日本にはスポーツクライミングの有力選手がたくさんいますが、日本のクライミング界を引っ張ってきた存在が野口啓代さんです。野口啓代さんのプロフィールや経歴、実家の家族や身長・筋肉、結婚した旦那の楢崎智亜さんの馴れ初めや子供の有無、引退や現在をまとめました。
この記事の目次
野口啓代はクライマー選手
野口啓代
生年月日:1989年5月30日
出身:茨城県龍ヶ崎市
活動:元スポーツクライミング選手、プロフリークライマー
野口啓代さんはスポーツクライミング選手だった女性です。
子供のころからクライミングを始め、メキメキと頭角を現し、「日本クライミング界の女王」と呼ばれ、日本クライミング界を牽引してきました。2021年の東京オリンピックでは銅メダルを獲得して有終の美を飾り、現役を引退しています。
プライべートではイケメンのクライミング選手の楢崎智亜さんと結婚して話題になりました。
野口啓代の経歴
クライミングを始めるきっかけ

野口啓代さんは茨城県龍ヶ崎市で生まれました。野口さんが子供だった頃、「クライミング」や「ボルダリング」などはまだまだマイナーなスポーツで、日本ではあまり普及していませんでした。そのため、クライミングの存在すら知らなかったのです。
そんな野口啓代さんの転機になったのが、グアムへの家族旅行です。
2000年、小学5年生の時に家族でグアムに行き、グアムのゲームセンターにクライミング施設がありました。そこで、初めてクライミングを体験すると、野口啓代さんはすっかりクライミングの魅力にハマってしまったのです。父親と妹も一緒にクライミングにハマりました。
帰国後すぐのタイミングで、実家近くのつくば市にクライミング施設『スポーレクライミングジム』ができたので、毎週末はその施設に父親とそこに通う生活を送っていました。
たまたま行ったグアムでクライミングを初体験し、帰国後すぐに自宅近くにクライミング施設ができたというのは、野口啓代さんがクライミング選手になったのはある意味運命だったのかもしれません。
プロになるまで

出典:daily.co.jp
つくば市のクライミング施設に通い始めてからわずか半年後、「第5回 U-22 全日本ユースチャンピオンシップ」に出場します。
この時、野口啓代さんはまだ小学5年生(翌月から小学6年生になるタイミング)。そして、大会は「U-22」の「全日本ユース」。その大会で、野口啓代さんは中高生を押しのけて優勝しました。
ただ、この大会は日本でクライミングが普及していなかったということもあり、出場人数は8名という小さな大会でした。それでもクライミングを始めてたった半年の小学生が中高生を抑えて優勝というのは本当にすごいですよね。
当時、野口啓代さんは「天才少女現る!」と話題になりましたが、父親曰く、啓代さんは非凡ではないし、妹さんの方が才能はあったとのこと。
それに当時、誰からも『才能がある』と言われたのは、啓代の1歳下の妹のほう。啓代はクライミングは好きだけど、それほど熱心ではなかったんだよね
単純にクライミングスキルだけなら、妹さんの方が才能があったのかもしれませんが、「クライミングが好き」という情熱も大切な才能ですから、そういう意味では野口啓代さんは才能があったのでしょう。
中学生になると、もっと大きな大会に出場するようになり、リードの「ジャパンツアー」、ボルダリングの「B-SESSION」に参戦し、各地を転戦するようになりました。
ただ、中学時代はそこまで「クライミング夢中」というわけではなく、「人と違うことをしているのが恥ずかしい」という思いもあり、そのうち辞めるかもしれないというテンションでクライミングを続けていました。
それでもクライミングを辞めなかったのは、「大会に出場すれば友達に会えるから」「全国各地に転戦するので行動範囲が広くなるのが楽しいから」「父親がトレーニングルームを作ってくれたから」というものでした。
熱心にクライミングをしたわけでもなく、大会に出るために特別なトレーニングをしたわけでもありませんが、中学時代にはB-Session年間チャンピオンになったり、ジャパンツアー年間2位、日本選手権2位、世界ユース選手権ユースB4位という好成績を収めています。
高校は自宅から近い東洋大学附属牛久高校に進学しましたが、そのタイミングで世界選手権への出場が決まりました。世界選手権に向けて自分でトレーニングメニューを考えて取り組むようになり、それが楽しく感じて、野口さんはクライミングの魅力にハマっていき、本格的に競技を始めました。
高校も野口さんがクライミングの大会に出ることを応援してくれたこともあり、高校1年生の時の世界選手権では3位に入ります。そして「もっと頑張ったら世界1位になれるかも?」と思うようになり、高校3年生の時にはボルダリング・ワールドカップ・フランスで日本人女子として初優勝を果たしました。
同年には世界ユース選手権でも優勝、クライミング・ワールドカップ・オーバーオール部門でも優勝という快挙を成し遂げます。
高校卒業後は推薦で東洋大学ライフデザイン学部健康スポーツ学科に進学しましたが、入学からわずか数ヶ月後には退学します。退学した理由はプロになるためです。
プロになってから引退まで

