日本を代表するバレリーナの草刈民代さんは60歳を過ぎてもなお、圧倒的な美しさを保ち続けていて注目を集めています。
草刈民代さんのプロフィールや身長、若い頃のかわいい画像、経歴や家族構成、俳優の草刈正雄さんとの関係、結婚した旦那の周防正行さんとの関係、子供の有無や現在をまとめました。
この記事の目次
草刈民代はバレリーナ&女優
草刈民代
生年月日:1965年5月10日
出身:東京都新宿区
所属:フリー
活動:元バレリーナ、女優
草刈民代さんは若い頃からバレエの第一線で活躍し、海外公演にも数多く出演した経験があるトップバレリーナだった女性です。
1996年には超ヒット映画「Shall we ダンス?」で映画初出演を果たし、世間一般に広く知られるようになりました。また、「Shall we ダンス?」の監督である周防正行さんと結婚したことでも話題になっています。
2009年にバレリーナを引退した後は女優として精力的に活動し、変わらぬ美しさを保ち続けています。
草刈民代の身長

草刈民代さんの身長は168cmです。
草刈民代さんの世代・年齢で168cmもあるというのは、かなりの高身長の部類に入ります。しかも、草刈民代さんは顔が小さくて骨格が華奢、しかも手足が長いので、非常にスタイルが良く見えます。
まさにバレリーナになるために生まれてきた女性と言っても過言ではないでしょう。
これだけスタイルが良いのですから、海外公演に行ってバレエの本場の人たちと一緒に舞台に立っても、まったく違和感はないし、「舞台映え」して華があるように見えるのだと思います。
草刈民代の若い頃がかわいい
草刈民代さんは還暦を過ぎた現在でも美しいですが、もちろん若い頃からかわいかったんです。
こちら、草刈民代さんが小学4年生~5年生だった頃。10~11歳でこの圧倒的な美しさ。すでに完成されていますよね。10歳前後でこれだけ完成した顔立ちをしている人はなかなかいません。すでに華があるし、品の良さを感じさせるたたずまいです。

そして、こちらが20歳の頃の写真。おそらくこれスッピン(もしくはスッピンに近い状態)ですよね。それでもこんなにかわいくて美しい。スッピンなのに、やや華やかな髪型や服装にも顔が負けていまん。ナチュラルにかわいいしキレイです。

こちらの写真もかわいいですよね。可憐でかわいくてちょっと小悪魔的な雰囲気もあります。

出典:withnews.jp
そして、若い頃にバレエをしている時の写真。圧倒的なスタイルの良さと体のラインの美しさ。そして可憐な可愛さ。

草刈民代さんは本当にキレイですね。
草刈民代の経歴

出典:withnews.jp
小学2年生でバレエを始める
草刈民代さんは東京都豊島区にある私立の名門女子校である川村小学校に通っていました。
草刈民代さんは子供の頃、「気分屋でやりっぱなし・飽きっぽい・忘れ物が多い」という性格でした。通っていた幼稚園では週1回バレエ教室があり、それに通っていましたが、数ヶ月で母親に辞めさせられてしまいました。
その後、小学2年生の時に札幌オリンピックのフィギュアスケート・ジャネット・リン選手を見て、バレエをやりたいと本気で思うようになります。母親に意を決して相談したら、草刈民代さんが本気であることを察したのか、自宅近くの小林紀子バレエアカデミーに入りました。
この頃から「将来は踊りのプロになる」という思いを抱いていたそうです。
小学5年生になると、毎日レッスンに通うようになり、川村中学校に進学すると、元バレリーナで振付師の牧阿佐美さんが校長を務める橘バレエ学校に入学しました。
中学校の授業が終わると、電車で40分かけてバレエ学校に通い2時間稽古をして帰宅をするという毎日を送り、どんどんバレエにのめり込んでいきました。
中学卒業後は中高一貫校のため、川村高校に進学しますが、高校入学後たった1ヶ月で中退します。
その理由は、学校の校風に馴染むことができなかったこと。バレエのプロになるのに高校は何の意味があるのか疑問に感じたこと。バレエの牧先生が「本気でバレエをやるなら私が引き受けます」と言ってくれたこと。この3つがありました。
ご両親も「バレエ一筋にしてみるか?」と高校を中退してバレエ一筋になることに賛成してくれたそうです。
プロのバレリーナになる
高校中退後に16歳で牧阿佐美バレエ団の正式メンバーになった草刈民代さんは、さらにバレエに没頭していきます。
モデルや女優のオファーもあったそうですが、「プロのバレエダンサーになる」という高い目標を持っていた草刈民代さんはそのようなオファーには見向きもせず、バレエに没頭して、牧阿佐美バレヱ団の主役を務めるようになり、20代では次のような賞を受賞しました。
・1987年 全国舞踊コンクール第一部第一位、文部大臣奨励賞、村松賞・舞踊部門
・1989年 第16回橘秋子賞・最優秀賞
1990年にはソビエト文化省招聘で初めて海外公演を経験し、その後もルーマニアやロシアなどの劇場やバレエ団に招聘されて公演を行っています。
バレエダンサーとしては華々しい活動をしていましたが、収入は多いとは言えず、経済的な自立は難しい状況でした。日本にはヨーロッパのような国立バレエ団はなく、プロのバレエダンサーと言えど、収入は少なかったのです。
Shall we ダンス?でさらに踊りに没頭
経済的な問題もあり、バレエを辞めようかと考え始めた30歳の頃、草刈民代さんに「Shall we ダンス?」の話が舞い込みました。それまでは女優のオファーは断っていましたが、周囲の人からも勧められ、母親からも「人生の記念に」と言われたことで、出演することになりました。
このShall we ダンス?に出演したことで、知名度が上がり、公演のギャラも上がり、収入面では安定したのです。さらに結婚をしたことで精神的にも安定し、草刈民代さんはさらに踊りに没頭していったのです。
世界的な振付師であるローラン・プティ先生の作品に出演したことで、自分の踊りへの自信を深め、40歳の時には愛知万博のバレエ公演を初プロデュースするなど、ダンスを極めていきました。
バレリーナ引退後は女優に
草刈民代さんは足首の故障や年齢的なことを理由に、2009年にバレリーナを引退します。その後は、主に女優としての活動にシフトしていきました。
舞台はもちろん、大河ドラマや民放ドラマ、映画などの映像作品に出演するほか、バラエティ番組や広告・CMにも出演するなど幅広い活動を行っています。
草刈民代の家族構成

