政治家・三次由梨香さんの波瀾万丈の過去や現在が話題です。
この記事では三次由梨香さんの大学など学歴、若い頃や昔からの経歴、国民的アイドルの友人の親友だという元夫との1度目の結婚と離婚、現在の旦那・音喜多駿氏との再婚と子供、不貞行為スキャンダルと現在についてまとめました。
この記事の目次
三次由梨香のプロフィール
三次由梨香のプロフィール
本名 :音喜多由梨香(おときた・ゆりか)
生年月日:1985年5月1日
出身地 :東京都江東区
政治家として、実業家として、そして3人の子供を育てる母親として、常に世間の注目を集め続けている三次由梨香(みつぎ・ゆりか)さん。元江東区議会議員であり、同じく元参議院議員である音喜多駿(おときた・しゅん)氏を旦那(夫)に持つ彼女の人生は、まさに波乱万丈という言葉がふさわしいものです。
近年では2026年9月にABEMAの番組『秘密のママ園3』に出演し、夫婦揃って選挙に落選し無職となった現在のリアルな生活状況や、壮絶な過去を裸々に告白したことで、再び大きな話題を呼んでいます。
三次由梨香の学歴…東京都立紅葉川高校卒業で大学には進学せず

出典:https://times-abema.ismcdn.jp/
三次由梨香さんの最終学歴は「東京都立紅葉川高等学校卒業(高卒)」です。政治家といえば、東京大学や早稲田大学、慶應義塾大学などの有名大学を卒業した高学歴エリートが多いイメージがありますが、三次由梨香さんは大学へは進学していません。
現在の日本の政治界は、いわゆる「高学歴のエリート男性」が多数を占めています。三次由梨香さんの旦那である音喜多駿氏も早稲田大学政治経済学部を卒業し、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループで働いていたという華麗なエリート経歴の持ち主です。
しかし、三次由梨香さんは自身の高卒という学歴をコンプレックスにするどころか、むしろ「庶民のリアルな苦しみを知る強み」として最大限に活かしてきました。
彼女は過去のインタビューやSNS等で「学歴オッサンに政治を任せていられない!」という力強いスローガンを掲げたことがあります。
大学を出ていなくても、エリートコースを歩んでいなくても、社会の理不尽さや生活の苦しさを身をもって体験してきた彼女だからこそ、机上の空論ではない、血の通った政策を訴えることができるのです。この「非エリート」の学歴こそが、彼女が多くの母親や生活困窮者から支持を集める原点となっています。
三次由梨香の若い頃(昔)の波瀾万丈な経歴

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三次由梨香さんの昔や若い頃のエピソードに関心がある方が多いようです。三次由梨香さんの若い頃や昔の経歴は、一般的な政治家の経歴とは大きく一線を画す、非常に壮絶なものでした。
三次由梨香の若い頃(昔)の経歴① 父子家庭での孤独な幼少期
彼女は幼い頃に両親が離婚し、高校に入学するまでは父子家庭で育ちました。仕事で忙しい父親のもと、孤独を感じることも多かったといいます。思春期を迎えた高校時代には、実家を飛び出して家出をし、高校生でありながら一人暮らしを始めるという過酷な生活を送ることになります。
三次由梨香の若い頃(昔)の経歴② ギャル時代と「江東区のゴマキ」
2000年代前半の高校時代、三次由梨香さんはいわゆる「コギャル」として青春を過ごしました。当時の彼女は金髪に濃いメイク、ルーズソックスという典型的なギャルスタイルでしたが、その美貌は際立っており、地元では元モーニング娘。の後藤真希さんに似ていることから「江東区のゴマキ」と呼ばれるほどの有名人だったそうです。
後にバラエティ番組『さんまの転職DE天職』などに出演した際にも当時の写真が公開され、その美少女ぶりが大きな反響を呼びました。
三次由梨香の若い頃(昔)の経歴③ 高校時代の妊娠・中絶とホステス経験
しかし、華やかな外見とは裏腹に、私生活では大きな試練を経験しています。高校時代に同級生との間で妊娠が発覚したのです。一人暮らしで経済的な基盤もなく、誰にも頼ることができなかった彼女は、苦渋の決断として中絶を経験しました。
高校卒業後も親に頼ることはなく、自立して生きていくために銀座のホステスを含む様々なアルバイトを掛け持ちし、必死に生活費を稼ぐ日々を送りました。この若い頃のどん底の経験が、後に彼女が社会のセーフティネットの重要性を痛感する原体験となっています。
三次由梨香の最初の結婚と元夫…「国民的アイドル」との関係