東洋大学に入学した2009年の世界選手権では個人総合優勝を果たします。それをきっかけに「自分にはクライミングしかない」と決意し、大学を中退して、プロに転向しました。
プロ転向後もボルダリング・ワールドカップを転戦し、通算21勝、年間総合優勝4回という実績を積み重ねます。そして、2019年の「2019 IFSC クライミング世界選手権大会」では、日本人最上位の総合2位となり、2020年の東京オリンピック日本代表に内定しました。
本来なら、2020年の東京オリンピック後に現役を引退することを決めていましたが、新型コロナウイルスの流行により、オリンピックは1年延期。野口啓代さんも引退を1年延ばして、2021年の東京オリンピックに出場し、スポーツクライミング女子複合で銅メダルを獲得!
その後、現役を引退しました。現役を引退することは東京オリンピック前から決めていましたが、引退の理由が本当にカッコいいんです。
だから、「一番強い野口啓代のままで終わりたい」と思った。
引用:好きだから、登り続けた。続けたから、人生になった。プロフリークライマー・野口啓代さん – MIMOSA MAGAZINE(ミモザマガジン)
東京オリンピックで金をとれずに銅メダルだったことは悔しかったそうですが、安堵感もあり、「次のパリオリンピックを目指そう」と思ったことは一度もないと語っていました。
野口啓代の実家は実家がすごい!家族で協力!

野口啓代さんは父親・母親・2つ下の妹の4人家族で育ちました。妹の方がクライミングの才能はあったと言われていますが、妹さんは姉の啓代さんほどクライミングへの情熱はなかったようで、中学ではテニス部に入っています。
そして、ご両親は全力で啓代さんをサポートしました。何よりすごいのが、父親の健司さん!
父親の健司さんは酪農を営んでいましたが、啓代さんが中学2年生の時に娘の練習環境を整えるために、使ってない牛舎を改築して、練習のためのプライベートウォールを作り上げたんです。

父親が作ったプライベートウォールはかなり本格的なもの。野口啓代さんの成長と共に少しずつ大きくなり、東京オリンピック前にボルダリング・スピード・リードの3種目が練習できる大きさにまでになっています。母親も健康面・体調面で啓代さんを気遣いサポートしてくれたとのこと。
野口啓代さんは実家のご両親がサポートしてくれていたから、素晴らしい実績を残すことができたのでしょう。
野口啓代の身長と体重・すごい筋肉
野口啓代さんの身長は167cm・体重は49kgというモデル並みのスタイル良さを誇っています。しかも、ただ細いというわけではありません。
しっかりとした筋肉がついているのに、これだけのスタイルを保っているんです。


出典:tarzanweb.jp
野口啓代さんは全身均等にかっこよく筋肉がついています。本当にカッコいいですね。腕や肩、腹筋、脚。均整がとれたカッコいい筋肉です。
引退後は少し筋肉が落ちていますが、それでもこのカッコよさ!!

これだけ洋服をきれいに着こなせる人はそうそういないですよね。本当に素敵です。
野口啓代の旦那は楢崎智亜
楢崎智亜
生年月日:1996年6月22日
出身:栃木県
身長:170cm
所属:TEAM au
活動:スポーツクライマー選手
野口啓代さんの旦那はスポーツクライマー選手の楢崎智亜さんです。
栃木県宇都宮市出身の楢崎智亜さんは幼少期に器械体操を始め、小学校高学年でクライミングを始めました。その後、めきめき頭角を現し、高校卒業後にはプロクライマーになります。プロ2年目にはワールドカップ2勝・世界選手権優勝を果たし、2021年の東京オリンピックでは4位入賞、2024年のパリオリンピックでは予選敗退でした。
オリンピックでは結果を残すことができていませんが、海外選手からはその突出した身体能力からninjaと呼ばれ、独特なスタイルから「Tomoya Style」と呼ばれることもあります。
野口啓代と楢崎智亜の結婚!馴れ初めがすごい
東京オリンピック後に結婚

野口啓代さんと楢﨑智亜さんは、2021年12月25日に結婚したことを発表しました。
まずは「突然のご報告、また私事で大変恐縮ですが、私たち、楢崎智亜と野口啓代は結婚いたしましたことをご報告させていただきます。私たち二人の人生において思い出深い大会となった東京五輪開催後に入籍いたしました」とし、五輪後に入籍していたことを明かした。
引用:楢崎智亜と野口啓代が結婚発表 「一緒にどんな壁でも乗り越えていければ」|CLIMBERSはクライミング、ボルダリングをテーマにした総合WEBサイト
結婚を発表したのはクリスマスでしたが、入籍は東京オリンピック後早い時期にしていたようです。
結婚発表時、野口啓代さんは32歳・楢﨑智亜さんは25歳でしたので、野口さんが7歳年上の年の差夫婦です。
この野口啓代さんと楢﨑智亜さん夫婦は世界トップクラスのクライミング選手同士の結婚で、クライミング界だけでなく、日本中を驚かせました。野口啓代さんも楢﨑智亜さんも共に世界ランキング1位になったことがあり、世界選手権を複数回制したことがあるトップクライマー。
美男美女夫婦であると同時に、世界最強夫婦と言えるのではないでしょうか。
出会いは楢崎智亜が中学生の頃