草刈民代さんは5人家族で育ちました。
・父親
・母親
・草刈民代
・妹2人
草刈民代さんは3姉妹の長女です。
小学2年生の頃から本格的にバレエを習い続けていたことや小学校から川村学園(川村小学校・中学・高校)に通っていたことから、実家は裕福であることがわかります。
草刈民代さんの父親は老舗の印刷会社「中央精版印刷株式会社」を経営していました。この印刷会社は「ONE PIECE」などのメガヒット漫画も手がけていてます。「ワンピースを手掛けている」というだけで、会社はうまくいっていることがわかります。
父親は外車に乗っていて、ジャガーやベンツ、アストンマーティンなどを数年ごとに買い替えていたとのこと。やはり、草刈民代さんの実家はお金持ちなんですね。
現在は印刷会社は妹が社長をしていますが、家族仲は非常に良く、現在でも一緒に住んでいます。
草刈夫妻は、両親と妹二人の家族、のべ四世帯住宅のマンションで“同居”している。)
引用:草刈民代が語る「4世帯同居生活」と「マネージャーなしの独立の裏側」 夫・周防正行監督とは「喧嘩しない」【独占告白】(2ページ目) | デイリー新潮
今でも両親と妹2人の家族と共に同じマンションに住むというのは、なかなかないですよね。
草刈民代と草刈正雄の関係

「草刈」というちょっと苗字は珍しいですよね。やや珍しい苗字の「草刈」ですが、芸能界には草刈民代さん以外にもう1人「草刈」という苗字の人がいます。その人物とは、俳優の草刈正雄さんです。
同じ「草刈」姓だし、どちらも美男美女だし。なんとなく血縁関係があるのでは?と考える人もいるかもしれませんが、草刈民代さんと草刈正雄さんは何の血縁関係もありません。もちろん、2人は結婚していませんし、家族でも親戚でもありません。義理の親戚というわけでもありません。
全く関係がない赤の他人です。
過去に何かの作品で共演したという事実もないようですので、完全に「苗字が同じ」というイメージ先行で「親戚では?2人って結婚していたんだっけ?」と思う人が多かっただけのようです。
草刈民代の旦那は周防正行
周防正行(すおまさゆき)
生年月日:1956年10月29日
出身:東京都目黒区
血液型:A型
活動:映画監督、脚本家
周防正行さんは日本を代表する映画監督です。
立教大学文学部在学中に映画監督を志すようになり、知り合いの紹介でピンク映画の助監督になりました。大学卒業後は、ピンク映画の制作に携わりながら、高橋伴明氏・若松孝二氏・井筒和幸氏などのもとで助監督として修業を積み、1984年にピンク映画で『変態家族 兄貴の嫁さん』で監督デビューしました。
このピンク映画は小津安二郎へのオマージュだったことが高く評価され、ピンク映画以外の仕事も舞い込むようになります。その後は次のような話題作を手掛けるようになり、一気に日本を代表する映画監督になりました。
・シコふんじゃった。(1991年)
・Shall we ダンス?(1996年)
・それでもボクはやってない(2007年)
・ダンシング・チャップリン(2011年)
・終の信託(2012年)
・舞妓はレディ(2014年)
・カツベン!(2019年)
シコふんじゃった。では山路ふみ子文化財団特別賞を受賞し、Shall we ダンス?では記録的なヒットとなり、国内の映画賞を総なめにし、日本で社交ダンスブームを巻き起こします。2016年には春の紫綬褒章を受章しています。
草刈民代と周防正行の結婚や馴れ初め