銀座のホステスなど水商売の世界で働きながら懸命に生きていた三次由梨香さんですが、22歳の時に大きな転機が訪れます。それが「最初の結婚」でした。
三次由梨香の最初の結婚相手…元夫は「国民的アイドルの友人の親友」
2026年9月に放送されたABEMA『秘密のママ園3』の中で、三次由梨香さんは最初の結婚相手(元夫)について赤裸々に語っています。当時22歳だった彼女が出会ったのは、「某国民的アイドルの友達の親友」という人物でした。
この「国民的アイドル」が具体的に誰を指すのかは伏せられていますが、その華やかな人脈を持つ元夫は当時は非常に優しく、周囲の友人たちからは「うらやましい!」「まさにシンデレラストーリーだね!」と絶賛されるほどの理想的な結婚だったといいます。
若くして苦労を重ねてきた彼女にとって、ついに掴んだ幸せな結婚。2008年には待望の子供となる長女・寿音(じゅね)さんが誕生しました。この時には、誰もが幸せな家庭を築いていくと信じて疑わなかったはずです。
元夫の蒸発により幸せな結婚生活が崩壊
しかし、その幸せは長くは続きませんでした。「子供が欲しい」と言ったのは三次由梨香さん自身でしたが、長女が産まれて少し経つと、元夫は突然家に帰ってこなくなってしまったのです。いわゆる「蒸発」状態となり、育児の負担と経済的な重圧がすべて彼女一人の肩にのしかかることになりました。
三次由梨香の壮絶な離婚劇と生活保護拒絶

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元旦那が帰宅しなくなったことで、三次由梨香さんの生活は一気に困窮を極めます。
枯渇する資金と自ら切り出した離婚
出産直後の乳飲み子を抱えながら、病院代やタクシー代などの生活費はすべて彼女の貯金から切り崩すしかありませんでした。ついには食費すら底をつき、ご飯も満足に食べられない極貧状態に陥ります。
旦那に頼ることができないと悟った彼女は、「もう離婚してほしい。母子家庭になって、行政にちゃんと守ってもらいたい」と自ら離婚を切り出し、シングルマザーとして生きていく決断を下しました。
役所での非情な対応と生活保護の拒絶
離婚を成立させ、藁にもすがる思いで区役所の生活保護の相談窓口へ向かった三次由梨香さん。しかし、そこで彼女を待っていたのは、行政の冷酷な壁でした。
当時の彼女は金髪でパーマをかけていたため、窓口の担当者は彼女を上から下までジロジロと見て、「いや、あなた若いから働けるじゃない」「親も無事でしょ?」と冷たく突き放したのです。
高校時代から実家を出ており親には頼れない事情があったにもかかわらず、見た目や年齢だけで判断され、唯一の頼りだった行政からも見放されてしまいました。
「子供と一緒に飛び降りるしかない」
行政の窓口で絶望を味わい、アパートに帰った彼女の精神は限界に達していました。
当時住んでいたマンションの5階か6階の部屋から下を見下ろし、「もうここから飛び降りるしかない。でも、この子(長女)を残して飛び降りるわけにはいかないから、一緒に連れて行くしかない…」と、子供を巻き込んだ無理心中まで真剣に考えるほど精神的に追い詰められていたと涙ながらに振り返っています。
三次由梨香の経歴…絶望的状況から復活し実業家から政治家へ

しかし、三次由梨香さんはそこで命を絶つことはありませんでした。この絶望的な経験が、彼女の中に「社会を変えなければならない」という強烈なモチベーションを生み出したのです。
三次由梨香の経歴① 資格取得と事業の立ち上げ
「自分と同じように孤立して苦しんでいる母親たちを救いたい」。そう決意した三次由梨香さんは、自ら子供を預ける場所を作るために保育園でアルバイトを始め、ベビーシッターの資格を取得しました。
さらに、シングルマザーとしての実体験を活かし、育児中の母親を支援するためのイベント企画や、美容に関心を持つママたちのための脱毛サロン運営などを行う「スリーネクスト株式会社」を設立し、実業家として自立の道を切り開きました。
三次由梨香の経歴② 江東区議会議員への挑戦
母親たちを支援する活動を続ける中で、「根本的な行政のシステムを変えなければ、本当に困っている人は救われない」と痛感した三次由梨香さんは、政治の世界へ飛び込むことを決意します。
そして2015年4月に行われた統一地方選挙において、東京都江東区議会議員選挙に無所属で立候補。自身の過酷な体験に基づく説得力のある訴えが共感を呼び、見事に初当選を果たしました。その後も再選を重ね、計3期にわたって江東区議会議員として地域社会に貢献することになります。
三次由梨香と現在の旦那・音喜多駿氏との再婚と3人の子供たち