野口啓代さんと楢﨑智亜さんはクライミングの合宿で出会いました。野口啓代さんは20歳、楢﨑智亜さんは13歳の時です。
20歳と13歳。「犯罪じゃん!」と思うかもしれませんが、大丈夫です。この時から恋愛関係になったわけではありません。ただ単に「クライミング選手」として出会っただけです。
しかも野口啓代さんはすでに世界選手権で優勝していたのに対し、楢﨑智亜さんはまだ駆け出しの選手。楢﨑智亜さんにとって、野口啓代さんは雲の上の存在でした。年齢差以上に、クライミング選手としての実績に大きな差があったのです。
そんな2人の関係が変わったのは18歳になった後。楢﨑智亜さんが高校卒業後にプロに転向して、日本代表に入ると、一緒にトレーニングしたり、ワールドカップを転戦するようになりました。そして、楢崎さんが野口啓代さんを好きなり、猛アタックを開始します。
野口さんが「“昨日、夢に啓代ちゃんが出てきた”とか言われた」「告白より恥ずかしいなということを言われて、好きなんだろうなって」などとのろけると、浜田は演台を叩いて悶絶していた。
引用:【記事全文】スポクラ野口啓代さん 夫・楢崎智亜とのなれそめ「私は20歳で夫は13歳」 楢崎の甘いアプローチも告白 – スポニチ Sponichi Annex 芸能
また、同じトップ選手同士、悩みや迷いを相談する中で距離が縮まり、交際が始まりました。楢﨑智亜さんにとっては野口啓代さんが初めての彼女だったそうです。そして2人で東京オリンピックに出場しました。
もちろん、五輪を目指すと覚悟したのはそれだけが理由ではありませんが、彼がいなかったら、自分一人だけだったら、そこで東京オリンピックを目指すことを、もしかしたら諦めていたかもしれません
同じ競技のトップアスリート同士だからこそ分かり合えること、支え合うことができたんですね。
野口啓代と楢崎智亜には子供が1人

野口啓代さんと楢﨑智亜さんには子供が1人います。
野口啓代さんは2023年5月23日に女の子を出産しました。妊娠中は野口さんは体重が12キロも増えたそうですが、出産後2週間で体重は元に戻ったっとのこと。筋力も一緒に落ちましたが、産後半年でクライミングができる状態に回復したそうです。
さすが、トップアスリートです。
娘さんは世界ランキング1位の両親のDNAを受け継いでいるのですから、将来的には自然にクライミングの選手になるかもしれません。そうしたら…、世界トップ選手になるのも夢ではないですよね。
野口啓代の自宅は龍ヶ崎市

野口啓代さんの自宅は茨城県龍ヶ崎市にあります。
東京オリンピックの前から、結婚後は龍ヶ崎に家を建てることを決めていたそうです。その理由は野口啓代さんの実家にある練習施設から近いからです。野口さんはオリンピック後に引退していますが、旦那の楢﨑智亜さんは現役を続けているので、いつでも好きな時に好きなだけ練習ができる環境は貴重なのでしょう。実家から500mの所に自宅を建てたそうです。
自宅の中で野口さんがこだわったのは、キッチンです。もともと野口さんは料理が得意ではなかったのですが、超偏食の旦那さんのためにいろいろ考えて料理をしなければならず、モチベーションが上がるキッチンにしたそうです。
野口 彼は好き嫌いが激しいんですよ。野菜がすべてダメ。独身の頃は、鶏肉を中心としたタンパク質ばかり摂っていたみたい。
野菜がダメな旦那さんのためにコールドプレスのジュースを飲ませて、体調管理をしているそうです。
野口啓代の現在:引退後はフリークライマー

出典:gqjapan.jp
東京オリンピック後に現役を引退した野口啓代さんは、現在フリークライマーとして、海外でフリークライミングを行っているほか、クライミング普及のためのイベント・メディアに出演しています。
もちろん、育児もしているし、旦那さんの楢﨑智亜さんのサポートもしているので、本当に忙しい日々を送っているようです。
野口啓代のまとめ
野口啓代さんのプロフィールや経歴と実家の家族や身長・筋肉、結婚した旦那の楢﨑智亜との馴れ初め、子供や自宅と引退後の現在をまとめました。
女性クライミング選手・女性アスリートのロールモデルになっている野口啓代さん。今後もクライミング普及のための活動を通して、カッコいい姿を見せてくれるはずです。




