草刈民代さんは1996年3月9日に映画監督の周防正行さんと結婚しました。
草刈民代さんは30歳、旦那の周防さんは39歳での結婚です。
結婚式は草刈さんの氏神様である市谷亀岡八幡宮で挙げています。
草刈民代さんは、旦那の周防さんのことを「人生で初めて分かり合えた人」と表現しています。
夫は、人生で初めて〝分かり合えた人〞でした。抱えてきた思いを話し、彼が「君は正しい」と言ってくれたとき、いろんなことが腑(ふ)に落ちました。
ここまで断言できる人と結婚できるなんて、羨ましいですね。
馴れ初めはShall We Dance

出典:eiga.com
草刈民代さんと旦那の周防正行さんとの馴れ初めは、1996年公開の「Shall we ダンス?」です。
周防監督がShall we ダンス?のキャスティングを考える上で周りの人に「踊れる誰かいない?」と聞いたら、草刈民代さんの名前を挙げた人が1日に3人もいて、そこから草刈民代さんオファーを出しました。
草刈民代さんはそれまで女優の仕事は断っていましたが、周囲の人に勧められて、初めて女優の仕事をすることになります。
そして、映画が完成し、映画のプロモーションで一緒にいることが多くなり、毎日2時間くらい電話で話すようになり、旦那の周防監督が『俺は良く思われているんだ』と勘違いしたことから始まったようです。
また、プロモーションのイベント終わりで帰る際に偶然2人きりになり、食事をして帰ることになったこともあり、そこから気が合うことが分かって、交際が始まったとのこと。
そして、交際からわずか1ヶ月で結婚することになりました。出会いから結婚までの過程を考えると、草刈民代さんと周防さんが結婚したのは運命だったのかもしれません。
草刈民代と周防正行の結婚生活
最初のケンカがきっかけで現在はケンカしなくなった

草刈民代さんは旦那の周防さんとは全くケンカをしないそうです。
結婚して数ヶ月後に大きなケンカをしてしまい、謝るタイミングを失って3週間口をきかなくなってしまいました。ケンカから3週間経っていると、なぜ口をきかなくなったのかもわからなくなってしまいましたが、それでもお互いに意地を張って口をきかないまま時間だけが過ぎていきました。
そんなある日、ふと気が緩んで「おはよう」と思わず言ってしまい、相手も「おはよう」とつられて挨拶をして、ケンカは終わりました。
この時の経験から、草刈さんと周防さんはほぼケンカをしなくなりました。草刈さんは「距離感」を大切にして夫婦生活を続けているそうです。
家事は基本的にしない

出典:tfm.co.jp
草刈民代さんは結婚当初は夕食作りなどの家事をしていましたが、結婚後はよりバレエにのめり込んでいく生活をしていたため、バレエと家事を両立することができず、結婚2年目で家事を諦めました。
周防さんも草刈さんが家事をしないことに何も言わなかったそうです。きっと無理をして家事をする草刈さんよりも、バレエに夢中になり全力で取り組む草刈さんの方が断然魅力的だったんですね。
このような所も、草刈民代さんと周防正行さんのご夫婦は価値観が合うのでしょう。
草刈民代に子供はいない

草刈民代さんは30歳で結婚しましたが、子供はいません。
「子供を作らない」と決めていたわけでも、「子供が欲しかったけれど授からなかった」わけでもありません。
バレエに全力を注いでいたら、子供を産める年齢を過ぎていただけのようです。
子どもを産むか産まないかの問題には真正面から向き合ったことは無く、気が付いたらその時期が過ぎていたそうだ。
引用:【エンタがビタミン♪】“料理はしない”“子どもはいない”草刈民代が選んだ、バレエを踊り続ける結婚生活。 – ライブドアニュース
ただ、子供がいないことに後悔はないそうです。やりたいことに全力を注いだ結果だからということもあるでしょうし、夫婦2人の生活が充実しているからでしょう。
草刈民代の現在

出典:asahi.com
草刈民代さんは現在、ワタナベエンターテインメントを退所し、一人でマネージメントを行っています。
2025年には戸塚純貴さん主演の連続ドラマ「バレエ男子!」の監修・指導をしたほか、ヒルナンデス!や有吉の壁などのバラエティにも積極的に出演するなど、今まで以上に幅広い分野で活躍しています。
草刈民代のまとめ
草刈民代さんのプロフィールや身長や若い頃のかわいい写真、経歴や家族、草刈正雄さんとの関係、結婚した旦那の周防正行さんとの生活、子供の有無、現在をまとめました。
還暦を過ぎても美しい草刈民代さん。これからもいろいろな活躍を見せてくれるはずです。



















