです。ある年、菜々さんの誕生日に彼女を球場に招待した山﨑さんは、試合前に娘から「パパ、今日はホームラン打ってね」とお願いされました。そして見事、愛娘の目の前でその日の試合で2本もの特大ホームランを放ってみせたのです。まさに「有言実行の頼れるパパ」を体現した瞬間でした。
山﨑武司の長男(息子)・大貴さんが腕時計詐欺で逮捕の衝撃報道

出典:https://encrypted-tbn0.gstatic.com/
山﨑武司さんの長男(息子)・大貴さんは一時期、父親である山﨑武司さんのマネージャーや付き人のような仕事を務め、2021年には山﨑さんのYouTubeチャンネルにも声のみで出演するなど、良好な関係が続いているように見えました。
しかし、2026年6月10日、大貴さん(当時29歳・職業不詳)は知人男性から約685万円相当の高級腕時計(パテック・フィリップ)を騙し取り、質屋で換金したとして詐欺容疑で愛知県警に逮捕されました(余罪を含めると被害総額は約7000万円にのぼるとも報じられています)。
山﨑武司の長男・大貴さんが逮捕された事件の被害者と手口
被害に遭ったのは東京都中野区に住む会社役員の男性(当時65歳)でした。
大貴容疑者は、SNSの通話機能などを使って被害者男性に接触し、「腕時計を預かってもらえれば、海外のオークションに出品して高値で売却できる」などと虚偽の説明を行い、男性を信用させたとされます。
これを信じた被害者はスイスの最高級時計ブランド「パテック・フィリップ」の腕時計1本を預けます。
しかし大貴容疑者は、時計を海外オークションに出品することなく、時計を受け取ってからわずか2〜3日後に、名古屋市内の質店に持ち込み約600万円で換金していました。
その後、売却代金が一向に入金されないことを不審に思った男性が問い詰めたところ、大貴容疑者が換金した事実を認めたため、2025年3月に被害者が警察へ相談していました。
山﨑武司が高級腕時計マニアだった事にも注目
この事件が特に悪質と捉えられた背景には、父親である山﨑武司さんの存在があります。
山﨑武司さんは球界屈指の「高級時計マニア」として知られており、名古屋市内の高級時計買取・販売店の広告塔(アンバサダーやCM出演)を務めるほど時計に精通しています。
つまり、大貴容疑者が「高級腕時計の売買や投資」を詐欺の口実にしたことは、“時計に詳しい有名人の父親”の威光や人脈を被害者に錯覚させ、信用させるための材料として悪用したのではないかと指摘されているのです。
長男・大貴さんの逮捕に対する山﨑武司のコメント
長男逮捕の報道を受け、山﨑武司さんは翌6月10日に弁護士を通じて書面でコメントを発表しました。その内容は、1年以上にわたって親子関係が断絶していたことを明かす衝撃的なものでした。
「この度は、息子大貴の件ではご心配をおかけし、また関係者の方にはご迷惑をおかけすることになりかねず、心が痛みます。警察から逮捕の連絡をもらい、ただただ焦燥に駆られており、全く言葉にならない心境にあります。」
「さて、息子大貴は、令和7年(2025年)2月頃から行方が分からなくなっており、連絡もとれず、息子がどのような生活をしていたのかさえ全く把握していませんでした。」
「親の育て方や躾(しつけ)が悪いとの批判は免れないとは思いますが、大貴は既に29歳となっており、親としても全く把握していない息子についてコメントすることができない心情をご理解下さい。」
山﨑武司さんは父親として謝罪と警察への協力を約束しつつも、2025年2月以降は居場所すらわからず、息子が何をしているか全く知らない状態であったという苦しい胸の内を吐露しました。
山﨑武司の自宅も話題に

出典:https://presidenthouse.net/
引退後の山﨑武司さんは、その豊富な資金力と多趣味ぶりを存分に発揮し、優雅なセカンドライフを築き上げていました。その拠点が、愛知県東海市(名古屋市近郊)にあるとされる大豪邸の自宅でした。
山﨑武司さんの代名詞といえば、なんといっても「車」と「時計」です。自宅には巨大なガレージとコレクションルームが完備されており、そこは自身のYouTubeチャンネルの企画名にもなっている「ジャイアンの遊び場」と呼ぶにふさわしい空間となっているようです。
実車のコレクションは凄まじく、かつて所有していた「フェラーリ F355」には、なんと76万円以上もの費用をかけて最高級の10層ガラスコーティングを施したほどのこだわりぶり。さらに、「ランボルギーニ アヴェンタドール SVJ」を世界に一台だけの特別仕様にドレスアップするなど、高級車・スーパーカーを常時複数台所有する筋金入りのカーマニアです。
また、本物の車だけでなく精巧なミニカーのコレクションも5000台を超えており、自宅の壁一面を埋め尽くす光景は圧巻の一言です。近年では自宅に柴犬の「ナノくん」を新たな家族として迎え入れ、充実した日々を送っていました。
山﨑武司の現在① 充実したセカンドライフ