政治家としての第一歩を踏み出した2015年、彼女の私生活にも大きな転機が訪れます。それが、現在の旦那である音喜多駿氏との再婚です。
現在の旦那・音喜多駿との馴れ初めと再婚
現在の旦那さんである音喜多駿氏は1983年生まれで、早稲田大学卒業後にルイヴィトングループを経て東京都議会議員となったエリート政治家です(後に参議院議員、日本維新の会政調会長なども歴任)。
二人の出会いは、三次由梨香さんが江東区議会議員選挙に立候補するための勉強として、東京都議会を見学に訪れたことがきっかけでした。互いに若い世代の政治家として意気投合し、交際に発展。そして2015年11月23日、二人は入籍しました。
音喜多駿氏にとってはこれが初婚であり、三次由梨香さんにとっては子連れでの再婚でした。音喜多駿氏は結婚と同時に、当時7歳だった三次さんの長女・寿音さんと養子縁組を結び、一気に「一児の父」となる覚悟を決めました。音喜多駿氏自身もこの決断を自身のブログで詳細に報告し、大きな反響を呼びました。
三次由梨香の3人の子供たち
現在、音喜多・三次家には3人の子供がいます。
長女・寿音(じゅね)さん(18歳 ※2026年時点):前夫との間に生まれた子供で、音喜多氏と養子縁組。2026年のABEMA番組に顔出しで出演した際、スタジオから「すごい可愛い!」「美人さん!」と絶賛されるほどの美貌の持ち主に成長しています。
次女・結月(ゆづき)さん(9歳 ※2026年時点):2016年11月に音喜多氏との間に誕生。
長男(年齢非公開ですが近年誕生):待望の男の子も誕生し、5人家族として生活しています。
音喜多駿氏はSNS等で頻繁に子供たちとの写真をアップしており、「イクメンパパ」としても知られ、多忙な政治活動の合間を縫って育児に参加する姿が支持を集めています。
三次由梨香の「不貞行為容認契約書」スキャンダルとは
三次由梨香さんと現在の旦那・音喜多駿さんの夫婦を語る上で、避けて通れないのが2018年10月に発覚した「不貞行為容認」のスキャンダルです。この騒動は世間に強烈なインパクトを与えました。
週刊文春による衝撃のスクープ
2018年10月25日発売の『週刊文春』が、「“反小池急先鋒”音喜多都議が妻・区議と交わした『セフレ容認契約書』」という衝撃的な見出しで記事を報じました。当時、新党「あたらしい党」を結党したばかりで注目を浴びていた音喜多駿氏への痛烈な「文春砲」でした。
これにより、三次由梨香さんが自身の知人宛にSNSで送ったメッセージのスクリーンショットが流出しました。その内容は以下の通りでした。
「(その相手は)恋人と夫は音喜多さんですが、その人は勉強させてもらう憧れてるセフレかと思います☆」

