ブルガリア事件とはプロ野球ファンの間で知られるネットスラングです。
この記事ではブルガリア事件の意味や由来、すべての始まりである杉内俊哉投手のベンチを殴って自爆骨折事件とその動画、城島健司氏が語った真相、益田直也投手の令和のブルガリア事件についてまとめました。
この記事の目次
ブルガリア事件とは杉内俊哉の自爆骨折をめぐるプロ野球のネットスラング

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野球ファンが集うSNSやインターネット掲示板(5ちゃんねる等)を見ていると、時折「ブルガリア」や「ブルガリア事件」という不可解な言葉を目にすることがあります。ブルガリアといえば、一般的には東ヨーロッパに位置する共和制国家であり、日本では「明治ブルガリアヨーグルト」や、大相撲の元大関・琴欧州(現・鳴戸親方)の出身地として広く親しまれている言葉です。
しかし、ことプロ野球界隈において「ブルガリア」という言葉が出た場合、それは国家でもヨーグルトのことでもありません。実は、プロ野球選手が試合中のふがいないプレーに対する怒りから自暴自棄になり、ベンチやロッカーなどの硬い設備を殴打して自らを負傷させてしまう「自傷行為(主に骨折)」全般を指すネットスラングなのです。
一体なぜ、ベンチを殴る行為が「ブルガリア」と呼ばれるようになったのでしょうか。一見すると全く関係のない単語が結びついている背景には、あるスポーツ紙による伝説的な「誤記」が存在しました。
この記事では、この言葉の生みの親ともいえる初代クラッシャー・杉内俊哉投手(元ソフトバンク・巨人)の骨折事件の真相や動画の存在、そこから生まれたネットミームとしての歴史を詳しくみていきます。さらには、令和の時代に「ブルガリアの系譜」を受け継いでしまった千葉ロッテマリーンズの絶対的守護神・益田直也投手や、福岡ソフトバンクホークスの杉山一樹投手の事件までを詳しくまとめていきます。
ブルガリア事件の意味と由来① 発端は杉内俊哉がベンチを殴って自爆骨折

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まずは「ブルガリア事件」という言葉の意味と由来について詳しく見ていきましょう。事の発端は、今から20年以上前となる2004年6月1日にさかのぼります。
当時、福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の若きエース級左腕として活躍していた背番号47・杉内俊哉投手が、福岡ドームで行われた千葉ロッテマリーンズ戦に先発登板しました。
前年の2003年には自身初の二桁勝利となる10勝を挙げて日本シリーズMVPにも輝き、チームを日本一に導いた立役者だった杉内投手。この日もファンから好投が期待されていましたが、結果は最悪の立ち上がりとなってしまいます。
2回表、ロッテの主砲・福浦和也選手に痛恨の満塁ホームランを浴びるなど、なんと2回7失点という大炎上で早々にノックアウトされてしまったのです。
自身のあまりのふがいない投球に、マウンドを降りた杉内俊哉投手は怒りが収まりませんでした。ベンチに戻るなり、帽子とグラブを力任せに叩きつけます。
しかし、それでも燃え盛る感情をコントロールできなかった彼は、あろうことか商売道具である投げ腕の「左手」で、硬いベンチの座席(イス)を思い切り殴りつけてしまったのです。さらに、それに飽き足らず右手でもベンチを殴打するという暴挙に出ました。
この危険な行為に対し、当時正捕手であったチームメイトの城島健司選手が慌てて制止に入りました。しかし時すでに遅く、杉内投手は両手の小指付け根を骨折。全治3ヶ月の重傷を負い、その年のレギュラーシーズンの残りの先発登板を棒に振ることになってしまいました。
ここまでは「プロ野球選手が怒りに任せて自爆して大怪我をした」というプロ意識に欠けた事件として終わるはずでした。しかし、この事件が現在まで「ブルガリア事件」としてネット上で語り継がれることになったのは、翌日のスポーツ紙の報道がきっかけだったのです。
ブルガリア事件の意味と由来② 「ブルガリア」の真相