現在の山﨑武司さんは、プロ野球解説者やスポーツコメンテーターとして、テレビやラジオで引っ張りだこの存在でした。中日時代の愛ある辛口解説や、楽天時代の裏話などは視聴者からの人気も非常に高く、講演活動では「3度のクビから現役27年」をテーマに、ビジネスパーソンや学生に逆境を乗り越えるセルフマネジメント論を説き、大好評を博していました。
さらに、山﨑武司さんは現在、「カーレーサー」としても本格的に活動しています。「TOYOTA GAZOO Racing 86/BRZ Race」などの四輪車レースにレーシングドライバーとして参戦し、実際に表彰台に上るほどの実力を誇ります。
野球の現役を退いてなお、コンマ数秒の勝負の世界でアドレナリンを燃やし続ける姿は、まさに生粋のアスリートです。
また、2021年からはYouTubeにて「山﨑武司チャンネル」を開設し(チャンネル登録者数約1.77万人)、愛車や時計のコレクションを惜しげもなく披露し、同世代の男性たちから熱狂的な支持を集めていました。
山﨑武司の現在② 長男逮捕の影響
山﨑武司さんの現在に影を落としているのが、言うまでもなく長男(息子)・大貴さんの逮捕です。
この事件は、現在プロ野球解説者やタレントとして活躍している山﨑武司さんの仕事にも直結するダメージを与えました。
6月12日に放送された北海道文化放送(UHB)のセ・パ交流戦「日本ハムvs中日」で解説を務める予定でしたが、急遽降板となり、後輩の岩瀬仁紀氏が代役を務めました。
さらに、6月16日に放送予定だったBSフジの番組『プロ野球 レジェン堂』にゲスト出演予定でしたが、事件の影響でひっそりと再放送の回に差し替えられました。
山﨑武司の息子逮捕に対する世間の反応
現在、ネット上や野球ファンの間では、さまざまな意見が飛び交っています。
「29歳の立派な大人なのだから親の責任を問うのは酷だ」、「1年以上も音信不通だったのなら親の目の届く範囲ではない」「親の顔に泥を塗った親不孝の極み」といった山﨑武司さんへの同情的な意見。
一方で、「過去にマネージャーをやっていたなら無関係とは言い切れない」、「解説者として他人に厳しいことを言う立場なのに、自分の息子の教育はどうだったのか」といった厳しい声も飛んでいます。
まとめ
今回は、日本球界屈指のレジェンドの1人である元プロ野球選手の山﨑武司さんについてまとめてみました。
振り返ってみれば、山﨑武司さんの半生は常に「逆境からの復活」の連続でした。
プロ入り直後の長い二軍生活での苦悩、松井秀喜との壮絶なホームラン王争い、中日を追われるようにトレードされたオリックスでのどん底の日々と戦力外通告、そして誰からも終わったと思われた中からの、楽天での奇跡の二冠王と復活劇。山﨑武司さんはいつでも、絶望的な状況からその太い腕とフルスイングで道を切り拓き、ファンに勇気を与えてきました。
「3度のクビから現役27年」。彼が講演会で好んで語るこのテーマは、決して諦めない心の尊さを教えてくれます。
しかし、現在の山﨑武司さんが直面している「長男の逮捕」という深刻な事態は、野球のグラウンドでバットを振って解決できる問題ではありません。
明確な被害者が存在し、約7000万円もの多額の損害が出ているとされる深刻な刑事事件です。かつて自分を底辺から支え続けてくれた嫁の寿代さんや、純粋に父のホームランを喜んでくれた娘ら家族と共に、一家の長としてこの重すぎる十字架にどう向き合っていくのか。
高級時計や愛車に囲まれた豪華な自宅で、現在、山﨑武司さんは何を思っているのでしょうか。
現役時代に何度も見せてくれた「逆境を跳ね返す力」が、今こそ山﨑武司さん自身の人生において真に試されているのかも知れません。ファンは皆、豪快に笑い飛ばす「ジャイアン」が、この試練に真摯に向き合い、すべてを清算した上で、再び堂々とファンの前に立ってくれる日を待っています。



