妻が他の男性(セフレ)と不貞行為を行うことを、夫である政治家が契約書(誓約書)まで作成して公式に認めているという内容は、一般の倫理観からは大きくかけ離れており、大炎上を引き起こしました。
不貞行為スキャンダルに対する三次由梨香本人の弁明と「マタニティブルー」
この報道に対し、三次由梨香さんはあっさりと事実関係を認めました。「SNSのメッセージは確かに私が送ったもの。(セフレ容認の)誓約書も存在します」と認めた上で、その背景について次のように説明しました。
2016年7月頃、彼女は次女を妊娠中で、深刻な「マタニティブルー(産前産後うつ状態)」に陥っていました。精神的に極度に不安定になり、「私は他のところで色々していいでしょ」と夫の音喜多駿さんに詰め寄るなど、感情のコントロールが効かない状態だったといいます。
旦那・音喜多駿の不貞行為スキャンダルの対応と夫婦の絆
一方、妻・三次由梨香さんの不貞行為スキャンダルを受けて、旦那さんの音喜多駿氏も自身のブログ等で公式に声明を発表しました。
音喜多駿氏の説明によれば、当時の彼は都議会での公務や度重なる大型選挙の対応で極度に多忙であり、マタニティブルーで苦しむ妻に十分に向き合うことができていませんでした。精神的に追い詰められた妻を安心させるため、あるいは家庭内の危機を乗り切るための一時的な措置として、夫婦間の話し合いの末に「人間関係に関する独自の約束事」を書面にしたのは事実であると認めました。
音喜多氏駿は「出産・育児も一段落した今となっては夫婦間では笑い話になっている」「当人同士が納得した夫婦の在り方やルールは、第三者に決めつけられるものではない」と主張し、夫婦のプライバシーを興味本位で暴き立てたメディアや情報提供者に対して法的措置を検討するなど、毅然とした態度を取りました。
この騒動に対しては「政治家として倫理観が欠如している」といった厳しい批判が殺到した一方で、「極限状態の夫婦が乗り越えた独自の形であり、他人が口出しすることではない」といった意見も見られました。結果的に二人はこの未曾有のスキャンダルを乗り越え、離婚することなく、現在も強い絆で結ばれた夫婦として共に歩んでいます。
三次由梨香の現在
数々の試練やスキャンダルを乗り越えてきた三次由梨香さんですが、現在もまた、新たな大きな壁に直面しています。
三次由梨香の現在① 夫婦揃っての選挙落選と「無職」の現実
2024年10月の衆議院選挙において、音喜多駿氏は日本維新の会から出馬するも落選し、党籍を離れて現在は「社会保険料引き下げを実現する会」に所属して活動を模索しています。
一方の三次由梨香さんも、2026年の衆議院選挙(東京・比例代表など)に維新の会から出馬しましたが、残念ながら落選という結果に終わりました。
政治家は選挙に落ちれば「ただの人」と言われます。2026年現在、夫婦揃って議席を失い、世間一般で言うところの「仲良く無職」という状態に陥ってしまったのです。
三次由梨香の現在② ABEMAで明かした現在の厳しい懐事情
2026年9月に放送されたABEMA『秘密のママ園3』では、そんな「無職」となった二人のリアルな現在に密着取材が行われました。
二人は現在、湾岸エリアにあるタワーマンションの高層階に住んでいますが、その内情は決して優雅なものではありません。
番組内で三次由梨香さんは、手元にある税金の納付書を見つめながら「一番心配なのはこれ。まとめてくる税金が今年90万円くらいあって、どうやって今月末の30万円を捻出しようか悩んでいます…」と、政治家時代の高収入をベースに計算された重い税金の支払いに頭を抱えるリアルな無職の懐事情を赤裸々に告白しました。
三次由梨香の現在③ パートタイムでの労働と前を向く姿勢
厳しい経済状況を乗り切るため、三次由梨香さんは現在、過去に取得した資格を活かし、保育園で週3回のアルバイト(パートタイム)をして家計を支えています。旦那・音喜多駿氏も業務委託の仕事をこなしながら、次なる政治活動への準備を進めています。
番組内では、すっぴん姿でカメラの前に現れた41歳の三次さんに対し、スタジオのタレント陣から「本当にお若い!」「可愛いママさん!」と美貌を絶賛される場面もありました。
タワマンに住みながらも税金の支払いに追われ、パートで働くというアンバランスな状況ですが、若い頃から幾度となく「どん底」を経験してきた彼女の表情には、悲壮感よりも「絶対に生き抜いてみせる」という力強い生命力が溢れていました。
まとめ
今回は、政治家の三次由梨香さんについてまとめてみました。
三次由梨香さんの半生を振り返ると、そこには単なる「元政治家」という枠組みには収まらない、一人の女性の凄まじいサバイバルストーリーがあります。
幼い頃の家庭崩壊、高校時代の家出と中絶経験、ギャルからホステスへの道、国民的アイドルの友人の親友との結婚と裏切り。乳飲み子を抱えて飛び降り自殺を考えるほどの極貧生活を経験し、行政に冷たくあしらわれた絶望の中から這い上がり、自らの手で事業を起こし、さらには「学歴オッサン」(三次由梨香さんの表現を引用)に支配された政治の世界に飛び込んでいきました。
音喜多駿氏との再婚後も、セフレ容認誓約書という前代未聞のスキャンダルに見舞われながらも夫婦の絆を守り抜き、2026年には夫婦揃って選挙に落ちて無職となり、タワマンで税金の督促状に怯えながら保育園のパートで働く日々を送っています。
彼女の人生には、間違いや批判されるべき出来事もあったかもしれません。
しかし、高学歴のエリート政治家が絶対に経験することのない「社会の底辺のリアルな痛み」や「女性としての極限の苦労」を肌身で知っているからこそ、彼女の言葉や行動には生々しい説得力があるとの見方もあります。
「人生のどん底に落ちても、人は何度でもやり直すことができる」。三次由梨香さんの現在進行形の波乱万丈な物語は、今まさに生活の苦しさや育児の孤立に悩む多くの母親たちに、勇気と共感を与え続けています。
夫婦ともに無職という現在の苦境から、今後どのようにして再び立ち上がり、社会に新たなメッセージを発信していくのか。彼女と音喜多駿氏のこれからの動向から、まだまだ目が離せません。

