事件の翌日、各スポーツ紙は杉内俊哉投手の前代未聞のベンチ殴打事件を大々的に報じました。
その際、日刊スポーツがインターネット上に配信した記事(第一報)に、衝撃的な一文が掲載されていました。
記事には、ベンチで暴れる杉内俊哉投手を必死に制止しようとした城島健司捕手の言葉として、以下のように書かれていたのです。
「利き手はやめろブルガリア!ブルガリア」
深刻な骨折事件の緊迫した場面で、突如として放たれた「ブルガリア」という謎の単語。この記事を読んだ当時の2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)の実況スレッドやプロ野球板のファンの間では、「なぜここでブルガリア?」、「城島は何を言っているんだ?」、「杉内のあだ名はブルガリアだったのか?」と騒然となりました。
実はこれは、日刊スポーツの記者が急いで記事を執筆したことによる「誤記」だったのです。問題の「ブルガリア!ブルガリア」という部分はしばらくしてすぐに削除・修正されましたが、ネット上では一度出回ったテキストは永遠に残ります。修正前のスクリーンショットやコピーペーストが瞬く間に拡散され、その深刻な事態と意味不明な単語の強烈なギャップ・滑稽さから、「ブルガリア事件」という名称が完全に定着してしまったのです。
では、なぜ記者は「ブルガリア」と書いてしまったのでしょうか。これには長年、いくつかの説がネット上でまことしやかに囁かれ、大喜利のネタにされてきました。
①「ぶん殴るな」の聞き間違い説:「(ベンチを)ぶん殴るな!」という城島選手の怒声が、球場のノイズや記者の耳の錯覚で「ブルガリア」に聞こえてしまったという説。
②杉内=ヨーグルト説:前年に10勝を挙げた杉内投手が「10勝=十勝=十勝ヨーグルト=ブルガリアヨーグルト」と連想され、チーム内で密かにあだ名として定着していたというこじつけ説。
③キーボードの打ち間違い・原稿混在説:音声入力を変換ミスした、あるいは別の記事(相撲の琴欧洲の記事など)を書いていた際の文章が混ざってしまった説。
真相については長らく不明のままでしたが、事件から約16年が経過した2020年4月、西日本スポーツ(現・西スポWEB OTTO!)の記者が、当時制止に入った城島健司氏本人に電話インタビューを行い、この事件の真相を直撃しました。
「あの時、本当にブルガリアと言ったんですか?」という記者の問いに対し、現在はソフトバンク球団会長付特別アドバイザーを務める城島健司氏は笑いながらこう答えました。
「そんなこと言うわけないやん!(笑)ブルガリア?琴欧洲しか思い浮かばんけどなぁ。『利き手はやめろ』とは言ったけど、その後に何て叫んだかなんて覚えてないですよ」
このように、当事者である城島健司氏の口から「ブルガリア発言」は完全に否定されました。結果として、記者の単なる聞き間違い、あるいは原稿のミスであったことが確定したのです。しかし、本人の意図とは裏腹に、この誤記が生み出したインパクトは絶大であり、現在でも「ブルガリア事件」はプロ野球界の不朽のネットミームとして生き続けているのです。
ブルガリア事件が誕生した瞬間…杉内俊哉の骨折動画と事件の重い代償

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「ブルガリア事件」が誕生した瞬間となった、杉内俊哉投手がベンチを殴打するシーンは、テレビ中継のカメラでバッチリと捉えられており、現在でもYouTube等の動画サイトで「ブルガリア事件」、「杉内 骨折 動画」と検索すると、当時の映像を確認することができます。
ブルガリア事件の動画を見ると、マウンドを降りてベンチの奥に座った杉内俊哉投手が、突然グラブを叩きつけ、素手でイスを激しく何度も殴りつける様子が生々しく映し出されています。
周囲のコーチや選手たちが慌てて止めに入る姿、そして当時の王貞治監督が凍りついたような厳しい表情でその様子を見つめている場面は、何度見ても背筋が凍るような緊張感があります。
この事件が杉内投手とチームに与えた代償は、想像を絶するほど大きなものでした。
両手小指付け根の骨折により、全治3ヶ月。前年の日本一の立役者であり若きエースを、自業自得の理由で失った球団の怒りは凄まじく、杉内投手には当初「罰金100万円と謹慎10日」という処分が下されました。
しかし、事態を重く見た球団フロントは、後日になって処分を「罰金600万円」へと大幅に増額しました。
当時指揮を執っていた王貞治監督は、メディアに対して次のように語り、杉内俊哉投手を厳しく叱責しました。
「戦列を離れなければいけない。悔しさは誰にでもある。だが、何の為に選手としてやっているのか。絶対にやってはいけないことだ」
プロの野球選手にとって、体は最も大切な「商売道具」です。特に投手にとっての指先は、ミリ単位の感覚でボールを操る生命線。それを自らの怒りで破壊してしまう行為は、プロとしてあるまじき行為でした。
杉内俊哉投手自身も引退後にテレビ番組『ジャンクSPORTS』(フジテレビ系)に出演した際、当時のことについて「(王監督から)滅茶苦茶怒られた」と振り返り、深く反省している様子を見せていました。
しかし、杉内俊哉投手はこの挫折で終わりませんでした。深く反省した杉内俊哉投手はこのどん底の経験をバネとし、翌2005年には18勝を挙げて最多勝・最優秀防御率を獲得。さらにはパ・リーグの左腕として初となる沢村賞を受賞し、リーグMVPにも輝くという劇的な大復活を遂げます。過ちを犯しても、結果でファンとチームに恩返しをした杉内俊哉投手の当時の姿は、エース投手としての意地そのものでした。
ブルガリア事件再び…益田直也のロッカー殴打骨折事件

初代ブルガリア事件から長い年月が経ち、ファンの中では半ば「懐かしいネットミーム」として語られるようになっていた「ブルガリア」。
しかし、歴史は繰り返されます。2025年、再びプロ野球界に衝撃の自傷事件が起こってしまいました。それが、千葉ロッテマリーンズの絶対的守護神・益田直也投手による「令和のブルガリア事件」です。
2025年8月19日、ZOZOマリンスタジアムで行われた東北楽天ゴールデンイーグルス戦。長年ロッテのクローザーを務めてきた益田直也投手は、この時点でプロ野球史上名球会入りの条件となる「通算250セーブ」まであとわずか2セーブに迫っていました。
1点リードの9回表、マウンドに上がった益田直也投手でしたが、制球が定まらず暴投等でピンチを招きます。そして2死三塁の土壇場で、楽天の辰己涼介選手に痛恨の同点タイムリーヒットを打たれてしまいました。さらに次打者に四球を与えたところで、無念の降板となります。
試合後、球団は益田直也投手について「上半身のコンディション不良」として出場選手登録を抹消しました。ファンからは心配の声が上がりましたが、約1ヶ月後の9月に週刊誌やスポーツ紙の報道により、驚愕の真相が明らかになります。
なんと益田直也投手は、リリーフに失敗してマウンドを降りた直後、ベンチ裏のロッカールームに下がり、怒りに任せて「ロッカーを殴打」し、左手の甲を骨折していたのです。
報道によれば、益田直也投手はロッカーを殴る直前にも、ベンチ内で利き手である右手で設備に八つ当たりをするような仕草を見せていたといいます。結果的に利き手ではない左手を骨折したため、「最後の理性が働いて左手で殴ったのか」という皮肉交じりの声も上がりましたが、手術が必要なほどの重傷であり、全治数ヶ月で2025年シーズン中の復帰は絶望的となりました。
通算250セーブという大記録を目前に足踏みが続いていたプレッシャー、そしてチームの勝利を守れなかった責任感。それらが極限まで達した結果の感情の爆発だったのでしょうが、野球ファンからは厳しい声が相次ぎました。
「利き手じゃないからブルガリア杉内よりはマシだけど、罰金級の愚行だ」
「令和の時代にブルガリア事件の再来か」
「ロッテの選手なのに(明治の)ブルガリア事件を起こすとは…」
SNSのX(旧Twitter)では「益田 ブルガリア」というワードが並び、かつての杉内俊哉投手の事件を引き合いに出して呆れる投稿が殺到。
元プロ野球選手の高木豊氏も自身のYouTubeチャンネルで「然るべき処置(罰金など)を取ったほうがいい」と痛烈に批判しました。
まとめ
今回は、プロ野球の有名なネットスラングである「ブルガリア事件」についてまとめてみました。
「ブルガリア事件」の意味や由来、初代である杉内俊哉投手の骨折動画の真相から、パットン投手、令和の益田直也投手、そして最新の杉山一樹投手に至るまでの系譜を徹底的に振り返ってきました。
「利き手はやめろブルガリア!ブルガリア」という、スポーツ紙のちょっとした誤記から生まれたこの言葉。最初は2ちゃんねるの笑い話やネットミームとして広まりましたが、その背景にあるのは、選手たちの生々しい感情の爆発と、大きな代償を伴う痛ましい怪我の歴史です。
杉内俊哉投手は、この痛恨の事件を猛省し、その後数々のタイトルを獲得して日本を代表する大エースへと成長しました。過ちを犯した過去を消すことはできませんが、その後の行動と結果で自らの名誉を挽回することは十分に可能です。
250セーブという大偉業を目前にして「令和のブルガリア事件」を引き起こしてしまった益田直也投手も、同じようにこの挫折を乗り越えてマウンドに帰ってきてほしいと多くのファンは願っています。
プロ野球というエンターテインメントは、ただ一流のプレーを見せるだけではなく、人間の激しい感情の揺れ動きや泥臭い葛藤も含めての人間ドラマです。ブルガリア事件は、選手たちがどれほど命懸けで、重圧と戦いながらマウンドに立っているかを示しているとも言えます。
今後、プロ野球界から新たな「ブルガリア事件」が起こらないことを強く祈りつつ、自らの手で怪我をしてしまった選手たちが1日も早くマウンドに復帰し、ファンを再び熱狂させるピッチングを見せてくれることを期待したいと思います。


















